感染対策情報レター

リケッチア、コクシエラとマイコプラズマ

はじめに

リケッチア、コクシエラは動物細胞内でしか増殖できない微生物であり、またマイコプラズマは自己増殖能力を持つが細胞壁を持たない小型の微生物であるため、一般細菌と区別されます。これらの微生物による感染症のいくつかは感染症法において指定されています。以下、これらの感染症について感染対策の観点から述べます。

リケッチア

リケッチアは動物細胞の中でしか増殖できない小型のグラム染色陰性の微生物で、節足動物のダニ、シラミ、ノミなどによって媒介され、つつが虫病、紅斑熱、発疹チフスなどを引き起こします。リケッチアは生体外では速やかに失活しますが、場合によりベクター(媒介動物)である節足動物を駆除することが感染対策として必要となります。

1. つつが虫病
つつが虫病はOrientia tsutsugamusiにより引き起こされるリケッチア感染症で、感染症法で四類感染症に指定されています。O. tsutsugamusiを保有するツツガムシの刺咬によりヒトに感染します。ベクターとなるツツガムシには、古くから知られているアカツツガムシのほかに、タテツツガムシ、フトゲツツガムシもあります。つつが虫病の主症状としては頭痛、発熱、発疹、リンパ腫脹などが現れます。アジアに広く分布し、日本でも全国で毎年数百例が報告されています1)2)。つつが虫病はヒトからヒトへ感染することがなく、感染症例には標準予防策を適用します3)

2.日本紅斑熱
日本紅斑熱はRickettsia japonicaにより引き起こされる感染症で、感染症法において四類感染症に指定されています。マダニ類をベクターとし、R. japonicaを保有したマダニに刺咬されることにより感染し、頭痛、発熱、紅斑などを主症状とする日本特有の疾病です。1984年に始めて報告され4)、現在では西日本を中心に毎年数十例が報告されています5)。感染症例には標準予防策を適用します3)

3.発疹チフス
発疹チフスはRickettsia prowazekiiにより引き起こされる感染症で、感染症法において四類感染症に指定されています。感染したヒトなどがリザーバー(保菌動物)となり、コロモジラミをベクターとしてヒトに感染します。R. prowazekiiを保有したシラミは糞便中にR. prowazekiiを排泄しますが、シラミは吸血時に排便し、ヒトはもっぱら刺咬による傷や表在性の傷に糞便を擦り込むことにより感染します。また塵埃中の糞便を吸引して感染することもあります。症状として発熱、発疹、意識障害、循環器障害などを引き起こし、死因となる場合があります3)6)7)。日本においては長年感染者の発生がありません。感染症例には標準予防策を適用します3)8)

コクシエラ

コクシエラは動物細胞の中でしか増殖できないグラム染色陰性の微生物ですが、しばしばベクターを介在せずにヒトに感染し、また遺伝子的にもレジオネラに近いため、リケッチアとは区別されます。

1.Q熱
Q熱はCoxiella burnetiiにより引き起こされる感染症で、感染症法において四類感染症に指定されています。主なリザーバーはヒツジ、ヤギ、ウシ、ネコなどの動物です。これら動物の胎盤で特に増殖し分娩時に排泄され、また乳汁・尿・糞便にも含まれます。主に汚染された塵埃を吸入することによってヒトに伝播し経気道感染を起こしますが、殺菌されていない生乳を経口摂取することによってもヒトに感染します3)9)。Q熱の症状は急性と慢性とに分けられ、急性感染では主な症状として突然の高熱、倦怠感、頭痛、筋肉痛などが現れ、肺炎や肝炎などを起こす場合もあります。慢性感染では心内膜炎を起こす症例が多く死亡率が高くなります6)10)11)。妊娠中に感染すると、流産や早産などを起こす危険性があります12)。感染症例に対しては標準予防策を基本とし、場合により飛沫予防策の追加も考慮します8)13)

マイコプラズマ

マイコプラズマは無細胞培地に生える自己増殖能力を持つ微生物で、細胞壁を持ちません。そのため一般細菌と区別されますが、遺伝子的には細胞壁を欠損した細菌と考えられています。細胞壁を持たないため、細胞壁合成を阻害する抗菌薬には非感受性です14)

1. マイコプラズマ肺炎
マイコプラズマ肺炎はMycoplasma pneumoniaeにより引き起こされる感染症で、感染症法において五類感染症・定点把握に指定されています。若年層において発生頻度の高い市井肺炎のひとつであり、飛沫を吸入することにより感染します。主症状は咳嗽と発熱で、中耳炎、胸膜炎などの合併症を引き起こす場合もあります6)14)。感染の成立には多数の菌数が必要で、学校や家庭での近接者から感染することが典型的ですが、病院感染による集団発生も報告されています15)16)。感染症例に対しては標準予防策および飛沫予防策を行います8)11)。

消毒薬感受性

リケッチアは熱に弱く、56℃の加熱で死滅します。消毒薬に対する抵抗性も弱く、アルコールなどで十分に消毒できると思われます。また、リケッチアは脆弱な外被膜を持ち、超音波30~60秒処理で破壊されます3)

