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Y’s Letter Vol.4.No.37 Published online:2024.12.25
はじめに
マイコプラズマ肺炎は肺炎マイコプラズマ(Mycoplasma pneumoniae)により引き起こされる市中肺炎の一つです。感染症法において五類感染症に位置付けられ、感染症発生動向調査において全国の基幹定点医療機関から発生が毎週報告されます。感染者の多くは軽症のため「歩く肺炎」とも呼ばれますが、重症化する場合もあり、迅速かつ適切な対応が求められます。
新型コロナウイルス感染症が流行した2020年から2023年は感染対策が励行されたためかマイコプラズマ肺炎の報告はほとんどありませんでした。しかし、新型コロナウイルス感染症の扱いが2023年5月に五類へ移行し、感染対策が緩和されたことも一因と考えられますが、2024年は大流行した2011年、2016年を上回る状況となっています(図1)。本稿では、約8年ぶりの流行となっているマイコプラズマ肺炎について紹介します。

図1 マイコプラズマ肺炎の1週間当たりの報告数(2024年は第46週までのデータ)
出典:「疾病毎定点当たり報告数~過去10年間との比較~」(https://www.niid.go.jp/niid/ja/data.html 国立感染症研究所)のデータをもとに作成
病原体
マイコプラズマは、最小の自己増殖性生物で連鎖球菌、桿菌、乳酸菌を含むグラム陽性細菌群に最も近縁とされています。ヒト、動物、植物等において200種以上のマイコプラズマが同定されていますが、ヒトで病気を引き起こすことが証明されているものはわずかです1)。
肺炎マイコプラズマは、病原微生物の中ではユニークな特徴を持つことが知られています。一つは大きさで、一般的な桿菌が長さ1~4µm、幅0.5~1.0µmであるのに対して、肺炎マイコプラズマの長さは1~2 µm、幅は0.1~0.2µm程度で細胞の容積も5%未満です2)。そのため、条件によっては一般的なろ過滅菌に用いられる0.2µmフィルターを通過する場合があります3)。
肺炎マイコプラズマは塩基配列も決定されていますが、ゲノムがわずか687遺伝子と小さいために、生合成能力も限られており、細菌に分類されるもののペプチドグリカンの細胞壁を合成することができません1,4)。そのため、細胞壁を標的として作用するβ-ラクタム系等の抗菌薬に対して本質的に耐性を持ちます2)。なお、ペプチドグリカンは自然免疫の標的でもあるため、生存戦略としてこのペプチドグリカン層の合成を放棄したとの説もあります5)。
疫学
マイコプラズマ肺炎の流行には季節性があり、秋から冬に多く発生する傾向があります。また、周期性もあり世界的にも概ね3~7年ごとに流行が起こるとされています。日本では過去に4年ごとの流行が見られたことから「オリンピック病」と呼ばれていたこともありましたが、現在では4年ごとの流行とはなっていません。なお、このような周期性は、マイコプラズマ肺炎が一旦流行すると集団免疫は生じるものの、長くは続かないため曝露経験のない若い世代で再びマイコプラズマ肺炎の流行が起きる可能性によるとされています6)。また、感染後にも部分的な免疫しか得られず、同じ人に繰り返し感染する可能性もあるとされています2)。
マイコプラズマ肺炎の日本における患者の約8割は1~14歳の年齢層ですが6)、すべての年齢層で発生する可能性があり、年度や国によって感染者の年齢層に変化がみられる場合もあります。米国の2024年3月末のデータと10月上旬のデータを比較すると、全年齢層で増加がみられるものの、増加率は小児で高く、特に2〜4歳の子どもでは1.0%から7.2%へ増加しています。これまでマイコプラズマ肺炎は2〜4歳における主な肺炎の原因として認識されていなかったため、この年齢層における増加は注目に値するとされています7)。一方、中国では新型コロナウイルス流行前後でマイコプラズマ肺炎患者の年齢層が変化したとされており、流行前の5.3~15.5歳に対し、流行後は3.8~13.5歳と約1.5~2.0歳低下したとされています8)。なお、日本では新型コロナウイルス流行前の2019年と比較すると60歳以上の感染者が減る一方で、5歳から9歳の患者の報告数が特に増加しています(図2)。

図2 2019年と2024年におけるマイコプラズマ肺炎の累積報告数の年齢分布(第1~35週時点)
出典:IDWR感染症週報(https://www.niid.go.jp/niid/images/idsc/idwr/IDWR2024/idwr2024-35.pdf 国立感染症研究所)のデータをもとに作成
臨床症状・治療
肺炎マイコプラズマの潜伏期間は1~3週間9)で比較的長めです。また、感染者のほとんどは、咽頭炎や気管支炎などの軽度の呼吸器症状を呈した後、自然に治癒しますが、感染者の3%~13%は肺炎を発症するとされています2)。
