感染対策情報レター

輸入感染症について

はじめに

2019年12月に中華人民共和国湖北省武漢市にて初めて確認された新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は、世界的な感染拡大をみせ、世界保健機関(WHO)より2020年1月30日に「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態(PHEIC)」が宣言されました1)。その後、2020年3月11日には新型コロナウイルス感染症はパンデミック(世界的大流行)とみなされ、それに伴い日本を含めた世界各国において入国制限や渡航制限等の感染拡大防止措置が行われてきました。2023年2月現在、日本において水際対策は継続して行われていますが2)3)、今後、徐々に規制が見直されて水際対策が緩和されることにより人の移動が活発になることが予想され、それに伴い海外からの感染症の持ち込み増加の可能性が懸念されます。
ヒトが海外で感染し、日本への入国または帰国後に発症した感染症は一般的に輸入感染症とされます。本稿では新型コロナウイルスパンデミック宣言前後の国内における輸入感染症の発生状況と、輸入感染症への対策について述べます。

パンデミック宣言前後での輸入感染症の報告数の変化

これまでの訪日外客数および出国日本人数は年々増加傾向にあり、パンデミック直前の2019年の訪日外客数は約3200万人、出国日本人数は約2000万人でした。しかし、パンデミック宣言後の2020年は訪日外客数が約411万人、出国日本人数は約317万人と前年比で80%以上の減少となり、2021年は更に減少し、訪日外客数は約25万人、出国日本人数は約51万人でした(図1)4)5)
東京オリンピック・パラリンピック競技大会(東京2020大会)の開催に伴い感染症発生リスクの増加が懸念されていたため、国内で感染対策への対応が進められていました。国立感染症研究所は日本における感染症リスク評価6)を実施し、例年一定数以上の届出のある感染症のうち、輸入割合が比較的高い15疾患(表1)を輸入感染症として取り上げ、感染症発生動向調査に基づく届出状況を定期的に公開しており、現在も継続して行われています。
訪日外客数および出国日本人数の変動により、輸入感染症の報告数にも変化がみられました。例えば、これまで報告数の多かったデング熱やアメーバ赤痢、細菌性赤痢、マラリアは、2020年、2021年の報告数は半数以下となっており(図2)、その他の輸入感染症も同様に報告数は減少していました7)8)。一方で、2022年のデング熱の輸入症例は99例と再び上昇を見せております9)

図1.訪日外客数、出国日本人数の推移


 

表1.輸入感染症の動向調査対象疾患(15疾患)
  アメーバ赤痢  腸チフス
  E型肝炎  デング熱
  A型肝炎  パラチフス
  クリプトスポリジウム症  風しん
  細菌性赤痢  麻しん
  ジアルジア症  マラリア
  ジカウイルス感染症  レプトスピラ症
  チクングニア熱  
出典:「日本の輸入感染症例の動向について(2023年2月9日更新版)」(国立感染症研究所)(https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/imported/PDF/202302_WebupImportedIDs.pdf)をもとに作成。

図2.輸入感染症の動向例(症例数)
出典:「日本の輸入感染症例の動向について(2023年2月9日更新版)」(国立感染症研究所)
https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/imported/PDF/202302_WebupImportedIDs.pdf)をもとに作成。

新型コロナウイルス感染症の空港検疫での陽性者数

新型コロナウイルス感染症の水際対策として、空港における検疫が実施されています。2020年3月~2022年12月までの空港検疫における新型コロナウイルス感染症の陽性者数を図3に示します10)。世界的流行による感染者数の増加に伴い空港検疫における陽性者数も変動し、ピーク時は1ヵ月に4000件を超える陽性者数となっておりました。2022年12月時点における陽性者検出状況は、検出数はピーク時よりも大幅に減少してはいますが、他の輸入感染症にくらべると多い状況が続いています。

図3.空港検疫における新型コロナウイルス感染症の陽性者数
出典:新型コロナウイルス感染症の現在の状況について(令和5年1月29日版).【空港検疫に係る発生状況】各月ごとの空港検疫での陽性者の国籍内訳について(厚生労働省)(https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/001037232.pdf)をもとに作成。

東京オリンピック・パラリンピック競技大会およびその前後の期間における輸入感染症

新型コロナウイルス感染症の流行のため1年延期され、2021年に実施された東京2020大会では、海外からの観客受け入れは中止されましたが、200以上の国と地域から5万人以上のアスリート等や大会関係者らが入国しました。
東京2020大会の開催中および前後の期間の輸入感染症例に関する調査においては、当該期間の輸入感染症例は30例と報告され、その疾患内訳はマラリア12例(40%)、デング熱4例(13%)、ジアルジア症3例(10%)、アメーバ赤痢11例(37%)でした(表2)。また30例中25例が男性で、アスリート等および大会関係者は2例(7%)、非大会関係者は14例(47%)、大会との関連不明は14例(47%)となっており、アスリート等および大会関係者2例はいずれもアフリカで感染したマラリア症例でした11)
今回の調査では、人流が制限され、かつ感染対策も徹底されていたことから、当該期間の輸入感染症の持ち込みは少なかったことが示唆されました。一方で、重症となり得る感染症であるマラリア2例が大会に関連して持ち込まれたことが確認されており、輸入感染症の持ち込みリスクは低いと事前に評価されていた国際大規模イベントにおいても、依然として輸入感染症への対策を実施することは重要であると報告されています11)
 

