感染対策情報レター

グルコン酸クロルヘキシジンとポビドンヨードの副作用について

はじめに

グルコン酸クロルヘキシジン(以下、クロルヘキシジン)およびポビドンヨードは生体消毒薬として広く繁用されていますが、禁忌や副作用についての注意が必要です。場合によりアナフィラキシーショックのような重大な副作用が発現することもあり、十分注意して使用する必要があります。以下、クロルヘキシジンとポビドンヨードの副作用について述べます。

クロルヘキシジン

適用時に殺菌力を発揮するのみならず、皮膚に残留して持続的な抗菌作用を発揮する消毒薬で、皮膚における持続効果が期待される場合、すなわち、手術時手洗い、手術部位の皮膚、創傷部位(創傷周辺皮膚)、血管カテーテル挿入部位などにおいて優れた特性を発揮します。クロルヘキシジン製剤には手指消毒用として4%スクラブ剤、0.2%速乾性手指消毒薬があり、患者の生体消毒用として各種濃度のクロルヘキシジン水溶液、0.5%クロルヘキシジンアルコールがあります。

皮膚に対する刺激性および経口毒性が低いことから、世界的に広く繁用されていますが、発疹・蕁麻疹等の過敏症が報告されています。日本においては1980年代に膀胱・腟・口腔などの粘膜や創傷部位に使用してアナフィラキシーショック(急激な血圧低下、呼吸困難、全身発赤等)が発現したとの報告が十数症例報告され1)2)、第24次薬効再評価(昭和60年7月30日公示:薬発第755 号)において、クロルヘキシジン製剤の適応(効能又は効果)、用法及び用量が見直され、粘膜の適応は結膜のうのみ認められました(界面活性剤を含む製剤は結膜のうへの適応なし)。なおこれらのショック例のほとんどは適正濃度を超えた0.2~1%での使用によるものでした。また、近年は適正濃度におけるアナフィラキシーショックも報告されています。これらの報告は、消毒部位を完全に乾燥させずにカテーテルを挿入したため血管内に直接クロルヘキシジンが混入したと思われる症例や創部の小血管から経静脈的に体内に混入したと思われる症例です3)4)。したがって消毒した箇所を完全に乾燥し血管内に液が混入しないよう注意が必要です。さらに、クロルヘキシジンでコーティングした中心静脈カテーテルを使用した患者においてアナフィラキシーショックが報告され5)6)、緊急安全性情報が発出されました7)。現在、このカテーテルは日本では販売されていません。

アナフィラキシーショックの発生頻度は欧米と比較して日本の方が高いと思われますが、通常の適用ではまれにしか発生しないため調査が困難であり、正確な発生頻度は判明していません。発生機序については、RAST法により特異的IgE抗体が確認されています1)。クロルヘキシジンの2箇所の4-chlorophenyl基の部分がIgE抗体に結合することが報告されており8)、IgE抗体に結合後、肥満細胞や好塩基球が脱顆粒しヒスタミン等の化学物質を放出してアナフィラキシーショックを起こします。したがってクロルヘキシジンを使用する際には過敏症の既往歴などを確認してから使用するべきです。

その他の注意事項として、術前に塗布したクロルヘキシジンアルコールが完全に乾燥する前に電気メスを使用した結果、引火して皮膚を熱傷した報告があります9)。アルコール溶液で消毒後に電気メスを使用する場合には十分に乾燥させる必要があります。高濃度(0.5%以上)のクロルヘキシジンが眼に混入すると角膜障害を起こすため、結膜のうに使用する場合には0.05%以下で界面活性剤を含有しない製剤を使用します10)。中枢神経、聴覚神経への適用は障害を引き起こすため禁忌となっています11)

ポビドンヨード

広い抗微生物スペクトルを持ち手術部位の皮膚や皮膚の創傷部位をはじめ、口腔、腟などの粘膜にも適用が可能で、ウイルスや抗酸菌にも有効な消毒薬です。ポビドンヨード製剤には手指消毒用として7.5%スクラブ剤があり、患者の生体消毒用として10%ポビドンヨード水溶液、10%ポビドンヨードアルコール液、7%ガーグル、10%ゲル、10%クリームがあります。

