感染対策情報レター

パンデミックインフルエンザ予防のための地域社会伝播軽減ガイドライン, 米国, 2017

はじめに

CDCは2017年4月に、「パンデミックインフルエンザ予防のための地域社会伝播軽減ガイドライン1)」を公表しました。このガイドラインは2007年に公表された暫定ガイダンス2)に置き換わるものです。暫定ガイダンスにおいても、ワクチンなどの薬剤を使用しない対策(non-pharmaceutical interventions:NPIs)を実施して新型インフルエンザの影響を軽減することについて言及されていましたが、本ガイドラインでは更にエビデンスに基づいたNPIsに関する勧告を提供しています。また本ガイドラインではいくつかの新しい要素が組み込まれています。NPIsの適用に関する最新の勧告を支持するため、2009年のインフルエンザA(H1N1)pdm09パンデミック以降に入手可能な最新のエビデンスが追加されています。その他、パンデミック前の幅広く柔軟な計画立案の重要性などが追加され、さらにタイムリーかつ効果的なNPIsの適用については地域社会が積極的に参加することが重要であることから、地域との関わりについての新しいセクションも追加されています。

NPIsはパンデミックワクチンが広く使用できない間、地域社会でウイルスの伝播を低減するための最も容易に利用できる手段です。本ガイドラインではNPIsに関して以下の3つのカテゴリーに分類してそれぞれの勧告が述べられています。

1.個人で行う対策
2.地域社会で行う対策
3.環境対策

今回は本ガイドラインのNPIsによるパンデミックインフルエンザの伝播軽減策の勧告部分について述べます。
 

個人、地域社会、環境におけるNPIsの勧告

1.個人で行う対策

1)日常的に個人で行う対策
(1)症状のある方の自主的な自宅待機
医療機関への受診やその他外出の必要が無い限り、インフルエンザの患者は解熱後、もしくは悪寒、発汗および熱感または皮膚の赤みの症状が無くなってから少なくとも24時間は自宅待機を行う*。これらの対策は1年間を通して実施することが必要であるが、特に季節性インフルエンザの流行期およびインフルエンザのパンデミック期間中に実施することが推奨されている。なお、解熱したことを正確に確認するために、体温測定は解熱剤(アセトアミノフェン、イブプロフェンなど)を使用していない状態で測定すべきである。

*日本の「新型インフルエンザ等対策ガイドライン3)」における患者の自宅待機期間の目安は、「発症した日の翌日から7日を経過するまで、または解熱した日の翌々日までのいずれか長い方」となっている。ただし、患者の自宅待機期間は実際に新型インフルエンザ等が発生した後に得られた知見等を基にして、必要に応じて、厚生労働省が当初の目安を修正して示す、とされている。

(2)咳エチケット・手指衛生
咳やくしゃみをする時にはティッシュで口と鼻を覆い、使用したティッシュを廃棄した後、直ちに手指衛生を行う。ティッシュが使用できない場合にはシャツの袖を使用する。微生物の拡散を防止するために目、鼻、口に触れることは避ける。

手指衛生については石けんと流水を使用して定期的かつ徹底的に行う。石けんと流水による手洗いができない場合には60%以上のエタノールまたはイソプロパノールを含有する速乾性手指消毒薬を使用する。これらの対策は自宅や保育施設、学校、職場など、人が集まる場の全てにおいて1年を通して(特に季節性インフルエンザの流行期およびインフルエンザパンデミック期間中)実施することが推奨されている。

2) パンデミックに備えて個人で行う対策
(1)暴露後の自主的な自宅待機(未発症時)
深刻なインフルエンザパンデミック期間中には咳エチケットや手指衛生のような対策と併せて、個人で行う対策として暴露した家族の自主的な自宅待機が推奨されている。家族の1人がパンデミックインフルエンザの症状または疑われる症状を呈した場合、全ての家族は症状を監視するために最初の接触から3日間(季節性インフルエンザの潜伏期間)は自宅に待機すべきである**。その後、発症した場合には「1. 1)(1)症状のある方の自主的な自宅待機」に従って対応する。ただし、インフルエンザ合併症のハイリスク者および免疫不全の方が暴露を受けたことが明らかな場合には抗インフルエンザ薬の予防投与に関する相談を専門家にすべきである。