臨床所見は多様で、発熱、倦怠感、頭痛、咳嗽が徐々に始まりますが、持続する咳嗽が臨床的特徴とされます。肺炎マイコプラズマ感染症はインフルエンザやアデノウイルスのような呼吸器ウイルス感染症の臨床所見と類似していますが、マイコプラズマ肺炎は症状の発現が緩やかで、下痢、吐き気、嘔吐が稀であるという点で、これらのウイルス感染症とは異なります。また、肺炎球菌感染症による肺炎と比較すると胸膜痛や悪寒戦慄が比較的稀であるとされています2)。
肺炎マイコプラズマは肺以外にも体内のほとんどすべての臓器に影響を及ぼす可能性があるとされ、広範な肺外症状を引き起こす場合があることも知られています。例えば中枢神経系の症状は、肺炎マイコプラズマ感染で入院した患者の約6%にみられ、脳、脊髄等が侵されることがあります。主な脳症状は脳炎で、成人よりも小児に多く、この場合、呼吸器系の症状を伴わないこともあるとされます。神経系以外では蕁麻疹、多形紅斑、スティーヴンス・ジョンソン症候群(SJS)等の皮膚障害を起こす場合もあり、これらは重篤な合併症となる可能性があります。特に、重症のSJSでは、臨床経過は薬物関連のSJS症例よりも軽症とされていますが、皮膚、四肢遠位部、鼠径部等に緊満性水疱が生じ、眼や口腔咽頭でも粘膜の病変を伴う場合があるとされます。肺炎マイコプラズマによる皮膚障害の発症機序としては水疱から菌が分離された症例があることから、菌血症によるサイトカイン産生の関与が示唆されています10)。
薬物療法としてはマクロライド系、テトラサイクリン系のほか、フルオロキノロン系の抗菌薬等が用いられます。肺炎マイコプラズマでは薬剤耐性が問題となる場合があり、日本においても2012年頃はマクロライド系抗菌薬に対して80~90%の高い薬剤耐性率が示されていた時期もありましたが、近年では20~30%程度と以前よりは低下傾向にあります11)。なお、薬剤耐性マイコプラズマ肺炎の治療の鍵は、重症型および劇症型の早期発見と治療で、最適な治療時期は発熱後 5~10 日以内とされています。特に重症患者では、過剰な炎症反応やサイトカインストームを正確に特定して治療することに重点を置き、ステロイドや抗凝固治療などを含む包括的な治療を行う必要があるとされます9)。なお、肺炎マイコプラズマは急性肺炎から臨床的に回復した後も、呼吸器の培養検査によって数ヶ月間検出される場合があり、抗菌薬による治療後でも呼吸器分泌物から検出されることがあるとされています12)。
感染経路・予防策
マイコプラズマ肺炎は主に飛沫感染と接触感染で広がると考えられており、家族内のほか病院、学校等の閉鎖または半閉鎖環境等でのマイコプラズマ肺炎の発生が数多く報告されています1,2)。マイコプラズマ肺炎に対するワクチンは開発されていないため、特別な対策方法はありません。なお、対策等については関連学会から文書も発出されていますが13)、基本的には医療機関においては標準予防策と飛沫予防策の実施、家庭等においてはうがい、手洗い等の一般的な予防方法の適切な実施のほか感染者との濃厚接触を避けることが必要になります。
肺炎マイコプラズマは自然界で自由に生存している例はないとされ、主に宿主の上皮細胞表面に寄生する粘膜病原体と考えられていますが4)、宿主外においてもステンレス上においては室温で4時間程度はほとんど死滅しなかったという報告もあります14)。
肺炎マイコプラズマの消毒には50~70%エタノール、50%イソプロパノール、次亜塩素酸ナトリウムが有効ですが、第四級アンモニウム化合物は効果が低かったと報告されています14,15,16)。なお、アルカリ洗剤も有効であったと評価されています14)。
おわりに
マイコプラズマ肺炎は無症候性または軽度の感染でも、病原体が排出される可能性があり、これらの患者は、感染拡大のきっかけになるリザーバーとなる可能性があります4)。また、多くの場合、軽症とされますが、重症化する場合もあり、稀ではありますが健康な若年者の死亡例も報告されています17)。マイコプラズマ肺炎は毎年発生する季節性インフルエンザ等とは異なり、数年おきの流行となることが多いですが、各流行は1~2年続くとされますので9)、今後も適切な感染対策を継続することが求められます。
<参考文献>
1)Atkinson TP, Balish MF, Waites KB.:Epidemiology, clinical manifestations, pathogenesis and laboratory detection of Mycoplasma pneumoniae infections. FEMS Microbiol Rev 2008;32:956-973. [Full Text]
2)Saraya T.:Mycoplasma pneumoniae infection: Basics. J Gen Fam Med 2017;18:118-125. [Full Text]
