感染対策情報レター

感染拡大の続く劇症型溶血性レンサ球菌感染症について

はじめに

劇症型溶血性レンサ球菌感染症(streptococcal toxic shock syndrome: STSS)は化膿レンサ球菌(Streptococcus pyogenes: S. pyogenes)により引き起こされる致死率の高い感染症です1)。国内においてその報告数は近年増加傾向にあり、2023年には1年間のSTSSの届出報告数が過去最多の941人(速報値)を記録しましたが2)、2024年6月11日時点の届出報告数は既に977件となっており(図)3)-6)、過去最多となった昨年を上回っています。特にA群溶血性レンサ球菌(Group A Streptococcus pyogenes: GAS)によるSTSS症例の報告数は2023年7月以降、50歳未満を中心に増加しています7)。そこで、今回は感染拡大が続く劇症型溶血性レンサ球菌感染症について紹介いたします。

図:劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)の報告数の推移(※2024年は6月11日時点の速報値)
出典:2010年から2021年の報告数は「発生動向調査年別一覧(全数把握)」(https://www.niid.go.jp/niid/ja/ydata/11530-report-ja2021-30.html)、2022年の報告数は「IDWR速報データ 2022年第52週」(https://www.niid.go.jp/niid/ja/data/11740-idwr-sokuho-data-j-2252.html)、2023年の報告数は「IDWR速報データ 2023年第52週」(https://www.niid.go.jp/niid/ja/data/12442-idwr-sokuho-data-j-2352.html)、2024年の報告数は「IDWR速報データ 2024年第22週」(https://www.niid.go.jp/niid/ja/data/12703-idwr-sokuho-data-j-2422.html)(国立感染症研究所)のデータをもとに作成。

劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)とは

STSSはグラム陽性球菌であるS. pyogenesによって引き起こされる細菌性感染症です。S. pyogenesは溶連菌とも呼ばれ、上気道炎(主に咽頭炎)を引き起こす細菌として知られていますが、稀に重篤な感染症であるSTSSを引き起こします。
STSSは、初発症状として咽頭痛や発熱、消化管症状、全身倦怠感、低血圧などの敗血症症状、筋痛などが挙げられ、後発症状では軟部組織病変、循環不全、呼吸不全、血液凝固異常、肝不全や腎不全など多臓器不全を引き起こし、ショック状態から死に至ることも多い感染症です2) 8)。その致死率は30%を超えることもあり、非常に高い致死率から「人食いバクテリア」と呼ばれることもあります8) 9)。また、STSSは国内の感染症法に基づく感染症発生動向調査において、5類全数把握疾患と定められており、必要な要件を満たした場合には届出の対象となります7) 8)(表)。

表:現時点におけるSTSSに関するまとめ (参考文献1~7、17~19を基に作成)
  劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS)
原因 主にA群溶血性レンサ球菌
(その他にB群、C群、G群の溶血性レンサ球菌など)
発生状況 2023年に国内過去最多報告件数(速報値:941件)を更新。
2024年は半年で過去最多を上回る977件が報告され、急速な感染拡大が続いている。
症状 初期症状は四肢の疼痛、腫脹、発熱、血圧低下などであり、病状の進行が非常に急激かつ劇的で、後期症状として軟部組織病変、循環不全、呼吸不全、血液凝固異常、肝不全や腎不全など多臓器不全を引き起こし、ショック状態から死に至ることも多い(致死率は30%を超えることもある)。
感染症法上の扱い 第5類感染症 (全数把握疾患)
【届出要件】
ショック症状および肝不全、腎不全、急性呼吸器窮迫症候群、播種性血管内凝固症候群、軟部組織炎、全身性紅斑性発疹、中枢神経症状のうち2つ以上を有し、かつ通常無菌的な部位等からβ溶血を示すレンサ球菌が検出される。
感染対策 【感染患者・感染が疑われる患者】
マスクの着用などの咳エチケット及び手指衛生の順守
診断または疑われる患者は個室隔離し、有効な抗菌薬開始後24時間は原則、隔離継続とし必要に応じて延長する。

