感染対策情報レター

トリインフルエンザA(H5N1)の感染対策について

背景1)2)

高病原性トリインフルエンザ(highly pathogenic avian influenza) A(H5N1)によるヒト感染は、1997年香港で、最初の感染事例(6例の死亡例を含む18例の感染)が確認されました。2003年にトリインフルエンザA(H5N1)感染がアジアのいくつかの地域の家禽や野鳥の間で集団発生して以来、現在までに約50ヶ国において家禽や野鳥での集団発生が確認され、ヒトへの感染事例も相次いでいます。2003年から2006年7月20日までにWHOに報告されたヒト確定症例数は10カ国231症例であり、そのうち133症例が死亡しています3)。このため、トリインフルエンザA(H5N1)がヒトへの感染性を増し、新型インフルエンザとしてパンデミック(大流行)を発生させる可能性が世界的に懸念されています。これについてWHOはいくつもの勧告を発していますが、2006年4月24日には医療施設におけるトリインフルエンザの感染対策に関するガイドラインを公表しました2)。日本国内においても2006年6月5日、「インフルエンザ(H5N1)に関するガイドライン-フェーズ3-」が公表されましたが、これには医療施設に対する勧告も含まれています4)。以下、これらのガイドラインに沿いつつ、要点と医療施設におけるトリインフルエンザ感染対策について述べます。なお、2004年初頭までの経緯についてはY’s Letter (Vol.1) No.27を参照ください。

パンデミックフェーズ

WHOは2005年、世界インフルエンザ事前対策計画を公表し5)、新型インフルエンザの流行度合いを6つのパンデミックフェーズに分類しました。日本のガイドラインもWHOの定義に準じて6つのフェーズに分類し、さらに国内での感染の非発生を「A」、発生を「B」と分類しています。現段階はフェーズ3A、つまりヒトへの新しい亜型のインフルエンザ感染が確認されているが、ヒトからヒトへの感染は基本的にはなく、ヒト‐ヒト感染による感染の拡大はみられておらず、国内ではヒト感染が発生していない段階とされています。パンデミックフェーズについて詳しくはWHO関連サイトまたは厚生労働省関連サイトを参照ください。
WHO関連サイト
厚生労働省関連サイト

指定感染症

現在までに日本国内ではヒト感染症例は1例も確認されていませんが、2006年6月2日付け厚生労働省通知6)により、トリインフルエンザA(H5N1)は同月12日から指定感染症に指定されました。これにより従来からの四類感染症の規定に加え、ニ類感染症に準じた必要な規定を準用することが可能となりました。つまり擬似症例や確定例について入院勧告を行うことなどによって、感染症例の発生および蔓延の防止などの感染対策を図ることが行政的に可能となりました。なお指定感染症の指定についての背景など、詳しい情報は厚生労働省関連サイトを参照ください。
厚生労働省関連サイト

伝播様式2)4)7)

トリ‐トリ間では急速かつ広範に流行が拡散し、多数の家禽が処分されていますが、トリからヒトにおける感染はこれまでのところ、もっぱらトリとの接触歴がある人々に限られています。ヒト‐ヒト感染が疑われる事例も発生していますが、これまでのところ長時間かつ密接な接触があった場合に限られています。感染経路について得られている知見は限定的ですが、主に飛沫感染と接触感染と推定されています。

病院感染対策

ヒト感染症例に対する病院感染対策として標準予防策及び飛沫予防策の遵守が最低限の予防策として勧告されています2)。しかし上述のようにトリインフルエンザA(H5N1)の感染経路は未だ明確ではない上に致死率は約50%ときわめて高く、便中に排泄されるウイルスが感染源になりうること、気管内挿管やネブライザー手技による空気感染も示唆されていることなどを考慮し、できる限りすべての感染経路別対策を実施することが推奨されています2)4)7)。なお、感染症例に対する感染対策は、症状改善後数日間はウイルス排泄が続くため12歳を超える成人では解熱後7日間、12歳以下の小児においては発症後21日間行うべきとされています2)4)7)。一方、外来における感染対策としては、日常的に、咳や発熱などの呼吸器感染症状を有する患者に咳エチケットを指導することが推奨されています2)4)8)。来院時点における問診を強化し、トリインフルエンザの要観察例を来院後できるだけ早い時点で検知し、可能な限り早期に他の患者から分離できる体制を整えることが勧告されています4)。咳エチケットの詳細はY’s Letter Vol.2 No.6を参照ください。