**日本の「新型インフルエンザ等対策ガイドライン3)」における濃厚接触者の自宅待機期間の目安は、「患者が発症した日の翌日から7日を経過するまで」となっている。ただし濃厚接触者の自宅待機期間については、実際に新型インフルエンザ等が発生した後に得られた知見等を基にして、必要に応じて、厚生労働省が目安を修正して示す、とされている。

(2)マスクの使用
・症状がある場合のマスクの使用
医療機関を受診するなどの理由で人の集まる場所に行く場合や他の方と密接に接触する場合(家族と同じ部屋にいる場合、産後の女性が幼児の世話をする場合など)において、深刻なインフルエンザパンデミック期間に症状がある方はマスクを使用することが推奨されている。

・症状が無い場合のマスクの使用
インフルエンザのパンデミック期間であっても特別なハイリスクの状況に無い限り感染を避ける目的で症状のない方が日常的にマスクを使用することは推奨されていない。しかしながら深刻なパンデミック期間において、パンデミックワクチンが利用できず人混みを避けられない場合、妊婦やその他インフルエンザ合併症のハイリスク者はマスクを使用しても良い。さらに自宅で症状を有する家族をケアする人についても、密接な接触がある時に感染を防ぐ目的でマスクを使用しても良い。症状のない方のマスクの使用は汚染された環境表面に触れた後に手が鼻に触れてしまうことなどの自己接種の機会を減少させる可能性がある。

2.地域社会で行う対策

1)学校閉鎖・早退
深刻なインフルエンザのパンデミック期間中には早期にかつ組織的に学校閉鎖および早退を実施することが推奨されている。この勧告は米国地域予防サービス対策本部(U.S Community Preventive Services Task Force***)の結論と一致している。なお、対策本部は軽度および中程度のインフルエンザパンデミック期間における組織的な学校の早退を推奨することについては十分なエビデンスがないと述べている。このような場合には管轄組織がその地域の有益性と発生しうる有害性のバランスを考慮し、決定を下すべきである。

***U.S Community Preventive Services Task Force:公衆衛生と予防の専門家からなる独立組織であり、地域の予防サービス、プログラム、健康改善のための方針についてエビデンスに基づいた調査結果と勧告を提供している。

2)学校、職場、集会における社会的距離
ヒト-ヒト間の距離を3フィート(約91cm)****以上にすることで、ヒトからヒトへの伝播を減少する可能性がある。この手法は症状のない見た目が健康な方に適用される。しかし、この最小限に必要なヒト-ヒト間の距離はインフルエンザパンデミックの深刻度によって広がる可能性がある。地域社会において対面接触の機会が減少する可能性のある実践的手法としては以下のようなものがある。

・パンデミック期間に学校が開かれている場合は、学校のクラスを小規模の学生のグループに分け、教室内で互いに少なくとも3フィート(約91cm)****の間隔を取るようにして机を配置する。
・在宅勤務とし、職場での会議をビデオ会議や電話会議に置き換える。
・集会を変更、延期、または中止する。

なお、インフルエンザの症状を示している人およびパンデミックインフルエンザに感染している可能性がある人は健康な人と出来るだけ早く距離を取り、家に送り、「1.1)(1)症状のある方の自主的な自宅待機」の対策を実施すべきである。

****日本の「新型インフルエンザ等対策ガイドライン3)」では「通常、飛沫はある程度の重さがあるため、発した人から1~2メートル以内に落下する。つまり2メートル以上離れている場合は感染するリスクは低下する。方法として感染者の2メートル以内に近づかないことが基本となる」と記載されている。

3.環境対策

1)高頻度接触表面の日常的な清掃
高頻度接触表面や物品からインフルエンザウイルスを除去するため、家庭、学校、職場を含む全ての場所で環境表面の清掃を実施することが推奨されている。これらを実施することによって季節性およびパンデミックインフルエンザウイルスを含む様々な感染性病原体の伝播を予防できる可能性がある。環境表面の清掃には界面活性剤含有の洗浄剤またはEPA登録の消毒薬を使用することができる。