【感染患者と接する医療従事者】
手指衛生の順守
創部処置の際など飛沫が生じる恐れがある場合には、サージカルマスクやフェイスシールド、ゴーグルを装着する。
有効な消毒薬 2%グルタラール、70%エタノール、1000ppmの次亜塩素酸ナトリウム液、10%ポビドンヨード液、0.5%クロルヘキシジン液、0.1%ベンザルコニウム塩化物液など。

A群溶血性レンサ球菌(GAS)

STSSの原因菌としては、A群、B群、C群、G群のレンサ球菌が知られています。中でもA群溶血性レンサ球菌(GAS)はSTSSの主な原因菌とされています7) 8)。また、GASは病原因子であるM蛋白をコードするemm遺伝子配列により分類され、emm1型であるM1型株は最も多く分離されることが知られています。
近年の英国では全身性の発疹や発熱に関与する発赤毒素(発熱毒素)の生産量が従来のM1型株よりも9倍多く、伝播性の高いUK系統株(M1UK株)の分離頻度が増加しています1)。また同様の傾向は他の欧州や北米、豪州でも報告されています7)
なお、GASはSTSSの他に上気道炎や化膿性皮膚感染症などの原因菌としても知られており、「A群溶血性レンサ球菌咽頭炎」は小児の感染症発生動向調査における5類感染症の小児科定点把握疾患としてSTSSとは区別した集計が行われています10)

国内における感染状況

国内におけるSTSSの集計は1999年より開始され、その報告数は近年増加傾向にあります2)。これまでの最多報告件数は2019年の894例でしたが、2023年には941例(速報値)となり過去最多を更新しています。更に2024年6月11日時点における届出報告数は既に977件となり、過去最多となった昨年を半年で上回る急速なペースで感染が拡大しています(図)3)-6)
2023年には50歳未満を中心としたGASによるSTSS症例の増加報告や7)、関東地方で国内初となるM1UK株の集積報告がなされ1)、厚生労働省よりSTSS分離株の解析依頼に関する通知が発出されています11)。また2024年第1週から第11週までの感染症発生動向調査では、STSS届出数全体に占めるGASによる届出数の割合が例年と比較して上昇していることが報告されています1)

海外における感染状況

海外のサーベイランスでは無菌的部位からのGASの検出のみを症例定義とした侵襲性A群溶血性レンサ球菌(invasive Group A Streptococcus: iGAS)感染症が集計に多く用いられており、近年その報告数は増加傾向にあります1)。2014年以降、イングランドではiGAS感染症の報告数とM1UK株の分離頻度の増加が報告されています。直近では新型コロナウイルスに対する感染対策が強化され、一時的な報告数の減少が見られましたが、2022年以降に再度感染拡大が報告されています。特に2022年以降は小児に対する感染例と死亡数が増加しています12)。また、2022年から2023年の初頭にかけて欧州の複数の国からも10歳未満の小児に対するiGAS感染症の増加がWHOに報告されています1) 13)

感染対策

STSSを発症した場合、適切な治療が行われたとしても致命的な転帰を辿ることがあるため、日常的な標準予防策などの感染対策を行うことが重要です14)。GASに対する感染対策には接触感染予防策や飛沫感染予防策が有効と考えられており、定期的な流水と石けんまたはアルコール製剤による手指衛生の実施や咳エチケットの実施が推奨されています2) 9)。また傷口などの創傷部からの感染も疑われているため、洗浄などにより創部を清浄化することも重要です15)
STSSは早期診断と早期治療が最も重要であり、診断または感染が疑われる場合には個室への隔離を行い適切な抗菌薬(ペニシリン系薬やクリンダマイシン)の使用や、外科的処置(デブリードマン)が必要となります16) 17)。また、創部処置の際など飛沫が生じる恐れがある場合には、サージカルマスクやフェイスシールド、ゴーグルを装着する必要があります18)
S. pyogenesはグラム陽性球菌であり、2%グルタラールや70%エタノール、1000ppmの次亜塩素酸ナトリウム液、10%ポビドンヨード液、0.5%クロルヘキシジン液、0.1%ベンザルコニウム塩化物液などの消毒薬が有効です19)。また、患者に用いた器具や環境表面を消毒する場合には0.1〜0.2%のベンザルコニウム塩化物液や0.1〜0.2%ベンゼトニウム塩化物液、アルコール、1000ppmの次亜塩素酸ナトリウム液などが使用されます18)

