感染対策情報レター

歯科領域における感染対策について

はじめに

2015年2月、日本歯科医学会監修「エビデンスに基づく一般歯科診療における院内感染対策実践マニュアル 改訂版」1)(以下 マニュアルと略)が発行されました。本マニュアルは厚生労働省委託事業「一般歯科診療時の院内感染対策に係る指針」平成26年3月31日2)に基づいており、2007年に公開されたマニュアルの改訂版です。内容はカラー写真により手指衛生や、防護具の着脱手順、使用した機器・器具の滅菌等が具体的に示され実務者に分かり易く構成されたものになっています。エビデンスは「歯科医療の現場における感染制御のためのCDCガイドライン 2003」(以下CDCガイドラインと略)3)4)を基本にし、最新の文献情報も取り入れています。
以下、マニュアルを中心に「歯科領域における感染対策」について述べます。

一般歯科診療の治療に伴う感染経路

歯科治療においては、常時、口腔内に触れることから唾液に接触する機会があります。歯肉粘膜は傷つきやすく目に見えてなくとも血液に接触している可能性は否定できません。また歯の切除処置等でエアタービンハンドピース等を使用した場合においては血液・唾液が混じったエアロゾルが飛散・浮遊します。飛散の程度は歯科手術において回転切除器具を使用した場合、血液・唾液を含んだエアロゾルが環境に1mは飛散したことが報告されています5)
このように血液・体液を含んだエアロゾルが飛散・浮遊しかつ直接血液・体液に曝される頻度が高いため、歯科診療においてはエアロゾルの飛散・浮遊に対しての感染予防に重点をおきつつ血液由来病原体(B型肝炎ウイルス:HBV、C型肝炎ウイルス:HCV、ヒト免疫不全ウイルス:HIVなど)に対しての感染予防策(手指衛生、機器・器具の処理)を実施します。つまりエアロゾルの飛散・浮遊を重点とした対策では防護具の使用、口腔外バキューム・空気清浄機の使用、含嗽による口腔内細菌数の減少化、飛散のおそれのある環境をあらかじめカバーしておくこと・消毒などの対策を実施し、かつ適切な手指衛生、機器・器具の適切な処理等対策を行います。

適切な防護具の使用

歯科における処置においては前述のとおり、常時口腔内の唾液・血液に接触あるいは歯の切削等でエアロゾルが発生し飛散・浮遊するため、これらに曝露しないよう防護具を着用します。
血液・体液に汚染されるおそれがある場合には手袋、マスク、フェイスシールド又はゴーグル、ガウンを着用します。手袋、マスク、ゴーグル・フェイスシールドは患者ごとに、ガウンは目に見えて汚れた場合に交換します。また再使用するゴーグル・フェイスシールドは、患者間で石けんと水により洗浄又は、目に見えて汚れている場合には洗浄・消毒します3)4)
キャップはマニュアルで診療後すぐに洗髪できる環境が少なく、診療室における塵埃と関連することから装着すべきであると述べられています。

口腔外バキュームの併用及び空気清浄機の使用

口腔内バキュームの使用は勿論のこと、口腔外バキュームを併用使用することは、エアロゾルの飛散防止として効果的です。また、空気清浄機を用いてエアロゾルの浮遊を阻止します。

含嗽による口腔内細菌数減少化

マニュアルでは、治療前に患者さんの口腔内をポビドンヨード等の消毒薬で含嗽させることついては、口腔内の細菌数を減少させ、治療時に発生するエアロゾル中の細菌数を減少させるという観点から推奨しています。
一方、CDCガイドラインでは歯科医療従事者あるいは患者において臨床的な感染を防げるという科学的なエビデンスはないと述べ、未解決事項としています。

環境

環境は(1)診療上接触する表面(ユニット関連)と(2)ハウスキーピングに分類されます。(表1)

表1 環境の処置
分類 処置
診療上接触する表面(ユニット関連) ライトハンドル、スイッチ、歯科用X線撮影装置、チェアサイドコンピューター、歯科材料の回収用容器、棚のハンドル、蛇口のハンドル、カウンタートップ、電話、ドアノブ ・プラスチックラップ・袋・シート等で覆う患者ごとに交換又は
・0.1%(1,000ppm)次亜塩素酸ナトリウム又はペルオキソ一硫酸水素カリウム、消毒用エタノール、イソプロパノールで患者ごとに清拭
血液付着箇所 ・塩素系消毒薬で2度拭き又は
・洗浄後、アルコールで清拭
ハウスキーピング 床、壁、流し等 ・低水準消毒薬、水・洗剤による定期的な清掃


