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Y’s Letter Vol.5.No.3 Published online:2026.6.29
はじめに
2025年5月に整形外科感染領域における世界最大級の国際コンセンサス会議であるInternational Consensus Meeting on Musculoskeletal Infection 2025(ICM2025)がトルコのイスタンブールにて開催されました1)。会議内では整形外科感染領域の様々な臨床的疑問に対して、各分野の専門家による体系的レビューと討議を通じた推奨事項案が作成され、それらへの投票を行うことで整形外科感染におけるコンセンサスが形成されました1)ー4)。今回はその中から、総論部における消毒薬に関連する事項について紹介します。
ICM2025の概略
整形外科感染領域における国際コンセンサス会議はこれまで2013年と2018年に開催されており、今回のICM2025は第3回目の会議となります。今回の会議では102カ国、1,205名の専門家が関与した大規模な集会となりました。
整形外科領域において、人工関節周囲感染(Periprosthetic Joint Infection:PJI)は人工関節置換術後に発生する最も重篤な合併症の1つであり、重要な課題とされています。ICM2025では、総論、股関節・膝関節、脊椎、肩、バイオフィルムの5つの主要テーマが設定され、各テーマに関する臨床的疑問について、各国の専門家から成るワーキンググループによるシステマティックレビューと討議が実施されました。その後、作成された推奨事項案は対面会議による投票を経てコンセンサスが形成されました3)。
また、この投票結果に基づく推奨事項と推奨の強さ、エビデンスレベル、投票の結果、ならびにその根拠となるエビデンスの要約をまとめたFINAL DOCUMENTSが、The International Consensus Meeting on InfectionのWebページ上に公開されています1)。(2026年5月時点で英語表記の文書として公開されている資料は、総論と股関節・膝関節に関連した事項のみ。)
以下では、この資料の中から消毒薬に関連する事項として、術前除菌と術野消毒に関する推奨事項と投票結果およびエビデンスの事項を紹介します。
消毒薬に関連する推奨事項とその根拠の概要
| 総論の事項:除菌4)5) 問2:主要な整形外科手術を受ける患者において、術前の皮膚デコロナイゼーション(除菌・除菌処置)はSSIの発生率を低下させるか? 推奨事項:主要な整形外科手術を受ける患者において、術前の皮膚デコロナイゼーションの実施は、術後のSSIの発生率を低下させる。 エビデンスレベル:Moderate 投票結果:賛成79%、反対11%、棄権10%(中等度のコンセンサス) |
人工関節置換術などの主要な整形外科手術においてSSIの発生は、稀ではあるものの(初回人工股関節全置換術では0.2%、人工膝関節全置換術では1.5%)深刻な合併症であり、SSIの発生は入院期間の延長や罹患率、再入院率の上昇と関連し、3倍以上の医療費の増加につながることが報告されています6)。また、SSIの約37%は黄色ブドウ球菌に起因するものと推定されており、患者および病院スタッフが手指衛生や予防的抗菌薬の投与、黄色ブドウ球菌保菌者への除菌処置などの適切な予防策を遵守すれば、多くのSSIは予防可能であると考えられています5)7)。更に近年では皮膚細菌叢に黄色ブドウ球菌が定着している患者は、SSIおよび潜在的PJIのリスクが高いことを示す報告や、待機的整形外科手術における術前皮膚除菌がSSI発生率の低下に関連するとの知見が報告されてきています8)9)。このような背景から、術前に皮膚除菌を行うことが重要視されてきており、手術数日前からの除菌プロトコルの実施に関するエビデンスが世界中で集積されてきています5)。
本コンセンサスでは術前の皮膚除菌にクロルヘキシジン(CHG)を用いた報告が複数引用されており、待機的な整形外科手術全般をはじめ、人工関節置換術や肩手術の領域において、CHGによる全身洗浄やワイプ製剤による清拭を導入することで、良好な結果が得られたとされるエビデンスが示されています5)。一方で、一部の小規模な研究や短期間の追跡調査においては、統計的に有意な差が認められなかったとする報告も存在しています。また、現時点では術前除菌に最適な除菌薬について明確な結論を導くためのエビデンスは十分ではないとしています5)。
