感染対策情報レター

SHEA/IDSA/APICの実践勧告 急性期ケア病院における手術部位感染予防のための戦略:2022年改訂版

はじめに

2023年5月に米国医療疫学学会(Society for Healthcare Epidemiology of America:SHEA)は米国感染症学会(Infectious Diseases Society of America:IDSA)、米国感染管理疫学専門家協会(Association for Professionals in Infection Control and Epidemiology:APIC)などの関連学会と連携し「急性期ケア病院における手術部位感染予防のための戦略:2022年改訂版」を公開しました1)。この文書は、2014年に発行された「急性期ケア病院における手術部位感染予防のための戦略:2014年改訂版」を更新したもので、急性期ケア病院において手術部位感染(Surgical Site Infections:SSI)予防の取り組みを実施し、優先順位をつける際に役立つよう、簡潔な形式で実践的な推奨事項が示されています。本稿では、勧告の概要と皮膚消毒に関する勧告について紹介いたします。

SSI対策の必要性

SSIは、手術の種類にもよりますが、入院手術を受けた患者の約1%~3%に発生し、2021年には2,759,027件の手術から21,186件のSSIが発生したことが全米医療安全ネットワークへ報告されています1)。日本においても院内感染対策サーベイランスのデータによると2022年は313,110件の手術から12,988件のSSIが発生しています2)。SSIは最も一般的で最もコストのかかる医療関連感染症の一つですが、エビデンスに基づいたガイドラインを用いて対策を実施することで、最大60%は予防可能とされています1)

主な変更点

今回の勧告における主な変更点の一つに用語の変更があり、全ての急性期ケア病院が採用すべき事項は旧版では「基本実施事項(Basic Practices)」とされていましたが、改訂版では「必須実施事項(Essential Practices)」に変更されました。また、「必須実施事項」を実施してもSSIが抑制できない場合に検討できる対策については「特別な取り組み(Special Approaches)」から「追加の取り組み(Additional Approaches)」へ変更されました。
皮膚消毒に関連する勧告の変更点としては、MRSA等の黄色ブドウ球菌の鼻腔および全身除菌に関する勧告が、「追加の取り組み」から「必須実施事項」へと分類変更され、クロルヘキシジンを用いた術前入浴は「未解決問題」から「必須実施事項」へと分類変更されました。
今回の勧告における「必須実施事項」、「追加の取り組み」、「非推奨事項」および「未解決問題」の主な変更点は表1、すべての勧告の概要は表2をご参照ください。

表1. 主な変更点の概要 (太字は本稿で紹介している勧告)
【必須実施事項】
1. 手術室における閉創時の予防的抗菌薬投与は中止すべきであることを強調するため、エビデンスに基づく標準療法やガイドラインに従って抗菌薬の予防投与を行うよう勧告が修正された。
2. 待機的下部消化管手術前の非経口および経口抗生物質の使用は、現在では必須の行為と考えられている。この勧告は2014年の文書にも含まれていたが、箇条書きで示された勧告の下層部分に示されていた。この勧告をより強調するために、勧告の上層部分への記載に格上げされた。
3. 心臓胸部および整形外科手術における抗ブドウ球菌薬による手術患者の除菌が、「追加の取り組み」から「必須実施事項」に分類変更された。
4. 帝王切開および子宮摘出術前の消毒薬による膣消毒が「必須実施事項」として追加された。
5. 術中の消毒薬による創傷洗浄が「追加の取り組み」から「必須実施事項」に分類変更された。ただし、この方法は消毒薬の無菌性が確保・維持できる場合にのみ実施すべきである。
6. 全患者に対する術直後の血糖値管理は次のように変更された。(1)糖尿病の診断の有無にかかわらず、この介入の重要性を強調、(2)すべての手技についてエビデンスレベルを「高」に引き上げ、(3)目標血糖値を180mg/dL未満から110~150mg/dLに引き下げ。
7. ベストプラクティスの遵守を促進するためのバンドルの利用が「未解決問題」から「必須実施事項」に分類変更された。チェックリストとバンドルの利用に関する議論は、この勧告のために統合された。
8. 手術室および中央滅菌再処理室における手術室の担当者とケア環境を観察し、見直すことが、「追加の取り組み」から「必須実施事項」に分類変更された。
【追加の取り組み】
1. SSIリスクアセスメントを実施する勧告は、「必須実施事項」から「追加の取り組み」に分類変更された。
2.  陰圧ドレッシング材の使用が「追加の取り組み」として追加された。現時点で入手可能なエビデンスでは、この戦略は特定の手術(例:腹部手術)および/または特定の患者(例:肥満度の高い患者)において最も有効である可能性が高い。
3. 消毒薬含浸縫合糸の使用が「非推奨事項」から「追加の取り組み」に分類変更された。
【非推奨事項】
1. 予防的抗菌薬としてのバンコマイシンのルーチンの使用を推奨しないことに関する議論が拡大された。
【未解決問題】
1. 人工呼吸を必要とする患者に対する酸素補充の使用が「必須実施事項」から「未解決問題」に分類変更された。
2. 抗菌薬パウダーの使用に関する議論が追加された。
3. SSIを予防する戦略としての手術着の使用に関する議論が追加された。

