感染対策情報レター

咽頭結膜熱について

はじめに

咽頭結膜熱はアデノウイルスによって引き起こされる、主に夏場に流行する感染症であり、かつてプールを介して感染した例が多かったことから「プール熱」とも呼ばれています。しかしながら、医療機関を受診した患者が起点となり病院感染を生じる可能性もあります。
以下、咽頭結膜熱について感染対策を中心に述べます。

疫学1)2)

咽頭結膜熱の原因微生物であるアデノウイルスは1953年にヒトの咽頭扁桃肥大症(アデノイド)の組織から初めて分離され、1955年に咽頭結膜熱として提唱されました3)4)。アデノウイルスには生化学的・血清学的基準によってA~Gの7種に分類され、さらに51の型に細分類されています。また、52型以降は遺伝子型で分類され、現在までに90型まで分類されています5)。アデノウイルスによる感染症は血清型および感染宿主の状態によって様々な症状を呈し、咽頭結膜熱の他に流行性角結膜炎、咽頭・扁桃炎、気管支炎、肺炎、出血性膀胱炎、急性胃炎などを引き起こします。咽頭結膜熱は主に血清型が3、7型によって引き起こされますが、2、4、14型によっても引き起こされることがあり、さらに1、5、6、8、11、19型による散発的な流行も報告されています6)~9)。2008~2017年に咽頭結膜熱患者から分離されたアデノウイルスの血清型は日本国内においても3型が最も多く、次いで2、1、4、5型の順で多く分離されています1)。咽頭結膜熱は1歳児を中心とした小児で多く報告されていますが、アデノウイルスによる感染は終生免疫が得られず、また血清型も多く存在するため感染を繰り返す可能性があります。
咽頭結膜熱は通常、夏場に流行がみられますが、近年国内においては冬場でも小さな流行が認められています1)

臨床症状2)10)

咽頭結膜熱の臨床症状としては発熱、咽頭炎、結膜炎が三大症状であり、その他、頭痛、食欲不振、全身倦怠感、鼻炎などを呈する場合があります。結膜炎は片眼から始まり、一般的にはその後、両眼へ進展します。7型のアデノウイルスについては易感染患者、乳幼児、高齢者で時に重篤な肺炎を呈することがあります。
潜伏期間は5~7日(最長12日)であり、発症してから症状が3~5日程度続きます。発症後、数日間は感染力が強く、症状がみられなくなってもしばらく感染性を有しており、10~15日間感染性がある場合もあります2)

病院感染対策11)

咽頭結膜熱を引き起こすアデノウイルスは眼科検査器具や医療従事者の手指を介する接触感染、呼吸器症状を有する患者からの飛沫感染によって伝播します。またアデノウイルス結膜炎を有する患者が使用した点眼薬についてPCR法によってウイルスDNAを検出した結果、73%から検出されたとの報告12)があり、点眼薬を介した感染にも注意が必要です。その他、環境表面において10日以上感染性を有していたとの報告13)があり、環境を介した伝播や感染患者の便を介した伝播も考えられます。
感染対策は標準予防策・接触予防策・飛沫予防策を遵守することが重要です。特に感染患者の診療においては眼に触れる機会が多く、手指や検査器具が汚染される可能性が高いため、手指衛生の徹底や適切な器具消毒を実施する必要があります。また、外来などで感染患者を診療する場合には非感染患者と空間的、時間的に区別することが必要であり、例えば感染患者の診療をその日の最後に行うこと、感染患者専用の診察台を設けることなどが挙げられます。点眼薬は汚染を避けるため、まつ毛などに触れないよう正しい使用方法を徹底し、病棟で使う点眼薬は可能な限り個人持ちとします。検査用点眼薬などで個人持ちができない場合には毎日新しいものに交換します。医療従事者がアデノウイルスによる結膜炎を発症した場合には、症状が完全に消失するまで就業しないよう指示することが必要です。眼圧計チップや清拭綿など涙液に触れるものまたは触れるおそれがあるものは個人ごとの使い捨てとし、使い捨てにできない器具は滅菌あるいは適切な消毒を行います。

消毒薬感受性

アデノウイルスはエンベロープの無いウイルスであり、エンベロープの有るウイルスよりも消毒薬に抵抗性を示します。ただし、若干親油性があるため、エンベロープの無い親水性ウイルスよりも良好な消毒薬感受性を示します。具体的には、0.04%グルタラール、200~500ppm次亜塩素酸ナトリウム、1~5%ポビドンヨード液、消毒用エタノール、3%過酸化水素、90℃5秒間の熱消毒が有効と報告されています13)~22)。なお、イソプロパノールについてはアデノウイルスに対して不活性化効果を示した報告がある一方で16)17)、エタノールよりも効果が劣ると評価された報告や、眼科用器具の消毒には効果が不十分であったと評価された報告もあります21)23)
したがって、アデノウイルスを念頭においたノンクリティカル器具の消毒には、熱水か、500~1,000ppm次亜塩素酸ナトリウム液または消毒用エタノールを用います。リネンは80℃10分の熱水洗濯または次亜塩素酸ナトリウム液による消毒を行い、セミクリティカル器具には通常の高水準消毒または滅菌を行います。ドアノブなどの手が頻繁に触れる環境表面については消毒用エタノールでの2度拭きが望ましいとガイドラインに記載されています24)。手洗いにおいては、流水と石鹸を用いた15秒手洗いも、ある程度効果を示したが、流水洗浄後に速乾性手指消毒薬を使用すると高い効果があったとの報告があります25)

おわりに

アデノウイルスは感染力が強く、眼科診療が行われる病棟等で感染が生じると感染が拡大しやすく、また終息させることは困難になります。医療機関においては本感染症に対する感染対策等の管理体制を構築し、病院感染が発生した場合には眼科のみならず医療機関内全体へ情報を共有し適切な対応を講じることができる体制を整えることが肝要であると考えられます。


<参考文献>

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【リンクのご注意】下記サイトへアクセスするとブラウザへ印刷に関連する画面が表示されますがキャンセルを押下いただくことでご参照可能です(この方法以外では同じページが表示されません)
https://emedicine.medscape.com/article/1192323-print

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