感染対策情報レター

サル痘について

はじめに

2022年5月初頭より、従前のサル痘流行国に海外渡航歴のないサル痘患者の報告が、欧米諸国を中心に増加しています1)-3)。これら報告を受けWHOは2022年7月23日にサル痘に対し、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言しました4)
同年8月7日のWHOの報告によれば、2022年の年初から89の国や地域で計27,814例の検査確定例と11人の死者が報告されており(表1)、感染者は増加傾向にあります5)。日本国内においても同年7月25日に初のサル痘患者の発生事例が報告され6)、今後国内における感染拡大も危惧されています。今回は現在までに示されているサル痘に関する情報とその感染対策について紹介します。

サル痘 (monkeypox)とは

サル痘はサル痘ウイルスに感染することにより生じる急性発疹性疾患です。原因ウイルスであるサル痘ウイルスは、ポックスウイルス科オルソポックスウイルス属のエンベロープを有する二本鎖DNAウイルスです。サル痘ウイルスは実験動物として飼育されていたサルの一部から発見されたため、サル痘と名付けられましたが、現時点において実際の自然宿主は明らかになっておらず、アフリカに生息するげっ歯類の関与が疑われています7)8)。 

表1:2022年1月以降の各地におけるサル痘報告件数、8月7日現在(参考文献5を基に作成)
地域 感染者数 死亡者数
アフリカ 375 7
アメリカ 10,815 1
東地中海沿岸 31 0
ヨーロッパ 16,495 2
東南アジア 13 1
西太平洋 85 0
合計 27,814 11
 
サル痘は、動物からヒトへの感染(動物―ヒト感染)及びヒトからヒトへの感染(ヒト―ヒト感染)の双方から罹患する人獣共通感染症であり、日本における感染症法では第4類感染症に位置付けられています2)9)。ヒトに対する初の感染例は1970年にコンゴ民主共和国において、9か月の男児で確認されており、それ以降多くの感染事例が中央アフリカや西アフリカにおいて報告されています。2003年にはアフリカ外で初めてのサル痘アウトブレイクがアメリカで発生し、その発生にはペットとして飼育されていたプレーリードックが関与していたと報告されています8)9)

臨床所見

サル痘の潜伏期間は7~14日(最大5~21日)とされ、主な臨床所見は発熱、頭痛、リンパ節腫脹などの症状が0~5日程度続いた後に、発疹が出現します。皮疹は顔面や四肢に多く出現し、徐々に隆起して水疱、膿疱、痂皮になります。大抵の場合2~4週間持続し自然軽快するものの、曝露の程度、患者の健康状態、合併症、小児例などでは重症化することがあります。また二次感染、気管支肺炎、敗血症、脳炎、角膜炎などの合併症を起こすことがあります2)
サル痘の臨床症状は1980年に根絶宣言がなされた天然痘と類似していますが、天然痘の致死率(20~50%)と比較してサル痘の致死率(1~10%)は低いことが報告されています10)11)。また、リンパ節腫脹はサル痘と他の類似疾患(水痘、はしか、天然痘)の初期兆候を区別する明確な特徴であるとされています8)

2022年におけるサル痘の発生状況

2022年1月1日から8月7日時点までに、サル痘は89の国や地域より27,814例の感染症例が報告されています。それら感染症例のうち性別の確認が可能であった報告は17,052例(73%)であり、そのうち16,839例(99%)が男性で、患者年齢の中央値は36歳と報告されています5)。国内においては感染症発生動向調査による集計を開始した2003年以降、初めての感染症例が2022年7月25日に報告され6)、同年8月10日には国内4例目となる感染症例も報告されています12)
今回のサル痘発症者には男性間で性交渉を行う者(MSM:Men who have sex with men)が多く報告されていることや臨床症状として性器及び肛門周辺の皮膚病変の報告事例があることから、今回の感染拡大の一因として同性間での性交渉を介した伝播の可能性が指摘されています4)13)
また今回の発生例では、全身症状に先行した発疹の出現がみられ、初期の小水疱から痂皮化したものまで様々なステージの非同期的な皮膚病変の発生がみられた事例や、サル痘を疑う症状のない人の直腸肛門検体からウイルスが検出される無症候性病原体保有事例が報告されており、注意が必要であるとされています13)

