感染対策情報レター

水痘と麻疹

はじめに

水痘と麻疹(麻しん)は頻繁にヒトからヒトへ伝播する感染症であり、多くの場合は小児期に感染し、その多くは軽度な短期間の発症を経て自然治癒する市井感染症です。治癒後、水痘は持続的に潜伏感染し、しばしば帯状疱疹として回帰発症しますが、麻疹は、ほとんどすべての場合、終生免疫をもたらします。これらの感染症は、妊婦と胎児、新生児、白血病患者、移植患者、HIV患者などのハイリスク者、および一般成人で重大な感染症へと発展することがあります。 2003年11月5日の感染症予防法改正後、水痘と麻しんは五類感染症(定点把握)に分類されています。初感染またはワクチン接種により水痘や麻疹に対する抗体を獲得していない人々は、小児だけでなく医療従事者を含む成人にも広く散在し、すべての医療機関において病院感染対策上の注意が必要です。

水痘

水痘(水ぼうそう)はVaricella-Zoster virus(水痘・帯状疱疹ウイルス)を病因とする感染症です。水痘・帯状疱疹ウイルスはヘルペスウイルス科αヘルペス亜科に属するDNA型ウイルスで、エンベロープを有します。自然界ではヒトを唯一の宿主とし、抗体陰性のヒト、主に小児に初感染し水痘を起こします。水痘の潜伏期間は約2週間(8日~21 日)で、発熱、全身倦怠感、発疹を発症します。発疹は体幹、顔、四肢に出現し、しばしば口腔や気道粘膜にも出現し、紅斑、丘疹、水疱の段階を経て痂皮となります。倦怠感、そう痒感を伴い38度前後の発熱が2~3日続きます1) 2)

水痘は小児においておおむね軽症ですが、HIV患者や一般成人において水痘が肺炎に至るなど重症化する場合があります。妊娠第1~2期妊婦が感染した場合、胎児に先天性水痘症候群をもたらすことがあり、出産5日前~出産2日後に妊婦が水痘を発症した場合には新生児の水痘が重症となることがあります2) 3)

水痘・帯状疱疹ウイルスは、初感染で水痘を起こした後、知覚神経節に持続的に潜伏感染します。既感染者は、抗体を終生保有し水痘を再発症することはありませんが、免疫力の低下や加齢などの要因により、しばしば末梢神経節に沿って帯状疱疹を回帰発症します。とくに白血病患者や移植患者などで免疫が著しく低下している場合にはウイルス血症を起こし重症化します2) 4) 5)

水痘・帯状疱疹ウイルスは伝播力が強く、ヒトからヒトへ接触感染および空気感染し、病院内における伝播も数多く報告されています。水痘症例は発疹出現の1~2日前から他者への感染性を持つようになり、約5日間感染性を保ちます2) 6)。水痘と診断されたときには、既に周囲にウイルスを拡散している可能性が高く、問題となります。

水痘予防のための弱毒生ワクチンが世界的に広く使用されていますが、日本においては制度化されていないため任意接種となっています。米国では小児に対する接種が制度的に推進され、また医療従事者に対する接種も強く勧告されています7) 8)

麻疹

麻疹(はしか)はMeasles virus (またはRubeola virus:麻疹ウイルス)を病因とする感染症です。麻疹ウイルスはパラミクソウイルス科モリビルウイルス属に属するRNA型ウイルスで、エンベロープを有します。水痘と同様に自然界ではヒトを唯一の宿主とし、1歳代で感染することが最も多く、通常春から夏にかけて流行します。麻疹の潜伏期間は10 日~12日間で、その後前駆期(カタル期)として38度前後の熱、咳嗽、鼻漏、くしゃみなどの上気道症状と結膜炎症状を2~4日間発症し、カタル期後 2~4日で発疹が顔面、体幹部、四肢に出現し、前後して高熱も再発します。発疹出現前後の口腔内には白色小斑点(Koplik斑)がみられます。発疹出現後4日で解熱し回復します1) 9)

麻疹は小児において多くの場合、軽症ですが、細菌性肺炎や脳炎などの合併症などを引き起こし死因となることもあり、発展途上国では毎年多数の死者を出しています10)。日本における死亡数は過去50年間で激減しましたが、近年でも毎年20例前後が報告されています11)。また、成人や移植患者が麻疹に罹患した場合には重症化する傾向があります。麻疹に一度罹患すると終生免疫を獲得しますが、ごくまれに持続感染し、遅発性感染症として亜急性硬化性全脳炎をもたらすこともあります1) 9)

麻疹ウイルスは伝播力がきわめて強く、ヒトからヒトへ飛沫感染および空気感染し、病院内における伝播も数多く報告されています。また発症率も高く、抗体陰性のヒトが曝露を受けるとほぼ100%発症します。麻疹ウイルスはカタル期において涙液、唾液中に大量に排出され、主にこれらの飛沫が気道粘膜へ達することにより伝播が成立すると考えられますが、空気感染もしばしば報告されています12) 13)。麻疹と診断されたときには、既に周囲にウイルスを拡散している可能性が高く、問題となります。

