感染対策情報レター

Y’s Letter Vol.4 No.39
感染拡大の続く百日咳について

はじめに

百日咳は主に百日咳菌(Bordetella pertussis)によって生じる感染性の高い呼吸器感染症です1)。国内における百日咳の発生動向調査は、2018年1月より感染症法に基づく5類感染症全数把握疾患に変更され、現在はより正確な感染動向把握が可能になっています2)。全数把握調査が開始されて以降の百日咳の報告数は、毎年1万例を超えていましたが、新型コロナウイルスの流行期に大幅に減少しました2)。しかし近年は新型コロナウイルスに対する公衆衛生対策が緩和され、2024年より再び増加傾向にあります2)
百日咳は乳児期早期から罹患する可能性があり、小児に多い疾患とされていますが3)、2024年以降の傾向として10代における感染割合が増加しています2)。また、国内でも耐性菌株(マクロライド耐性菌株)による感染症の発生例が散見されています2)4)。今回は百日咳に関する近年の発生状況と感染対策に焦点を当てて紹介します。

百日咳とは

百日咳はグラム陰性桿菌である百日咳菌が主な原因菌となる呼吸器感染症です1)。臨床経過はカタル期、痙咳期、回復期の3期に分けられ、けいれん性の激しい咳発作(痙咳)や息を吸う時に生じる笛の音のようなヒューという笛声(whoop)症状を特徴とします1) - 3) 5) 6)。また、百日咳といわれるように発症から回復までに長い期間を要し、全経過で約2~3か月が必要とされています1) - 3)(図1)。
百日咳菌の主な感染経路として、鼻咽頭や気道からの分泌物による飛沫感染や、感染者との接触による接触感染が挙げられており、
乳児期早期から罹患する可能性があります3)。特に新生児や乳児期早期では肺炎や脳症を合併し、まれに死に至ることもあります3)。また近年はワクチン接種から時間が経過した青年や成人における感染拡大が問題視されています1) 5)
百日咳菌の感染力は強く、基本再生産数(1人の患者が平均で感染させる人数)は 16~21と見積もられており5)、季節性インフルエンザの基本再生産数7)(1~3程度)よりもはるかに高い値です。そのためしばしば家庭内感染事例が報告されており、重症化しやすい6か月未満の乳児の主な感染源として家族からの感染が挙げられています5)8)。また過去には国内の小中学校や大学において集団感染を生じた事例が報告されています5)8)

図1:百日咳の臨床経過 (参考文献3、5を基に作成)

国内における発生状況

百日咳は2017年12月31日までは、感染症法に基づく5類感染症小児科定点把握対象疾患として、発生情報の集積が行われていましたが、2018年1月1日からは5類感染症全数把握対象疾患に変更されています2)。この変更により従来では把握することが困難であった6か月未満児や成人患者数に関する詳細な疫学情報が得ることが可能になっています2)8)
全数把握調査が開始されて以降の国内における百日咳の報告数は、2018年と2019年には年間1万例を超えていましたが、2020年から2023年にかけては新型コロナウイルスの流行に伴い、感染対策が強化されたことで報告数は大きく減少しました2)。しかし新型コロナウイルスに対する感染対策の緩和された2024年より再び報告数は増加傾向に転じています。
2025年は年初より急激な感染拡大が見られ、2025年22週時点で既に全数把握調査開始以降、過去最多の25,037例が報告されています9)(表1、図2)。また、感染者の年齢分布にも変化がみられており、2018年と2019年には5~9歳の患者の報告割合が最多であったのに対し、2024年以降は10歳~19歳の患者の割合が増加しています2)

表1:2018年以降の国内における百日咳の報告件数、6月13日現在(参考文献2、9を基に作成)
  届出例
2018年 12,117
2019年 16,850
2020年 2,790
2021年 704
2022年 494
2023年 1,000
2024年 4,096
2025年 25,037(※)

