感染対策情報レター

腸管出血性大腸菌(O157など)について

大腸菌はヒトの腸管常在菌であり、他の感染しやすい部位に接種されなければ感染を起因しない平素無害菌です。ただし各種の病原性大腸菌も存在し、それらは重篤な感染症を起因することがあります。セロタイプがO157:H7, O111, O26などの大腸菌は腸管出血性大腸菌(enterohaemorrhagic Escherichia coli : EHEC)と呼ばれ、ベロ毒素(またはサイトトキシン、志賀毒素)を産生して出血性大腸炎や溶血性尿毒症症候群(HUS)を起因します。大腸菌O157:H7は1982年に臨床分離され1)、サイトトキシン産生大腸菌とHUSとの関連が1983年に報告されましたが2)、大腸菌O157は20世紀後半のいつか新興したと思われています3)。大腸菌O157が定着しても無症候のまま発症しない場合も多くありますが、健常成人でも発症することがあり、特に乳幼児など感染防御能が弱い場合において重篤な出血性大腸炎やHUSを起因することがあります。出血性大腸炎症例の5%がHUSを発症するといわれ、HUS症例の60%は治癒するが、3~5%が死亡し、その他は蛋白尿や慢性腎不全などの後遺症に至るといわれています3)

大腸菌O157は、主に家畜牛の腸管に存在し、糞便汚染などを経由して生牛肉・生牛乳のみならず広く水系も汚染し、世界各地で集団感染が報告される重大な食中毒病原菌のひとつです。加工時に汚染された生牛肉、十分加熱調理されていないハンバーグ、加熱殺菌されていない牛乳、調理施設などで間接的に汚染された肉・野菜・果物などの飲食物、また水系汚染において適切な塩素処理のされていない飲料水、プール水を経口摂取することなどで感染しますが、種子や栽培水が汚染された野菜による拡散も疑われています。

1996年の日本における大腸菌O157による大規模な集団感染では、2次感染と思われる160人を含め6,500人を超える受診者、500人ほどの入院者が発生して死亡例もあり4)、世界の注目を浴びました。厚生省の食中毒発生状況(速報値)5) によると2001年全国の腸管出血性大腸菌を病因物質とする食中毒の報告数は24事件で患者378人でしたが、同じ2001年の感染症発生動向調査によると全国各地での腸管出血性大腸菌感染症患者および無症状病原体保有者の報告数総計は4,319人にのぼりました6)。食中毒として報告される事例の中で腸管出血性大腸菌を病因物質とする事例はそれほど多くありませんが、市井においてかなり広範に腸管出血性大腸菌が散在していると思われます。

腸管出血性大腸菌感染症は感染症予防法における3類感染症であり、保健所など衛生当局への医師による届出が直ちに必要です。また患者においては飲食物に関する業務について一定の就業制限があります7)。治療法については厚生省研究班による手引きが発行されており8)、また、家庭などにおける注意についても厚生省の公開資料9)があります。感染症予防法における消毒法についても厚生省監修のガイドライン10)が刊行されていますので参照ください。

腸管出血性大腸菌は患者の汚染糞便を感染源として手指などを経由して経口摂取され、家庭内や施設内の近接者・介護者に2次感染することがあります。老人施設11)、小児精神保健施設12)、小児デイケアセンター13)、保育園14)などの施設で、腸管出血性大腸菌による2次感染の集団発生が報告されています。

医療機関においては、日常的な給食管理により腸管出血性大腸菌による集団感染の1次発生を防止すると同時に15)、腸管出血性大腸菌感染症例の受け入れ時に病棟における他の患者や医療従事者への伝播による2次感染を予防することも、病院感染の予防として必要です。医療機関においては腸管出血性大腸菌感染症例に対して標準予防策に加えて、糞便を中心とした接触予防策を行います。これらの予防策には以下のような事項があります10)16)。腸管出血性大腸菌を念頭に糞便を中心とした接触予防策として説明しますが、これらの予防策の多くは通常の標準予防策と接触予防策に含まれる事項です17)