感染経路

サル痘は人獣共通感染症であり、ヒトへの感染経路として動物―ヒト感染とヒト―ヒト感染が考えられています2)8)
動物―ヒト感染は、サル痘に感染した動物の血液や体液、皮膚または粘膜の病変に直接接触することで生じると考えられています。また、感染した動物の肉やその他動物性食品を十分に加熱しないで摂取することがリスク因子になりうると考えられています8)
ヒト―ヒト感染は、感染者の呼吸器分泌物、皮膚または粘膜病変との直接接触、呼吸器飛沫、汚染された環境表面または材料からの間接接触により起こりうるとされています。また通常、飛沫による伝播は一定時間以上の接触が必要であり、医療従事者や同居者、他者と密接な活動をする場合に重大なリスクとなりえます。また、母体から胎児への胎盤を介した感染(先天性サル痘になる可能性)や、出産時や出産後の密接な接触によっても感染することがあります8)13)

感染予防策

サル痘ウイルスへの感染は主に、病変部への接触や感染者からの飛沫への接触により生じると考えられており、接触予防策と飛沫予防策を実施することが有効とされています9)。また、サル痘ウイルスはエンベロープを有するウイルスであるため、消毒する場合にはエンベロープウイルスに対して強い消毒効果を発揮する消毒薬(消毒用エタノール、次亜塩素酸ナトリウム等)を用います14)-16)
従って、サル痘が疑われる患者に対しては、マスクの着用と咳エチケット及び手指衛生(流水と石けんによる手洗い、又は擦式アルコール性手指消毒薬での消毒)の順守を促し、サル痘確定患者と接する医療従事者に対しては、患者を換気良好な部屋に収容し、N95マスクや手袋、ガウン、眼の防護具を着用することが推奨されています。また、リネン類を介した感染報告があることから、使用済みのリネン類等は直接的な接触を避け、手袋などを着用し密閉できる袋に入れ洗濯などを行い、その後手指衛生を行うことが推奨されています9)14)
なお、理論上サル痘ウイルスは空気感染を起こす可能性が指摘されていますが、現時点において日常生活における空気感染事例は確認されていません17)。しかしながら、医療機関内においては、サル痘と類似した症状を有する水痘や麻疹等の空気感染を起こす感染症との鑑別診断が必要となる場合や、他の入院中の免疫不全者における重症化リスク等を考慮し、医療機関内では空気予防策を実施することが推奨されています9)

検査・診断

サル痘患者の診断には水疱や膿疱の蓋(皮膚や皮)、内容液、あるいは組織を用いたPCR検査が有効であるとされています。また、その他の方法としてウイルスの分離や同定、ウイルス粒子の証明、蛍光抗体法などが知られていますが、抗原検査や抗体検査は交差反応が多いため、特異的な診断には至らないとされています17)

治療薬・ワクチン

現在のところ、日本国内においてサル痘に対して承認されている特異的治療薬はないため、サル痘患者に対する治療は対症療法が基本となります。一方で、欧州においては経口薬剤のテコビリマット(Tecovirimat)がサル痘治療薬として承認されており、現在、国内で発生したサル痘患者に対してはテコビリマットを使用した安全性、有効性に関する臨床研究が国立国際医療研究センターにおいて開始されています17)
またワクチンに関しては、WHOの暫定ガイダンスにおいて、天然痘ワクチンがサル痘患者との接触後の発症・重症化の予防に対して有効であると位置付けられています17)。国内においても、サル痘予防を目的とした乾燥細胞培養痘そうワクチンの使用が可能になっています18)。なお、こちらも安全性、有効性に関する臨床研究が国立国際医療研究センターにおいて開始されています17)

