感染対策情報レター

輸入感染症への対策について

はじめに

航空路等の発達により、現在では日本と海外の各国との往来が容易に行えるようになっています。海外から日本への観光客数は近年急増しており、2018年には年間3000万人を超えています1)。また、海外からの留学生や労働者などの旅行者以外の来日者数も増加傾向を示しています2)3)。さらに日本人の海外旅行者数は2018年に約1900万人と報告され、こちらも増加傾向となっています4)。このような状況から、海外で罹患した感染症が日本へ持ち込まれる可能性は高いと考えられ、持ち込まれた感染症が国内で蔓延する恐れが危惧されています。今回は医療機関における輸入感染症の対策について述べます。

輸入感染症について

日本と海外では気候や文化、衛生状態などが異なり、流行する感染症も異なります。そのため、日本国内での感染症の流行に関係なく様々な感染症が持ち込まれる可能性があり、また日本国内では稀な感染症事例が発生する可能性もあります。感染症発生動向調査によって収集されている日本の輸入感染症例(日本で診断、報告され、医師が日本国外で感染したと推定した症例)の動向について、渡航者リスク評価を目的として日本感染症情報センターよりデータが公開されています。そこでは海外からの輸入例の割合が比較的高い15疾患の発生動向について調査結果が示されています(表1)5)6)。推定感染地は、疾患により多少異なるもののアジアやアフリカ地域からの輸入感染事例が多い傾向となっています。

表1.日本の輸入感染症例の動向調査対象疾患

アメーバ赤痢、E型肝炎、A型肝炎、クリプトスポリジウム症、細菌性赤痢、ジアルジア症、ジカウイルス感染症、チクングニア熱、腸チフス、デング熱、パラチフス、風しん、麻しん、マラリア、レプトスピラ症

また日本感染症学会ホームページにおいても、「インバウンド感染症への対応」として76の感染症に関する情報が示され、発熱、呼吸器症状や下痢などの患者の主要症状から、想起される感染症を絞り込め、その感染症に対して必要な感染対策がまとめられています7)。また国際的なイベント開催時などは、平時よりも観光客等の増加が見込まれ、大勢がひとつの場所に集中する状況も多いと想定されるため、感染症が蔓延しやすい環境になると考えられます。2020年は東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催が予定されていることから、その対応として、厚生労働省健康局結核感染症課より平成29年10月5日に都道府県などに対し事務連絡を発出し、東京大会へ向けての感染症リスク評価の手順書を示しています。その中で、国立感染症研究所感染症疫学センターによるリスク評価例として、下記の表2の結果が示されています8)

表2.2020年東京大会において持ち込まれる可能性の高い感染症8)
    輸入例の増加 感染伝播の懸念 大規模事例の懸念、
かつ高い重症度
ワクチン予防可能疾患 麻しん
風しん  
侵襲性髄膜炎菌感染症  
インフルエンザ  
百日咳  
新興・再興感染症 中東呼吸器症候群
蚊媒介感染症
(デング熱、チクングニア熱、
ジカウイルス感染症)
   
食品媒介感染症 腸管出血性大腸菌感染症  
細菌性赤痢  
A型肝炎  
E型肝炎  
感染性胃腸炎
(ノロウイルス感染症を含む)
 