生体への刺激性が低く、比較的副作用も少なことから広く繁用されていますが、発疹等過敏症の報告があり、ショック、アナフィラキシー様症状が発症する場合もあります。アナフィラキシーショックについては、腟や外陰部等粘膜部位を消毒した際に発症した報告があります12)13)。したがってポビドンヨードを使用する際にはクロルヘキシジンの場合と同様、過敏症の既往歴などを確認してから使用するべきです。その他熱傷部位、腟、口腔粘膜などでは吸収されやすいために、長期間または広範囲に使用すると、血中ヨウ素濃度が上昇し甲状腺代謝異常などの副作用が現れることがあります14)15)。妊産婦、授乳婦にポビドンヨードを使用し、ヨウ素が胎児や乳汁へ移行したという報告があるため16)、これらの婦人に長期にわたり広範囲に使用することは避けます。新生児では、皮膚からの吸収による一過性の甲状腺機能低下症が報告されていますので17)、長期間または広範囲に使用することは避けます。

その他の注意事項として、術前に大量に塗布したポビドンヨードが背部に貯留し長時間接触したために、化学熱傷を生じた報告がありますので18)、貯留しないよう余分な液を拭き取るなどの注意が必要です。アルコールを含有する製剤においては、電気メスの使用時に引火して皮膚を火傷させないよう消毒部位を十分に乾燥させることが重要です。なお腹腔、胸腔など体腔内に使用するべきではありません。

おわりに

クロルへキシジン及びポビドンヨードにおいて副作用を回避するには、過敏症既往歴の確認、適正濃度での使用、十分な乾燥、過度な体内吸収の防止などが重要です。


<参考>

1.Ohtoshi T, Yamauchi N, Tadokoro K,et al.:
IgE antibody-mediated shock reaction caused by topical application of chlorhexidine.
Clin Allergy 1986;16:155-161.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?
cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=2423271&query_hl=2


2.Okano M, Nomura M, Hata S,et al.:
Anaphylactic symptoms due to chlorhexidine gluconate.
Arch Dermatol 1989;125:50-52.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?
cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=2910207&query_hl=4


3.吉本 男也, 片井 留美, 内山 博子, 他:
グルコン酸クロルヘキシジン消毒後にアナフィラキシーショックを起こした一症例.
J Anesthesia 2004;18(S)

4.今沢隆, 小室裕造, 井上雅博,他:
グルコン酸クロルへキシジン使用後にアナフィラキシーショックを起こした1症例.
日本形成外科学会誌 2003;23:582-588.

5.二階堂祥子, 田中源重, 矢本誠城, 他:
グルコン酸クロルヘキシジンによるアナフィラキシーショックの2例.
麻酔1998;47:330-334.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?
cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=9560546&query_hl=25


6.寺澤悦司, 長瀬清, 増江達彦, 他:
抗菌コート中心静脈カテーテルにより繰り返しアナフィラキシーショックを呈した症例.
麻酔 1998;47:556-551.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?
cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=9621664&query_hl=23


7.緊急安全性情報.
抗菌カテーテルを使用した際に発生したアナフィラキシー・ショックについて.
平成9年8月No.97-D2.

8.Pham NH, Weiner JM, Reisner GS,et al.:
Anaphylaxis to chlorhexidine. Case report.Implication of immunoglobulin E antibodies and identification of an allergenic determinant.
Clin Exp Allergy. 2000;30:1001-1007.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?
cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=10848923&query_hl=7


9.木村哲, 佐藤重仁, 田島啓一, 他:
電気メスの火花がアルコール含有消毒液およびスポンジ枕に引火し熱傷を生じた症例.
手術医学 1995;16:222-223.

10.澤充,稲葉全郎.
眼科手術前の消毒薬について.
臨牀眼科 1977;31:443-448.

11.Bicknell PG.:
Sensorineural deafness following myringoplasty operations.
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12.Waran KD, Munsick RA.:
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13.中尾佐和子, 中谷圭男, 須山豪通, 他:
臨床経験 冠動脈バイパスの麻酔時にポビドンヨードによるアナフィラキシーショックを起こした症例.
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http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?
cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=9028092&query_hl=19


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18.中野園子,内山昭則,上山博史,他:
ポビドンヨードによる化学熱傷.
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2005.09.26 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

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