この推奨事項の結論部では、術前の皮膚除菌は多くの研究で費用対効果の高いアプローチであることが示唆されており、主要な整形外科手術におけるSSIの発生率を低下させると考えられるとしています。また、SSI発生により生じる費用と、除菌プロトコルの導入による費用を勘案すると、スクリーニングと除菌を組み合わせた予防的処置は有益であり、依然として推奨されるとしています5)。
| 総論の事項:除菌4)5) 問3:主要な整形外科手術を受ける患者に対して、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)のユニバーサルスクリーニングおよびデコロナイゼーションは有用か? 推奨事項:現時点では、整形外科手術を受ける患者において、MRSAのユニバーサルスクリーニングを支持する明確なエビデンスは存在しない。一方で、近年のデコロナイゼーションプロトコールは費用対効果に優れていることから、主要な整形外科手術を受けるすべての患者に対してユニバーサルな鼻腔デコロナイゼーションを実施することを推奨する。その際には可能であれば、抗菌薬ではなく消毒薬を用いることが望ましい。 エビデンスレベル:Moderate 投票結果:賛成72.7%、反対18.2%、棄権9.1%(中等度のコンセンサス) |
鼻腔内に黄色ブドウ球菌を保菌する手術患者は増加傾向にあり、それらの患者は非保菌患者と比べてSSIの発生リスクが3から6倍高いとされています5)。
黄色ブドウ球菌の除菌プロトコルとして全身または局所への抗菌薬の投与とメチシリン感受性黄色ブドウ球菌(MSSA)およびMRSAのスクリーニングが実施されていますが、それらの対策がSSI発生リスクをどの程度低減するかについてのエビデンスは定まっていないとされています5)。
そこで本コンセンサスでは整形外科手術患者におけるMRSAのスクリーニングと除菌処置がSSI発生リスクを減少させるのかについて、システマティックレビューとメタアナリシスによる評価が行われました5)。解析にはスクリーニングと除菌を行う群とスクリーニングと除菌を行わない群の比較検討を行った10件の報告が含まれており、その結果は除菌群の SSI発生リスクは非除菌群よりも低かったものの、有意な差は認められなかったとしています。また、サブグループ解析として行われた、人工関節手術に関する検討においても同様に両群に有意差は認められませんでした。以上のことから整形外科手術を受ける患者に対しMSSAやMRSAに対するユニバーサルスクリーニングと除菌を行うことの有用性は限定的であるとしています5)。
一方でポビドンヨード製剤を用いたユニバーサルな鼻腔内除菌プロトコルは費用対効果が高いことが報告されていることから10)、主要な整形外科手術を受けるすべての患者に対し鼻腔内除菌を行うことを推奨し、除菌に使用する薬剤は抗菌薬ではなく消毒薬製剤を使用することが望ましいとしています。
| 総論の事項:除菌4)5) 問4:主要な整形外科手術を受ける患者において、最適な鼻腔デコロナイゼーション薬剤は何か? 推奨事項:ムピロシンは依然としてガイドラインで推奨されている標準薬である。しかしながら、コスト、耐性の出現、ならびに有効性に関する懸念が残されている。ポビドンヨードは、主要な整形外科手術において保菌率およびSSI率の低減において同等の成績を示す可能性があり、費用対効果の高い代替選択肢と考えられる。 エビデンスレベル:Moderate 投票結果:賛成 91.2%、反対 8.8%、棄権 0%(最も強いコンセンサス) |
主要な整形外科手術において黄色ブドウ球菌はSSIの主な原因菌であり、黄色ブドウ球菌による術後感染リスクの低減を目的とした多角的な取り組みが実施されています。
鼻腔内と皮膚の除菌はこれら取り組みの1つとされ、CDCとWHOはCHGによる皮膚除菌と2%ムピロシン軟膏による鼻腔内除菌の実施を支持しています5)。また、多くの臨床現場では黄色ブドウ球菌保菌者へのムピロシンによる選択的な鼻腔内除菌が実施されていますが、近年は鼻腔内除菌にポビドンヨードやアルコール製剤などの消毒薬を用いる方法も考案されています。特にポビドンヨードによるユニバーサル除菌は費用対効果に優れた代替案として提案されています5)。一方で、現時点では、SSI発生率に関してポビドンヨードとムピロシンの効果を比較検討した報告は限定的であるため、鼻腔内除菌に優れた薬剤を判断することは困難であるとしています。
以上のことから、ムピロシンは現在もガイドラインで推奨される標準的な鼻腔内除菌薬ではあるものの、コストや薬剤耐性菌の出現、有効性に関する懸念があり、主要な整形外科手術時に皮膚・鼻腔用消毒薬であるポビドンヨードを用いることで、保菌率およびSSI発生率の低減において同等の成績を示す費用対効果の高い代替法と考えられるとしています。