(1) 診療上接触する表面(ユニット関連)
(ライトハンドル、スイッチ、歯科用X線撮影装置、チェアサイドコンピューター、歯科材料の回収用容器、棚のハンドル、蛇口のハンドル、カウンタートップ、電話、ドアノブ等)
歯科医療従事者の手袋を装着した手が「診療上接触する表面」に触れ病原体が伝播するおそれがあります。診療上接触する表面については特に清掃が困難な箇所を透明なプラスチックラップ・袋・シート等で覆い患者ごとに交換又は、これらで覆っていない場合には患者ごとに中水準消毒薬で消毒することが推奨されています。具体的には環境に使用するものとして0.1%(1,000ppm)次亜塩素酸ナトリウム又はこれに替わるものとして次亜塩素酸を活性本体としながら金属腐食が少なく、塩素臭もないペルオキソ一硫酸水素カリウムを主成分とした製品を推奨しています。
その他、消毒用エタノール、イソプロパノールの使用も記載されています。なお、目視できる血液汚染の清拭には塩素系消毒薬で2度拭きすることを推奨しています。1度目の清拭で血液を拭き取り、2度目は消毒の目的であると思われます。アルコール類は蛋白を凝固させるため、血液付着箇所へは有機物を洗浄した後に使用します。

(2) ハウスキーピング(床、壁、流し等)
ハウスキーピング表面については病原体伝播のリスクを支持するエビデンスはないが、清拭することによって微生物や汚れを物理的に除去することは重要であるとCDCガイドラインで述べられています。マニュアルでは、低水準消毒薬あるいは洗剤と水による定期的な清掃を推奨しています。

手指衛生

手が目に見えて汚れている場合もしくは血液やその他潜在的感染性物質で汚染されている場合には非抗菌性石けんまたは抗菌性石けん(スクラブ製剤)と水により手指衛生を行うこと、手指が目に見えて汚れていない場合はアルコールを基剤とした速乾性手指消毒薬を使用することが推奨されています。

いつ、手指衛生をすべきかについてはマニュアルに明記されていませんが、CDCのガイドラインに準拠し、(1)手が目に見えて汚れているとき(2)血液、体液、呼吸器系分泌物によって汚染されている可能性の高い非生体物に素手で接触した後(3)患者の処置を行う前と後(4)手袋を着用する前(5)手袋を外した直後に手指衛生をします。

口腔外科手術時における手指衛生については、CDCのガイドラインで「手術用滅菌手袋を着用する前に手術時手指消毒を行う。消毒薬製造メーカーの説明書に従って抗菌性石けん(スクラブ製剤)と水による手洗いまたは、石けんと水による手洗いと乾燥後に、アルコールを基剤とする持続効果のある手術用擦式製剤の適用を行う」と勧告されています。

歯科医療機器・器具の処理

歯科用ユニットから取り外し可能な使用済みの機器・器具、および口腔内に挿入した機器・器具は、すべて患者ごとに取り替えます。使用済みの機器・器具は洗浄後、耐熱性のあるものは原則として高圧蒸気滅菌(オートクレーブ)をします。耐熱性のないものは、プラズマ滅菌(過酸化水素低温プラズマ滅菌)を行い、設備がない場合は、高水準消毒(グルタラール、フタラール、過酢酸)を行います。またディスポーザブルの製品がある場合にはできる限り、ディスポーザブルを使用することを推奨しています。耐熱性があるもの、耐熱性のないもの、ディスポーザブルとして使用するものは表2の通りです。この分類は、CDCガイドラインの器具分類(クリティカル、セミクリティカル、ノンクリティカルに分類)とは異なり、歯科診療の性質上、使用する器具が多く分類が煩雑であること、概ねの機器・器具がクリティカル、セミクリティカルであることから、マニュアルではこのように分類し分かり易い構成にしていると思われます。
その他、熱処理が不可能な印象体はアルジネート印象材で120秒以上、シリコーン印象材で30秒以上水洗い後、石膏を注入する前に消毒をします。消毒薬としてグルタラール、フタラール、次亜塩素酸ナトリウム、ポビドンヨードが挙げられています。(表3) なお、ポビドンヨードは器具に対して適用はありませんが、ウイルスに対して消毒効果を有することからマニュアルに記載されていると思われます。技工物も同様に洗浄・消毒します。