消毒

インフルエンザウイルスはエンベロープをもつウイルスであり、トリインフルエンザウイルスにも多くの消毒薬が有効と考えられます。ノンクリティカル器具や環境表面がトリインフルエンザ症例の気道分泌物で汚染された可能性がある場合には、80℃10分間の熱水消毒やアルコールまたは500~5,000ppm次亜塩素酸ナトリウム液を用いた消毒を選択します2)4)。クリティカル器具・セミクリティカル器具は通常通り患者毎に滅菌または高水準消毒を行います。 手指衛生にはアルコール製剤が推奨されていますが4)、気道分泌物など目に見える汚れがある場合には、まず流水と石けんによる手洗いを行います。

おわりに

医療施設では平素より呼吸器感染症状を有する患者には咳エチケットの指導をするともに、必要なマスクなどの物品、使用したティッシュなどを捨てるノータッチ式の蓋付き廃棄箱などを配備する体制作りが重要と思われます。またトリインフルエンザウイルスA(H5N1)に曝露される可能性のある医療従事者や養鶏業者などは、トリおよびヒトインフルエンザの同時感染によるウイルスの遺伝子交雑の可能性を減少させるため、ヒトインフルエンザワクチンの接種を受けることが勧告されています2)9)


<参考文献>

1.WHO:
Weekly epidemiological record.
WHO internet publication on June 30, 2006 at
http://www.who.int/csr/disease/
avian_influenza/guidelinestopics/en/index.html


2.WHO:
Avian influenza, including influenza A (H5N1), in humans: WHO interim infection control guideline for health care facilities.
WHO internet publication revised on April 24, 2006 at
http://www.who.int/csr/disease/
avian_influenza/guidelines/infectioncontrol1/en/


3.WHO:
Cumulative number of human cases of avian influenza A/(H5N1) reported to WHO.
WHO internet publication on July 20, 2006 at
http://www.who.int/csr/disease/
avian_influenza/country/cases_table_2006_07_20/en/index.html


4.厚生労働省 新型インフルエンザ専門家会議:
インフルエンザ(H5N1)に関するガイドライン-フェーズ3- 平成18年6月5日版

5.WHO:
WHO global influenza preparedness plan -The role of WHO and recommendations for national measures before and during pandemics-.
WHO internet publication on March, 2005 at
http://www.who.int/csr/resources/publications/
influenza/WHO_CDS_CSR_GIP_2005_5/en/index.html


6.厚生労働省健康局結核感染症課長通知.
インフルエンザ(H五N一)を指定感染症として定める等の政令、検疫法施行令の一部を改正する政令及びインフルエンザ(H五N一)を指定感染症として定める等の政令の施行に伴う感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律施行規則の準用に関する省令の施行について(施行通知)(健感発第0602003号).平成18年6月2日
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/
kekkaku-kansenshou04/08-03.html


7.WHO:
Aide-Memoire:Infection control recommendations for avian influenza in health-care facilities.
WHO internet publication on April, 2006 at
http://www.who.int/csr/disease/
avian_influenza/guidelinestopics/en/index3.html


8.CDC:
Fact Sheet:Respiratory Hygiene/Cough Etiquette in Healthcare Settings, November 04, 2004 at
http://www.cdc.gov/
flu/professionals/infectioncontrol/resphygiene.htm


9.WHO:
Guidelines for the use of seasonal influenza vaccine in humans at risk of H5N1 infection.
WHO internet publication on January 30, 2004 at
http://www.who.int/csr/disease/
avian_influenza/guidelines/seasonal_vaccine/en/


2006.07.26 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

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