| 総論の事項:皮膚消毒4)5) 問1:主要な整形外科手術において、最適な術野消毒薬は何か? 推奨事項 項目A:主要な整形外科手術に最適な術野消毒薬はないようである。 項目B:イソプロピルアルコールは術野消毒薬として必ず含有されなければならない。 エビデンスレベル:Moderate 投票結果: 項目A:賛成:73.5%、反対:17.7%、棄権:8.8% (中等度のコンセンサス) 項目B:賛成:87.5%、反対:8.3%、棄権:4.2% (強いコンセンサス) |
術前に皮膚消毒を行うことはSSI予防策の1つとして推奨されており、術野消毒には一般的にCHG製剤やポビドンヨード製剤が使用されています。最適な術野消毒を検討したコクランのメタアナリシスでは、特定の薬剤を推奨するためのエビデンスが不足していると評価されているものの12)、CDCの推奨事項や先行研究等の結果に基づき、術前の皮膚消毒にはアルコール含有製剤を用いるべきであるとのコンセンサスが得られています11)。
また、コクランによるメタアナリシスが発表されて以降、整形外科領域の様々な手術において、消毒薬の比較検討研究が報告されていますが、術式によってCHGアルコール製剤が優位とするものもあれば、ポビドンヨードアルコール製剤が優位とする報告も存在し、統一した見解は得られていません13)。このような背景から本コンセンサスでは、主要な整形外科手術全般に対する特定の術野消毒薬を推奨することは困難と考えられるとしています11)。一方で2021年に報告された術式別の術野消毒方法をレビューした文献を引用し13)、術式別に想定される主要な病原体に基づいて最適と考えられる消毒薬を検討することになるが、イソプロパノール含有製剤を使用するべきであるとしています11)。
おわりに
人口の高齢化や手術適応の拡大を背景に人工関節置換術の実施件数は世界的に増加傾向にあり、日本においても人工関節置換術の実施件数は近年増加していることが報告されています2)14)。また、初回人工関節置換術後のPJI発生率は、対象とする関節や患者層等により異なるものの0.5%から2.3%とされており、PJIの治療は抗生物質の長期投与や長期入院、リハビリ等による追加負担を生じるため、PJI予防は医療経済学の観点からも重要視されています2)。
一方で、整形外科感染領域には未解決の事項も多く存在しており、それらの事項に対する質の高いエビデンスを構築するためには多大な費用や労力、時間を要する臨床試験を行う必要があります2)。また限られた報告から、臨床的疑問に対し十分な結論を導くことが困難な場合もあります。
このような背景の下で、ICM2025では100カ国を超える世界中の整形外科感染領域に精通した専門家によるシステマティックレビューと討議が行われ、国際コンセンサスが形成されました。現在The International Consensus Meeting on InfectionのWebページ上では英語版の資料1)3)に加え、日本語翻訳書4)も公開されており、ICM2025で示された推奨事項を容易に確認することが可能になっています。これらの資料は整形外科感染領域における重要な知見を提供するものと考えられます。
<参考文献>
1.International Consensus Meeting 2025.: THE JOURNAL OF ARTHROPLASTY. 2025 [Link] (2026年6月1日閲覧)
2.Ferrini A, He M, Bernaus M et al.:International Consensus Meeting on Orthopaedic Infection:Differences Between ICM 2018 and ICM 2025.J Arthroplasty . 2026;41:304-307.[PubMed]
3.The International Consensus Meeting on Infection (ICMI). [Link](2026年6月1日閲覧)
4.ICM翻訳プロジェクトチーム:整形外科感染における国際コンセンサス 日本語翻訳書 Third International Consensus Meeting (ICM) on Orthopaedic Infection. [Link](2026年6月1日閲覧)
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