感染対策情報レター

無駄な感染対策の廃止による費用節減

はじめに

医療機関において、エビデンス(実証的根拠)のない無駄な感染対策を廃止することは病院経営上の費用の節減となるのみならず、感染対策の質を向上させることにもつながります。以下、無駄な感染対策の廃止による費用節減効果ついて述べます。

病院感染対策の経済効果

全入院症例の10%が病院感染症であるとすれば、年間入院症例数10,000例の医療機関においては、1年間の病院感染に伴う余分な医療費は約1億4000万~2億6000万円に及ぶとの試算が、国内の調査資料に基づいて報告されています1)。2003年4月より特定機能病院を対象にDPC(Diagnosis Procedure Combination)が導入され、それに伴い包括払い制度が導入されました。2006年の診療報酬改定においても、包括払いの対象となる医療施設が拡大されました。このようなことから、病院感染対策にかかわる費用対効果について検討をおこなうことの重要性が増しつつあります。

追加的な病院感染対策を導入することにより、それにかかる費用を上回る効果、つまり病院感染率の低下に伴う医療費の減少が達成されるのであれば、財政的な観点からも、その追加的な感染対策は推奨されるという考え方が費用対効果分析のポイントです。しかしながら、国により医療保険制度や医療費単価などが相違するため、外国における費用対効果分析の結論をそのまま日本にあてはめることが妥当でない場合も多々あります。日本国内で上記の観点から本格的な費用対効果分析を行なった研究はまだ数が少なく、多岐にわたる感染対策について個々に決定的な費用対効果上のエビデンスを示すことは、まだ容易でありません。とはいえ、廃止しても病院感染率に悪影響を与えず、廃止することによりかえって安全性などが向上する感染対策、つまり無駄な感染対策の存在を指摘したエビデンスは国内にもいくつかあります。

エビデンスのない無駄な感染対策の廃止

無駄な対策の廃止については、2005年に厚生労働省医政局指導課長通知「医療施設における院内感染の防止について 」(医政指発第0201004号)2)及び平成15年度 厚生労働科学研究費補助金(厚生労働科学特別研究事業)「国、自治体を含めた院内感染対策全体の制度設計に関する緊急特別研究 」の分担研究報告書「医療施設における院内感染(病院感染)の防止について」3)が最新の指針を示しています。(1)手術時手洗いに使用する滅菌水の廃止(2)可能な限りの現場での一次洗浄を廃止(3)手術室を無菌にするつもりの日常的な床消毒の廃止(4)抗菌マット、粘着マットの使用中止などが挙げられています。

(1)手術時手洗いに使用する滅菌水の廃止

手術時手洗いに使用する流水については、水道水と滅菌水とを用いた多施設ランダム比較研究が報告されています4)。滅菌水または水道水を用いて手術時手洗いを行った後にグローブジューズ法で手指の残存菌数を比較したところ、有意差が認められなかったと報告されています。2005年の医療法施行規則の改定により、現在では手術時手洗いに水道水を使用することが法的に認められています。滅菌水から水道水へ変更した場合、滅菌水管理費用が節減されることにより、604床の病院で年間約260万円、697床の病院で約300万円の経済効果が見込まれると報告されています4)5)

(2)可能な限りの現場での一次洗浄の廃止

臨床現場での医療器材の一次洗浄・消毒は手間と人件費がかかり、感染対策上の問題点もあります。臨床現場での一次洗浄・消毒を廃止し、中央材料室にウオッシャーディスインフェクターを導入して洗浄の効率化をはかり、697床の病院で年間約550万円のコストを節減したとの報告があります6)。また一次消毒としてのグルタラールの使用を中止することにより、604床の病院で年間約689万円節減したとの報告もあります7)

(3)手術室を無菌にするつもりの日常的な床消毒の廃止

カナダの952床の第3次医療施設における急性期ケア病棟8棟において、3ヶ月間消毒薬を使用した場合と洗浄剤のみで清掃を行った場合とでは、感染率が前者では、8.0/100患者退院数、後者は7.1/100患者退院数で有意差がなく、消毒薬を使用した場合には、年間2,000ドルの費用の増加が見込まれると報告されています8)

(4)粘着マット及び薬液浸漬マットの使用廃止

粘着マット、薬液浸漬マットは感染防止効果が認められていないため使用する必要がありません。粘着マット、薬液浸漬マットの使用中止により795床の病院で年間約640万円を節減したと報告されています9)

おわりに

医療施設においては、これまでの慣習でエビデンスのない無駄な感染対策を続けている場合がありますが、それらを廃止してエビデンスに基づく感染対策を実施することにより、感染対策の質が向上させつつ、費用を節減することができます。


<参考文献>

1.小林寛伊編集.:
感染対策の質的評価と経済効果.
感染制御学. へるす出版,東京,1996;254-266.

2.厚生労働省医政局指導課長通知.
医療施設における院内感染の防止について (医政指発第0201004号).
平成17年2月1日.

3.分担研究者 大久保 憲 :
平成15年度 厚生労働科学研究費補助金(厚生労働科学特別研究事業).
国、自治体を含めた院内感染対策全体の制度設計に関する緊急特別研究 分担研究報告書「医療施設における院内感染(病院感染)の防止について」.

4.藤井 昭,西村チエ子,粕田晴之,他.:
手術時手洗いにおける滅菌水と水道水の効果の比較.
手術医学 2002;23(1):2-9.

5.白石 正、仲川義人、長岡栄子.:
術前の手洗い水に関する細菌学的研究―滅菌水と水道水の比較―.日本病院薬剤師会雑誌 2004;40(9):1133-1135.

6.山脇範子.:
一次洗浄廃止とコスト―中央化の成果―.
INFECTION CONTROL 1999:8:1006-1009.

7.白石 正、仲川義人、大友えつ子、他.:
一次消毒の廃止と内視鏡消毒薬の変更に伴う経済効果.
医療薬学 2004;30:198-202.

8.Danforth D, Nicolle LE, Hume K, et al.:
Nosocomial infections on nursing units with floors cleaned with a disinfectant compared with detergent.
J Hosp Infect 1987;10:229-35.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?
cmd=Retrieve&db=pubmed&dopt=Abstract&list_uids=2891749&
query_hl=14&itool=pubmed_docsum


9.藤田烈.:
必要コストとその捻出方法.
INFECTION CONTROL 2003;増刊:35-40.


2006.06.13 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

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