その他 結核  
梅毒  
HIV/AIDS  

輸入感染症に対する医療機関での感染対策

先述の通り、日本に滞在する外国旅行客等の増加や、日本人の海外旅行者数の増加に伴い、輸入感染症の増加が懸念されていることから、風しんや麻しんといったこれまでも輸入感染が多く認められている疾患だけではなく、日本国内ではまだ報告のない疾患(エボラ出血熱や中東呼吸器症候群等)の疾患に関する情報も幅広く収集することも重要となります。前項での情報などを基に、必要とされる体制の整備を検討します。
輸入感染症への対策として、まず初めに患者と接する外来や救急外来での対応が重要と考えられます。感染症を持つ患者の早期診断が重要となりますが、初診時は患者に関する情報が少ないことから感染症の発見が遅れた場合は、医療機関内での二次感染のリスクが高まる可能性があります。
外来等においても、感染対策の基本は咳エチケット、手指衛生、個人防護具の着用といった対策の実施です。そのため、来院時に咳やくしゃみのある患者にはマスクを着用してもらうか、咳やくしゃみをする際はティッシュ等で口元を覆うよう指導します。咳やくしゃみで手が汚れた場合は手洗いの実施を促します。これら咳エチケットの実施が確実に行えるよう、ポスター等の掲示による患者への啓蒙や、マスク、手指消毒薬等の準備のほか、呼吸器症状のある患者専用の待機スペースを設けるなどの対策も考慮します。初診時の処置においては血液・体液曝露の危険性もあるため、必要に応じて手袋やガウンなどの個人防護具の着用を行います。患者の感染症に関する情報がすでに分かっている場合は、標準予防策に追加してその感染症の感染経路に応じた接触・飛沫・空気予防策をさらに追加して対応します。確定診断がされていない感染症例に対しては、早期発見して他の患者からの隔離や職員への感染対策を早急に実施する必要があります。疑わしい感染症を予測するためには、患者の症状の把握のほか渡航歴や出身国の情報等も重要となります。検査の結果待ちの間は、標準予防策に追加して疑われる感染症の感染経路別予防策を行います9)。感染症の確定診断のための検査担当者等に対する該当患者の情報共有も感染対策を行う上で必要と考えられ、平時より院内での情報共有のためのマニュアル等を構築し、各部署・職員に周知させることが重要と考えられます。また、外国人患者に対する対応マニュアルの作成や、通訳の配置の体制整備なども考慮します10)

まとめ

海外では気候や文化、衛生状態等が日本と異なるため、海外からの訪日客および日本からの渡航者等の増加に伴い、海外から日本へ様々な感染症が持ち込まれる可能性があります。2020年はオリンピック開催期間およびその前後の期間において、通常よりも訪日外客数のさらなる増加が予想され、感染症持ち込みのリスク増加が懸念されています。また人が多く集まる場所では、一人がなんらかの感染症に感染している場合、その感染症が広まるリスクも高まります。平時より輸入感染症に関する情報収集を行い、標準予防策を中心とした感染対策の実施や医療従事者のワクチン接種の実施、外来での感染症疑い患者に対する対応マニュアル整備など、日ごろからの備えが大切となります。


<参考文献>

1.日本政府観光局:月別/年別統計データ.訪日外客数(年表).国籍/月別 訪日外客数(2003年~2019年).
https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/since2003_visitor_arrivals.pdf

2.独立行政法人 日本学生支援機構:平成30年度 外国人留学生在籍状況調査結果(平成31年1月)
https://www.jasso.go.jp/about/statistics/intl_student_e/2018/__icsFiles/afieldfile/2019/01/16/datah30z1.pdf

3.厚生労働省: 「外国人雇用状況」の届出状況まとめ【本文】(平成30年10月末現在)
https://www.mhlw.go.jp/content/11655000/000472892.pdf

4.日本政府観光局:出国日本人数
http://www.mlit.go.jp/kankocho/siryou/toukei/in_out.html

5.国立感染症研究所:日本の輸入感染症例の動向について(2019年10月11日更新版)
https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/imported/PDF/20191011_WebupImportedIDs.pdf

6.国立感染症研究所:日本の輸入デング熱症例動向について(2019年12月19日更新版)
https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/dengue/PDF/dengue_imported201912_draft_.pdf

7.日本感染症学会:インバウンド感染症~東京2020大会に向けて~
http://www.kansensho.or.jp/ref/index.html

8.厚生労働省健康局結核感染症課:「2020 年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けての感染症のリスク評価 ~自治体向けの手順書~」について.事務連絡 平成29年10月5日.
https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/sanko10.pdf

9.CDC:Guideline for Isolation Precautions: Preventing Transmission of Infectious Agents in Healthcare Settings 2007.
https://www.cdc.gov/infectioncontrol/pdf/guidelines/isolation-guidelines-H.pdf

10.厚生労働省:医療機関における外国人患者の 受入に係る実態調査 結果報告書(平成31年3月)
https://www.mhlw.go.jp/content/10800000/000564528.pdf


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