感染対策情報レター

WHO 手術部位感染予防のためのグローバルガイドライン, 2016

はじめに

WHOは2016年11月に、「手術部位感染予防のためのグローバルガイドライン1)」を公表しました。これまで手術部位感染予防に関するガイドラインは先進国を中心に存在していましたが、すべての国を対象にした国際的なガイドラインは存在しませんでした。今回公表されたWHOのガイドラインは発展途上国も含めたすべての国を対象としたガイドラインとなります。
今回は本ガイドラインの概要と手術部位の皮膚消毒の勧告について述べます。

ガイドラインの概要

WHOの最近の研究では、手術部位感染(SSI)は、低~中程度所得国において最も調査が行われかつ高頻度に発生する医療関連感染とされ、手術を受けた1/3の患者が影響を受けるとされています。一方で高所得国におけるSSIの発生率は低いものの、ヨーロッパや米国では2番目に多い医療関連感染となっています。多くの因子がSSIのリスクと同定されてきているため、感染対策は複雑であり、手術前・手術中・手術後における予防法の統合が必要です。しかしながら、これら予防法の実施は世界で標準化されていません。現在、国際的なガイドラインは存在せず、各国のガイドライン間でエビデンスや勧告の解釈にしばしば矛盾が生じています。
 本ガイドラインの目的はSSI予防のために手術前・手術中・手術後の期間に適用される介入に対して、幅広いエビデンスに基づいた勧告を提供するものであり、利用できる資源や価値観、好みに関する各国の状況も考慮されています。ガイドラインは手術前・手術中・手術後の期間におけるSSI予防のために実施する26のトピックスを取り上げており、29の勧告を採用しています。各勧告はエビデンスの質が「非常に低い」、「低い」、「中程度」、「高い」の4つに分類して表記しており、エビデンスの質やその他の因子を考慮して、各勧告の方向性と強さを定めています。
ガイドラインのトピックスは次に示す26項目であり、勧告の内容およびその勧告の論理的根拠や所見などが記載されています。

1) 術前入浴
2) 黄色ブドウ球菌保菌患者におけるムピロシン軟膏およびクロルヘキシジン浴による除菌
3) ESBL産生菌の保菌患者スクリーニングと術前の予防的抗菌薬投与の効果
4) 術前予防的抗菌薬投与の適切なタイミング
5) 機械的腸管洗浄および経口抗菌薬の使用
6) 除毛
7) 手術部位の皮膚消毒
8) 抗菌皮膚シーラント
9) 手術時手指衛生
10) 強化栄養サポート
11) 免疫抑制剤の周術期中断
12) 周術期の酸素投与
13) 正常体温の維持
14) 集中的周術期血糖コントロールのためのプロトコールの使用
15) 正常循環血液量の維持
16) ドレープおよびガウン
17) 創部保護具
18) 切開創の洗浄
19) 予防的陰圧閉鎖療法
20) 手術用手袋の使用
21) 手術用器具の交換
22) 抗菌縫合糸
23) 手術室内換気における層流換気システム
24) 予防的抗菌薬投与の延長
25) ドレッシングの進化
26) ドレーン存在時の予防的抗菌薬投与および創部ドレーン除去の適切なタイミング

手術部位の皮膚消毒の勧告

表1. 手術部位の皮膚消毒の勧告

手術を受ける患者の手術部位の皮膚消毒にはクロルヘキシジンを含有する
アルコールベースの消毒薬を推奨する。(強く推奨、低~中程度の質のエビデンス)
手術部位の皮膚消毒については「手術を受ける患者の手術部位の皮膚消毒にはクロルヘキシジン(CHG)を含有するアルコールベースの消毒薬を推奨する」との勧告となっています(表1)。このような勧告となった根拠として、①手術部位の皮膚消毒にアルコールベースの消毒薬を使用することで、水溶液の消毒薬と比較し、より高いSSI低減効果が認められたこと(エビデンスの質は中程度)、②メタアナリシスにおいて、アルコールベースのCHGはアルコールベースのポビドンヨード(PVP-I)と比較してSSI発生率の減少に有益な効果があったこと(エビデンスの質は低度)を挙げています。これらの結果から、本ガイドラインの作成グループでは健常皮膚における手術前の皮膚消毒にはアルコールベースの消毒薬を推奨し、望ましくはCHG含有の消毒薬の使用を推奨することで同意しています。

勧告の背景

CHGを含有するアルコールベースの消毒薬を推奨する勧告となった背景として、17のランダム化比較試験を根拠論文として挙げています。本ガイドラインではこれらの論文を用いて消毒薬の違いによるSSI発生率を比較しており、「アルコールベースの消毒薬 vs水溶液の消毒薬」、「CHGアルコール液 vs PVP-Iアルコール液」、「CHGアルコール液 vs PVP-I水溶液」、「PVP-Iアルコール液 vs PVP-I水溶液」の4つのメタ解析2)を実施しています。その結果、アルコールベースの消毒薬は水溶液の消毒薬と比較してSSIの発生リスクが有意に減少し [相対危険度(OR):0.60、95%信頼区間(CI):0.45-0.78、p=0.0002](表2)、さらにCHGアルコール液はPVP-Iアルコール液に比べてSSIの発生リスクが有意に減少しました(OR:0.58、95%CI:0.42-0.80、p=0.0009)(表3)。またCHGアルコール液とPVP-I水溶液の比較においても、CHGアルコール液はSSI発生率の低減に有意な効果が認められました(OR:0.65、95%CI:0.47-0.90、p=0.009)(表4)。一方、PVP-Iアルコール液とPVP-I水溶液の比較においては両者に差が認められませんでした(OR:0.61、95%CI:0.19-1.92、p=0.40)(表5)。なお、これらの研究で使用されている消毒薬の濃度は様々であり、またデータも不足しているため、本ガイドラインの作成グループでは消毒薬の濃度に関する情報を勧告に加えることは適切でないと判断されました。
 

表2.アルコールベースの消毒薬と水溶液の消毒薬の比較
  アルコール 水溶液
症例数 1555 1626
SSI発生数 94 168

OR:0.60、95%CI:0.45-0.78、p=0.0002

表3. CHGアルコール液とPVP-Iアルコール液の比較
  CHGアルコール PVP-Iアルコール
症例数 1275 1238
SSI発生数 68 107

OR:0.58、95%CI:0.42-0.80、p=0.0009

表4. CHGアルコール液とPVP-I水溶液の比較
  CHGアルコール PVP-I水溶液
症例数 1226 1286
SSI発生数 86 138

OR:0.65、95%CI:0.47-0.90、p=0.009

表5. PVP-Iアルコール液とPVP-I水溶液の比較
  PVP-Iアルコール PVP-I水溶液
症例数 333 393
SSI発生数 12 26

OR:0.61、95%CI:0.19-1.92、p=0.40

おわりに

本ガイドラインは発展途上国を含めた全世界を対象にしたガイドラインであり、すべての勧告について日本国内で採用することはできません。しかしながら、それぞれの勧告はエビデンスに基づいており、国内においてもSSI対策の参考となるガイドラインであると思われます。


<参考文献>

1.WHO:
GLOBAL GUIDELINES FOR THE PREVENTION OF SURGICAL SITE INFECTION, 2016
http://apps.who.int/iris/bitstream/10665/250680/1/9789241549882-eng.pdf?ua=1

2. WHO:
WHO Surgical Site Infection Prevention Guidelines, Web Appendix 8, Summary of a systematic literature review on surgical site preparation, 2016
http://www.who.int/gpsc/appendix8.pdf?ua=1


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