表2 歯科医療機器・器具の処置*
分類 処置







高速エアタービンハンドピース、電気エンジンハンドピース、超音波スケーラーホルダー・チップ、エアアブレーション、バキュームホルダー・チップ、排唾管、歯科治療基本セット(歯科用ミラー、ピンセット、探針、エキスカベーター、トレー)、歯周ポケットプローブ、手用スケーラー類、バー・ポイント類、歯内治療用器具(クランプ、クランプフォーセップス、リーマー・ファイル、根管充填用器具)、抜歯用器具類(抜歯鉗子、エレベーター)、局所歯科麻酔用カートリッジ、コンタクトゲージ、口腔内印象採得用既成トレー(全顎用、局所用)、口腔内撮影用ミラー、口角鉤、アングルワイダー、エンドゲージ、プライヤー類、シリコン製ダッペンディッシュ(何れもオートクレーブ不可の機器・器具を除く) 高圧蒸気滅菌







PMTC用器材(ブラシコーン、ラバーカップ)、ガラス練板、ダッペンガラス、スチールバー、カッター類(オートクレーブ不可の器具) プラズマ滅菌又は高水準消毒
ディ


I


スリーウェイシリンジチップ、バキュームチップ、ラバーシート、ブローチ・クレンザー、口腔内印象採得用ディスポーザブルトレイ類、口腔内印象採得用シリンジ、テトラ綿、ロール綿、ガーゼ、根管・術野洗浄用シリンジ、レジン充填用器材類(小スポンジ、ストリップス、ウエッジ)、PMTC用チップ、メス、注射針、縫合針、縫合糸、歯科治療基本セット(歯科用ミラー、ピンセット、探針、エキスカベーター、トレー) 廃棄

<2017.03.03追加>*実際の処置については、各製品の添付文書に従ってください。

表3 技工物・印象体の処置
技工物 水洗後、フタラール、グルタラール、次亜塩素酸Na、ポビドンヨードで消毒
印象体 アルジネートは120秒以上の水洗後
シリコーンは30秒以上の水洗後
フタラール、グルタラール、次亜塩素酸Na、ポビドンヨードで消毒

その他画像診断における感染対策

口内法撮影(デジタルX線撮影)においては口腔内唾液・血液に接触するおそれがあるため、手袋を着用します。血液・体液等の飛散が予想される際には、防護具を使用することも大切です。診療上接触する表面と同様にX線装置のコントロールパネル、X線管のヘッドはラップフィルムなどでカバーします。フィルムやイメージングプレートは保護袋の上に汚染防止カバーを付けます。撮影後、汚染防止カバーを外し、消毒用エタノールを含浸させたペーパータオルで保護袋を清拭します。保護袋からフィルム・イメージングプレートを出し読み取り装置に挿入します。

まとめ

歯科診療においては、血液・体液を含んだエアロゾルが飛散・浮遊しかつ直接血液・体液に曝される頻度が高いため、エアロゾルの飛散・浮遊に対しての感染予防に重点をおきつつ、血液由来病原体(HBV、HCV、HIVなど)に対しての感染予防策を実施することが重要です。


<参考文献>

1.日本歯科医学会監修:
エビデンスに基づく一般歯科診療における院内感染対策実践マニュアル 改訂版.
永末書店,京都,2015.

2.一般歯科診療時の院内感染対策作業班:
日本歯科医学会厚生労働省委託事業「保健療情報収集等」.一般歯科診療時の院内感染に係る指針」平成26年3月31日.
https://www.jdha.or.jp/pdf/sikahoken.pdf#search=’%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%AD%AF%E7%A7%91%E5%8C%BB%E5%AD%A6%E4%BC%9A+%E6%8C%87%E9%87%9D+%E6%BB%85%E8%8F%8C’

3.田口正博、西原達次、吉田俊介 訳、小林寛伊監訳.
歯科医療の現場における感染制御のためのCDCガイドライン.
メディカ出版, 大阪, 2004.

4.CDC:
Guidelines for Infection Control in Dental Health-Care Settings‐2003.
http://www.cdc.gov/mmwr/PDF/rr/rr5217.pdf

5.Ishihama K, koizumi H,Wada T, et al. :
Evidence of aerosolized floating blood mist during oral surgery.
J Hosp Infect.2009;71:359-364.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/?term=Evidence+of+aerosolized+floating+blood+mist+during+oral+surgery.


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