表2.2021年7月1日~9月19日に診断された輸入感染症例 (2021年12月28日時点)
全輸入症例
(30例)
感染地域 症例数
マラリア
(12例)
ウガンダ
エチオピア
ガーナ
コートジボワール
シエラレオネ
チャド
ナイジェリア
2
1
1
1
1
1
5
デング熱
(4例)
カメルーン
パキスタン
インドネシア
フィリピン
1
1
1
1
ジアルジア症
(3例)
タイ
インド
2
1
アメーバ赤痢
(11例)
中華人民共和国
台湾
フィリピン
タイ
サイパン
グアム
2カ国以上
渡航先不明
2
1
1
1
1
1
2
2
出典:「感染症発生動向調査における東京2020大会およびその前後の期間に診断された輸入感染症例のまとめ」(国立感染症研究所)(https://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/2567-related-articles/related-articles-509/11339-509r08.html)をもとに作成。

輸入感染症への対策

新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより2020年以降は日本を含めた世界各国において入国制限、渡航制限等の対応がとられておりましたが、各国で規制緩和に向けた対応が検討され始めています。日本においても各種制限の緩和の対応が少しずつ進められていることから2)3)、今後、訪日外客数や出国日本人数は増加していくと考えられ、パンデミック以降は減少していた輸入感染症の事例が再び増え始める可能性が考えられます。
輸入感染症を発端とした過去に起きた流行事例としては、2015年の韓国での中東呼吸器症候群(MERS)の流行12)13)が挙げられます。この事例では、MERSの流行が発生している中東から帰国した68歳男性の発症を発端として複数の医療機関において計186例に感染が拡大しました。この感染拡大は、初発者の診断確定に時間を要したことで、その間に初発者が受診、入院した複数の医療機関において、それぞれ院内感染が発生したことが原因とされています。
また、比較的最近に報告された稀な輸入感染症事例として、日本において2020年に発生した狂犬病患者の事例があります14)。日本国内での狂犬病患者の報告は、2006年にあった2例の報告から14年ぶりとなります。症例としては、フィリピンから来日した外国籍の30代男性で、入院時にすでに軽度の意識障害があったため、当初は咬傷歴等の情報は得られない状況で治療の対応が行われています。水を怖がるエピソードから狂犬病が鑑別診断に挙げられ、その後実施された検査の結果で狂犬病ウイルスが検出されました。またフィリピンでの犬による咬傷歴ものちに確認され、輸入狂犬病と診断確定されています。この事例では患者を集中治療部で個室管理し、標準予防策に加えて飛沫・接触予防策の徹底が行われました。狂犬病が疑われる前に治療に関わったスタッフにおいて、患者の唾液および体液が傷口や粘膜へ曝露したことが否定できない場合は狂犬病ワクチンの曝露後接種の対応が実施され、また、病理解剖時の曝露に備え、担当する病理医、病理検査技師等に対しては曝露前接種を実施したと報告されています。
2020年のパンデミック以降、新型コロナウイルス感染症の診断を優先確認として感染対策が行われていたと考えられますが、今後、国内・海外からの人流が戻るに従い、パンデミック前と同様に新型コロナウイルス以外の感染症の可能性についても十分に念頭に入れて対応を行うことが重要です。輸入感染症に対しても、海外で流行し注視されている感染症だけでなく、日本では稀な感染症も含め、幅広い可能性を想定しておく必要があります。
輸入感染症への対策としては、患者を最初に受け入れる外来部門や救急部門での対策が肝要と考えられます。外来部門や救急部門における感染対策の基本は、標準予防策の徹底と必要に応じた感染経路別対策(接触、飛沫、空気)の追加対応となります15)。患者の症状や渡航歴(地域、滞在期間等)の聞き取り情報から、想定される感染症を絞り込み、経験的な判断も踏まえ感染対策を行います16)。診断確定後はその感染症への必要な感染防止対策を継続することとなります。院内感染のリスクを減らすためにも、外来部門や救急部門における感染症疑い患者への対応方法についてマニュアル等を定め、職員へ周知することが重要です。また、外来スタッフだけでなく、検査担当者や病棟スタッフなど、その後患者と接する可能性のある職員に対しても患者の感染症に関する情報が共有できる仕組みを整備し、医療機関全体で感染対策を行う体制へと調整することも大切です。

