感染対策情報レター

高水準消毒薬の安全な適正使用について

はじめに

現在日本では高水準消毒薬としてグルタラール、フタラール、過酢酸が使用されており、これらは主に内視鏡などの非耐熱性セミクリティカル器具の消毒に用いられています。高水準消毒薬は広い抗微生物スペクトルや強い殺微生物力がある一方、人体に対する毒性も強いため、使用の際は部屋の換気を行い保護具を着用するなどの対策が強く求められます。2005年2月には厚生労働省労働基準局からグルタラールの健康障害防止について通知が発出され1)、改めて高水準消毒薬の安全な適正使用の重要性が示されました。以下、各高水準消毒薬について述べます。

1. グルタラール(グルタルアルデヒド)

グルタラールは古くから内視鏡の消毒に使用されている高水準消毒薬・化学的滅菌剤です。日本では実用濃度として2~3.5%の溶液で使用する製剤が市販されており、高水準消毒薬としての最小有効濃度は1~1.5%と米国では勧告されています2)。また内視鏡の消毒について、日本消化器内視鏡技師会安全管理委員会作成の「内視鏡の洗浄・消毒に関するガイドライン(第2版)」は2%溶液で10分間の浸漬消毒を行うとしています3)。ただし、気管支内視鏡の場合には20分以上の浸漬が必要と思われます4)。米国のFDA は25℃45分という厳しい基準で承認しています5)。製剤の初発濃度および使用頻度などにより使用可能期間が異なるため、専用の簡易試験紙で濃度の測定を行い、各医療機関で定めた最小有効濃度以下の場合は薬液を交換します2)
グルタラールには皮膚、気道などに強い刺激性があり喘息の原因ともなりますが6)、同じアルデヒド製剤であるホルマリンのようながん原性についてはラット及びマウスを用いた実験により否定されています1)7)。グルタラールを使用する医療従事者の健康被害を防止するため、今回の労働基準局長通知は事業者が講ずべき措置として、グルタラールを使用して消毒作業が行われる屋内作業所においては空気中のグルタラール濃度を測定し、グルタラール濃度が0.05ppmを超える場合には換気などの有効な措置を講ずるようにと努力規程を定めました1)。これに従い適切に部屋の換気を行うとともに、マスク、ゴーグル、防水性ガウンやエプロン、手袋などの保護具を着用することが望まれます。なお、換気の装置を設置する際にはグルタラールの蒸気密度が空気より大きいことを考慮して下方に設置します。また浸漬消毒においては必ず蓋付き容器を用い、グルタラールの蒸散を防止するべきです。患者における健康被害を防止するため、グルタラール適用後の器具・器械は十分にリンスを行う必要があります。

2. フタラール(オルトフタルアルデヒド)

フタラールは日本において2001年に承認された高水準消毒薬で、0.55%の製剤が市販されています。5分間の浸漬時間で高水準消毒が可能であり、最小有効濃度は0.3%、最長14日間の連続使用が可能とのことです8)。米国のFDAは20℃12分で高水準消毒と承認しています5)。短時間で高水準消毒が可能なためグルタラールに代わる製剤と期待されており、開封後はそのまま使用でき、物質適合性が高く揮発性はグルタラールの20分の1と報告されています8)9)。ただし芽胞に対する効力は比較的劣ります10)
安全性については当初ほとんど臨床報告がありませんでしたが、その後、フタラールで繰り返し消毒した器具を使用した症例でアナフィラキシーショックなどの報告が相次いだため11)、超音波白内障手術器具および膀胱鏡などの経尿道的検査又は処置のために使用する医療器具類の消毒に使用しないことと最近されました12)。したがって患者における健康被害を防止するため、その他の用途の場合でも、フタラール適用後の器具は十分念入りにリンスを行う必要があると思われます。一方フタラールを取扱う医療従事者においても蒸気により呼吸器症状や眼症状、皮膚症状を訴えたという報告があり13)14)、また皮膚に付着した場合には黒色に変色し2~3日は元に戻らないと報告されています8)。そのため適切に部屋の換気を行い、マスク、ゴーグル、防水性ガウンやエプロン、手袋などの保護具を着用する必要があることはグルタラールと同様です。

3.過酢酸(エタンペルオキソ酸)

