感染対策情報レター

感染症予防法の改正について(前編)

(2018.11.26追記)
*ご注意ください:本内容は最新の感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律の情報ではありません。届出等に関する情報は 厚生労働省のホームページを参照ください。

はじめに

1998年に制定された感染症予防法の改正が2003年10月16日に公布され、11月5日に施行されました。これは2003年8月の厚生労働省厚生科学審議会感染症分科会「感染症対策の見直しについて(提言)」1)が、重症急性呼吸器感染症(SARS)に対する対応などを念頭に、1) 新感染症等の重篤な感染症に対する対策の強化(国の役割の強化等)、2) 検疫対策の強化、3) 動物由来感染症に対する対策の強化、4) 感染症法の対象疾患の追加等、5) 感染症に係る人材育成等を提言したことを受けて行われた法改正です。

具体的には、SARSや痘そう(天然痘)などの感染症を予防法の対象として追加することと、動物由来感染症について感染源となる動物の輸入規制、消毒、ねずみ・蚊の駆除等の対物措置ができるようにするため、従来より(旧)四類感染症と分類されていた感染症を、それらの措置を講ずることができる(新)四類感染症と、従来どおり発生動向調査のみを行う(新)五類感染症に分けることとなりました(表参照)。以下、追加された感染症および政令・省令により追加される予定の感染症について、感染対策の観点から述べます。

注:(2005年6月8日付記)
その後予定どおり政令・省令が施行され、これらの感染症が追加されました。それまでに指定されていたものを含めた感染症予防法で指定された感染症のすべてについては、「 消毒薬テキスト IV-8を参照ください。
 

表 感染症予防法における感染症の分類
1
エボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、ペスト、マールブルグ病、ラッサ熱

 
1
エボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、ペスト、マールブルグ病、ラッサ熱
追加:重症急性呼吸器症候群(病原体がSARSコロナウイルスであるものに限る)、痘そう
2
急性灰白髄炎、コレラ、細菌性赤痢、ジフテリア、腸チフス、パラチフス 2
急性灰白髄炎、コレラ、細菌性赤痢、ジフテリア、腸チフス、パラチフス
3
腸管出血性大腸菌感染症 3
腸管出血性大腸菌感染症
4
全数

ウエストナイル熱、エキノコックス症、黄熱、オウム病、回帰熱、Q熱、狂犬病、コクシジオイデス症、腎症候性出血熱、炭疽、つつが虫病、デング熱、日本紅斑熱、日本脳炎、ハンタウイルス肺症候群、Bウイルス病、ブルセラ症、発しんチフス、マラリア、ライム病、レジオネラ症

乳児ボツリヌス症

(全数つづき)
アメーバ赤痢、クリプトスポリジウム症、クロイツフェルト・ヤコブ病、劇症型溶血性レンサ球菌感染症、後天性免疫不全症候群、ジアルジア症、髄膜炎菌性髄膜炎、先天性風しん症候群、梅毒、破傷風、バンコマイシン耐性腸球菌感染症

急性ウイルス肝炎

(定点)
咽頭結膜熱、インフルエンザ、A群溶血性レンサ球菌咽頭炎、感染性胃腸炎、急性出血性結膜炎、クラミジア肺炎(オウム病を除く)、細菌性髄膜炎、水痘、性器クラミジア感染症、性器ヘルペスウイルス感染症、手足口病、伝染性紅班、突発性発しん、百日咳、風しん、ペニシリン耐性肺炎球菌感染症、ヘルパンギーナ、マイコプラズマ肺炎、麻しん、無菌性髄膜炎、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌感染症、薬剤耐性緑膿菌感染症、流行性角結膜炎、流行性耳下腺炎、淋菌感染症

急性脳炎
尖形コンジローム











 


4
全数

ウエストナイル熱、エキノコックス症、黄熱、オウム病、回帰熱、Q熱、狂犬病、コクシジオイデス症、腎症候性出血熱、炭疽、つつが虫病、デング熱、日本紅斑熱、日本脳炎、ハンタウイルス肺症候群、Bウイルス病、ブルセラ症、発しんチフス、マラリア、ライム病、レジオネラ症

