感染対策情報レター

気管内吸引における感染対策

はじめに

人工呼吸器装置使用時における肺炎は重篤となりやすい傾向があります。その危険因子としては、患者の基礎疾患の重篤度、手術、抗菌薬の使用、呼吸器装置等の汚染などが挙げられています。また、医療機関や在宅医療において頻繁に実施されている気管内吸引操作によっても肺炎を引き起こす可能性があり注意が必要です。今回は、この気管内吸引操作における感染対策について述べます。

なお、人工呼吸器装置使用時における感染対策については「医療ケア関連肺炎 -呼吸器系装置使用時における感染対策を中心に-」(Y’s Letter Vol.2 No.14)を参照ください。

気管内吸引における肺炎の原因

気管内吸引に関連する肺炎は汚染された手、水、カテーテルなどの使用により下気道に微生物が侵入して発生することが多いと考えられます。したがって基本的にはこれらが汚染されないよう、標準予防策の原則を守ることが予防策の基本と言えます1)2)

手指衛生について

気管内吸引操作を行う前には、手指衛生を実行します。手に目に見えて汚れがない場合には、速乾性手指消毒薬を使用し、手に目に見えて汚れがある場合には抗菌性石けんと流水または非抗菌性石けんと流水で手指衛生を行い、手指衛生後に手袋をして、気管内吸引をします。清潔手袋と滅菌手袋のいずれを使用すべきかについてはCDCの「医療ケア関連肺炎防止のためのガイドライン」では未解決問題としています1)2)。気管内吸引操作後に手袋を外した後も手指衛生を実行します。気管内吸引操作時に、分泌物が飛散する恐れがある場合は、手袋の着用とともにマスクやガウン等を着用します。

水について

気管内吸引時に気管内吸引カテーテルを洗浄する際に使用する水は滅菌精製水を使用します1)2)。水道水や非滅菌の精製水には肺炎を引き起こす可能性のある微生物が含まれている場合があります。

気管内吸引カテーテルの使用について

気管内吸引カテーテルには閉鎖式の気管内吸引カテーテルと開放式の気管内吸引カテーテルがあります。閉鎖式吸引では気管切開カニュレと気管内吸引カテーテル、人工呼吸器装置が連結しているため回路を開放せずに吸引が可能です。開放式吸引では回路を開放して吸引を行うので微生物で汚染される可能性が高く、無菌操作に注意を要します。閉鎖式のカテーテル(1日複数回使用、1日1回交換)と開放式の単回使用のカテーテルの比較において、肺炎の発生率が文献により異なるため、CDCはどちらが望ましいかについて特に勧告をしていません1)2)。これについてはさらなる研究が必要と思われますが、最近では、閉鎖式の気管内吸引カテーテルの使用が増加しつつあるようです。

気管内吸引カテーテルの消毒について

以下においては、開放式の気管内吸引カテーテルを使用する場合の予防策について述べます。CDCの「医療ケア関連肺炎防止のためのガイドライン」は、開放式の場合について滅菌済みカテーテルの単回使用を勧告しています1)2)。しかしながら、在宅医療などにおいて、吸引操作を同一患者に多数回行う場合では経済的な理由などから繰り返し使用することがあり、その場合は使用の都度、消毒が必要です。

気管内吸引カテーテルは気道粘膜と接触するため、セミクリティカル器具に分類され、滅菌または高水準消毒をすることが原則です。しかしながら、滅菌はカテーテルの材質に影響を与える恐れがあり、気道分泌物の吸引操作の間隔が短い場合は必要な滅菌時間の確保が困難となります。高水準消毒薬においても、吸引カテーテルの構造上や材質上の問題で、グルタラール製剤、オルトフタルアルデヒド製剤や過酢酸製剤が充分に洗い流されない場合には、これら消毒薬の毒性が人体に影響を与える危険性があります。したがって、人体への影響が比較的少なく、かつ器具にも使用できる消毒薬を選択することになりますが、この場合、カテーテルの使用が同一患者に限られていることから、中水準消毒薬であるアルコールや次亜塩素酸ナトリウム、低水準消毒薬である塩化ベンザルコニウム、塩化ベンゼトニウム、両性界面活性剤を選択することが可能です。

