感染対策情報レター

血中ウイルスの消毒法

はじめに

Hepatitis B virus(B型肝炎ウイルス: HBV)、Hepatitis C virus(C型肝炎ウイルス: HCV)、Human immunodeficiency virus(ヒト免疫不全ウイルス: HIV)など血中ウイルスは、これらのウイルスの重大な病原性に鑑み、厳重に消毒・滅菌されることが多いと思われます。しかしながら強力な消毒薬は、しばしば毒性、刺激性、腐食性などを伴い、それらを病院内の環境表面に使用することが不適切な場合もあります。以下、血中ウイルスに有効と判断される消毒法の選択肢に関して、最近の知見も含め紹介します。

注:(2005年6月8日付記) 血中ウイルスの概要と感染対策については、「病院感染対策のポイント第2章No.10と「消毒薬テキストIV-5-1)を参照ください。

1. B型肝炎ウイルス: HBV

HBVはヘパドナウイルス科のDNA型ウイルスで、エンベロープを有します。一般にエンベロープの有るウイルスは消毒薬抵抗性が弱く、細菌よりも良好な感受性を示す場合も多いと考えられていますが1)、HBVはチンパンジーを用いた感染実験、もしくはDNAの消滅などによってのみ感染性の不活性化が確認できるため、HBVに有効と確認された消毒薬の種類はまだ限られています2)3)4)5)。それらのうち日本において市販されている消毒薬はグルタラール、次亜塩素酸ナトリウム、消毒用エタノール、イソプロパノール、ポビドンヨードであり、HBVの不活性化が確認されている濃度と時間は表1に示すとおりです。

アルコールは試験管内においてHBs抗原の抗原性不活性化に比較的長時間を要しますが、HBs抗原の変質をHBVの感染性不活性化の必要条件と前提することには根拠が無いため、それをもってアルコールはHBVに「無効」と推断するべきではないと思われます。最近の報告によると、HBVの肝細胞への結合に関与すると言われるPre-S2抗原とPre-S1抗原を70~80v/v%エタノールが速やかに変質させることが示され、それが消毒用エタノールのHBVに対する不活性化作用機序のひとつであると示唆されています6)
 

        表1 チンパンジー感染実験により確認されているHBV消毒法*
消毒法 濃度 温度 時間
熱水(煮沸)2) 98℃ 2分**
グルタラール 1w/v%2) 24℃ 5分
2w/v%3) 20℃ 10分
0.1w/v%4) 24℃ 5分
次亜塩素酸ナトリウム3) 500ppm 20℃ 10分
消毒用エタノール4) 80v/v% 11℃ 2分
イソプロパノール3) 70v/v% 20℃ 10分
ポビドンヨード3) 有効ヨウ素80ppm 20℃ 10分
        表は文献7) p139、8) p63より引用し改変
        * 日本で市販されている消毒薬のみ記載
        ** 98℃に上昇するまでに4分
CDC手指衛生ガイドライン9)のTable 1は、エンベロープのあるウイルスに対する生体消毒薬の効果を一覧表にしていますが、そこでも消毒用エタノールとイソプロパノールはHBVに有効とされています。

2. C型肝炎ウイルス: HCV

Hepatitis C virus(C型肝炎ウイルス: HCV)はフラビウイルス科のRNA型ウイルスで、エンベロープを有します。HCVもHBVと同様チンパンジーを用いた感染実験、もしくはRNAの消滅によってのみ感染性の不活性化が確認できるため、グルタラールと次亜塩素酸ナトリウムがHCVのRNAを消滅させることができること以外はまだ確認されていません10)。しかしながらその感染性はHBVよりも弱く、HBVと同等の消毒法を用いれば良いと一般に考えられています。

