感染対策情報レター

塩素系に分類される消毒薬および除菌・洗浄剤の特性と選択

はじめに

感染性微生物を殺菌・消毒することで感染予防対策を担う消毒薬は、特に医療関連施設では多くの場面で利用され、医療従事者にとって身近な存在となっています。しかし国内において、塩素系に分類される消毒薬または除菌・洗浄剤(以下、塩素系製剤)の選択肢が豊富になっており、利用場面ごとの製剤選択が煩雑になってきています。また塩素系製剤は有毒な塩素ガスや金属腐食性によるサビが発生する可能性があり、使用時は慎重に適用を考慮する必要があります。
以下、国内で使用される塩素系製剤の特性および注意点と製剤選択について述べます。

次亜塩素酸ナトリウム

次亜塩素酸ナトリウムの殺菌活性はpH依存的です。殺菌活性が高い次亜塩素酸(HClO)は水溶液中のpHを5~6付近に調整した場合に最も濃度が高くなりますが、酸性側では塩素ガス(Cl2)が発生しやすいため、アルカリ側に調整された次亜塩素酸ナトリウムが市販されています。医薬品として承認された製剤以外にも食品添加物や病院用などと表示された製品が流通していますが、使用時に記載された成分濃度が保証されているのは医薬品規格の製剤のみとされます1)。そのため医療施設内で医療機器や器具などを消毒する場合には医薬品規格の製剤を選択することが推奨されますが1)、保管時の注意点として6%や10%など高濃度の次亜塩素酸ナトリウム製剤(医療用医薬品)はその安定性から冷所(15℃以下)保存すること2)、および濃度に係らず遮光することなどが挙げられます3)
次亜塩素酸ナトリウムは蛋白などの有機物と反応して食塩(NaCl)となるため低残留性であり4)、哺乳びんなど使用時に有機物に触れる器具は次回使用時まで浸漬消毒しておき、使用時には液切りのみを行い使用可能ですが4)、使用時に有機物と触れない器具は水洗するか、または使用前に確実に乾燥させることが必要です。
血液や体液による環境汚染時や消毒薬に抵抗性の高い微生物であるノロウイルス(Norovirus)やクロストリジウム・ディフィシル(Clostridium difficile)などのアウトブレイク時の環境消毒には次亜塩素酸ナトリウムの適用がエビデンスの集積した使用方法として挙げられますが5)6)7)8)、金属腐食性によるサビや含浸させるペーパータオルによる不活性化9)、さらに塩素ガスの発生の危険性もあるため、環境衛生においては血液汚染があった箇所のみなど、小範囲の使用にとどめることが推奨されます10)

ジクロルイソシアヌール酸ナトリウム

ジクロルイソシアヌール酸ナトリウムは粉状、顆粒状、または錠剤など固形の製剤であり、通常は水に溶解させて使用します。次亜塩素酸ナトリウムよりも有機物による不活性化の影響を受けにくいことが報告されており、また室温で保存可能な安定性が特徴として挙げられます11)。欧米では医療機関においても食器、リネン、および環境などの消毒に使用されていますが、国内では一般用医薬品としてのみ承認されており、適応としてプール水の消毒、プールの足腰洗槽水の消毒に承認されている製剤と、哺乳びん・乳首の消毒に承認されている製剤があります12)。その他、適応外の使用方法として、大量の血液や体液で汚染された床に顆粒剤を直接散布する方法も挙げられていますが5)13)、本使用法はもっぱら血液や体液を包み込んで凝固し、汚染の拡散を防ぐという効果を期待したものであり、成分の不活性化が生じやすいことに留意が必要です。

二酸化塩素

二酸化塩素は殺芽胞効果を有する強力な酸化剤であり14)15)、一般的にガス状または液状で使用されます。英国では液状で経鼻内視鏡や軟性膀胱鏡などに高水準消毒薬として使用されていますが16)17)、米国FDAは高水準消毒薬として認可していません。また日本においても医薬品としては承認されておらず、雑品として市販されています18)。国内では主にパルプの漂白や除菌用品などとして使用され、除菌の評価として空間・室内における低濃度二酸化塩素ガスの微生物低減効果が報告されておりますが19)20)、一方で、ラットを用いた実験では25ppm(70mg/m3)以上の二酸化塩素ガスによる眼や呼吸器系粘膜の刺激によって眼漏や肺気腫、肺水腫が生じたとされることから21)、ヒト居住空間における使用については今後の長期安全性の報告が待たれます。

ペルオキソ一硫酸水素カリウム配合剤

ペルオキソ一硫酸水素カリウム配合剤は近年国内に導入された改良型塩素系の環境除菌・洗浄剤であり、塩素臭がほとんどなく、金属腐食性など素材に対する影響が少ないとされています。製剤は粉末状で使用前に水に溶解し、主にワイプなどに含浸させて使用します。日本では薬事上の承認を受けていない雑品として市販されていますが、米国の環境保護庁(Environmental Protection Agency;EPA)では消毒薬に抵抗性の強いノロウイルスをはじめ、MRSAやVRE、B型・C型肝炎ウイルスなどにも適用可能な製剤として複数のリストに登録されています22)。またEPAではクロストリジウム・ディフィシル芽胞を対象とした製剤リストに登録されておりませんが、in vitro試験においてクロストリジウム・ディフィシル芽胞の低減効果が報告されています23)。CDCガイドラインでは患者ケア区域のノンクリティカル表面の洗浄と消毒は標準予防策の一部としており、環境処置にはEPA登録した消毒薬または洗浄/消毒薬が選択されるべきとしています6)。一方、国内では透析領域のガイドラインおよび歯科領域のマニュアルにおける環境表面の清掃・消毒の項においてペルオキソ一硫酸水素カリウムに関する記述がなされ、使用が推奨されてきています24)25)。本記述や上述の製剤特性を加味して考慮すると、医療施設における日常的な環境清掃時に広く適用可能であり、血液による汚染が生じやすい環境においても適用が推奨される製剤であると思われます。ただし本製剤は除菌・洗浄剤であり、次亜塩素酸ナトリウムを用いるべき器具消毒の代用にはならないことに注意が必要です。

まとめ

塩素系製剤は広い抗微生物スペクトラムを有する次亜塩素酸(HClO)を主な有効成分としており、強力な抗微生物効果が期待できる一方で、製剤特性や用途、使用方法は大きく異なります。不適切な使用は有害となる可能性もあるため、それぞれの製剤の特徴をよく理解し、利用場面ごとに適応などを考慮し、適切な製剤を選択することが肝要です。


<参考文献>

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2.今村理佐,窪田佳代子,上谷幸男,他.
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8.吉田俊介:
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感染制御 2004;1:35-39.

9.尾家重治:
消毒薬の取り扱い上の注意点-次亜塩素酸ナトリウムの不活性化-.
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10.吉田俊介:
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医科器械学 2007;77:316-320.

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医学と薬学 2003;50:183-192.

12.日本医薬品集フォーラム監修.
日本医薬品集 一般薬2015-16.
じほう,東京,2014.

13.小林寬伊責任編集.
最新病院感染対策Q&A.
照林社,東京,2004.

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24.日本歯科医学会監修.
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2015.06.09 Yoshida Pharmaceutical Co Ltd:

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