感染対策情報レター

感染拡大が続く梅毒について

はじめに

梅毒はスピロヘータの1種である梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum subspecies pallidum)によって引き起こされる代表的な性感染症の1つで、感染症法では5類感染症に分類され、診断した場合は7日以内に届け出が必要とされる全数把握の感染症です。梅毒に対しては特効薬が既に開発され広く普及していることもあり、2010年頃までは患者数が少ない状態が続いていました。しかし、10年ほど前から患者数が増加しはじめ、厚生労働省、学会等からも国民へ向けての注意喚起がなされていますが、2022年は年間の報告数が1万を超えました。本稿では近年患者数が急増している梅毒について概説します。

疫学

梅毒は世界的に見ても発展途上国から先進国にいたるまで、幅広い国々で見られる感染症で、WHOの資料では2020年には年間710万人の患者が発生したと推定されています1)。日本には室町時代には伝来していたとされており、古くから存在が知られている感染症です2)。日本における年間の患者数が1万人を超えたのは1967年が最後で3)、その後は減少が続き、2000年代は1000人未満で推移していました。しかし、2010年頃から患者数が増加に転じ、2022年は約1万3千人となっており、約半世紀ぶりに患者数が1万を超えました。性感染症には梅毒のほかに性器クラミジア感染症、性器ヘルペス感染症、尖圭コンジローマ、淋菌感染症などがありますが、これらの感染症では近年の患者数の変化はほとんどみられない状況であることと比べ、梅毒は突出して増加しており、2000年時点の患者報告数と比較すると2022年は約17倍になっています(図1)。
2022年の報告数の男女比は概ね2:1で、年齢の分布では男性は20代前半から50代前半に多く、女性では20代の患者数が多い傾向にあります(図2)。また、伝播様式は異性間男女が報告数の8割以上を占めていますが、人口比を考慮するとMen who have Sex with Men(MSM:男性間性交渉者)において繰り返し感染が起こっていることが推測されています4)

図1 代表的な性感染症の患者報告数の推移(2000年の患者報告数を1とした場合)
出典:2000~2021年の患者数は「感染症発生動向調査年別一覧(定点把握)」(https://www.niid.go.jp/niid/ja/ydata/11532-report-jb2021.html)・「発生動向調査年別一覧(全数把握)」(https://www.niid.go.jp/niid/ja/ydata/11530-report-ja2021-30.html)、2022年の患者数は「感染症発生動向調査週報 2022年第6・10・15・19・23・28・32・37・41・45・49・52週、2023年第2週」(https://www.niid.go.jp/niid/ja/idwr-dl/2022.htmlhttps://www.niid.go.jp/niid/ja/idwr-dl/2023.html)(国立感染症研究所)のデータをもとに作成。

図2 2022年における梅毒患者の年齢別の男女患者数
出典:「感染症発生動向調査で届け出られた梅毒の概要(2023年1月5日現在)」(国立感染症研究所)(https://www.niid.go.jp/niid/images/epi/syphilis/2022q4/syphilis2022q4.pdf)をもとに作成。