マイコプラズマの消毒薬感受性については、Mycoplasma pneumoniaeが50%エタノール、50%イソプロパノール、0.75%ホルマリン、5%フェノールなどにより10分以内に殺滅されたとの報告があります17)。また、Mycoplasma mycoides ssp.Mycoidesが25ppm次亜塩素酸ナトリウムで15秒以内に殺滅されたとの報告もあります18)。感染症例の気道分泌物で高度に汚染された場合などノンクリティカル表面のマイコプラズマ消毒が必要な場合には、200~1,000ppm次亜塩素酸ナトリウム、消毒用エタノール、70%イソプロパノールなどの中水準消毒薬を用いることが適切と思われます。

おわりに

リケッチア・コクシエラ感染症に対しては、ベクターによる刺咬や汚染された塵埃の吸入を防止することが基本的な感染対策となります。現代において病院感染が発生する可能性は低いと思われますが、ベクターや汚染塵埃が病院内に持ち込まれたような場合には、その駆除・排除が必要となります。日常的な清掃や洗濯によって、病院内の病室やリネンなどの清潔を保つ体制を整えておくことは、病院感染対策上の重要事項です。

マイコプラズマ感染症に対しては、マスク着用などによる飛沫予防策の適用が肝要と思われます。ただし確定診断まで日数を要するため、肺炎症例の受け入れ時から注意を払う必要があるといえます。


<参考>

1.馬原文彦:
小児の診療と指導のガイドラインと使い方、各論7.感染症、「感染症の診断・治療ガイドライン」日本医師会感染症危機管理対策室、(6) ツツガムシ病.
小児科臨床 2002;55 増刊号:1285-1290.

2.岩崎博道、矢野貴彦、金子栄、ほか:
広島県において見いだされたツツガムシ病多数例の臨床的および疫学的解析.
感染症学雑誌 2001;75(5):365-370.
http://www.kansensho.or.jp/journal/full/200105/075050365j.pdf

3.小林寬伊編集:
改訂 消毒と滅菌のガイドライン.
へるす出版、東京、2002.
http://www.yoshida-pharm.com/information/guideline/syoguide.html

4.馬原文彦、古賀敬一、沢田誠三、ほか:
わが国初の紅斑熱リケッチア感染症.
感染症学雑誌 1985;59(11):1165-1172.

5.Mahara F:
Japanese Spotted Fever:Reported of 31 cases and Review of the Literature.
Emerg Infect Dis 1997;3:105-111.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?
cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=9204291


6.山崎修道監修:
新版 感染症マニュアル.
スパイラル出版、東京、2002.

7.Andersson JO, Andersson SG:
A century of typhus, lice and Rickettsia.
Res Microbiol 2000;151:143-150.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?
cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=10865960


8.向野賢治訳, 小林寛伊監訳:
病院における隔離予防策のためのCDC最新ガイドライン.
メディカ出版,大阪,1996.
http://www.yoshida-pharm.com/information/guideline_kaigai/cdc/guideline/iso.html

9.McQuiston JH, Childs JE:
Q Fever in Human and Animals in the United States.
Vector Borne and Zoonotic Dis 2002;2(3):179-191.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?
cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=12737547


10.Fournier PE, Marrie TJ, Raourt D:
Diagnosis of Q Fever.
J Clin Microbiol 1998;36(7):1823-1834.
http://www.pubmedcentral.nih.gov/picrender.fcgi?
artid=104936&blobtype=pdf


11.小林寬伊、吉倉廣、荒川宜親、倉辻忠俊編集.
エビデンスに基づいた感染制御-第2集-実践編.
メヂカルフレンド社、東京、2003.
http://www.yoshida-pharm.com/information/guideline/evidence.html

12.Maltezou HC, Raoult D:
Q fever in children.Lancet
Infect Dis 2002;2:686-691.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?
cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=12409049


13.Weber DJ, Rutala WA:
Risks and Prevention of Nosocomial Transmission of Rare Zoonotic Diseases.
Clin Infect Dis 2001;32:446-456.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?
cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=11170953


14.Hammerschlag MR:
Mycoplasma pneumoniae infections.
Curr Opin Infect Dis 2001;14(2):181-186.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?
cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=11979130


15.Feikin DR, Moroney JF, Talkington DF, et al.:
An Outbreak of Acute Respiratory Disease Caused by Mycoplasma pneumoniae and Adenovirus at a Federal Service Training Academy:New Implications from an Old Scenario.
Clin Infect Dis 1999;29:1545-1550.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?
cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=10585810


16.Kashiwagi S, Hayashi J, Nomura H, et al.:
An Outbreak of Mycoplasma Pneumoniae Infections in a Hospital in Japan.
Kurume Med J 1985;32:293-296.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?
cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=3837833


17.Meissner C:The effect of disinfectants on Mycoplasma pneumoniae.Z Gesamte Hyg 1977;23:404-405.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?
cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=899080


18.Lee DH, Miles RJ, Perry BF:
The mycoplasmacidal properties of sodium hypochlorite.
J Hyg(Lond) 1985;95:243-253.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?
cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=3840822


2005.03.06 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

感染対策情報レター

Y's Letter