感染対策情報レター

急性弛緩性麻痺について

はじめに

平成30年3月14日に感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行規則の一部を改正する省令が公布され、五類感染症(全数把握)に新たに「急性弛緩性麻痺(急性灰白髄炎を除く。)」が追加されました1,2)。この省令は平成30年5月1日より施行されており、届出基準を満たす該当症例については7日以内の届出が必要となります。
以下、改正された省令により追加された急性弛緩性麻痺の概略について述べます。

改正の背景3,4)

急性弛緩性麻痺(Acute Flaccid Paralysis:AFP)とは、脊髄・末梢神経・筋などの様々な部位に急性に弛緩性の麻痺を呈する疾患の総称であり、ポリオ(急性灰白髄炎)等の感染症に起因するものが存在します。世界保健機関(WHO)は、ポリオ対策の観点から、各国でAFPを発症した15歳未満の患者を把握して、当該患者がポリオに罹患していないことを確認するよう求めており、世界194ヵ国中179ヵ国でAFPの動向調査が実施されています(2017年12月時点)。
日本ではこれまでAFPについての動向調査は実施されていませんでしたが、今回の改正でWHO基準と同様にAFPを発症した15歳未満の患者が届出対象となりました。また届出条件には「急性灰白髄炎(ポリオ)を除く」という規定も設けられています。
日本でAFPが届出対象とされていなかった理由として、日本では平成24年までポリオの定期接種に生ワクチンが使用されていたことから、AFPを発症した患者にはポリオが原因であるかの検査が実施されていると考えられていました。そのためAFPを届出対象とする必要性は低いと考えられていましたが、平成24年にポリオの不活化ワクチンが導入されて以降、日本でのポリオの発生はワクチン由来株も含めて全くない状況が続いており、今後AFP発症者に対してポリオ検査が実施されなくなってくる可能性が危惧されました。そこで、引き続きAFP患者に対するポリオ検査の確実な実施を担保するために、届出の対象がポリオでないことを条件としています。
なお、ポリオウイルスが原因の「急性灰白髄炎」は、二類感染症に指定されています。

定義・臨床症状・届出基準1,2,4)

今回の改正で追加されたAFPは、ウイルスなどの種々の病原体の感染により弛緩性の運動麻痺症状を呈する感染症と定義されました。
臨床的特徴としては、その多くが何らかの先行感染を伴い、手足や呼吸筋などに筋緊張の低下、筋力低下、深部腱反射の減弱ないし消失、筋委縮などの急性の弛緩性の運動麻痺症状を呈するとされています。発症機序が同一ではないものの同様の症状を呈するポリオ様麻痺、急性弛緩性脊髄炎、急性脳脊髄炎、急性脊髄炎、ギラン・バレー症候群、急性横断性脊髄炎、Hopkins症候群等もここには含まれます。AFPを呈する疾患は多岐にわたり、ポリオウイルス以外のエンテロウイルス(エンテロウイルスD68、エンテロウイルスA71など)やボツリヌス菌などの微生物のほか、非感染性の疾患でも起こることから、その鑑別は推定される病変部位と病態を手掛かりに行われます。
医師は上述の臨床的特徴を有する者を診察した結果、症状や所見からAFPが疑われ、かつ表1に示す届出に必要な要件をすべて満たすと診断した場合は、7日以内に最寄りの保健所長を経由して都道府県知事に届出を行う必要があります。また、上述の臨床的特徴を有する者の死体を検案した結果、症状や所見からAFPが疑われ、表1の届出要件を満たすと判断した場合も同様に、7日以内に届け出を行う必要があります。

表1. 届出に必要な要件(3つすべてを満たすもの)

ア.15歳未満
イ.急性の弛緩性の運動麻痺症状を伴って死亡した者、又は当該症状が24時間以上消失しなかった者
ウ.明らかに感染症でない血管障害、腫瘍、外傷、代謝障害などでないこと、及び痙性麻痺でないこと

海外におけるエンテロウイルスD68感染症の流行5-7)

今回の感染症法改正に至るきっかけとして、AFPを起こす原因ウイルスの一つであるエンテロウイルスD68(以下、EV-D68とする)感染症の海外での流行の発生が挙げられます。
米国では2014年以前はEV-D68の検出はまれでしたが、2014年8月以降、EV-D68感染症が流行し、これと同時期にポリオ様麻痺が多発しました。米国では他のAFPと区別するため、その臨床的および解剖学的特徴をもとに、新たな症例定義として急性弛緩性脊髄炎(AFM:Acute Flaccid Myelitis)を定め、報告を集めました。AFMはAFPのうち、表2の条件を満たす症例が該当します。

