感染対策情報レター

医療現場におけるノロウイルス胃腸炎のアウトブレイク予防と制御のためのCDCガイドライン2011

はじめに

アメリカ合衆国においてノロウイルスによる胃腸炎は毎年2300万例以上引き起こされていることが予測され、近年、感染やアウトブレイクが数多く報告されています。またノロウイルスは、汚染された食品・水や環境を介して伝播し、非常に強い感染力を持つためアウトブレイクを制御することは難しいとされています1)。そこでCDCは感染予防スタッフ、医師、医療疫学者、医療管理者、ナース、その他のヘルスケア供給者等を対象とした「医療現場におけるノロウイルス胃腸炎のアウトブレイク予防と制御のためのガイドライン」2)を発表しました。今回は本ガイドライン中の患者のコホーティングと隔離予防策、手指衛生、個人防護具、環境の清浄化の項目について、勧告文の内容を中心に紹介します。

患者のコホーティングと隔離予防策

患者にノロウイルス胃腸炎の症状がある場合は、その患者を接触予防策下の個室に入室させることが推奨されます。もし個室が提供できない場合は、症状のない患者から引き離すよう対処しなければなりません。施設の特性によりますが、アウトブレイク中のノロウイルス胃腸炎患者のコホーティング手段としては、感染患者を複数の感染患者が入室する部屋に配置するか、施設内において患者治療区域、接触区域を決めておくことが挙げられます。また、易感染患者への更なる暴露を防ぐために、アウトブレイク中、ノロウイルス胃腸炎の患者は症状が解消してから少なくとも48時間は接触予防下におくことが推奨されます。特に心臓血管疾患、自己免疫疾患、免疫抑制疾患、腎疾患等がある患者や幼児についてはウイルスの排出が長引くこと等が想定されますので、隔離、コホーティングの期間を延長することが望まれます。しかし、ノロウイルスの排出期間の延長と易感染患者への感染のリスクの相関関係については、更なる研究が必要とされています。

手指衛生

ノロウイルス胃腸炎のアウトブレイクを起こしている患者治療区域では、ヘルスケア職員、患者、訪問者の手指衛生のアドヒアランスを積極的に向上させることが推奨されます。アウトブレイク中の手指衛生は、感染の疑いがある患者もしくは感染患者にケアを提供した後あるいは接触した後には、流水と石けんを用いておこないます。その他すべての手指衛生(例えばノロウイルス患者と接触する前等)は、「医療現場における手指衛生のためのCDCガイドライン2002」 3)に従い、手指が見た目に汚れている、あるいは湿性生体物質等で汚染されている場合には、まず流水と石けんによる手洗いをおこない、手指が見た目に汚染されていない場合はアルコール製剤を用います。
消毒薬のノロウイルス不活性化効果については、ノロウイルスの細胞培養が困難であるため、代替の指標として類縁ウイルスであるネコカリシウイルスを用いた試験がおこなわれています。アルコール類の皮膚表面におけるネコカリシウイルスの不活性化効果(Log Reduction TCID50※)を検討したある試験4)では、70%エタノールで 2.66 , 70%1-プロパノールで1.53, 便懸濁液(5%)添加時では70%エタノールで1.45, 70%1-プロパノールで0.95と報告されており、特に便のような有機物の負荷を想定した場合、1-プロパノールと比較するとエタノールはより優れた活性を持つ成分であると考えられます。また他の試験5)においては70%エタノールで3.78, 70%1-プロパノールで3.58, 70%2-プロパノールで2.15 と報告されています。これらの結果等から、ノロウイルス胃腸炎のアウトブレイク中の手指衛生において、エタノール製剤は他のアルコール製剤と比較するとより推奨される活性の高い製剤と考えられますが、現段階ではエビデンスが十分ではないため、今後更なる研究が必要とされています。

(※TCID50: Tissue Culture infective dose 50 : 50%ウイルス感染価 )

個人防護具
(PPE:Personal Protective Equipment)

ノロウイルスの感染が疑われる患者治療区域に入る場合は、感染性の嘔吐物や糞便に暴露する可能性を減らすために標準予防策・接触予防策にしたがったPPE使用(入室時のガウンや手袋)を遵守することが推奨されます。患者のケアをする間に顔へしぶきを受けるリスクが予測される場合、特に嘔吐をしている患者の間では、サージカルマスクまたは処置用マスクとアイプロテクション、あるいはフルフェイスシールドを使用します。またノロウイルスのアウトブレイク中、ユニバーサルグロービング(例えばすべての患者ケアにおいてルーチンに手袋を使用すること)実行の有用性に関する評価には更なる研究が必要とされています。