梅毒の分類・臨床像

梅毒トレポネーマは粘膜や皮膚の微細な傷から侵入し、その後、速やかに血行性・リンパ行性に全身へと広がり、あらゆる臓器に急性または慢性炎症を惹起し、他疾患と似た紛らわしいさまざまな症状を引き起こします。そのため、The great imitator(偽装の達人)という異名をもちます5)
梅毒は感染経路から、胎児が母体内で胎盤を介して感染する先天梅毒と、それ以外の後天梅毒に分かれます。後天梅毒は治療を要する活動性梅毒と、梅毒抗体検査は陽性であるものの治癒している陳旧性梅毒とに大別されます。また、活動性梅毒は有症状の顕症梅毒と無症状の潜伏梅毒に分かれます6)
顕症梅毒は、感染時期と臨床所見に基づいて病期が分けられ第1期梅毒(感染後数週間)では、典型的には感染部位に痛みを伴わない単一の潰瘍または硬性下疳(梅毒トレポネーマが感染した局所で増殖してできたしこり(初期硬結)の表面が潰瘍状になったもの2))として現れますが、複数の非定型の、または痛みを伴う病変を呈することもあります。第2期梅毒(感染後数ヶ月)の症状には、皮疹、粘膜病変、リンパ節腫脹などがあり、第3期梅毒(感染後数年)では、心血管症状、ゴム腫、脊髄癆(神経変性による歩行異常など)、進行麻痺などを呈することがあります7)8)
臨床症状を伴わない無症候梅毒は、血液検査によって診断されます。過去1年以内に発症した無症候梅毒は早期潜伏梅毒と呼ばれ、それ以外の潜伏梅毒は晩期潜伏梅毒または期間不明潜伏梅毒に分類されます。
梅毒トレポネーマは中枢神経系に感染し、神経梅毒をもたらす場合もあります。これは梅毒のどの段階でも起こるとされ、初期の神経学的症状または梅毒性髄膜炎(脳神経機能障害など)は、通常、感染後数ヶ月または数年以内に発現します。後期の神経学的症状(脊髄癆、進行麻痺など)は、感染後10年から30年以上経過してから発現します。
視覚系(眼梅毒)または聴覚系(耳梅毒)への感染も、梅毒のどの段階でも起こり得るとされます。眼梅毒は汎ぶどう膜炎を呈することが多いとされますが、眼球の前部および後部の構造を冒す場合もあり、失明にいたる場合もあります。また、耳梅毒は、一般的に耳鳴り、めまい、感音性難聴などの症状を呈します。難聴は片側または両側性で、突然発症し、急速に症状が進行することもあり、場合によっては聴力が失われる可能性もあります7)

検査・治療

梅毒は世界的にも患者が増加しており、公衆衛生上でも大きな問題となっています。日本でも近年の急激な患者数の増加がみられ、また若年女性の感染者が増加傾向にあることから、先天梅毒の増加も懸念されますので、早期診断と早期治療が不可欠です。
検査は通常、梅毒抗体検査が行われます6)。他にも患部から検体を採取し顕微鏡により直接確認する方法もありますが、技術や機器が必要になります。また、PCRを用いた方法もあり、潰瘍部の検査に関する報告では、顕微鏡による確認法と違い多量の菌数が不要であることからも、血液検査陰性の場合での活用の有用性が示されています9)
梅毒は500年以上前から知られる性感染症ですが10)、治療薬が開発されたのは今から100年ほど前です。最初の有効な治療薬は日本人も開発に携わったサルバルサンで、高い治療効果をあげていますが、ヒ素を含有する化合物のため副作用が強かったことや、同剤が血液脳関門を通過できないため神経梅毒に対して有効性が低いといった問題がありました11)12)。その後、開発されたペニシリンは有効性と安全性から広く普及し、現在でも第一選択薬として使用されています13)

感染経路

感染は通常、粘膜や皮膚の創傷部位を介して生じるとされます。性感染症の原因として知られる細菌ではありますが、非性的な経路で感染することもあり、他人に嚙みつかれたことによる感染事例14)、乳児に母親が咀嚼した離乳食を与えていたことが原因とされる感染事例も報告されています15)。また、排出菌に汚染された器具への接触によって感染するリスクも指摘されているほか、医療従事者が手袋を使用するという標準的な慣行が行われる前では、医師の指や鼻に性器外の梅毒病変がみられたとされています2)16)