表2. AFMの定義

[1]四肢の限局した部分の脱力を急に発症
[2]MRIで主に石灰質に限局した脊髄病変が1脊髄分節以上に広がる
[3]髄液細胞増加(白血球数>5/μL)
※[1]+[2]は「確定」、[1]+[3]は「疑い」とする

報告を集めた結果、2014年8月~12月の間にAFMと報告された患者は120例で、年齢の中央値は7.1歳、59%が男性でした。麻痺症状の発症前に、81%に呼吸器症状、64%に発熱症状を呈していました。2015年は単発的に患者が発生し、2016年には再び患者数が増加しました。
一方、ヨーロッパ疾病管理予防センター(ECDC)は2016年に、デンマーク、フランス、オランダ、スペイン、スウェーデン、イギリスにおいて、EV-D68が検出されたエンテロウイルス感染による子供及び大人における重症の神経学的症候群の集団又は孤発例の報告がなされたことを通知しました。また、2017年10月には、アルゼンチンよりEV-D68感染によるAFM症例が報告されました。2016年第13週から第21週の間に、15名のAFM症例が確認され、そのうち6例からEV-D68が検出されています。EV-D68以外に検出されたウイルスとしては、AFMの2症例の便検体からヒトEV B型およびヒトEV C型が検出され、ほかにもライノウイルスC型、コクサッキーウイルスA13型がそれぞれ1例ずつ検出されたと報告されています。

日本におけるEV-D68感染症の流行4,8)

日本では2015年8月以降、呼吸器感染症例等からEV-D68が検出され、EV-D68検出数は2015年9月をピークに急増しました。それと同時期に、小児を中心としたAFP症例の報告が相次ぎ、一部の症例からEV-D68が検出されました。当時日本ではAFPサーベイランスは実施されていなかったため、厚生労働省から2015年10月21日付で事務連絡「急性弛緩性麻痺(AFP)を認める症例の実態把握について(協力依頼)」9)が発出され、原因究明のための調査が行われました。
その調査では、2015年8月~12月に全国からAFP症例を集積し、その症例のうちAFMの定義を満たす症例が抽出されました。その結果、調査期間中に89病院からAFP115例が報告され、そのうち59例がAFM症例(確定58例、疑い1例)でした。患者の年齢の中央値は4.4歳(IQR:Interquartile range(四分位範囲) 2.6~7.7歳)で、55名が15歳以下の子供、4名が21歳以上の成人でした。EV-D68はAFM症例のうち9例から検出されました。
海外での報告と同様に、今回の調査結果でもAFM症例発生とEV-D68感染とは時間的に相関性がみられたことから、EV-D68はAFMの主な原因の一つであるかもしれないとしていますが、患者からのEV-D68検出率が低いこと、EV-D68感染のない散発症例が多いことから、患者の感受性などの要因もAFM発症にかかわっているのではないかと示唆されています。

病院感染対策

AFPを起こす原因は多岐にわたりますが、その原因の一つとされるEV-D68はエンテロウイルス属のウイルスの一つであり、エンテロウイルス属にはポリオウイルス群、コクサッキーウイルスA群、コクサッキーウイルスB群、エコーウイルス群、エンテロウイルス群があります。エンテロウイルス属はエンベロープのないウイルスのため、消毒薬に対する抵抗性は高いと考えられており、ウイルスの不活性化に対し、アルコールが長時間を要するという報告10-12)や、低濃度のポビドンヨードは効力を示したが、通常使用される高濃度では比較的長時間を要したとの報告があります13)。そのため、エンテロウイルスに対する消毒としては、スポルディングによる器具の分類や材質に応じて熱水による消毒か高水準消毒、または500~1000ppm次亜塩素酸ナトリウムでの消毒を選択します。アルコールを用いる場合は丹念に清拭し物理的にふき取ることで対応します。手指衛生は、流水と石けんによる手洗いで物理的にウイルスを除去することが基本とし、場合によって速乾性手指消毒薬を補完的に使用します。
EV-D68は呼吸器疾患の原因ウイルスで、感染患者の気道分泌物(唾液、鼻粘液、痰)にみられます。そのため、患者が咳やくしゃみをしたときにヒト—ヒト感染を起こすと考えられ、またその飛沫で汚染された環境表面等への接触によって感染が広がるとされます14,15)。感染対策としては標準予防策に加え、飛沫予防策、接触予防策を実施します。エンテロウイルス属のウイルスは乾燥した環境表面において比較的長時間生存している可能性があるため16)、手の良く触れる環境表面の定期的な消毒も重要と考えられます。