環境の清浄化

ノロウイルス患者の隔離やコホートエリアのよく触れる環境表面や器具はEPA(Environmental Protection Agency : 環境保護局)登録製品を使用して、ルーチンの清掃と消毒をおこなうことが推奨されます(EPAはウェブサイトでノロウイルスに対し活性のある製品リストを公表しています6)※)。ノロウイルス胃腸炎のアウトブレイク中、患者治療区域やよく接触する表面では清掃や消毒の頻度を増やすことが求められます。例えば清浄度を維持するために病棟/ユニットの水平面の清掃は1日に2度に増やし、またよく触れる表面はEPAが承認した製品を使い1日に3回の清掃・消毒をします。その際にはノロウイルスの汚染の可能性の少ないエリア(トレイテーブル、カウンター上部など)からスタートし、高度に汚染された表面をともなうエリア(トイレなど)へ向かっておこなうこと、消毒使用前に表面や患者の器具は汚れのない状態にしておくことが重要です。またプライバシーカーテンは、アウトブレイク中、見た目に汚れていた時、患者が退院・移動する時、交換します。
汚染された患者のサービスアイテムやリネンを取り扱うときは適切なPPE(例えば手袋やガウン)の使用を含め、標準予防策を用います。特に汚れたリネンはウイルスの散布を防ぐため、激しく動かさず、注意深く取り扱わなくてはなりません。また患者治療区域において、布張りした家具やラグやカーペットは汚染時に完全に清掃・消毒することは難しいので、使用を避けることが望まれます。もしそれらを使用するのであれば、汚染時には製造者が許可した洗浄剤で布張りしたものから即座に嘔吐や便のような汚れを除去することが求められます。患者治療区域では、日常の清掃・消毒に耐えられる素材を選択することが望まれます。

※製品リストに収載の多くは複数成分が配合された製品であり、これらは日本での入手は困難です。リスト中で日本において入手可能かつ環境に用いることの出来る消毒薬として次亜塩素酸ナトリウムが挙げられます。また、このリストにはありませんが、物理的な除去も兼ねて消毒用エタノールで丁寧に2度拭きする方法もあります7)

まとめ

ノロウイルスは少ないウイルス量でも感染可能なこと、環境で長時間存在できること、感染後に長期間の免疫がないこと等から、感染対策が不十分であれば、感染やアウトブレイクは容易に引き起こされることが想定されます。アウトブレイク中のノロウイルスの感染対策には、標準予防策と接触予防策を遵守することが基本ですが、ノロウイルスの消毒薬に対する抵抗性を考慮し、感染患者のケア等の後には流水と石けんを用いて手指衛生をおこなうことが求められます。現在、医療現場と市井の両方で、ノロウイルスのアウトブレイク事例が多く報告されており、ノロウイルスに対する感染対策は今後ますます重要になってくると思われます。


<参考文献>

1.CDC :
Guideline for Isolation Precautions : Preventing Transmission of Infectious Agents in Healthcare Settings 2007.
http://www.cdc.gov/hicpac/pdf/isolation/Isolation2007.pdf

2.CDC :
Guideline for the Prevention and Control of Norovirus Gastroenteritis Outbreaks in Healthcare Settings, 2011.
http://www.cdc.gov/hicpac/pdf/norovirus/Norovirus-Guideline-2011.pdf

3.CDC :
Guidelines for Hand Hygiene in Healthcare Settings Published 2002.
http://www.cdc.gov/mmwr/PDF/rr/rr5116.pdf

4.Kampf G, Grotheer D, Steinmann J. :
Efficacy of three ethanol-based hand rubs against feline calicivirus, a surrogate virus for norovirus.
J Hosp Infect. 2005 ; 60 : 144-149.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/15866013

5.Gehrke C, Steinmann J, Goroncy-Bermes P.:
Inactivation of feline calicivirus, a surrogate of norovirus (formerly Norwalk-like viruses), by different types of alcohol in vitro and in vivo.
J Hosp Infect. 2004 ; 56 : 49-55.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/14706271

6.EPA : List G : EPA’s Registered Antimicrobial Products Effective Against Norovirus (Norwalk-like virus).
http://www.epa.gov/oppad001/list_g_norovirus.pdf

7.小林寬伊 編集:
新版 消毒と滅菌のガイドライン.
へるす出版.2011.


2011.10.03 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

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