3.ヒト免疫不全ウイルス:HIV

HIVはレトロウイルス科に属するRNA型ウイルスでエンベロープを有します。HIVは培養細胞実験による不活性化の推定が可能であり、低水準消毒薬を含む様々な消毒薬や界面活性剤が有効と報告されています11)。しかしながらHIV感染症は完治療法の確立していない重大な感染症であるため、より効果が確実と思われる消毒用エタノール12)13)、70v/v%イソプロパノール、1,000ppm次亜塩素酸ナトリウム14)、熱水(80℃10分洗浄など)を優先して用います。また0.8w/v%ヨード13)、0.5~10w/v%ポビドンヨード15)16)、0.1~2w/v%グルタラール13)15)17)もHIVに有効と報告されています。

WHOはHIVにも有効な滅菌・消毒法として表2のような方法を例示しています18)。WHOはこれを公表することで、それ以前に示していたHIV滅菌・消毒法を改訂しましたが、改訂前は表2よりも厳しい処理条件を示していました。
 

        表2 WHOによるHIVにも有効な処理方法
対象と目的 処理方法 処理条件
医療器具の滅菌 高圧蒸気滅菌 121℃20分
乾熱滅菌 170℃2時間
医療器具の高水準消毒 煮沸消毒 100℃20分
グルタラール 2w/v%30分
過酸化水素 6w/v%30分
環境表面の
低~中水準消毒
次亜塩素酸ナトリウムなど
次亜塩素酸系
清潔条件:500-1,000ppm
汚染条件:5,000ppm
生体消毒 エタノール 70v/v%*
イソプロパノール 70v/v%*
ポビドンヨード 2.5-10w/v%
        文献18)より作成
        * v/v%と思われる。日局消毒用エタノールは76.9-81.4v/v%だが同等と考えてよい。
         エタノールとイソプロパノールは環境表面の低~中水準消毒にも繁用できる。

まとめ

すべての患者に適用するべき標準予防策の観点から考えると、血液などで汚染された器具の清浄化はHBV、HCV、HIVなどの有無により区別して行うのではなく、常にこれらすべての血中ウイルスを念頭に行うべきと考えられます。

ただし、毒性のあるグルタラールを環境表面に用いることは極力避けるべきであり、非生体表面に使用するために用法表示されたポビドンヨード製剤は日本において市販されていません。次亜塩素酸ナトリウムは血液の存在下で著しく効力が低下するため、血液自体の消毒を行うには5,000-10,000ppmの高濃度が必要ですが、高濃度の次亜塩素酸ナトリウムには強い金属腐食性や漂白作用があり、広範囲に用いることには問題があります。

以上のことを考慮すると、血液などで汚染された環境表面はなるべく汚染を拡散しないよう念入りに血液を拭き取ったあと、1,000ppm次亜塩素酸ナトリウム(小範囲の場合のみ)、または消毒用エタノール、70v/v%イソプロパノールで清拭することが適切と思われます。また、これら消毒薬の短所を考慮すると、熱水に耐えるノンクリティカル器具、リネン、食器など小さな物品が血液などで汚染された場合には、6分間の煮沸消毒または80℃10分間の熱水洗浄による清浄化を優先して選択することが望ましいと思われます8)19)

セミクリティカル器具の再利用には常に高水準消毒以上が必要であり、それらは血中ウイルスに対しても有効と見なされますが、消毒薬を用いる場合には、まず念入りな洗浄により血液などを物理的に除去した上で高水準消毒薬に浸漬することが必要です。再利用するクリティカル器具は、ウォッシャーディスインフェクターなどで清浄化を行った上で滅菌作業を行うことが、医療従事者の穿刺事故を防ぐためにも望ましいと思われます8)19)

手指が血液などで汚染された場合には、流水と石けんにより物理的に洗い流すことが第一であり、その後、速乾性消毒薬やポビドンヨードスクラブで仕上げを行います。


<参考>

1.Rutala WA:
APIC guideline for selection and use of disinfectants.
Am J Infect Control 1996;24:313-342.
http://www.yoshida-pharm.com/library/apic/guideline/disinfectant.html