おわりに

AFPを呈する疾患は多岐にわたるため、その鑑別を慎重に行うことが重要であり、ポリオウイルスによる急性灰白髄炎かの鑑別が必須となります。原因となる疾患、起因微生物が判明したのち、その結果にしたがって治療、感染対策を行います。微生物による感染が原因の場合は、その微生物の特徴にあった感染対策を行う必要があり、原因微生物がエンテロウイルスであった場合は消毒薬に対して比較的抵抗性を示すため、有効な消毒薬の選択、使用方法を考慮して対応する必要があります。


<参考文献>

1.厚生労働省令第22号(平成30年3月14日)
感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行規則の一部を改正する省令
https://kanpou.npb.go.jp/old/20180314/20180314h07222/20180314h072220003f.html

2.厚生労働省健康局結核感染症課長通知 健感発0410第1号(平成30年4月10日)
感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行規則の一部を改正する省令の施行に伴う各種改正について.
https://www.mhlw.go.jp/file/06-Seisakujouhou-10900000-Kenkoukyoku/0000203420.pdf

3.厚生労働省健康局結核感染症課 第23回厚生科学審議会感染症部会議事録.
2017年12月15日
https://www.mhlw.go.jp/stf/shingi/shingi-kousei_127717.html

4.急性弛緩性麻痺を認める疾患のサーベイランス・診断・検査・治療に関する手引き:厚生労働科学研究費補助金 新興・再興感染症及び予防接種政策推進研究事業「エンテロウイルス等感染症を含む急性弛緩性麻痺・急性脳炎・脳症の原因究明に資する臨床疫学研究」研究班.
平成30年4月.
https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/disease/AFP/AFP-guide.pdf

5.Seivar JJ, Lopez AS, Cortese MM, et al.:
Acute Flaccid Myelitis in the United States, August-December 2014:Results of Nationwide Surveillance.
Clin Infect Dis 2016 Sep 15;63(6):737-745.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/27318332

6.PAHO.
Epidemiological Alert.1 November 2017:
Acute Flaccid Myelitis associated with enterovirus D68 in the context of Acute Flaccid Paralysis surveillance.
https://www.paho.org/hq/dmdocuments/2017/2017-nov-01-epi-update-EV-D68.pdf

7.Holm-Hansen CC, Midgley EM, Fischer TK:
Global emergence of enterovirus D68:a systematic review.
Lancet Infect Dis 2016;15(5):e64-75.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/26929196

8.Chong PF, Kira R, Mori H, et al.:
Clinical features of acute flaccid myelitis temporally associated with an Enterovirus D68 outbreak:Results of a nationwide survey of acute flaccid paralysis in Japan, August-December 2015.
Clin Infect Dis 2018;66:653-664.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC5850449/pdf/cix860.pdf

9.厚生労働省健康局結核感染症課:
急性弛緩性麻痺(AFP)を認める症例の実態把握について(協力依頼):事務連絡 平成27年10月21日.
http://www.jspid.jp/news/1510_afp.pdf

10.野田伸司、渡辺実、山田不二造、他:
アルコール類のウイルス不活化作用に関する研究-ウイルスに対する各種アルコールの不活化効果について.
感染症学雑誌 1981;55:355-366.
http://journal.kansensho.or.jp/kansensho/backnumber/fulltext/55/355-366.pdf

11.佐藤隆一、和田英己、滝沢真紀、他:
各種アルコール系消毒薬の評価.
医学と薬学 2003;49:713-724.

12.Ali Y, Dolan MJ, Fendler EJ, et al.:
Alcohols. In: Block SS, ed. Disinfection, Sterilization, and Preservation. 5th ed.
Philadelphia:Lippin-cott Williams & Wilkins 2001;229-253.

13.川名林冶、北村敬、千葉峻三、他:
ポビドンヨード(PVP-I)によるウイルスの不活化に関する研究-市販の消毒剤との比較.
臨床とウイルス 1998;26:371-386.

14.CDC:
Enterovirus D68
https://www.cdc.gov/non-polio-enterovirus/about/ev-d68.html

15.細矢光亮:
小児のエンテロウイルス感染症.
環境感染誌 2017;6:344-354.
http://www.kankyokansen.org/journal/full/03206/032060344.pdf

16.Kramer A, Schwebke I, Kampf G:
How long do nosocomial pathogens persist on inanimate surfaces? A systematic review.
BMC Infect Dis 2006;16:130.
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1564025/pdf/1471-2334-6-130.pdf


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