おわりに

現在のところSTSSの患者数が増加している理由は明らかになってはいませんが、新型コロナウイルスに対する感染対策が緩和されて以降、STSSの主な原因菌であるGASによる感染症発生例が国内外で増加傾向にあります。また、国内においてはA群溶血性レンサ球菌咽頭炎の報告数も高い値で推移しています1)。STSSは急激な病状の悪化と高い致死率で知られる感染症であるため、定期的な手指衛生や咳エチケットを励行し、原因菌による感染を予防することが重要です。


<参考文献>

1) 国立感染症研究所: 国内における劇症型溶血性レンサ球菌感染症の増加について: 2024年3月29日掲載 [Full Text]
2) 厚生労働省: 劇症型溶血性レンサ球菌感染症(STSS): 2024年6月17日閲覧 [Full Text]
3) 国立感染症研究所: 発生動向調査年別一覧(全数把握): 2023年2月3日掲載 [Full Text]
4) 国立感染症研究所: IDWR速報データ 2022年第52週: 2023年1月12日掲載 [Full Text]
5) 国立感染症研究所: IDWR速報データ 2023年第52週: 2024年1月12日掲載 [Full Text]
6) 国立感染症研究所: IDWR速報データ 2024年第22週: 2024年6月11日掲載 [Full Text]
7) 国立感染症研究所: A群溶血性レンサ球菌による劇症型溶血性レンサ球菌感染症の50歳未満を中心とした報告数の増加について(2023年12月17日現在): 2024年1月15日掲載 [Full Text]
8) 国立感染症研究所: 劇症型溶血性レンサ球菌感染症とは: 2013年2月8日改訂 [Full Text]
9) CDC: Clinical Guidance for Streptococcal Toxic Shock Syndrome: 2024年3月1日掲載 [Full Text]
10) 国立感染症研究所: A群溶血性レンサ球菌咽頭炎とは: 2024年1月22日一部改訂 [Full Text]
11) 厚生労働省: 劇症型溶血性レンサ球菌感染症の分離株の解析について(依頼): 2024年1月17日発出 [Full Text]
12) Ana Vieira, Yu Wan, Yan Ryan, et al.: Rapid expansion and international spread of M1UK in the post-pandemic UK upsurge of Streptococcus pyogenes. Nat Commun  2024 ;15:3916 [Full Text]
13) WHO: Increased incidence of scarlet fever and invasive Group A Streptococcus infection - multi-country: 2022年12月15日掲載 [Full Text]
14) 東京都保健医療局: 劇症型溶血性レンサ球菌感染症 (STSS)とは: 2024年4月25日掲載 [Full Text]
15) CDC: Preventing Group A Strep Infection: 2024年3月1日掲載 [Full Text]
16) 東京都感染症マニュアル「劇症型溶血性レンサ球菌感染症」:(令和6年4月版) [Full Text]
17) 日本感染症学会: 侵襲性A群レンサ球菌感染症: 最終更新日2019年7月23日掲載 [Full Text]
18) 中嶋一彦,竹末芳生: 特集 危惧する感染症─院内感染防止対策─ 4.劇症型溶血性連鎖球菌感染症の院内感染対策 Surgery Frontier 2015;22:24-28
19) 森下憲一, 榊原雅代, 竹内美恵子 他 : 臨床菌に対する消毒剤の検討 医薬ジャーナル1984; 20: 97-107

感染対策情報レター

Y's Letter