過酢酸は日本において2001年に承認された高水準消毒薬・化学的滅菌剤で、5分間で高水準消毒、10分間で化学的滅菌が可能とのことです15)。米国のFDAは50~56℃12分で滅菌と承認しています5)。過酢酸は強力な殺微生物力を有するため、グルタラールに代わる製剤と期待されています。芽胞に対してもグルタラールより速効的であると報告されています16)。日本では6%製剤が市販されており、これは主剤と添付の緩衝化剤、水を混合して0.3%の実用液に調製する組み合わせ製剤で、実用下限濃度は0.2%です。金属器具やゴム器具は、その材質と浸漬時間によって腐食、劣化することがあるため、場合により適用できないか適用を避ける必要があります17)。安全性についてはまだあまり臨床報告がありませんが、強い刺激性があるため、取り扱う際には接触や吸入を防ぐ目的で、他の高水準消毒薬の場合と同様、マスク、ゴーグル、防水性ガウンやエプロン、手袋などの保護具を着用し、適切に部屋の換気を行う必要があります1)15)18)

おわりに

各高水準消毒薬にはそれぞれ長所と短所があるため、各医療施設で個々に、その用途、使用頻度、コストなどを考慮して選択することになります。しかしどの消毒薬を選択した場合でも、換気の良い部屋で適切な保護具を着用して使用することが必要であることには変わりありません。また医療従事者の安全のみならず、患者の安全を確保するため、使用後は十分にリンスして残留毒性が無いようにすることも肝要です。


<参考>

1.厚生労働省労働基準局長基発第0224008号.
医療機関におけるグルタルアルデヒドによる労働者の健康障害防止について(平成17年2月24日).2005.
http://www.hospital.or.jp/pdf/20_20050224_01.pdf

2.Rutala WA:
APIC guideline for selection and use of disinfectants.
Am J infect Control 1996;24:13-342.
http://www.apic.org/AM/Template.cfm?Section=Guidelines&CONTENTID=1145&TEMPLATE=/CM/ContentDisplay.cfm

3.日本消化器内視鏡技師会安全管理委員会:内視鏡の洗浄・消毒に関するガイドライン第2版.2004.
http://jcm.asm.org/cgi/reprint/40/11/4289

4.小林寛伊指導,大久保憲監修.
消毒薬テキスト新版.
協和企画,東京,2005.
http://www.yoshida-pharm.com/text/index.html

5.FDA.FDA-Cleared Sterilants and High Level Disinfectants with General Claims for Processing Reusable Medical and Dental Devices, March 2003.
internet publication on February 28, 2003 at
http://www.fda.gov/cdrh/ode/germlab.html

6.小林寬伊編.
感染制御学.
へるす出版,東京,1996.

7.van Birgelen AP, Chou BJ, Renne RA, et al:
Effects of glutaraldehyde in a 2-year inhalation study in rats and mice.
Toxicol Sci.2000;55:195-205.
http://toxsci.oxfordjournals.org/cgi/reprint/55/1/195

8.岡洋子:
新しい高度作用消毒剤オルトフタルアルデヒド製剤の軟性内視鏡への適用.
機能水医療研究.2001;3:82-85.

9.岡洋子:
フタラール製剤.
臨床と微生物.2002;29:69-73.

10.Walsh SE, Mailard JY, Russell AD:
Ortho-phthalaldehyde: a possible alternative to glutaraldehyde for high level disinfection.
J Applied Microbiology 1999;84:1039-1046.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?
cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=10389251&dopt=Abstract


11.Sokol WN:
Nine episodes of anaphylaxis following cystoscopy caused by Cidex OPA(ortho-phthalaldehyde) high-level disinfectant in 4 patients after cytoscopy.
J Allergy Clin Immunol. 2004;114:392-397.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=15316522&query_hl=12

12.ディスオーパ消毒液0.55%.
添付文書(2004年12月改訂)

13.小林寬伊責任編集:
最新病院感染対策Q&A‐エビデンスに基づく効果的対策‐.
照林社,東京,2004.

14.藤田浩、藤木和彦、江坂美代子他:
医療従事者における内視鏡消毒薬DISOPA(フタラール)による健康障害.
日本内科学会雑誌2005;262:A-91.

15.仲彩世:
過酢酸(エタンペルオキソ酸).
臨床と微生物.2002;29:65-68.

16.沖村幸枝、赤松泰次、矢野いずみ、他:
各種高度作用消毒剤(グルタラール製剤、フタラール製剤、過酢酸製剤)の消毒効果に関する比較検討.
消化器内視鏡.2003;15:45-51.

17.アセサイド消毒液6%.
添付文書(2004年4月改訂)

18.Alvarado CJ, Reichelderfer M:
APIC guideline for infection prevention and control in flexible endoscopy.
Am J Infect Control 2000;28:138-155.
http://www.apic.org/AM/Template.cfm?Section=Guidelines&CONTENTID=1144&TEMPLATE=/CM/ContentDisplay.cfm


2005.07.19 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

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