感染対策情報レター

医療機関における呼吸器衛生/咳エチケット

はじめに

近年、トリインフルエンザやSARS(重症急性呼吸器症候群)など重篤な呼吸器症状を呈する新しい感染症が問題となっています。またトリインフルエンザがヒトへの感染性を高め新型インフルエンザとなってパンデミック(世界的大流行)を起こす可能性も懸念されています1)。これらの呼吸器感染症が市井で発生した場合、感染患者の集まる医療施設において、患者から患者へ、または患者から医療従事者へと感染症が効率的に伝播し、医療施設が流行拡大の拠点となってしまう可能性もあります。

2004年11月にCDCは医療施設においてインフルエンザを含めたすべての呼吸器感染症の伝播を予防するため、感染した可能性のある患者を受け入れる最初の段階から行うべき感染対策として、「医療機関における呼吸器衛生/咳エチケット」を公表しました2)。この勧告は(1)ポスターの掲示、(2)呼吸器衛生/咳エチケットの実施、(3)呼吸器症状のある人のマスク着用及び分離、(4)飛沫予防策の4項目を勧告しています2)。以下、その概要について述べます。

ポスターの掲示

この勧告はまず、外来患者が来院する施設の入り口に適切な言語で書かれたポスターを掲示することを勧告しています。ポスターには、患者や同伴者に対して呼吸器症状がある場合には受付の段階で呼吸器症状があることを申告するように、また呼吸器衛生/咳エチケットを守るようにと記載します2)3)。具体的には、

・かぜの徴候があればすぐに申告するよう患者に指示する。咳・くしゃみの際は口を覆い、また手指を清潔にするよう依頼する。
・咳をする場合に口を覆うのは、咳に含まれる病原菌の拡散を予防するためであることを示す。
・マスクなど個人用保護具についての情報を示す。個人用保護具の脱着手順を示す。

このようなポスターを掲示するのは、呼吸器感染に関する患者の理解を深め、医療施設において必要な感染対策への協力を広く促すことが目的と思われます。多くの外国人が来院する施設では、外国語で書かれたポスターを掲示する必要もあると思われます。

呼吸器衛生/咳エチケットの実施

呼吸器衛生/咳エチケットは、飛沫や接触によって伝播する微生物の伝播を患者自身が防止するための方策で、飛沫の飛散を防止し、汚染されたティッシュや手指を介した拡散も防止することを目的としています。呼吸器衛生/咳エチケットは当初、主にSARSに対する医療施設内感染対策として、2004年1月にCDCが勧告したものでしたが3)、その後、医療施設内においてインフルエンザを含めたすべての呼吸器症状を有する感染症の伝播を予防するための方策として、2004年11月にCDCから改めて勧告されました2)。現在改定作業中のCDC隔離予防策ガイドラインの草案には、呼吸器衛生/咳エチケットが標準予防策の1つの要素として追加され組み込まれています。

CDCの感染対策に関する従来からの勧告は、もっぱら医療従事者自身が行うべき対策を示したものであり、患者に対して何かを指示し協力を求めるという部分は補足的な項目にすぎませんでしたが、呼吸器衛生/咳エチケットは、主に患者自身が行う感染対策であり、医療従事者が呼吸器症状のある患者に対して、上手に働きかけ協力を得て、実施していく必要のある対策です。

CDC勧告に従って呼吸器衛生/咳エチケットを実施する場合には、医療施設内の呼吸器症状を有するすべての人に対して、

・咳またはくしゃみの時は鼻や口を覆うこと
・呼吸器分泌物を封じ込めるためにティッシュを使用し、使用後のティッシュは最寄りのごみ箱に廃棄すること
・呼吸器分泌物やそれで汚染された物に接触した後は手指衛生を実行すること

を指示することになります2)3)。呼吸器感染症をもたらす微生物の中にはRSウイルスのように接触感染する微生物も多いため、飛沫自体の飛散を防止することのみならず、ティッシュや手指に付着した気道分泌物に含まれる微生物の接触伝播を防止することも必要です。なお、患者などが呼吸器衛生/咳エチケットを遵守するのに必要な物品は、医療施設が提供する必要があると思われます。具体的には、

・ティッシュならびに使用したティッシュを廃棄するためのノンタッチごみ箱を供給すること
・速乾性手指消毒薬のディスペンサーを使いやすい場所に設置すること
・手洗い用の石けん及び使い捨てタオルをシンクの使いやすい場所に設置すること

が勧告されています2)3)。呼吸器衛生/咳エチケットは、患者、面会者のみならず、医師、看護師、その他の職員、訪問業者など、医療機関内に立ち入るすべての人が呼吸器症状を有する場合に遵守するべきものです。

呼吸器症状を有する人のマスクと分離

また、冬期など市中において呼吸器感染症が増加している時期においては、医療機関内で咳をしている患者にマスクを提供するよう勧告されています2)3)。さらに待合室では、可能であれば呼吸器症状のある患者は他の患者から少なくとも1m程度の間隔をあけて座るように促すことが、飛沫の吸入を予防する観点から勧告されています。

飛沫予防策

飛沫予防策は隔離予防策ガイドラインにおける感染経路別対策の1つであり4)、飛沫感染するインフルエンザや百日咳などの伝播を防止するため、標準予防策に追加して行う対策です。医療従事者に対して、飛沫感染する感染症例に近接する場合にはサージカルマスクを着用すること、患者のベッド間隔は1m以上空けることなどを求めています。今回紹介した勧告においても2)3)、医療従事者による飛沫予防策遵守の必要性が述べられています。

おわりに

冬期は、かぜ症候群の症状を呈する患者が増え、インフルエンザの流行もみられます。また近年はヒトにおけるトリインフルエンザの発生やSARSの再流行にも警戒が必要です。医療施設における呼吸器感染症の拡散を防止するためには、院内の呼吸器症状を有する人々に対して、咳の時には口を覆うなどのエチケットを、単なる儀礼としてではなく感染対策として行うよう求める必要があると思われます。そのためには、適切なポスターの掲示、ティッシュ・ごみ箱の設置、速乾性手指消毒薬の設置、手洗い場での石けん・使い捨てタオルの設置、患者用マスクの準備などの体制を整えておくことが必要と思われます。

インフルエンザの詳細は、Y’s Letter No.9インフルエンザについて」と、Y’s Letter No.27高病原性トリインフルエンザについて」を参照ください。またSARSの詳細は、Y’s Letter No.18重症急性呼吸器症候群(SARS)について」を参照ください。


<参考>

1.WHO:National Influenza Pandemic Plans. WHO internet publication at http://www.who.int/csr/disease/
influenza/nationalpandemic/en/


2.CDC:Fact Sheet:Respiratory Hygiene/Cough Etiquette in Healthcare Settings, November 04, 2004 at
http://www.cdc.gov/flu/professionals/
infectioncontrol/resphygiene.htm


3.CDC:Supplement C:Preparedness and Response in Healthcare Facilities. Ⅳ.Recommended Preparedness and Response Activities in Healthcare Facilities, May 3,2005 at http://www.cdc.gov/ncidod/sars/guidance
/C/recommended.htm


4.向野賢治訳,小林寬伊監訳:
病院における隔離予防策のためのCDC最新ガイドライン.
メディカ出版,大阪,1996.
http://www.yoshida-pharm.com/information/
guideline_kaigai/cdc/guideline/iso.html


2005.11.07 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

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