感染対策情報レター

消毒薬のヒヤリ・ハット、医療事故ー消毒薬の引火・取り違えについてー

はじめに

公益財団法人日本医療機能評価機構では、医療機関におけるヒヤリ・ハット事例や医療事故情報の収集・分析・情報提供を行っています1)
これまで、医療機関から消毒薬に関連したヒヤリ・ハット、医療事故事例として、引火、取り違え、術野以外への消毒薬の流れ込みによる化学熱傷、アレルギー確認ミス、誤飲、飛散による眼への混入等が報告されています。
これらのうち、消毒薬の引火、取り違え事例について述べます。

※表.ヒヤリ・ハットと医療事故の定義1)

・ヒヤリ・ハット
1. 医療に誤りがあったが、患者に実施される前に発見された事例。
2. 誤った医療が実施されたが、患者への影響が認められなかった事例または軽微な処置・治療を要した事例。ただし、軽微な処置・治療とは、消毒、湿布、鎮痛剤投与等とする。
3. 誤った医療が実施されたが、患者への影響が不明な事例。

・医療事故
1. 誤った医療又は管理を行ったことが明らかであり、その行った医療又は管理に起因して、患者が死亡し、若しくは患者に心身の障害が残った事例又は予期しなかった、若しくは予期していたものを上回る処置その他の治療を要した事例。
2. 誤った医療又は管理を行ったことは明らかでないが、行った医療又は管理に起因して、患者が死亡し、若しくは患者に心身の障害が残った事例又は予期しなかった、若しくは予期していたものを上回る処置その他の治療を要した事例(行った医療又は管理に起因すると疑われるものを含み、当該事例の発生を予期しなかったものに限る)。
3. 1.及び2.に掲げるもののほか、医療機関内における事故の発生の予防及び再発の防止に資する事例。

アルコール含有消毒薬の引火2)

手術野の皮膚消毒に対しアルコール含有消毒薬を使用後、電気メスを使用した際に気化したアルコールに引火した事例や、アルコール含有消毒薬を吸収したリネンやガーゼ、消毒薬を吸収させるパッドに電気メスの火花が飛び、燃焼させて火傷を負わせてしまった事例が報告されています。

1.火の事例とその要因

事例1
皮膚を拭いた際に真皮からの小出血がみられたため、電気メスで焼灼止血を行ったところ、患者の胸部付近に置いていたガーゼに引火した。すぐにガーゼを払い落として消火したが、燃焼中のガーゼが患者の肩に当たり、前胸部と肩にⅠ度の熱傷を生じた。

事例2
胃全摘術終了後、左側腹部よりプリーツドレーンの留置を行う予定で、0.5%クロルヘキシジンアルコールにて皮膚消毒した。その後、電気メスで切開した際に、消毒液に含有されるアルコールに着火し熱傷を生じた。

事例3
慢性硬膜下水腫の患者における緊急手術時においてエタノール含有消毒薬を使用して皮膚の消毒を行った後、滅菌シーツで覆い、創部を被覆フィルムでシールし、左側の頭皮を切開した。その後皮膚からの出血を電気メスで止血中、突然後頭部付近から火が上がり、直ちに覆布を外したところ、後頭部に敷いた紙オムツと毛髪が燃えていた。両手で火をたたき消し、生理食塩水にて消火した。

なお、報告された事例ではすべての患者が熱傷を負い、本来であれば必要のない熱傷の治療を受けています。

事例1においては、アルコール製剤の使用時、電気メスの取扱いに注意が必要であることは知っていたものの、出血に対し反射的に電気メスを使用しその火花がガーゼに引火したこと、事例2では、使用する消毒薬の成分を確認せず、アルコールが揮発する前に電気メスを使用したことが要因であると分析されています。事例3では、アルコールを吸収させるために使用した紙おむつを新たなものに交換すべき手順であったが交換しなかったため、浸み込んだアルコールが滅菌シーツ内で気化し、気化したアルコールが滅菌シーツ内に溜まった状態で電気メスを使用したため引火したと述べられています。

2.医療機関の改善策

事例が発生した医療機関において、薬剤の名称からはアルコールを含有していることが分かりにくい消毒薬リストの作成、引火性のある薬剤の周知徹底、院内すべての電気メスへの「消毒薬のアルコール発火に注意」のシール貼布、手術室での消毒薬吸収に使用している紙オムツの検討及び使用時における適宜交換の徹底など改善策が講じられています。 また、なかには、手術の進行や出血などの状況に迅速に対応する中で、思わず引火の危険を生じるような行動をとるおそれがあることを踏まえ、アルコール含有消毒薬の使用を手術開始時の開腹時のみとした医療機関もあります。