麻疹予防のための効果の高い弱毒生ワクチンが広く使用されています。日本においては現在、予防接種法に基づき、生後12~90カ月未満での麻疹ワクチン1 回接種が制度化されていますが、罹患率の高い1歳児と2歳児における接種率はそれぞれ50.0%、78.8%と低いことが報告されています11)。なお、1989年~1993年において麻疹ワクチン接種はMMR(麻疹・ムンプス・風疹)ワクチン接種として制度化されていました。米国では生後12~15カ月での小児接種が制度的に推進されており、医療従事者に対する接種も強く勧告されています7) 8)

病院感染対策

水痘症例には接触予防策を行い、さらに空気予防策またはそれに準じた対策を追加します。帯状疱疹症例には標準予防策を基本とし、播種性または免疫不全患者の場合には接触予防策を適用しますが、場合により水痘症例と同様に空気予防策も考慮します。2)14)15)。麻疹症例には空気予防策またはそれに準じた対策を行います12)14)15)。これらの感染症例が妊婦、新生児、白血病患者、移植患者、HIV感染者などハイリスク者と同室しないよう注意を払うことは特に重要と思われます。

接触予防策においては、患者とそのウイルスによる汚染が疑われる周辺に接触する場合に手袋を着用し、処置後手袋をはずして手洗いを行います。患者と濃密に接触する場合には処置時にガウンを着用します。空気予防策においては、陰圧管理された個室に隔離を行い、陰圧管理された病室がない場合には通常の個室に隔離し、扉を常に閉じ、窓を開放しておきます。個室に入室する医療従事者や面会者はN95マスクを着用します。患者が室外に出る場合は外科用マスクなどろ過効率の高いマスクを着用させます。

初感染歴やワクチン接種歴のない医療従事者は、自らの感染と、感染した際に自らが感染源となることを避けるため、ワクチン接種を受けることが望まれます。少なくとも、水痘・帯状疱疹症例、麻疹症例のケアを担当しないように配慮しなくてはなりません。なお、水痘ワクチン・麻疹ワクチンは弱毒生ワクチンのため、妊娠中の場合や免疫不全の場合の接種は禁忌となっています。

水痘および麻疹に罹患した医療従事者に対して特に明確な法的就業制限はありませんが、感染性のある期間において、医療機関の判断にて就業制限を行うべきと思われます。米国の勧告では、医療従事者が水痘に罹患した場合は、発疹が乾燥し痂皮化するまで就業停止とする必要があり、また、水痘に曝露した水痘感受性の医療従事者は最初の曝露後10日目から最後の曝露後21日目(水痘・帯状疱疹免疫グロブリンが投与された場合は28日目まで)就業停止が必要とされています。麻疹に罹患した場合は、発疹出現後7日間か急性疾患が続く期間のいずれか長い方の期間、就業停止の必要があり、また、麻疹に曝露した麻疹感受性の医療従事者は最初の曝露後5日目から最後の曝露後21日目まで就業停止が必要であるとされています15)

消毒薬感受性

水痘・帯状疱疹ウイルスと麻疹ウイルスはともにエンベロープを有するウイルスであることから、消毒薬感受性は比較的良好と考えられます。熱水消毒(80℃10分)、2%グルタラールなどによる高水準消毒のほか、200~1,000ppm次亜塩素酸ナトリウム、消毒用エタノール、70v/v%イソプロパノール、ポビドンヨードが有効と考えられます17)

麻疹ウイルスに対して、0.01~0.1%塩化ベンザルコニウム、0.01~0.1%塩化ベンゼトニウム、0.1%塩酸アルキルジアミノエチルグリシン、0.05~0.5%グルコン酸クロルヘキシジンが3分間で3log以上の不活性化を示したとの報告があります18)

おわりに

水痘と麻疹には強い感染伝播性があり、潜伏期間、前駆期間からウイルス排出があることから、ワクチン接種による予防が重要と考えられます。特に医療従事者においては、これらの感染症例に接する機会が比較的多いのみならず、これらの感染症が重大となる妊婦などのハイリスク患者に接する機会も多いと思われ、免疫がない場合にはワクチン接種を受けることが望まれます。病院に勤務する医療従事者の水痘ないし麻疹の血清学的抗体陽性率が、それぞれ97.2%、98.5%であったとの報告があります19)
 