ボツリヌス症 [乳児ボツリヌス症から変更]

追加:A型肝炎、E型肝炎、高病原性鳥インフルエンザ、サル痘、ニパウイルス感染症、野兎病、リッサウイルス感染症、レプトスピラ症


5
(全数)

アメーバ赤痢、クリプトスポリジウム症、クロイツフェルト・ヤコブ病、劇症型溶血性レンサ球菌感染症、後天性免疫不全症候群、ジアルジア症、髄膜炎菌性髄膜炎、先天性風しん症候群、梅毒、破傷風、バンコマイシン耐性腸球菌感染症

急性ウイルス肝炎(A型及びE型を除く)
急性脳炎 [定点把握から全数把握に変更]
追加:バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌感染症

(定点)
咽頭結膜熱、インフルエンザ、A群溶血性レンサ球菌咽頭炎、感染性胃腸炎、急性出血性結膜炎、クラミジア肺炎(オウム病を除く)、細菌性髄膜炎、水痘、性器クラミジア感染症、性器ヘルペスウイルス感染症、手足口病、伝染性紅班、突発性発しん、百日咳、風しん、ペニシリン耐性肺炎球菌感染症、ヘルパンギーナ、マイコプラズマ肺炎、麻しん、無菌性髄膜炎、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌感染症、薬剤耐性緑膿菌感染症、流行性角結膜炎、流行性耳下腺炎、淋菌感染症

尖圭コンジローマ [尖形コンジロームから変更]

追加:RSウイルス感染症

(感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律及び検疫法の一部を改正する法律-平成15年145号、および関連政省令より、2003年11月5日作成)

1. 重症急性呼吸器症候群

重症急性呼吸器症候群 (Severe acute respiratory syndrome: SARS) は、コロナウイルス科の SARS-associated coronavirus(SARS関連コロナウイルス)を病因とする感染症であり、非定型肺炎を特徴とします。2002年11月以降の中国、香港などでの流行を受けて、 2003年4月新感染症として通知され、同年7月指定感染症に指定されましたが、今回、一類感染症へ追加されました。感染症例にはまず飛沫予防策と接触予防策を行い、念のため空気予防策も行います。コロナウイルスはRNA型ウイルスでエンベロープを有し、消毒薬抵抗性は比較的弱いと思われます。詳しくはY’s Letter No. 18を参照下さい。

2. 痘そう

痘そう(天然痘、Smallpox)は、ポックスウイルス科オルトポックスウイルス属の Variola virus(Smallpox virus:天然痘ウイルス)を病因とする感染症で、全身に広がる丘疹を特徴とし、伝播性が強く死亡率が高い感染症です。1979年10月に世界的な根絶宣言が発表されましたが、バイオテロリズムに悪用される恐れへの警戒が必要であり、一類感染症へ追加されました。

感染症例には空気予防策と接触予防策を行います。天然痘ウイルスはDNAウイルスでエンベロープを有し、消毒薬抵抗性は比較的弱いと思われます。詳しくはY’s Letter No. 13を参照下さい。

3. A型肝炎

A型肝炎はHepatitis A virus(A型肝炎ウイルス:HAV)を病因とする感染症であり、 HAVはピコルナウイルス科 ヘパトウイルス属のRNA型ウイルスでエンベロープを有しません。急性ウイルス肝炎の一部として従来より(旧)四類感染症に分類されていましたが、少数ながらチンパンジーなど霊長類からヒトへの感染も報告されており2)、(新)四類へ分類されました。A型肝炎は幼児において多くの場合無症候であり、成人において比較的重い症状を呈する確率が高いと言われています。潜伏期間は平均30日程度で、食欲不振、悪心、嘔吐、不快感、発熱、頭痛、腹痛などの前駆症状の後、黄疸を発症し、疲労感が継続します。ほとんどの場合静養により数十日で自然治癒しますが、劇症肝炎に発展することもあります。予防法としてはガンマグロブリン投与とワクチン接種があります3)