おわりに

2013年3月以降、中国を中心に鳥インフルエンザA(H7N9)の感染例が発生し、2017年6月28日現在、1533名(うち、少なくとも592名死亡)の感染患者が報告されています4)。2016年10月1日以降に発生した5回目の流行の患者数と地域分布は、これまでの流行よりも規模が大きくなっています。このことは、ウイルスが広がっていることを示しており、調査と感染制御対策が重要であることを強く示しているとWHOは評価しています5) 6)。これまでのところ、ヒト-ヒト間で感染伝播を維持し続ける能力は獲得していないことが示唆されていますが、今後の動向には注視する必要があります。
新型インフルエンザのワクチンは使用可能になるまでに一定の開発期間を要するため、それまでの間、地域社会におけるウイルスの伝播軽減策は非常に重要となります。

本ガイドラインは地域社会で実施すべき対策について述べられているため一般の方にとって参考になる内容となっていますが、医療従事者においても病院へのウイルスの持ち込みを防止するために参考となるガイドラインであると考えられます。

編集指導者コメント

地域社会で実施する対策としては、手指衛生、マスクの使用、咳エチケットなどが挙げられます。手指衛生については実施することを推奨する根拠データがありますが、非感染者の予防的マスクの使用については一部有用性を示した報告もありますが、明確な予防効果のエビデンスが認められていないため7)、感染対策を目的とした日常的なマスクの使用を規定することについては必ずしも推奨されていません。マスクの着用のみで、アウトブレイクを完全に防げるわけではなく、その遵守率、及び、他の幾多の要素が関係するものと考えます。ただし、パンデミックの深刻度合いによってはマスクの使用を考慮する必要があると、一般的には理解されています。また、空気感染予防策の必要性に関する論文もあります8)9)。咳エチケットについては、その有用性を評価した質の高い報告が存在しませんが、日常的に実施すべき対策と考えられます。しかしながら、公共の交通機関等では咳エチケットを実施せずに咳・くしゃみをしている方が見受けられるため、全ての方が咳エチケットを励行できるような啓発活動が必要と考えられます。


<参考文献>

1.CDC:
Community Mitigation Guidelines to Prevent Pandemic Influenza – United States, 2017.
MMWR 2017:66;1-34
https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/66/rr/rr6601a1.htm?s_cid=rr6601a1_w

2.CDC:
Interim Pre-pandemic Planning Guidance: Community Strategy for Pandemic Influenza Mitigation in the United States – Early, Targeted, Layered Use of Nonpharmaceutical Interventions, 2007
【ご注意ください】下記URLは直接ファイルがダウンロードされます。
https://stacks.cdc.gov/view/cdc/11425/cdc_11425_DS1.pdf?download-document-submit=Download

3.新型インフルエンザ等及び鳥インフルエンザ等に関する関係省庁対策会議:
新型インフルエンザ等対策ガイドライン.
平成25年6月26日(平成29年3月30日一部改定)
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/keikaku/pdf/h290330gl_guideline.pdf

4.厚生労働省健康局結核感染症課:
鳥インフルエンザA(H7N9)の発生状況(2013年3月以降).
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000163011.pdf

5.WHO:
Disease outbreak news, Emergencies preparedness, response. 28 June 2017
Human infection with avian influenza A(H7N9) virus – China
http://www.who.int/csr/don/28-june-2017-ah7n9-china/en/

6.厚生労働省検疫所:
2017年06月30日更新 鳥インフルエンザA(H7N9)の発生状況(更新18)
http://www.forth.go.jp/topics/2017/06301036.html

7.Saunders-Hastings P, Crispo JAG, Sikora L, et al:
Effectiveness of personal protective measures in reducing pandemic influenza transmission: A systematic review and meta-analysis.
Epidemics 2017;in press
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/term=Effectiveness+of+personal+protective+measures+in+reducing+pandemic+influenza+transmission%3A+A+systematic+review+and+meta-analysis

8.Blumenfeld HL, Kilbourne ED, Louria DB, et al:
Studies on influenza in the pandemic of 1957-1958. I. An epidemiologic, clinical and serologic investigation of an intrahospital epidemic, with a note on vaccination efficacy.
J Clin Invest 1959;38:199-212.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC444126/pdf/jcinvest00327-0216.pdf

9.Moser MR, Bender TR, Margolis HS, et al:
An outbreak of influenza aboard a commercial airliner.
Am J Epidemiol 1979;110:1-6.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/463858


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