Y’s Letter No.25(風疹とムンプス)と、このNo.26(水痘と麻疹)の要点を以下の表に示します。

  水痘 麻疹 風疹 ムンプス
原因ウイルス名 Varicella-Zostervirus Measles virus
(Rubeola virus)
Rubella virus Mumps virus
(科) ヘルペスウイルス パラミクソウイルス トガウイルス パラミクソウイルス
(型) DNA型 RNA型 RNA型 RNA型
(エンベロープ) エンベロープ有 エンベロープ有 エンベロープ有 エンベロープ有
持続感染 あり。帯状疱疹として回帰発症 通常なし 通常なし 通常なし
(終生抗体) あり あり あり あり
ワクチン制度(日本) 任意 制度的接種 制度的接種 任意
ワクチン制度(米国) 制度的接種 制度的接種 制度的接種 制度的接種
抗体保有率 比較的高い 比較的高い 比較的低い 比較的低い
日本の医療従事者における調査例* 97%程度 98%程度 90%程度 85%程度
免疫のない医療従事者の免疫化 望まれる 望まれる 望まれる 望まれる
医療従事者の就業制限 必要(感染者と感受性者) 必要(感染者と感受性者) 必要(感染者と感受性者) 必要(感染者と感受性者)
感染性 高い きわめて高い 高い 高い
主なハイリスク者 妊婦・胎児、新生児、白血病患者、移植患者、HIV患者など
感染経路 接触、空気 飛沫、空気 飛沫 飛沫
感染症例に必要な感染対策 空気予防策
接触予防策
空気予防策 飛沫予防策** 飛沫予防策
ウイルスの
アルコールなどに
対する感受性
良好 良好 良好 良好

*文献19)より引用
**先天性風疹症候群の場合は接触予防策を追加
 


<参考>

1.吉田眞一,柳雄介編.戸田新細菌学,改訂32版.南山堂,東京,2002.

2.Weber DJ, Rutala WA, Hamilton H: Prevention and control of varicella-zoster infections in healthcare facilities. Infect Control Hosp Epidemiol 1996;17:694-705.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=8899447&dopt=Abstract

3.Popara M, Pendle S, Sacks L, Smego RA Jr, Mer M: Varicella pneumonia in patients with HIV/AIDS. Int J Infect Dis 2002;6:6-8.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=12044294&dopt=Abstract

4.Gurevich I: Varicella zoster and herpes simplex virus infections. Heart Lung 1992;21:85-91.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=1310493&dopt=Abstract

5.LaGuardia JJ, Gilden DH: Varicella-zoster virus: a re-emerging infection. J Investig Dermatol Symp Proc 2001;6:183-187.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=11924825&dopt=Abstract

6.Leclair JM, Zaia JA, Levin MJ, Congdon RG, Goldmann DA: Airborne transmission of chickenpox in a hospital. N Engl J Med 1980;302:450-453.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=7351951&dopt=Abstract

7.CDC : Recommended Childhood Immunization Schedule United States, June 2004.
http://www.cdc.gov/nip/recs/child-schedule.pdf

8.CDC:Immunization of Health-Care Workers – Recommendations of the Advisory Committee on Immunization Practices(APIC) and the Hospital Infection Control Practices Advisory Committee(HICPAC). MMWR 1997;46(RR-18):1-44.
http://www.yoshida-pharm.com/library/cdc/guideline/immuni.htm

9.Stalkup JR: A review of measles virus. Dermatol Clin 2002;20:209-215.

10.Cutts FT, Steinglass R: Should measles be eradicated? BMJ 1998;316:765-767.
http://bmj.com/cgi/content/full/316/7133/765?view=full&pmid=9529417

11.岡部信彦,砂川富正,谷口清洲,他:麻疹の現状と今後の麻疹対策について.国立感染症研究所 感染症情報センター,2002.

12.Biellik RJ, Clements CJ: Strategies for minimizing nosocomial measles transmission. Bull World Health Organ 1997;75:367-375.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=9342896&dopt=Abstract

13.Atkinson WL, Markowitz LE, Adams NC, Seastrom GR: Transmission of measles in medical settings–United States, 1985-1989. Am J Med 1991;91(3B):320S-324S.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=1928187&dopt=Abstract

14.向野賢治訳,小林寬伊監訳.病院における隔離予防策のためのCDC最新ガイドライン.メディカ出版,大阪,1996.
http://www.yoshida-pharm.com/information/guideline_kaigai/cdc/guideline/iso.html

15.小林寬伊,吉倉廣,荒川宜親編集.エビデンスに基づいた感染制御(改訂2版)-第1集-基礎編.メヂカルフレンド社,東京,2003.
http://www.yoshida-pharm.com/information/guideline/evidence.html

16.向野賢治,久保田那典訳,小林寬伊監訳.医療従事者の感染対策のためのCDCガイドライン.メディカ出版,大阪,1999.
http://www.yoshida-pharm.com/information/guideline_kaigai/cdc/guideline/occu.html

17.小林寛伊編集:増補 消毒と滅菌のガイドライン.へるす出版,東京,1999.
http://www.yoshida-pharm.com/information/guideline/syoguide.html

18.川名林治,北村敬,千葉峻三,ほか:ポビドンヨード(PVP-I)によるウイルスの不活化に関する研究-市販の消毒剤との比較.臨床とウイルス1998;26:371-386.

19.Morisawa Y, Hatakeyama S, Moriya K, et al.:Seroprevalence of measles, rubella, mumps, and varicella among healthcare workers in the University of Tokyo Hospital, Japan. Abstracts of The 2nd East Asian Conference on Infection Control and Prevention, Seoul 2003, OS4-01, p46.


2004.02.09 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

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