表2. 手術部位感染(SSI)予防のための勧告の概要 (太字は本稿で紹介している勧告)
【必須実施事項】
1. エビデンスに基づく標準療法およびガイドラインに従って予防的抗菌薬投与を行う。(エビデンスの質:高)
2. SSIのリスクを軽減するために、待機的下部消化管手術の前に非経口および経口の予防的抗菌薬を併用する。(エビデンスの質:高)
3. 整形外科手術および心臓胸部手術の術前に、手術患者を抗ブドウ球菌薬で除菌する。(エビデンスの質:高)
  人工物を含む手術など、ブドウ球菌によるSSIのリスクが高いその他の手技では、手術患者を除菌する。(エビデンスの質:低)
4. 帝王切開または子宮摘出術を受ける患者には、消毒薬を含む術前腟消毒薬を使用する。(エビデンスの質:中)
5. 体毛が手術手技の妨げにならない限り、手術部位の除毛は行わない。(エビデンスの質:中)
6. アルコールと消毒薬を組み合わせた術野皮膚消毒薬を使用する。(エビデンスの質:高)
7. 低体温を必要としない手技の場合、周術期には正常体温(体温>35.5℃)を維持する。(エビデンスの質:高)
8. 消化管および胆道手術には不浸透性のプラスチック製創傷保護材を使用する。(エビデンスの質:高)
9. 術中に消毒薬による創洗浄を行う。(エビデンスの質:中)
10. すべての患者の術直後の血糖値を管理する。(エビデンスの質:高)
11. チェックリストとバンドルのいずれかまたは両方を使って、手術患者の安全性を向上させるベストプラクティスの遵守を確認する。(エビデンスの質:高)
12. SSIのサーベイランスを実施する。(エビデンスの質:中)
13. 自動化されたデータを活用してサーベイランスの効率を高める。(エビデンスの質:中)
14. 外科、周術期の担当者および指導者にSSI率を継続的にフィードバックする。(エビデンスの質:中)
15. プロセス指標の遵守率を測定し、医療従事者にフィードバックする。(エビデンスの質:低)
16. 外科医および周術期担当者にSSI予防対策について教育する。(エビデンスの質:低)
17. 患者とその家族にSSI予防について適宜教育する。(エビデンスの質:低)
18. 適用可能なエビデンスに基づく標準的な方法、規則および規制、医療機器メーカーの添付文書に沿った、患者のSSIリスクを軽減するための方針と実践を実施する。(エビデンスの質:中)
19. 手術室および中央滅菌再処理室における手術室の担当者とケア環境を観察し、見直す。(エビデンスの質:低)
【追加の取り組み】
1. SSIリスクアセスメントを実施する。(エビデンスの質:低)
2. 有益と思われる患者には陰圧ドレッシング材の使用を検討する。(エビデンスの質:中)
3. 術前診察、麻酔後ケアユニット、外科集中治療室と外科病棟のいずれかまたは両方の業務を観察および見直す。(エビデンスの質:中)
4. SSIを予防する戦略として消毒薬含浸縫合糸を使用する。(エビデンスの質:中)
【SSI予防としてルーチンに実施することを考慮すべきではない取り組み】
1. 予防的抗菌薬としてバンコマイシンをルーチンに使用しない。(エビデンスの質:中)
2. 非経口栄養のために手術をルーチンに遅らせない。(エビデンスの質:高)
3.  SSIを予防する戦略として消毒薬含有ドレープをルーチンに使用しない。(エビデンスの質:高)
【未解決問題】
1. 切開部位の組織酸素化を適正化する。
2. 心臓胸部手術を受ける患者に対する術前の経鼻および咽頭CHG処置
3. ゲンタマイシン-コラーゲンスポンジの使用
4. 抗菌薬パウダーの使用
5. 手術着の使用