おわりに

現在サル痘は世界的に増加傾向にあります。この事態を踏まえて2022年5月20日には厚生労働省より、サル痘に関する情報提供及び協力依頼が発出されています17)。また、それら感染例の多くは欧米を中心に拡大が続いていますが、2022年6月下旬には韓国や台湾において19)、さらに7月には国内初のサル痘感染者が確認されており6)、今後さらなる感染拡大が懸念されます。
今回の世界的なサル痘発生には未だ明らかになっていない点も多く存在することから、今後も感染状況には注視する必要があり、状況に即した感染対策の実施が重要であると考えられます。

表2: 現時点におけるサル痘に関するまとめ(参考文献2、4、8、9、14、17を基に作成)
  サル痘
原因ウイルス サル痘ウイルス(エンベロープを有する二本鎖DNAウイルス)
発生状況 欧米を中心とし、89の国や地域で27,814例の報告 (2022年8月7日時点)
※若い男性に報告症例が多い
感染経路 人獣共通感染 主に接触感染、飛沫感染
潜伏期間 通常7~14日
症状 発熱、頭痛、リンパ節腫脹、皮疹、水疱等
感染症法上の扱い 第4類感染症
検査方法 水疱などの組織を用いたPCR検査等
感染予防策 サル痘保有の可能性があるげっ歯類等との接触を避ける。
サル痘症状のある人の飛沫や体液等との接触を避ける。
流水と石けんまたはアルコールベースの消毒薬による手指衛生の実施。
院内感染制御策
※医療機関内では空気予防策を実施することが推奨されている。
【感染が疑われる患者】
マスクの着用と咳エチケット及び手指衛生の順守

【感染患者と接する医療従事者】
手指衛生の順守
N95マスク、手袋、ガウン、眼の防護具を着用する。
患者が使用したリネン類等は手袋などを着用して取り扱う

<参考文献>

1) WHO: Monkeypox outbreak 2022[Full Text

2) 厚生労働省: サル痘について[Full Text

3) 国立感染研究所: アフリカ大陸以外の複数国で報告されているサル痘について (第1報):2022年5月26日掲載[Full Text

4) WHO: Multi-country outbreak of monkeypox External situation report #2:2022年7月25日掲載[Full Text

5) WHO: Multi-country outbreak of monkeypox External situation report #3:2022年8月10日掲載[Full Text

6) 厚生労働省: サル痘の患者の発生について:令和4年7月25日報道発表資料[Full Text

7) CDC: About Monkeypox:2022年7月22日改訂版[Full Text

8) WHO: Monkeypox:2022年5月19日[Full Text

9) 国立感染研究所: サル痘とは:令和4年5月20日改訂版[Full Text

10) 厚生労働省研究班バイオテロ対応ホームページ: サル痘.[Full Text

11) 厚生労働省研究班バイオテロ対応ホームページ: 詳細-天然痘.[Full Text

12) 厚生労働省: サル痘の患者の発生について:令和4年8月10日報道発表資料[Full Text

13) 国立感染研究所: 複数国で報告されているサル痘について (第2報):2022年7月12日掲載[Full Text

14) 国立感染研究所: サル痘患者とサル痘疑い例への感染予防策:2022年7月8日一部改正版[Full Text

15) G Kampf: Efficacy of biocidal agents and disinfectants against the monkeypox virus and other orthopoxviruses. J Hosp Infect: 2022; 127:101-110 [PubMed

16) 厚生労働省: 【通知】 感染症法に基づく消毒・滅菌の手引きについて:平成30年12月27日[Full Text

17) 厚生労働省:事務連絡: サル痘に関する情報提供及び協力依頼について:令和4年7月6日一部改正版[Full Text

18) 厚生労働省: 乾燥細胞培養痘そうワクチンの効能追加承認について:令和4年8月2日報道発表資料[Full Text

19) Zih-Syuan Yang: The first monkeypox virus infection detected in Taiwan-the awareness and preparation. Int J Infect Dis: 2022[PubMed

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