感染対策情報レター

原虫と蠕虫

はじめに

感染症法には、原虫、蠕虫による感染症のいくつかが指定されています。現代の日本では公衆衛生が社会的に整備されていますが、海外渡航、野外レジャー、ペット飼育なども普及しており、これらの感染症に対する注意の必要な場面は多々あると思われます。以下、感染症法に指定されている原虫・蠕虫による感染症について感染対策の観点から述べます1)2)

原虫

原虫は原生動物で単細胞からなり、胞子虫類、根足虫類、鞭毛虫類などがあります。

1.マラリア
マラリアは、マラリア原虫(plasmodium spp.)による感染症で、主に東南アジア、南アジア、中近東、アフリカ、中南米で発生しています。日本においても、海外渡航者が輸入感染し発症しています。マラリア原虫(plasmodium spp.)は蚊をベクターとしヒトを宿主とする原虫で、熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)、3日熱マラリア原虫(Plasmodium vivax)、4日熱マラリア原虫(Plasmodium malariae)、卵形マラリア原虫(Plasmodium ovale)の4種類があります。
マラリア原虫はシナハマダラカなど蚊の唾液を介してヒトに伝播し寄生します。寄生したマラリア原虫はヒトの肝細胞や赤血球内で発育した後、再び蚊に吸われて蚊の腸内に戻ります。3日熱マラリア、卵形マラリアでは肝細胞で数ヶ月の休止期を経るため、血中の原虫を死滅させてもマラリアが再発します。症状として発熱、悪寒、戦慄、脾腫、貧血などを伴いますが、熱帯熱マラリアは進行が早く脳障害や腎障害を起こして死因ともなり得ます3)
蚊を媒介した感染の他、血液を介してヒトからヒトへ伝播することがあり、輸血や多数回使用された輸液よるマラリア感染が報告されています4)5)。感染症例には標準予防策を適用します16)7)。感染症法においては四類感染症に指定されています。

2. アメーバ赤痢
アメーバ赤痢は赤痢アメーバ(Entamoeba histolytica)による感染症で、世界に分布し、特に熱帯・亜熱帯の非衛生な地域に多くみられますが、特に免疫不全者において問題となっており、日本においても福祉施設における集団感染が報告されています8)9)
赤痢アメーバは根足虫類で、アメーバ運動をして分裂増殖する栄養型と休眠する嚢子型の2形態をとります。通常、シスト(嚢子)に汚染された飲食物を経口摂取することによりヒトに伝播します。シストは小腸で栄養型に変化し、大腸粘膜に潰瘍性病変を形成して、粘血便を主症状としたアメーバ赤痢を発症させます。赤痢アメーバは大腸で再びシストを形成し、糞便と共に排出されます。
シストは外界での抵抗力が強く数週間感染性を保つため、糞便による飲料水汚染や有機農法による野菜汚染に注意が必要です。感染症例には標準予防策を基本とし、失禁のある場合には糞便を念頭においた接触予防策を適用します6)。感染症法においては五類感染症の全数把握に指定されています。

3. ジアルジア症
ジアルジア症はランブル鞭毛虫(Giardia lamblia)による感染症で広く世界に分布し、特に熱帯・亜熱帯の非衛生的な地域に多くみられます。日本にも土着しており、欧米では水道水汚染による集団感染も発生しています。
ランブル鞭毛虫は分裂増殖する栄養型と休眠する嚢子型の2形態をとり、通常、シストに汚染された飲食物を経口摂取することによりヒトに伝播します。体内で栄養型となり、小腸、胆管、胆嚢で定着して寄生・増殖し、慢性下痢、鼓腸、腹満、上腹部痛等を発症させます。その後再びシストを形成して糞便中に排出されます。
シストは外界での抵抗力があり長時間生存するため、糞便による飲料水汚染や野菜汚染に注意が必要です10)。通常の水道水塩素消毒に抵抗を示し、シストの大きさは短径5~8μm、長径8~12μmであるため、通常の飲料水濾過処理で完全に除去することは困難です。したがって、特に免疫不全者の飲料水に注意が必要です。
感染症例には標準予防策を基本とし、失禁のある場合には糞便を念頭においた接触予防策を適用します6)。感染症法において五類感染症の全数把握に指定されています。