HAVの主な感染経路は糞便-経口感染ですが血液感染も成立します。HAVは環境において長時間感染性を保つため、もっぱら衛生的でない環境や生活様式において、糞便中に排泄されたHAVが直接・間接接触により伝播します。汚染された魚介類、生野菜、井戸水、排水などを介した伝播も報告されており、同性間性行為もリスク要因と言われています。また輸血や血液製剤による伝播、および注射針の共用による薬剤常習者のウイルス血症が報告されています3)4)

HAV感染症例の排泄物からの接触伝播による医療従事者や患者への病院感染が報告されています5)6)。病院における糞便-経口ウイルス感染対策は、排泄物は感染性があるものとみなして日常的に行う標準予防策が基本となります。

HAVはエンベロープを有しないウイルスであり、かつ親水性であるため、消毒薬に対する抵抗性がかなり強いと思われます。 HAVの高い不活化率を達成するには5,000ppm(0.5%)次亜塩素酸ナトリウムが必要であったとする報告もあります7)。水道水、クロルヘキシジン・トリクロサンなど抗菌成分含有石けん、アルコール製剤を用いた手洗いにおける HAVに関する研究では、減少率が80%(0.5ppm有効塩素水道水)、87%(70v/v%エタノール)、90%(4%クロルヘキシジンスクラブ)、92%(0.3%トリクロサン石けん)の範囲にあり、手洗い方法や抗菌成分による大きな差は認められていません8)

エンベロープを有しないウイルスによる経口-糞便感染に対する対策と消毒については、Y’s Letter No.21を参照下さい。

4. E型肝炎

E型肝炎はHepatitis E virus(E型肝炎ウイルス:HEV)を病因とする感染症です。急性ウイルス肝炎の一部として従来より(旧)四類感染症に分類されていましたが、ブタからヒトへの感染も疑われており、(新)四類へ分類されました。

HEVの主な感染経路は糞便-経口感染であり、排泄物は感染性があるものとみなして日常的に行う標準予防策が基本となります。HEVは未分類のRNA型ウイルスでエンベロープを有さず、消毒薬抵抗性は比較的強いと思われます。詳しくはY’s Letter No.5を参照下さい。

5. 高病原性鳥インフルエンザ

高病原性鳥インフルエンザ(highly pathogenic avian influenza)は、病原性の高いエビアンインフルエンザウイルスによるトリの感染症であり、まれにヒトにも発生するため、(新)四類へ追加されました。

A型インフルエンザウイルスにはH1~15、N1~9の亜型がありますが、このうちヒトに頻繁に感染する亜型はA(H1N1)型、A(H2N2)型、A(H3N2)型などH1~3、N1~2であり、その他はトリに感染するが通常ヒトには感染しない亜型で、それらをエビアンウイルスと呼びます9)

エビアンウイルスのヒトへの感染が明確に確認されたのは1996年の英国で、水鳥を飼育していた女性の結膜炎からA(H7N7)型が検出されました10)。2003年には、オランダ、ベルギー、ドイツの家禽にA(H7N7)型感染が流行し、養禽従事者とその家庭でA(H7N7)型による結膜炎が集団発生し、ヒトからヒトへの伝播も発生しました。インフルエンザ様症状から重症肺炎になった死亡例も 1例報告されました。この流行を終息させるため3,000万羽の家禽が処分されました11)

また、1997年には香港で呼吸器不全によって死亡した3歳の幼児からA(H5N1)型のエビアンインフルエンザウイルスが検出されました12)。さらに死亡者6人を含む18人にA(H5N1)型ウイルス感染が確認されましたが、ヒトからヒトへの伝播は特に認められませんでした。この流行を終息させるため150万羽の家禽が処分されました13)。 2003年には福建省を旅行した香港の家族にA(H5N1)型ウイルス感染が発生し、1例が死亡しました14)。また1999年には同じ香港でA(H9N2)型のエビアンインフルエンザウイルスが2人の小児に感染しました15)。このウイルスは前述のA(H5N1)型ウイルスと遺伝子的に類似することが判明しています16)