おわりに

2020年の新型コロナウイルスのパンデミックによる入国制限、渡航制限に伴い、日本への輸入感染症の報告数は減少しておりました。今後、各種制限が緩和されるに従い、訪日外客数、出国日本人数の増加が予想され、海外からの往来の増加に伴い、輸入感染症が増える可能性があります。
今後もしばらくは新型コロナウイルス感染症を優先的に想定しながらの診断が予想されますが、輸入感染症の種類によっては新型コロナウイルス感染症と類似の症状を認める感染症もあり、原因の確定診断まで時間を要する可能性が考えられます。感染症の初期症状は、発熱、頭痛、倦怠感など非特異的な症状を示す疾患も多いため、幅広い可能性を想定した慎重な対応が求められます。外来部門や救急部門において限られた情報の中で医療従事者への感染症リスクが抑えられるよう、感染疑いの患者に対する対応方法を整備し、医療機関全体として必要に応じた感染防止対策を行えるよう、体制の構築に取り組むことが重要です。


<参考文献>

1)WHO Statement 30 January 2020.Statement on the second meeting of the International Health Regulations (2005) Emergency Committee regarding the outbreak of novel coronavirus (2019-nCoV)
https://www.who.int/news-room/detail/30-01-2020-statement-on-the-second-meeting-of-the-international-health-regulations-(2005)-emergency-committee-regarding-the-outbreak-of-novel-coronavirus-(2019-ncov)
2)外務省:海外安全ホームページ.新型コロナウイルス感染症に関する新たな水際対策措置(2022年10月11日以降適用)
https://www.anzen.mofa.go.jp/info/pcwideareaspecificinfo_2022C083.html
3)外務省:海外安全ホームページ.中国からの入国者・帰国者に対する水際措置の見直し(その4)(2023年3月1日以降適用)
https://www.anzen.mofa.go.jp/info/pcwideareaspecificinfo_2023C012.html
4)日本政府観光局:月別・年別統計データ(訪日外客数・出国日本人).国籍/月別 訪日外客数(2003年~2023年).
https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/since2003_visitor_arrivals.pdf
5)日本政府観光局:月別・年別統計データ(訪日外客数・出国日本人数).年別 訪日外客数、出国日本人数の推移(1964年-2021年).[https://www.jnto.go.jp/jpn/statistics/marketingdata_outbound.pdf
6)厚生労働省健康局結核感染症課:「2020 年東京オリンピック・パラリンピック競技大会に向けての感染症のリスク評価 ~自治体向けの手順書~」について.事務連絡 平成29年10月5日.[https://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10601000-Daijinkanboukouseikagakuka-Kouseikagakuka/sanko10.pdf
7)国立感染症研究所:日本の輸入感染症例の動向について(2023年2月9日更新版)[https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/imported/PDF/202302_WebupImportedIDs.pdf
8)国立感染症研究所:日本の輸入デング熱症例の動向について(2022年12月15日更新版)[https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/dengue/PDF/dengue_imported202212.pdf
9)国立感染症研究所:日本の輸入デング熱症例の動向について(2023年1月16日更新版)
https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/dengue/PDF/dengue_imported202301.pdf
10)厚生労働省:新型コロナウイルス感染症の現在の状況について(令和5年2月7日版).【空港検疫に係る発生状況】各月ごとの空港検疫での陽性者の国籍内訳について.
https://www.mhlw.go.jp/content/10906000/001037232.pdf
11)国立感染症研究所:感染症発生動向調査における東京2020大会およびその前後の期間に診断された輸入感染症例のまとめ.IASR Vol.43.166-168:2022年7月号
https://www.niid.go.jp/niid/ja/typhi-m/iasr-reference/2567-related-articles/related-articles-509/11339-509r08.html
12)国立感染症研究所:2015年韓国におけるMERSの流行(2015年10月現在) IASR Vol.36.235-236:2015年12月号
https://www.niid.go.jp/niid/ja/iasr-sp/2320-related-articles/related-articles-430/6111-dj4303.html
13)Cho  SY,  Kang  JM,  Ha  YE,  et  al:  MERS-CoV  outbreak  following  a  single  patient  exposure  in  an  emergency  room  in  South  Korea:  an  epidemiological  outbreak  study.  Lancet. 2016.Sep 3;388:994-1001[Full Text
14)国立感染症研究所:日本国内で2020年に発生した狂犬病患者の報告.IASR Vol. 42.81-82:2021年4月号
https://www.niid.go.jp/niid/ja/rabies-m/rabies-iasrd/10301-494d01.html
15)CDC:Guideline for Isolation Precautions: Preventing Transmission of Infectious Agents in Healthcare Settings 2007.[https://www.cdc.gov/infectioncontrol/pdf/guidelines/isolation-guidelines-H.pdf
16)佐々木純一、椎野泰和、加藤康幸他:救急外来部門における感染対策チェックリスト.日救急医会誌.2020;31:73-111.
https://www.jaam.jp/info/2020/info-20200302.html

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