・医療従事者および患者本人による手洗いの励行
・失禁のある場合は紙おむつを適用し焼却処理
・糞便は通常水洗トイレに流す
(消毒をする場合には、塩化ベンザルコニウム液を0.1~0.5%の濃度になるように注ぎ5分間以上放置後に流すこともあるが10)、これは薬事上明確には認可されていない15)。また化学便器を使用することもある)
・患者の使用したベッドパンは、フラッシャーディスインフェクター(ベッドパンウォッシャー)で90℃1分間の蒸気による熱水消毒
熱水消毒できない場合には、洗浄後に0.1%塩化ベンザルコニウム液、500ppm次亜塩素酸ナトリウム液などに30分間浸漬(下血、血便時など血中ウイルスも問題となる場合で熱水消毒できない時には1,000ppm次亜塩素酸ナトリウム液に30分間浸漬、または2%グルタラールに30分~1時間浸漬)
・患者の使用したトイレの便座、フラッシュバルブ、ドアノブなど直接接触する部分を、アルコールで清拭
・患者が使用した寝衣、リネンは熱水洗濯(80℃10分間)。
熱水洗濯できない場合は、200~1,000ppm次亜塩素酸ナトリウムのすすぎ水への30分間浸漬、または0.1%塩化ベンザルコニウム液などに30分間浸漬
・患者は原則としてシャワー浴により入浴し、なるべく浴槽に入らない。
浴槽に入る場合にはその日の最後とし、入浴後浴槽内の水を流して十分に水洗いする
・患者が使用した給食食器などの洗浄は通常どおり熱水と洗剤にておこなう
・患者周辺の直接接触する床頭台、オーバーテーブル、洗面台などをアルコールまたは0.2%塩化ベンザルコニウム液などで清拭
・床など直接接触しない環境の消毒は通常必要ないが、排泄物で汚染された場合には排泄物を念入りに拭き取り、0.2%塩化ベンザルコニウム液などで清拭
(下血、血便時など血中ウイルスも問題となる場合には、血液と排泄物を念入りに拭き取り、1,000ppm次亜塩素酸ナトリウム液で清拭)
なお、一般に大腸菌は消毒薬が良好に消毒効果を発揮する細菌です。日本で繁用されている消毒薬や70℃の熱水は大腸菌O157:H7に有効と報告されており18)、特別な消毒薬の選択を行う必要はありません。


<参考>

1.Riley LW, Remis RS, Helgerson SD, et al: Hemorrhagic colitis associated with a rare Escherichia coli serotype. N Engl J Med 1983;308:681-85.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=6338386&dopt=Abstract

2.Karmali MA, Steele BT, Petric M, Lim C: Sporadic cases of haemolytic-uraemic syndrome associated with faecal cytotoxin and cytotoxin-producing Escherichia coli in stools. Lancet 1983;1:619-20.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=6131302&dopt=Abstract

3.Mead PS, Griffin PM: Escherichia coli O157:H7. Lancet 1998;352:1207-1212.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=9777854&dopt=Abstract

4.厚生労働省生活衛生局食品保健課.堺市学童集団下痢症の原因究明について 1996年9月26日報道発表資料.1996.
http://www1.mhlw.go.jp/houdou/0809/0926-4.html

5.厚生労働省.平成13年食中毒発生状況(速報値)
(WEB公開資料 2002年4月19日
http://www.mhlw.go.jp/topics/syokuchu/01hassei/1.html

6.感染症情報センター:腸管出血性大腸菌感染症 2002年4月現在.IASR2002;23:137-138.
http://idsc.nih.go.jp/iasr/23/268/tpc268-j.html

7.平成十年法律第百十四号.感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律 平成十年十月二日.1998年.

8.厚生省 腸管出血性大腸菌感染症の診断治療に関する研究班 班長 竹田 美文.一次、二次医療機関のための腸管出血性大腸菌(O157等)感染症治療の手引き(改訂版) 平成9年8月21日.1997年.
http://www1.mhlw.go.jp/houdou/0908/h0821-1.html

9.厚生労働省.O157 Q&A.
(WEB公開資料 2001年8月改訂
http://www1.mhlw.go.jp/o-157/o157q_a/index.html

10.厚生省保健医療局結核感染症課監修,小林寛伊編集.消毒と滅菌のガイドライン.へるす出版,東京,1999.
http://www.yoshida-pharm.com/information/guideline/syoguide.html

11.Carter AO, Borczyk AA, Carlson JA, et al: A severe outbreak of Escherichia coli O157:H7-associated hemorrhagic colitis in a nursing home. N Engl J Med 1987;317: 1496-1500.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=3317047&dopt=Abstract

12.Pavia AT, Nichols CR, Green DP, et al: Hemolytic-uremic syndrome during an outbreak of Escherichia coli O157:H7 infections in institutions for mentally retarded persons: clinical and epidemiologic observations. J Pediatr 1990;116:544-51.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=2181098&dopt=Abstract

13.Belongia EA, Osterholm MT, Soler JT, Ammend DA, Braun JE, MacDonald KL: Transmission of Escherichia coli O157:H7 infection in Minnesota child day-care facilities. JAMA 1993;269:883-88.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=8426447&dopt=Abstract

14.名越雅高、高田正耕、稲野 仁ほか:保育園で多発した腸管出血性大腸菌O26感染症-富山県.IASR 1998;19(6).
http://idsc.nih.go.jp/iasr/19/220/dj2204.html

15.厚生省生活衛生局長通知.大規模食中毒対策等について 衛食第八五号 平成九年三月二四日.1997.

16.大久保憲監修.消毒薬テキスト.吉田製薬株式会社
III-2-1)-(3) ノンクリティカル器具
III-2-2) 物品
III-2-3) 環境
IV-8-4) 3類感染症

17.小林寛伊,吉倉 廣,荒川宜親編集.エビデンスに基づいた感染制御.メヂカルフレンド社,東京,2002.
http://www.yoshida-pharm.com/information/guideline/evidence.html

18.Oie S, Kamiya A, Tomita M, Katayama A, Iwasaki A, Miyamura S: Efficacy of disinfectants and heat against Escherichia coli O157:H7. Microbios 1999;98:7-14.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=10413874&dopt=Abstract


2002.07.22 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

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