感染対策情報レター

鳥インフルエンザA(H7N9)について

はじめに

鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス(以下H7N9ウイルス)とは、A型インフルエンザウイルスの亜型の一つで、通常鳥の間で循環しているウイルスです1)
2013年3月に最初のH7N9ウイルス感染のヒト症例が中国政府から世界保健機関(WHO)に報告されました2)。以降、中国本土からの報告に加えて、中国本土に滞在歴がある、または中国本土から輸入した家禽(かきん)との接触歴のある人々でのH7N9ウイルス感染が明らかになっています。日本では中国で流行しているウイルスとは遺伝子的に異なりますが、H7N9ウイルスが2017年3月に野鳥の糞便から検出されており3)、渡り鳥や家禽による流入、また海外で感染して国内に持ち込まれる輸入感染症として侵入することが危惧されています。
今回はH7N9ウイルスに関する現在までの情報および医療施設における感染制御について述べます。

鳥インフルエンザA(H7N9)

鳥インフルエンザA(H7N9)は一般に鳥の感染症であり、H7N9ウイルスは家禽に対して低病原性を示す一方、ヒトに感染すると重篤な症状を生じうることが知られています。
潜伏期間は多くが3日~7日間程度(最長10日程度)とされ4)、感染した場合の主な症状としては、発熱、咳嗽、呼吸困難、頭痛、筋肉痛、全身倦怠感などが知られています。また、症例の多くで重症肺炎を発症する特徴があります5)。致死率は高く、2013年から今までに感染が報告された1584例のうち、612例(39%)が死亡しています(2017年9月7日現在)6)
感染症例は中国本土で最も多く、その他の地域では台湾、香港、マカオ、また輸入症例としてマレーシア、カナダからの報告があります6)
感染経路に関しては明確となっていませんが、感染した家禽との接触や汚染された環境を介しての感染7)8)、感染者と同一のエリア内にいた家族など濃厚な接触者間において感染が疑われた症例9)10)11)、また医療関連感染が推察された事例が報告されています12)13)14)。また近年の調査では、2016年9月から12月に感染した97例のうち87例(90%)が鳥への接触歴があり、そのうち72例(83%)に生きた家禽を扱う市場への訪問歴があったと報告されています7)

臨床情報・動向

Gaoらが行ったH7N9ウイルス感染症による111例の入院患者を対象にした研究にて、85例が集中治療室に入室し、30例(27%)が死亡したことが確認されました。症状は発熱111例(100%)、咳嗽100例(90%)が多く、入院時に108例(97%)の症例で肺炎をみとめ、79例(71%)で急性呼吸窮迫症候群を合併していました15)
死亡10例と生存30例を比較したLiuらの疫学研究によると、死亡のリスク因子として喫煙歴のある高齢者、慢性肺疾患、免疫不全疾患、基礎疾患に対する長期の投薬歴、発症から抗インフルエンザ薬であるオセルタミビル投与による治療開始(両郡ともオセルタミビル感受性あり)までの遅延が報告されています16)

疫学的所見

H7N9ウイルス感染患者の発生は中国では冬季にピークを示し、浙江省、広東省、江蘇省、福建省など東部沿岸地域を中心として流行しています。
2013年から5つの感染ピークを認めており、第1波135例、第2波320例、第3波226例、第4波では119例が報告されています17)。2016年9月から始まった第5波は、第4波までと比べて一定期間内における報告数が多いこと、流行の始まる時期が早いこと、さらに今まで感染の報告がなかった地域など広範囲に発生していることが確認されました。また、年齢、性別、重症例の割合や家禽への曝露歴については、これまでの流行期と変わっていないことが報告されました7)

ウイルス学的所見

第4波までのH7N9ウイルスは家禽に対して低病原性でしたが、第5波では家禽に対して高病原性を示唆する変異を持ったウイルスが報告されています18)
現在まで高病原性ウイルス変異株を含めて、継続的にヒト−ヒト感染する能力は獲得していないとされており、家禽に対して高病原性へ変異したことによって、ヒトでの病原性や感染力に影響を及ぼした証拠は今のところ認められていません1)