エビアンインフルエンザが遺伝子交雑によりヒトへの感染力を強めた場合、インフルエンザの大流行が発生する可能性があり世界的に警戒されています。詳しくはY’s Letter No. 9を参照ください。

感染症例には通常のインフルエンザと同様に飛沫予防策を行い、場合により接触予防策を追加します。インフルエンザウイルスはエンベロープを有するウイルスであり、消毒薬抵抗性は比較的弱いと思われます。A型インフルエンザウイルスに対して0.2%塩化ベンザルコニウム、0.2%塩化ベンゼトニウム、0.5%クロルヘキシジンが10分以内に1,000分の1以下への減少率を示したとの報告があります17)

一般にエンベロープの有るウイルスに対して滅菌法、熱水消毒(80℃10分)、2%グルタラールなどによる高水準消毒はもちろん、200-1,000ppm次亜塩素酸ナトリウム、消毒用エタノール、70v/v%イソプロパノール、ポビドンヨードなども有効です。塩化ベンザルコニウムなど低水準消毒薬や界面活性剤が不活性化効果を示す場合もありますが、効果が明確に確認されていない場合もあります。したがって、ノンクリティカル表面の消毒において、エンベロープの有るウイルスを対象とする場合には、 200-1,000ppm次亜塩素酸ナトリウム、消毒用エタノール、70v/v%イソプロパノールを主に用います。

6. サル痘

サル痘(Monkeypox)は、天然痘ウイルスと同じポックスウイルス科オルトポックスウイルス属に属するMonkeypox virusを病因とする感染症で、サルなど霊長類に発生しますが18)、1970年にコンゴでヒトにおける感染例が発見され19)、1996~7年には同じくコンゴでヒトにおける大規模な集団発生がありました20)。2003年に米国でガーナからの輸入動物に由来するヒトの集団感染が発生したこともあり21)22)、(新)四類へ追加されました。

サル痘ウイルスに感染すると7~17日の潜伏期間を経て、発熱、頭痛、背痛、倦怠感などを生じ、天然痘と同様に丘疹や膿疱などを形成します。アフリカにおいて致死率は1~10%と報告されており、天然痘よりは低いとされています21)

サル痘のヒトからヒトへの伝播は天然痘よりも緩慢ですが、感染症例との接触や飛沫によって伝播すると思われます。また空気感染の可能性もあります。したがって、感染症例には接触予防策および飛沫予防策を行い、場合により空気予防策を追加します23)。サル痘ウイルスはエンベロープを有するウイルスであり、消毒薬抵抗性は比較的小さいと推測されます。

7. ニパウイルス感染症

ニパウイルス感染症はNipah virusによる感染症であり、1998年のマレーシアで発見されました。 Nipah virusはパラミクソウイルス科パラミクソウイルス亜科ヘニパウイルス属(Genus Henipavirus)の RNA型ウイルスでエンベロープを有します。ニパウイルスはオオコオモリ(flying foxes, fruit bats)を自然宿主とし、ブタを経由してヒトに感染するため24)25)、(新)四類へ追加されました。

ニパウイルスはヒトに感染した場合、4日~2ヶ月の潜伏期間を経て、発熱、頭痛、眩暈、嘔吐を生じ、急速に重度の脳炎に至り、高い死亡率をもたらします。

ニパウイルスは感染したブタの尿、唾液、咽頭・肺分泌物を吸い込んだブタに伝播し、また養豚作業者などに伝播することがありますが、ヒトからヒトへの伝播はごくまれです。感染症例には標準予防策を基本とします。ニパウイルスはエンベロープを有するウイルスであり、消毒薬抵抗性は比較的小さいと推測されます。

ニパウイルスと同じヘニパウイルス属には1994年にオーストラリアで集団感染を起こした Hendra virus(以前はmorbillivirus)があります。Hendra virusはオオコオモリを自然宿主とし、ウマを経由してヒトに感染します。また、オオコオモリに関連するウイルスとして、 Australian bat lyssavirus(後述)、Menangle virusなどがあります26)

2003.11.05 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

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