(※)2025年は2025年第22週時点の届出数を記載

図2:2018年から2025年における第1~第22週における週別の百日咳届出数(2024年、2025年は速報値データを使用して作成)
出典:2018年から2023年の届出数は、感染症発生動向調査事業年報 -2023-(国立健康危機管理研究機構感染症情報提供サイト)
https://id-info.jihs.go.jp/surveillance/idwr/annual/2023/index.html)、 2024年の届出数はIDWR速報 2024年(国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト)、(https://id-info.jihs.go.jp/surveillance/idwr/rapid/2024/index.html)、2025年の届出数はIDWR速報 2025年(国立健康危機管理研究機構 感染症情報提供サイト)、(https://id-info.jihs.go.jp/surveillance/idwr/rapid/2025/index.html)の第1週から第22週の速報データを加工して作成

国外における発生状況

国外においても複数の国で、同様の感染拡大事例が報告されています2)10)-12)。 
新型コロナウイルスの感染拡大以前のイングランドでは、3年から5年周期で百日咳の流行がみられており、過去には2012年(9,367例)と2016年(5,945例)に大規模な感染発生事例が報告されていましたが、新型コロナウイルスが流行した2020年から2023年には年間報告数が1,000例未満と低い水準であったことが報告されています10)13)。一方で、2024年には前年を大幅に上回る14,894例の感染が報告されています10)。また、アメリカにおいても2024年の百日咳報告数が前年の6倍以上に増加したと報告されています11)。更に中国や韓国でも感染数の増加が報告されており、特に学童期の小児において感染数の増加が報告されています2)

マクロライド耐性百日咳菌の出現

百日咳の治療にはマクロライド系抗菌薬が第一選択薬として推奨されていますが1)2)、近年はマクロライド系抗菌薬に耐性を持つ百日咳菌(macrolide-resistant Bordetella pertussis: MRBP)の出現が問題になっています2)4)。MRBPは1994年にアメリカで初めて分離されて以来、散発的な発生報告にとどまっていましたが、2008年頃から東アジアで増加しています2)14)。特に中国では2011年以降MRBPの急速な分布拡大が報告されており、一部の地域ではMRBPのアウトブレイク発生事例が報告されています12)14)
国内においては、2018年に東京と大阪で1例ずつMRBP株が臨床分離されましたが、それ以降はおよそ5年間にわたりMRBPの検出報告はありませんでした2)。しかし、2024年には沖縄県で2例、大阪府で3例、島根県で8例のMRBPによる感染事例が相次いで報告されており、国内においてもMRBPの感染拡大が懸念されています2) 4) 15)-17)

感染対策

百日咳はワクチンで予防可能な疾患であり、ワクチン接種が感染対策に有効です5)。現在の国内におけるワクチンの定期接種は、生後2か月から開始され、0歳代に3回、1歳を超えて1回の追加接種の計4回接種となっています18)。一方で、現行の定期接種スケジュールではそれ以降の追加接種が設定されていないため、抗体が減少してくる幼児期から学童期にかけて、4回接種を受けているにも関わらず感染を生じた事例が報告されています18)。日本小児科学会は、任意接種として就学前の3種混合ワクチンの接種や、11~12歳の定期接種である2種混合ワクチンの代わりに3種混合ワクチンの接種を推奨しています18)19)。また、日本環境感染学会は、医療関係者のためのワクチンガイドライン第4版において、医療関係者(特に産科病棟スタッフ、新生児・乳児をケアするスタッフ、妊娠中の母親や入院中の新生児・乳児と直接接触する医療関係者)に百日咳含有ワクチンの接種を推奨しています20)
百日咳は、飛沫感染や接触感染により伝播すると考えられているため、感染経路別の対策としては接触予防策や手指衛生、咳エチケットの励行が有効です1)
百日咳菌に対して有効性が認められた消毒薬としては、アルコールやポビドンヨード液、ベンザルコニウム塩化物液がありますが21)22)、本菌は一般細菌であるため、中水準消毒薬である次亜塩素酸ナトリウムも有効であると考えられます。