3)Nikfarjam L, Farzaneh P.:Prevention and detection of Mycoplasma contamination in cell culture. Cell J 2012;13:203-212. [Full Text]
4)Parrott GL, Kinjo T, Fujita J.:A Compendium for Mycoplasma pneumoniae. Front Microbiol 2016;7:513. [Full Text]
5)Miyata M, Robinson RC, Uyeda TQP, et al.:Tree of motility - A proposed history of motility systems in the tree of life. Genes Cells 2020;25:6-21. [Full Text]
6)Yamazaki T, Kenri T.:Epidemiology of Mycoplasma pneumoniae Infections in Japan and Therapeutic Strategies for Macrolide-Resistant M. pneumoniae. Front Microbiol 2016;7:693. [Full Text]
7)CDC:Mycoplasma Pneumoniae Infections Have Been Increasing. October 18, 2024 (2024年11月27日アクセス)[LINK]
8)You J, Zhang L, Chen W, et al.:Epidemiological characteristics of mycoplasma pneumoniae in hospitalized children before, during, and after COVID-19 pandemic restrictions in Chongqing, China. Front Cell Infect Microbiol 2024;14:1424554. [Full Text]
9)Yan C, Xue GH, Zhao HQ, et al.:Current status of Mycoplasma pneumoniae infection in China. World J Pediatr 2024;20:1-4. [Full Text]
10)Waites KB, Xiao L, Liu Y, et al.:Mycoplasma pneumoniae from the Respiratory Tract and Beyond. Clin Microbiol Rev 2017;30:747-809. [Full Text]
11)国立感染症研究所:マイコプラズマ肺炎の発生状況について(2024年9月19日版) [LINK]
12)Hardy RD, Jafri HS, Olsen K, et al.:Mycoplasma pneumoniae induces chronic respiratory infection, airway hyperreactivity, and pulmonary inflammation: a murine model of infection-associated chronic reactive airway disease. Infect Immun 2002;70:649-654. [Full Text]
13)日本呼吸器学会(感染症・結核学術部会)ほか:マイコプラズマ感染症(マイコプラズマ肺炎)急増にあたり、その対策について(2024年11月19日)[LINK]
14)Eterpi M, McDonnell G, Thomas V.:Decontamination efficacy against Mycoplasma. Lett Appl Microbiol 2011;52:150-155. [LINK]
15)Lee DH, Miles RJ, Perry BF.:The mycoplasmacidal properties of sodium hypochlorite. J Hyg (Lond) 1985;95:243-253. [Full Text]
16)Meissner C:The effect of disinfectants on Mycoplasma pneumoniae. Z Gesamte Hyg 1977;23:404-405. [LINK]
17)Daxboeck F, Eisl B, Burghuber C, et al.:Fatal Mycoplasma pneumoniae pneumonia in a previously healthy 18-year-old girl. Wien Klin Wochenschr 2007;119:379-384. [Full Text]