感染対策

梅毒トレポネーマは生存に低濃度の酸素を必要としますが、大気レベルの酸素では生存は困難とされており17)、生体外では抵抗性が低く速やかに死滅するため、環境汚染物より直接感染する可能性は低いとされます18)。しかし、感染者の血液が手指の傷などに付着した場合や、針刺し事故などの経皮的汚染の場合には、感染する可能性が指摘されています18)。そのため、医療機関においては、基本的には標準予防策によって対応することとされます19)。また、梅毒トレポネーマを含むスピロヘータは消毒薬に対する抵抗性が低いため、0.1~0.5%両性界面活性剤や0.1~0.5%第4級アンモニウム塩などの低水準消毒薬で対応できるとされます19)
環境の消毒が必要な場合は、両性界面活性剤や第4級アンモニウム塩等を使用します。リネン類は熱水消毒(80℃・10分間)、もしくは0.05%次亜塩素酸ナトリウム溶液に30分間以上浸漬して消毒します19)

おわりに

2023年5月時点において、 梅毒は本邦において急速に拡大しており、医療機関にこれまで以上に梅毒患者および梅毒感染を認識していない状況の患者が訪れることが予想されます。活動期でなければ感染性は低いとされますが、潜伏期においても症状が認められない一方で感染のリスクがあるため、普段から標準予防策を徹底する体制を整え、もしも感染が疑われた場合は速やかに検査を行い、適切な治療を行うことが望ましいといえます。


<参考文献>

1) WHO:Fact Sheets Sexually transmitted infections (STIs) 2022 (2023年5月10日閲覧) [Full Text]
2) 山崎修道、小早川隆敏:新版 感染症マニュアル スパイラル出版,東京,2002.
3) 厚生省大臣官房統計調査部:伝染病および食中毒統計. 1967 [Full Text]
4) 井戸田一郎:急増する梅毒に対していま何をすべきか 内科 2022;10:1137-1142.
5) 荒川創一:梅毒:その増加の現状と正しい診断・治療について. 日化療会誌2019;67:466-482. [Full Text]
6) 荒川創一:性感染症の現況と問題点. 環境感染誌 2021;36:1-9 [Full Text]
7) Workowski KA, Bachmann LH, Chan PA, et al:Sexually Transmitted Infections Treatment Guidelines, 2021. MMWR Recomm Rep 2021;70:1-187. [Full Text]
8) 厚生労働省:梅毒に関するQ&A (2023年5月10日閲覧) [Full Text]
9) Shukalek CB, Lee B, Fathima S, et al: Comparative Analysis of Molecular and Serologic Testing for Primary Syphilis: A Population-Based Cohort Study. Front Cell Infect Microbiol 2021;11:579660. [Full Text]
10) Plagens-Rotman K, Jarząbek-Bielecka G, Merks P, et al:Syphilis: then and now. Postepy Dermatol Alergol 2021;38:550-554. [Full Text]
11) Bosch F, Rosich L.:The contributions of Paul Ehrlich to pharmacology: a tribute on the occasion of the centenary of his Nobel Prize. Pharmacology 2008;82:171-179. [Full Text]
12) Pardridge WM.:A Historical Review of Brain Drug Delivery. Pharmaceutics 2022;14:1283. [Full Text]
13) Maruta H.:From chemotherapy to signal therapy (1909-2009): A century pioneered by Paul Ehrlich. Drug Discov Ther 2009;3:37-40. [Full Text]
14) Fanfair RN, Wallingford M, Long LL, et al:Acquired macrolide-resistant Treponema pallidum after a human bite. Sex Transm Dis 2014;41:493-495. [Full Text]
15) Zhou P, Qian Y, Lu H, et al:Nonvenereal transmission of syphilis in infancy by mouth-to-mouth transfer of prechewed food. Sex Transm Dis 2009;36:216-217. [Full Text
16) Stoltey JE, Cohen SE.:Syphilis transmission: a review of the current evidence. Sex Health 2015;12:103-109. [Full Text]
17) Edmondson DG, Hu B, Norris SJ.:Long-Term In Vitro Culture of the Syphilis Spirochete Treponema pallidum subsp. pallidum. mBio 2018;9:e01153-18. [Full Text]
18) 大久保憲、小林寛伊:医療関連業務における職業感染について 医科器械学 1996;66:41-45.
19) 厚生労働省:感染症法に基づく消毒・滅菌の手引き 平成30年12月27日 [Full Text]

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