皮膚消毒に関する勧告と解説

整形外科手術および心臓胸部手術の術前に、手術患者を抗ブドウ球菌薬で除菌する。(必須実施事項、エビデンスの質:高)
人工物を含む手術など、ブドウ球菌によるSSIのリスクが高いその他の手技では、手術患者を除菌する。(必須実施事項、エビデンスの質:低)

この勧告で除菌とは、メチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)とメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)を含む黄色ブドウ球菌の保菌を抑制するために、抗菌薬および消毒薬のいずれかまたは両方を用いて処置することを指します。公表されているデータでは、ムピロシンの経鼻投与とクロルヘキシジン(CHG)浴が最も支持されており3)、最も強力なデータでは、最大5日間のムピロシンの1日2回の経鼻投与とCHGによる毎日の入浴を推奨しています。
この勧告の根拠となった研究には以下のようなものが挙げられています。一つは心臓または整形外科手術を受けた患者を対象とした17件の研究のメタアナリシスで、除菌戦略が黄色ブドウ球菌によるSSIを予防すると結論付けられています4)。その他の研究でも術前の黄色ブドウ球菌のスクリーニングとムピロシンの経鼻投与およびCHG浴の併用がSSIの減少に有効であることが示されており、あるランダム化二重盲検プラセボ対照多施設共同研究では、黄色ブドウ球菌鼻腔保菌者の迅速な同定とそれに続くムピロシンの経鼻投与およびCHG浴による除菌が黄色ブドウ球菌による術後感染のリスクを半分以下にまで減少させ、黄色ブドウ球菌による深部切開創SSIの発生率を約1/5にまで減少させると報告されています5)。また、清潔手術(例:心臓胸部、整形外科、血管)を受けた患者においては、除菌を受けた患者群はプラセボ群と比較して、1年後の死亡率の低下が認められています6)。さらに、心臓手術または人工関節全置換術を受ける患者を対象とした20病院の非ランダム化臨床研究では、黄色ブドウ球菌の鼻腔スクリーニング、鼻腔保菌者のムピロシンによる除菌、全患者へのCHG浴、MRSA保菌状態に基づく周術期の予防的抗菌薬の調整などの介入をバンドルで実施した結果、深部切開創または臓器腔の黄色ブドウ球菌によるSSIが有意に減少したとされています7)。興味深い点として、手術の種類によっては普遍的除菌の方が、スクリーニングと除菌に重点を置いた戦略よりも費用対効果が高いとする報告もあります8,9)。一方で、幅広い外科分野を評価した他の研究では、SSIに対する予防効果は観察されませんでした10,11)
なお、鼻腔除菌についてコクランレビューでは、整形外科手術や心臓胸部手術を受ける患者など特定のグループにおいては、ムピロシンによる除菌のみが有効である可能性があると結論づけています12)。ただし、スクリーニングを行わずにルーチンで術前にムピロシンで除菌を行うことは、ムピロシン耐性を引き起こす可能性があります13)。一方で、ポビドンヨードの経鼻投与など消毒薬によるルーチンの除菌は、ポビドンヨード耐性が報告されていないため、スクリーニングなしで行うことができるとされています。

アルコールと消毒薬を組み合わせた術野皮膚消毒薬を使用する。(必須実施事項、エビデンスの質:高)

アルコールは殺菌力が強いため術前の皮膚消毒に有用ですが、単独では持続的な活性を持ちません。しかし、CHGまたはヨードホールと組み合わせることで、即効性と持続性のある消毒が可能となります14)。アルコールと組み合わせる最も効果的な消毒薬はまだ明らかになっていませんが、最近の臨床試験では、ポビドンヨード-アルコールよりもCHG-アルコールが支持されています。また、CHG-アルコールは黄色ブドウ球菌保菌者に選択すべき消毒薬であるとする報告もあります7)
注意点としてはアルコール製剤には引火の危険性があるため、消毒薬の液溜まりの発生や薬液が乾燥しにくい可能性のある手術(例:毛髪を含む手技など)には禁忌です。他にも粘膜、角膜、耳を含む手術でも禁忌となる場合があります。CHG製剤は、口腔内、眼、耳、皮膚疾患が表皮以下の組織にまで達する場合、髄膜に達する手術には禁忌となる場合があります。また、早産児への使用は、皮膚毒性、吸収性および神経毒性を含む最終的な毒性に対する懸念から、議論の余地があるとされています。しかし、これらの特定の禁忌を除けば、皮膚消毒とSSI予防のためのCHG製剤の外用は安全であることが示されています1)