おわりに

百日咳は感染性の高い感染症ではありますが、成人では軽症で経過することもあり見逃されてしまう可能性があります1) 5)。また、ワクチンの免疫効果は4〜12年で減弱することが指摘されています5)。国内外において百日咳による家庭内感染事例が報告されており5)、ワクチン未接種児が感染し重症化する8)ことは重大な問題です。新型コロナウイルスの流行により積極的に実施された手指衛生や咳エチケットの実施は百日咳にも有効な感染予防策であり、引き続き実施していくことが重要です。


<参考文献>

1) 国立健康危機管理研究機構:百日咳.感染症情報提供サイト 2025年4月30日更新[Full Text] (2025年5月21日閲覧)
2) 国立健康危機管理研究機構:百日咳の発生状況について.感染症情報提供サイト 2025年4月22日時点[Full Text] (2025年5月21日閲覧)
3) 厚生労働省:百日咳[Full Text] (2025年5月21日閲覧)
4) 国立健康危機管理研究機構:東京都の小児病院におけるマクロライド耐性百日咳菌感染症例の検出.感染症情報提供サイト 2025年4月18日速報掲載[Full Text] (2025年5月21日閲覧)
5) 国立感染症研究所:百日せきワクチン ファクトシート:平成 29 (2017)年 2 月 10 日[Full Text]
6) 東京都保健医療局:(23)百日咳 五類感染症・全数把握.東京都感染症マニュアル2018:284-285 [Full Text]
7) Otani Y, Kasai H, Tanigawara Y:Pharmacometric analysis of seasonal influenza epidemics and the effect of vaccination using sentinel surveillance data.CPT Pharmacometrics Syst Pharmacol 2022;11:44-54.[Full Text]
8) 国立感染症研究所 他:<特集>百日咳 2018年11月現在.IASR 2019;40:1-15 [Full Text]
9) 厚生労働省、国立健康危機管理研究機構国立感染症研究所:IDWR 2025年第22週(第22号):2025年6月13日発行[Full Text]
10) UK Health Security Agency:Confirmed cases of pertussis in England by month, 2024.2025年5月23日更新[Full Text] (2025年6月2日閲覧)
11) CDC:Pertussis Surveillance and Trends.2025年4月22日掲載 [Full Text]
12) 吉川淳子:2024年7月第1週 中国の感染症状況―百日咳は5月も増加中.日本感染症学会 2024年7月3日[Full Text]
13) Public Health England:Laboratory confirmed cases of pertussis reported to the enhanced pertussis surveillance programme in England.annual report for 2016.2017年3月24日[Full Text]
14) 国立感染症研究所 他:<特集>百日咳菌 2021年1月現在.IASR 2021;42:109-117.[Full Text]
15) 国立感染症研究所 他:<国内情報>集中治療を必要としたマクロライド耐性百日咳菌感染症の2乳児例-沖縄県.IASR 2025;46:41-42.[Full Text]
16) 国立感染症研究所 他:<国内情報>マクロライド耐性百日咳菌を検出した大阪府の小児3例.IASR 2025;46:42-43.[Full Text]
17) 国立感染症研究所 他:<国内情報>鳥取県におけるマクロライド耐性百日咳菌の流行. IASR 2025;46:43-45.[Full Text]
18) 日本小児科学会 予防接種・感染症対策委員会:百日咳患者数の増加およびマクロライド耐性株の分離頻度増加について.2025 年 3 月 29 日[Full Text]
19) 日本小児科学会:小学校入学前に接種すべきワクチン.2024年4月1日改訂[Full Text]
20) 日本環境感染学会:6百日咳ワクチン.医療関係者のためのワクチンガイドライン 第4版2024;S25-S27[Full Text]
21) Suzuki T, Kataoka T, Ida T,et al.: Bactericidal activity of topical antiseptics and their gargles against Bordetella pertussis. J Infect Chemother 2012;18:272-275.[PubMed]
22) Uttlová P, Urba J:Hand disinfectants and their activity against clinical isolates of Bordetella pertussis. Cent Eur J Public Health 2022;30:230-234.[Full Text]

感染対策情報レター

Y's Letter