国内対応と検査・診断

日本国内の対応として、2013年4月より政令によって指定感染症に指定され、二類感染症相当の扱いとなりました。翌2014年の政令改正により、その指定期限を1年間延長しましたが、2015年1月の政令改正により二類感染症に規定されました19)
現時点では、2013年5月の厚労省健康局結核感染症課からの通知に基づき、38℃以上の発熱および急性呼吸器症状があり、症状や所見、渡航歴、接触歴などから鳥インフルエンザA(H7N9)が疑われると判断した場合、医師は疑似症患者として保健所への報告が義務付けられており、保健所との相談の上、検体採取(喀痰、咽頭拭い液等)を行う必要があります20) 21)

感染予防策(医療施設内感染制御策)

H7N9ウイルスは、密に感染者と接触する家族など濃厚な接触者の間で限定的なヒト―ヒト感染が生じている可能性が否定できないとされていますが、持続的なヒト―ヒト感染は認められていません。また、現在のところ、感染源と感染経路は明らかになっていませんが、医療従事者が行う鳥インフルエンザA(H7N9)に対する現時点での必要な感染予防策として、外来では手指衛生や咳エチケットなど標準予防策を徹底し、飛沫感染予防策を行うことが最も重要と考えられています22)。入院患者については、湿性生体物質への曝露があるため、接触感染予防策を追加します。現状では感染様式に関する知見が乏しいことから、より確実に感染対策を行うために、患者の気道吸引の処置などエアロゾル発生の可能性が考えられる場合には、N95マスクの着用など空気感染予防策を追加します。ただし、これらは現時点での暫定的な推奨であり、今後得られる情報に応じて適宜改訂していくものと考えられています22)
H7N9ウイルスはエンベロープを有するウイルスであり、消毒には消毒用エタノール、70v/v%イソプロパノール、0.05~0.5w/v%(500~5000ppm)次亜塩素酸ナトリウム等が使用されます23)。目に見える環境汚染に対して清拭・消毒を行い、手が頻繁に触れる部位については、目に見える汚染がなくても清拭・消毒を行います。なお、次亜塩素酸ナトリウム製剤を使用する際は、換気や金属部分の劣化に注意して使用します。

おわりに

2016年以降、H7N9ウイルスに感染した症例が急増し、地域分布の広がりも示しています。今のところ、日本では野鳥の糞便からのH7N9ウイルス検出が報告されている一方、家禽やヒトでの感染事例はみられていません。
医療施設においては、平素より呼吸器感染の症状を有する患者にはサージカルマスクを渡して咳エチケットの励行、および手指衛生を確実に行うように促すことが求められます。
H7N9ウイルスの人への感染様式や伝播能力など明確な結論はまだ得られていないため、今後も情報を注視していく必要があります。


<参考文献>

1.WHO:
Analysis of recent scientific information on avian influenza A(H7N9) virus.
http://www.who.int/influenza/human_animal_interface/avian_influenza/riskassessment_AH7N9_201702/en/

2.Gao R, Cao B, Hu Y, et al.
Human infection with a novel avian-origin influenza A (H7N9) virus.
N Engl J Med 2013;368:1888-97.
http://www.who.int/influenza/human_animal_interface/avian_influenza/riskassessment_AH7N9_201702/en/

3.厚生労働省:
野鳥における低病原性鳥インフルエンザウイルス(H7N9亜型)の検出について.
2017年3月31日事務連絡.
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000159874.pdf/

4.Li Q, Zhou L, Zhou M, et al.
Epidemiology of human infections with avian influenza A (H7N9) virus in China.
N Engl J Med 2014; 370:520.
http://www.nejm.org/doi/pdf/10.1056/NEJMoa1304617

5.Ke Y, Wang Y, Liu S, et al.
High severity and fatality of human infections with avian influenza A(H7N9) infection in China.
Clin Infect Dis 2013; 57:1506.
https://academic.oup.com/cid/article/57/10/1506/288088/High-Severity-and-Fatality-of-Human-Infections

6.Food and Agriculture Organization of the United Nations:
H7N9 situation update (23 August 2017).
http://www.fao.org/ag/againfo/programmes/en/empres/h7n9/situation_update.html