低水準消毒薬にはグラム陰性菌などが抵抗性を示すことがあり、吸引カテーテルの消毒に使用していた塩化ベンザルコニウム液からBurkholderia cepacia, Pseudomonas fluoresces, Serratia marcescensなどのグラム陰性菌やStaphylococcus epidermidis, Proteus mirabilisなどのヒト常在菌が検出されたと報告されています3)4)5)。塩化ベンザルコニウムにエタノールを添加した8~12vol%エタノール添加塩化ベンザルコニウム液はBurkholderia cepacia, Serratia marcescensなどの塩化ベンザルコニウム低感受性株にも比較的良好な効果を示すことから、カテーテルの消毒にはそれらを選択することが望まれます5)6)7)。8vol%エタノール添加0.1%塩化ベンザルコニウム液と12vol%エタノール添加0.1%塩化ベンザルコニウム液が市販されていますが、12vol%エタノール添加の方が比較的良好な殺菌作用を示します6)

以下に標準的な消毒手順を例示します8)

1. 気管内吸引終了後、吸引カテーテルの外側をアルコールガーゼにて清拭します。
2. 吸引カテーテル内腔の粘液等除去の目的で滅菌精製水を吸引します。
3. 8~12vol%エタノール添加0.1%塩化ベンザルコニウム液に吸引カテーテルを浸漬します。
4. 気管内吸引操作前に吸引カテーテルの消毒薬の除去の目的で滅菌精製水を吸引します。
気管内吸引カテーテルの浸漬消毒液及びリンス用の滅菌精製水は、1日に2回以上交換することが望ましいと言われています6)9)

終わりに

気管内吸引操作における微生物汚染を防ぐことは医療関連肺炎の予防のために重要な対策のひとつです。在宅医療においても頻繁に実施される処置であり、在宅医療関係者においても習得が必要な予防策のひとつです。


<参考文献>

1.CDC:
Guidelines for Preventing Health-Care-Associated Pneumonia.
MMWR 2003;53(RR-3):1-36.
http://www.yoshida-pharm.com/information/guideline_kaigai/
cdc/guideline/pn.html


2.矢野邦夫訳:
医療ケア関連肺炎防止のためのCDCガイドライン.
メディカ出版、大阪、2004.
http://www.yoshida-pharm.com/information/dispatch/letter02_14.pdf

3.小森由美子、赤澤知美、森部初美他.:
看護・在宅介護の現場における吸引カテーテルと消毒剤の取り扱いに関する指導マニュアルの検討.
医療薬学.2002;28:478-483.

4.堀勝幸、松沢資佳、佐藤文恵他.:
当院における消毒剤有効テストの試み―口腔内および気管内吸引チューブを中心に―.
Infection Control.2001;10:1262-1264.

5.尾家重治、神谷晃:気管内吸引チューブの微生物汚染とその対策.
日本環境感染学会雑誌.1993;8:15-18.

6.梶浦工、和田英己、佐藤隆一他.
逆性石ケン液0.1%「ヨシダ」の有用性.
医学と薬学.2004;51:689-696.

7.諏訪雅宣、尾家重治、神谷晃.:
低濃度エタノールを添加した塩化ベンザルコニウムの殺菌効果.
医学と薬学.2003;50:179-181.

8.尾家重治:
在宅医療の感染対策.小林寛伊、吉倉廣,荒川宜親、倉辻忠俊編集.
エビデンスに基づいた感染制御-第2集-実践編.
メヂカルフレンド社、東京、2003;97-114.

9.Pugliese G, Mackel DC, Mallison GF.:
Recommendations for reducing risks of infection associated with suction collection procedures.
Am J Infect Control.1980;8:72-74.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?
db=pubmed&cmd=Retrieve&dopt=AbstractPlus&list_uids=10283781&
query_hl=4&itool=pubmed_docsum


2006.10.27 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

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