4. クリプトスポリジウム症
クリプトスポリジウム症は胞子虫類であるCryptosporidium parvumなどクリプトスポリジウム原虫(Cryptosporidium spp.)による感染症であり、クリプトスポリジウム原虫は広く水系に存在します。症状は下痢と腹痛で、特に免疫不全患者において激しい下痢をもたらします。米国においては、1993年に米国ミルウォーキーにおいて推定40万3000人の集団感染が報告されており、日本においても近年飲料水を介した集団感染が報告されています11)12)
クリプトスポリジウム原虫はヒト、ウシ、ネコなどに寄生し、腸管で発育してスポロゾイドやメロゾイドを放出し増殖します。また多数のスポロゾイドを含むオーシストを形成し、これが糞便中に排泄されます。この排泄されたオーシストにより汚染された湖水、プール水、食品などを経口摂取することによりヒトに伝播します。
オーシストは通常の水道水塩素消毒や濾過によって完全には殺滅・除去できません。そこで濁度の価が高い場合にはオーシストが多数存在すると考えて飲料水から除外するという水道管理が行われています13)。濾過による除去を行う際には1μm以下のフィルターを用います。ヒトからヒトへの病院感染も報告されているため14)15)、感染症例には標準予防策を基本とし、失禁のある場合には糞便を念頭においた接触予防策を適用します6)7)。感染症法においては五類感染症の全数把握に指定されています。

蠕虫

蠕虫は多細胞の寄生虫で、線形動物(蟯虫)、扁形動物(吸虫類、条虫類)を含みます

1. エキノコックス症
エキノコックス症はエキノコックス条虫の包虫(幼虫)による感染症で、特に単包条虫(Echinococcus granulosus)、多包条虫(Echinococcus multilocularis)の2種類が問題となっています。単包条虫は牧畜の番犬に寄生しており、ほぼ全世界的に分布しています。多包条虫は北米、シベリア、グリーンランド、欧州のアルプス、中国北部に分布し、日本では北海道全域、青森県の一部に分布しています16)。近年日本においても拡散しつつあり、ひとたび発症すると重症化する感染症であるため問題となっています。
エキノコックス条虫は包虫で中間宿主(野ねずみ等)に寄生し、成虫で終宿主(キツネ、イヌ等)に寄生するという生活環をとります。成虫はキツネ、イヌなどの小腸に寄生し、これら宿主の糞便中に直径30~40μmの虫卵を排泄します。この排泄された虫卵を中間宿主であるヒツジ、ウシ、ブタ、ウマ、ウサギ、およびヒトなどが経口摂取することにより、それらへ伝播します。虫卵は中間宿主の小腸上部で孵化し、腸壁に侵入して血流により肝臓や肺などに運ばれ、単包虫・多包虫を形成し、嚢腫を生じて肝臓に重大な障害をもたらします。
中間宿主において数年以上を経て発育した包虫がキツネ、イヌなどの終宿主に経口摂取されると成虫になります。したがって、中間宿主同士のヒトからヒト、ブタからヒトなどの伝播はありません。感染症例には標準予防策を適用します。感染症法においては四類感染症に指定されています。

消毒薬感受性

消毒薬は原虫や蠕虫の殺滅を目的として開発されたものではなく、特に有効性が確認されていないかぎり、原虫と蠕虫には無効と考えるべきです。しかしながら原虫と蠕虫は、熱に感受性を示し、例えばCryptosporidium parvumのオーシストについては71.7℃、5秒間で3log減少したとの報告があります17)18)19)。したがって糞便によって汚染されたノンクリティカル器具やリネンは熱水洗浄により物理的に清浄化することを基本とします。手洗いは流水と石けんによる物理的除去を基本とします。水道水のクリプトスポリジウム汚染を殺滅・除去する場合には、煮沸を行うか、1μm以下のフィルターで濾過を用います7)

Cryptosporidium parvumのオーシストに対しては過酢酸、グルタラール、フタラール、次亜塩素酸ナトリウム、ヨード、アルコール、フェノール系消毒薬、第四級アンモニウム塩は無効であり、6~7.5%過酸化水素は3log減少させたとの報告があります20)21)

おわりに

マラリアの病院感染対策は、血液を感染性があるものとみなして行う標準予防策が基本となります。アメーバ赤痢、クリプトスポリジウム症、ジアルジア症の病院における糞便-経口感染対策は、細菌、ウイルスによる感染性胃腸炎の場合と同様、排泄物は感染性があるものとみなして日常的に行う標準予防策が基本となります。すべての患者について糞便に接触する場合は必ず手袋を着用し、手袋の着用の有無にかかわらず、接触後には手洗いを行います。感染症例に失禁があり、特に乳幼児でおむつを着用している場合など、感染症例周辺が汚染されている可能性が高い場合には、ガウンの着用など接触予防策を追加して行います。また免疫不全患者の飲料水については特別な注意が必要です。


<参考>

1.東京都新たな感染症対策委員会監修,東京都衛生局医療福祉部結核感染症課編集:
東京都感染症マニュアル改訂版.
東京都政策報道室都民の声部情報公開課,東京,2000.

2.吉田幸雄著.
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南山堂,東京,1998.

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消毒薬.小林寛伊編集.[改訂]消毒と滅菌のガイドライン.
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2005.04.18 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

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