3. アルコール含有消毒薬塗布後の経過時間と電気メスによる引火について

アルコール含有消毒薬の引火に関する報告として、採取したブタ皮膚片(15cm×15cm)にアルコール含有消毒薬を塗布した後、電気ペンシルを使用した試験の報告があります3)。皮膚片に液溜りがないように塗布した場合、0分後では22%に、3分後では10%に引火を生じ、液溜りが残るように塗布した場合は、0分後で38%に、3分後で27%に引火が発生したことが報告されています。
一方、臨床では消化器、胸部、乳腺外科領域の手術例117例の手術野に、1%クロルヘキシジンアルコールを塗布し、乾燥時間と執刀までの時間を測定した報告があります4)。肉眼的に乾燥するまでの時間は平均131±105秒(平均約2分間)であり、電気メスによる執刀までの時間は12±5分間で、十分に乾燥した後に手術を開始していたため、1%クロルヘキシジンアルコールへの引火はありませんでした。したがって、報告では、手術前の皮膚消毒として、1%クロルヘキシジンアルコールは十分乾燥させてから手術を開始することで、引火がなく安全に使用可能であったと結論付けています。

消毒薬の取り違え5)

手術や処置の際には、局所麻酔剤、消毒薬、生理食塩液など複数の薬剤を容器に入れて使用することがありますが、手術や処置で使用する器具や容器を置く場所は限られており、薬剤を入れる容器も類似しているため、使用すべき薬剤とは別の薬剤を使用してしまった取り違えの事例が報告されています5)

手術や処置の際には、局所麻酔剤、消毒薬、生理食塩液など複数の薬剤を容器に入れて使用することがありますが、手術や処置で使用する器具や容器を置く場所は限られており、薬剤を入れる容器も類似しているため、使用すべき薬剤とは別の薬剤を使用してしまった取り違えの事例が報告されています5)

1.取り違いの事例とその要因

事例1
造影剤と間違えてポビドンヨード液を投与した事例では、下大静脈フィルター留置術施行中、清潔領域の台上に造影剤を入れたカップと術野の消毒に使用したポビドンヨード液の入ったカップが置かれていた。肺動脈造影を施行し、余剰の造影剤をカップに戻した際に造影剤に血液が混入し、その後、フィルターの位置合わせの造影画像を得るため、造影剤を注射器に吸引しようとしたところ、誤って隣のカップのポビドンヨード液吸引し、気が付かないまま注入してしまった。

事例2
局所麻酔にリドカイン塩酸塩注射液を投与すべきところベンザルコニウム塩化物水溶液を皮下注射した。

事例3
腹直筋鞘ブロックにロピバカイン塩酸塩水和物注射剤を投与すべきところに、0.05%クロヘキシジンを投与した。

これらの3事例においては、類似の容器に消毒薬や他の薬剤を入れて用意したことや、容器に入れた医薬品名を記載していなかったこと、消毒薬を使用後においても、清潔野から取り除かずにそのまま置いてあったこと、処置をする際に使用する薬剤であるかどうかの確認を怠ったことが要因であったと分析されています。

2.医療機関の改善策

事例が発生した医療機関においては、薬剤準備及び使用時に対して改善策を講じています。薬剤準備時では、注射器や容器へ薬剤名を明記する、複数の薬剤を容器・注射器に準備する場合は容器の形状が違うものを使用する、体内に入る薬剤と体内入ってはいけない薬剤は一緒の場所に準備しない、器械出し看護師と外回り看護師との間で薬剤授受を行う際には、薬剤名を指差し、呼称しながらダブルチェックを行う、容器等に薬剤を入れる場合は、術者と看護師により製品のラベルを確認し、薬剤名、指示量、使用する容器について声出しによるダブルチェックを実施する等の改善が行われました。また、使用時では消毒直後に消毒薬を容器ごと廃棄して清潔野に戻さない、容器から注射器に薬液を吸う際、薬剤名を指差し声だし呼称で確認する等の対策が実施されました。

おわりに

消毒薬の引火・取り違えの発生は患者へ重大な被害をもたらすおそれがあります。手術や処置の際は作業手順の逸脱がないように周知徹底し、消毒薬を使用する際は薬剤名及び使用法の確認を十分に行うことが、引火・取り違えの防止に繋がると考えられます。


<参考文献>

1.公益財団法人日本医療機能評価機構. 医療事故情報収集等事業の内容と参加方法. 2018年10月. http://www.med-safe.jp/pdf/business_pamphlet.pdf

2.公益財団法人日本医療機能評価機構. 医療事故情報収集等事業. 3 再発・類似事例の発生状況 【3】「電気メスによる薬剤の引火」(医療安全情報No.34)について. 第37 回報告書(平成26年1月~3月) http://www.med-safe.jp/pdf/report_2014_1_R003.pdf

3.Jones EL, Overbey DM, Chapman BC, et al.: Operating room fires and surgical skin preparation. J Am Coll Surg. 2017;225:160-165. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/28189662

4.榎本俊行、斉田芳久、高林一浩、他: 1%クロルヘキシジンアルコール液による術野消毒の安全性に関する前向き検討. 日本外科系連合会学会誌2013;38:1166-1169.

5.公益財団法人日本医療機能評価機構.医療事故情報収集等事業. 2.個別のテーマの検討状況【1】清潔野において容器に入った薬剤を誤って使用した事例. 第49回報告書(2017年1月~3月). http://www.med-safe.jp/pdf/report_2017_1_T001.pdf


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