7.Lei Z, Ruiqi R, Lei Y, et al.
Sudden increase in human infection with avian in uenza A(H7N9) virus in China, September–December 2016.
WPSAR 2017.
http://ojs.wpro.who.int/ojs/index.php/wpsar/article/view/521/734

8.WHO:
Monthly Risk Assessment Summary.
http://www.who.int/influenza/human_animal_interface/HAI_Risk_Assessment/en/

9.WHO:
WHO RISK ASSESSMENT of Human infections with avian influenza A(H7N9) virus.
http://www.who.int/influenza/human_animal_interface/influenza_h7n9/RiskAssessment_H7N9_23Feb20115.pdf?ua=1

10.WHO:
Disease outbreak news, 15 March 2017. Human infection with avian influenza A(H7N9) virus – China.
http://www.who.int/csr/don/15-march-2017-ah7n9-china/en/

11.WHO:
Disease outbreak news, 19 July 2017. Human infection with avian influenza A(H7N9) virus – China.
http://www.who.int/csr/don/15-march-2017-ah7n9-china/en/

12.Xiang, N, Li X, Ren R, et al.
Assessing Change in Avian Influenza A(H7N9) Virus Infections During the Fourth Epidemic — China, September 2015–August 2016.
MMWR Morb Mortal Wkly Rep 2016; 65(49): 1390–1394.
https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/65/wr/mm6549a2.htm?s_cid=mm6549a2_w

13.Chen H, Liu S, Liu J et al.
Nosocomial Co-Transmission of Avian Influenza A(H7N9) and A(H1N1)pdm09 Viruses between 2 Patients with Hematologic Disorders.
Emerg Infect Dis 2016; 22: 598-607.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC4806937/pdf/15-1561.pdf

14.Fang CF, Ma MJ, Zhan BD et al.
Nosocomial transmission of avian influenza A (H7N9) virus in China: epidemiological investigation.
BMJ 2015; 351: h5765.
http://www.bmj.com/content/bmj/351/bmj.h5765.full.pdf

15.Gao HN, Lu HZ, Cao B, et al.
Clinical findings in 111 cases of influenza A(H7N9) virus infection.
N Engl J Med 2013;368:2277.
http://www.nejm.org/doi/pdf/10.1056/NEJMoa1305584

16.Liu S, Sun J, Cai J, et al.
Epidemiological, clinical and viral characteristics of fatal cases of human avian influenza A(H7N9) virus in Zhejiang Province, China.
J Infect. 2013;67:595-605.
http://www.journalofinfection.com/article/S0163-4453(13)00239-9/fulltext

17.Iuliano AD, Jang Y, Jones J, et al.
Increase in Human Infections with Avian Influenza A(H7N9) Virus During the Fifth Epidemic — China, October 2016–February 2017.
MMWR Morb Mortal Wkly Rep 2017;66:254–255.
https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/66/wr/mm6609e2.htm

18.European Centre for Disease Prevention and Control:
Mutation of avian influenza A(H7N9).
https://ecdc.europa.eu/en/news-events/mutation-avian-influenza-ah7n9-now-highly-pathogenic-poultry-risk-human-human

19.厚生労働省:
中東呼吸器症候群(MERS)及び鳥インフルエンザA(H7N9)の二類感染症への追加後の対応について.
2015年1月21日掲載.
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000144465.pdf

20.厚生労働省:
「中国における鳥インフルエンザA(H7N9)の国内検査体制について(情報提供)」の一部改正について.
2015年5月2日掲載.
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000144498.pdf

21.厚生労働省:
感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律第12 条第1項及び第14 条第2項に基づく届出の基準等について(一部改正).
2015年1月21日掲載.
http://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000144466.pdf

22.国立感染症研究所:
鳥インフルエンザA(H7N9)ウイルス感染症に対する院内感染対策.
http://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/a/flua-h7n9/2273-idsc/3550-hospital-infection.html

23.国立感染症研究所:
中東呼吸器症候群(MERS)・鳥インフルエンザ(H7N9)に対する院内感染対策.
https://www.niid.go.jp/niid/ja/diseases/alphabet/mers/2186-idsc/4853-mers-h7-hi.html


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