2.小林寛伊,都築正和,織田敏次,ほか:
B型肝炎ウイルスの不活性化.
医器学 1980;50:524-525

3.Bond WW, Favero MS, Petersen NJ, Ebert JW:
Inactivation of hepatitis B virus by intermediate-to-high-level disinfectant chemicals.
J Clin Microbiol 1983;18:535-538.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=6630443&dopt=Abstract

4.Kobayashi H, Tsuzuki M, Koshimizu K, Toyama H, Yoshihara N, Shikata T, Abe K, Mizuno K, Otomo N, Oda T:
Susceptibility of hepatitis B virus to disinfectants or heat.
J Clin Microbiol 1984;20:214-216.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=6436295&dopt=Abstract

5.Prince DL, Prince HN, Thraenhart O, et al:
Methodological approaches to disinfection of human hepatitis B virus.
J Clin Microbiol 1993;31:3296-3304.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=8308123&dopt=Abstract

6.Ito K, Kajiura T, Abe K:
Effect of ethanol on antigenicity of hepatitis B virus envelope proteins.
Jpn J Infect Dis 2002;55:117-121.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=12403908&dopt=Abstract
*文献請求先はこちらです。

7.小林寛伊編集,感染制御学,第1版.へるす出版,東京,1996.

8.厚生省保健医療局結核感染症課監修,小林寛伊編集.消毒と滅菌のガイドライン.へるす出版,東京,1999.
http://www.yoshida-pharm.com/information/guideline/syoguide.html

9.Boyce JM, Pittet D, et al:
Guideline for Hand Hygiene in Health-Care Settings.
MMWR 2002;51(RR-16):1-45.
http://www.cdc.gov/mmwr/PDF/rr/rr5116.pdf

10.Charrel RN, de Chesse R, Decaudin A, De Micco P, de Lamballerie X:
Evaluation of disinfectant efficacy against hepatitis C virus using a RT-PCR-based method.
J Hosp Infect 2001;49:129-134.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=11567559&dopt=Abstract

11.Druce JD:
Human Immnodeficiency Virus: Disinfection and Control. In: Block SS, ed. Disinfection, Sterilization, and Preservation, 5th ed.
Philadelphia:Lea & Febiger, 2001;573-584.

12.Resnick L, Veren K, Salahuddin SZ, Tondreau S, Markham PD:
Stability and inactivation of HTLV-III/LAV under clinical and laboratory environments.
JAMA 1986;255:1887-1891.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=2419594&dopt=Abstract

13.Druce JD, Jardine D, Locarnini SA, Birch CJ:
Susceptibility of HIV to inactivation by disinfectants and ultraviolet light.
J Hosp Infect 1995;30:167-180.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=8522773&dopt=Abstract

14.Martin LS, Mcdougal JS, Loskoski SL:
Disinfection and inactivation of the human T lymphotropic virus type III/lymphadenopathy-associated virus.
J Infect Dis 1985;152:400-403.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=2993438&dopt=Abstract

15.加藤真吾,平石佳之,富永恵子,他:
プラーク法を用いた各種消毒剤によるHIV-1不活化の検討.
基礎と臨床 1996;30:495-500.
*文献請求先はこちらです

16.Harbison MA, Hammer SM:
Inactivation of human immunodeficiency virus by Betadine products and chlorhexidine.
J Acquir Immune Defic Syndr 1989;2:16-20.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=2465403&dopt=Abstract

17.Hanson PJ, Gor D, Jeffries DJ, Collins JV:
Chemical inactivation of HIV on surfaces.
BMJ 1989;298:862-864.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=2497825&dopt=Abstract

18.WHO:
Guidelines on sterilization and high-level disinfection methods effective against human immunodeficiency virus (HIV), Second edition, AIDS Series No.2.
1989.
http://whqlibdoc.who.int/aids/WHO_AIDS_2.pdf

19.大久保憲監修.
消毒薬テキスト.
吉田製薬株式会社.
III-2-1-1 クリティカル器具
III-2-1-2 セミクリティカル器具
IV-5-1) ウイルス


2002.12.02 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

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