おわりに

SSIが生じた場合、術後の入院日数が大幅に延長するだけでなく、再手術が必要になることも多いとされています。また、SSIを発症した患者の死亡リスクはSSIを発症していない患者と比べて2~11倍高く、さらにSSIを発症し死亡した患者の死因の77%はSSIに直接的に関連があるとされており1)、SSIの発生は患者にとって大きな不利益となるため、SSIの発生をいかに抑えるかが重要になります。
SSI対策も年々変化しており、今回ご紹介した勧告の中でも、クロルヘキシジン等を用いた除菌に関する勧告が「追加の取り組み」から「必須実施事項」へと分類変更されています。
本勧告は様々なSSI対策が最新のエビデンスに基づいて示されており、医療機関におけるSSI対策を検討する際に役立つ資料になると思われます。本稿でご紹介した皮膚消毒に関する項目以外の勧告やエビデンスについての詳細は、勧告の原文をご参照ください。


<参考文献>

1) Calderwood MS, Anderson DJ, Bratzler DW, et al.:Strategies to prevent surgical site infections in acute-care hospitals: 2022 Update. Infect Control Hosp Epidemiol 2023;44:695-720.  [Full Text]
2) 厚生労働省:院内感染対策サーベイランス事業(JANIS) SSI部門 2022年報 (2024年1月30日閲覧) [Link]
3) Pop-Vicas A, Safdar N:Pre-operative Decolonization as a Strategy to Reduce Surgical Site Infection. Curr Infect Dis Rep  2019;21:35. [PubMed]
4) Schweizer M, Perencevich E, McDanel J, et al.:Effectiveness of a bundled intervention of decolonization and prophylaxis to decrease Gram positive surgical site infections after cardiac or orthopedic surgery: systematic review and meta-analysis. BMJ 2013;346:f2743. [Full Text]
5) Bode LG, Kluytmans JA, Wertheim HF, et al.:Preventing surgical-site infections in nasal carriers of Staphylococcus aureus. N Engl J Med 2010;362:9-17. [PubMed]
6) Bode LG, van Rijen MM, Wertheim HF, et al.:Long-term Mortality After Rapid Screening and Decolonization of Staphylococcus Aureus Carriers: Observational Follow-up Study of a Randomized, Placebo-controlled Trial. Ann Surg 2016;263:511-515. [PubMed]
7) Schweizer ML, Chiang HY, Septimus E, et al.: Association of a bundled intervention with surgical site infections among patients undergoing cardiac, hip, or knee surgery. JAMA 2015;313:2162-2171. [Full Text]
8) Kline SE, Sanstead EC, Johnson JR, et al.: Cost-effectiveness of pre-operative Staphylococcus aureus screening and decolonization. Infect Control Hosp Epidemiol  2018;39:1340-1346. [Full Text]
9) Stambough JB, Nam D, Warren DK, et al.: Decreased Hospital Costs and Surgical Site Infection Incidence With a Universal Decolonization Protocol in Primary Total Joint Arthroplasty. J Arthroplasty 2017;32:728-734. [PubMed]
10) Harbarth S, Fankhauser C, Schrenzel J, et al.:Universal screening for methicillin-resistant Staphylococcus aureus at hospital admission and nosocomial infection in surgical patients. JAMA 2008;299:1149-1157. [Full Text]
11) Lee AS, Cooper BS, Malhotra-Kumar S, et al.:Comparison of strategies to reduce meticillin-resistant Staphylococcus aureus rates in surgical patients: a controlled multicentre intervention trial. BMJ Open 2013;3:e003126. [Full Text]
12) van Rijen M, Bonten M, Wenzel R, et al.:Mupirocin ointment for preventing Staphylococcus aureus infections in nasal carriers. Cochrane Database Syst Rev. 2008;2008:CD006216. [Full Text]
13) Miller MA, Dascal A, Portnoy J, et al.:Development of mupirocin resistance among methicillin-resistant Staphylococcus aureus after widespread use of nasal mupirocin ointment. Infect Control Hosp Epidemiol 1996;17:811-813. [PubMed]
14) Maiwald M, Chan ES.:The forgotten role of alcohol: a systematic review and meta-analysis of the clinical efficacy and perceived role of chlorhexidine in skin antisepsis. PLoS One 2012;7:e44277. [Full Text]

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