感染対策情報レター

ノロウイルスの消毒-エタノールの使い方を中心に-

はじめに

2006年12月、ノロウイルスによる感染性胃腸炎の集団感染が多く発生し、医療機関における集団感染も報告されています。2006年第50週の感染性胃腸炎の定点報告(小児科)は22.8と過去最高となりました1)。ノロウイルス胃腸炎は主に生カキによる食中毒として知られていますが、糞便や吐物に含まれるノロウイルスによる二次感染の場合もあります。ノロウイルスの伝播を予防するためには、ノロウイルス感染者の糞便や吐物で汚染された部位の処理や手洗いなどを適正に行うことが重要となります。
エタノールはノロウイルスに対する効果が十分でないといわれていますが、その効果を理解してエタノールを使用することにより、ノロウイルスの感染対策に用いることができます。今回はノロウイルスの消毒についてエタノールの効果を中心に述べます。

エタノールに対する感受性

ノロウイルスはエンベロープを有しないため、消毒薬に対する抵抗性が比較的強いと考えられます。ノロウイルスは細胞培養が不能で消毒薬感受性がまだ確認されいないため、類縁ウイルスであるネコカリシウイルス(Feline calicivirus)の消毒薬感受性から有効な消毒薬を類推することとなります。ネコカリシウイルスについては70℃の熱や1,000ppm次亜塩素酸ナトリウムによる消毒を示唆する報告があります2)3)。ネコカリシウイルスのアルコール類感受性については、湿潤状態や乾燥状態をモデルとした試験方法、有機物存在下をモデルとした試験方法など種々の方法で試験が行われています3)4)5)6)。これらの報告からエタノールに関する結果を抜粋して表1および2に示します。

        表1.エタノールのネコカリシウイルスに対する効果3)~5)
文献 エタノール濃度
(v/v%)
作用時間 Log reduction
(TCID 50)
※不活性化率(%)
3) 75% 1分 1.25 94.38
4) 70% 30秒
1分
3分
5分
3.55
3.83
5
5.19
99.97
99.985
99.999
99.9994
80% 30秒
1分
3分
5分
2.19
2.97
3.88
4.25
99.35
99.89
99.987
99.994
5) 75% 10分 4.7 99.998
        表2. 有機物存在下における70w/w%エタノール(約77v/v%)のネコカリシウイルスに対する効果6)
        (70w/w%エタノールを30秒間作用させた結果)
指先へ塗布した有機物の種類 有機物なし ウシ胎児血清(5%) トリプトン含有有機物 便懸濁液(5%)
Log reduction
(TCID 50)
2.66 2.62 1.18 1.45
※不活性化率(%) 99.78 99.76 93.39 96.45

        ※(表1.2 とも)文献より計算
        TCID50:(tissue culture infective dose 50 )50%感染価
        Log reduction (TCID50 ):50%感染価の対数減少値

エタノールのネコカリシウイルスに対する効果は報告により大きくばらつきがみられます。よって真の効果がどの程度であるかの判断は、現時点においてまだ難しいと考えられます。とはいえ、これらの結果を解釈すると、消毒用エタノールの濃度(80v/v%)付近において、塗布法によりウイルス量を10分の 1(1 log reduction以上)程度に不活性化できることは、ほぼ確実であると判断されます。

エタノールの使用意義

1.手指衛生における80v/v%エタノール含有速乾性手指消毒薬の使用について

80v/v%エタノール含有速乾性手指消毒薬の適用は手指に付着しているノロウイルスを10分の1程度に不活性化できると推定できます。これは通常の手指消毒効果としては、低すぎる値ですが、念入りな手洗いによりウイルス量を100分の1程度までまず除去し、さらに速乾性手指消毒薬を適用し10分の1とすることで、全体として1000分の1程度に減少させることができると期待されます。このようにウイルス量をできる限り減少させて易感染者が感染しない量までに減少させることが補完的に速乾性手指消毒薬を使用する目的であると考えます。

2.ノンクリティカル表面へのエタノールの使用について

ノンクリティカル表面の消毒については物理的にノロウイルスを除去した後に熱水(80℃ 10分間)または1000ppmの次亜塩素酸ナトリウムによる処理が推奨されています。
しかしながら、ノンクリティカルの種類あるいは実務上において前述の消毒を行うことが困難な場合があると考えられ、その際は消毒用エタノールの使用が推奨されます。例として、便座などを消毒用エタノールを含浸させたペーパータオルで念入りに清拭することは、ノロウイルスを物理的に除去する効果と、エタノールのノロウイルス不活性化作用の双方を期待できる消毒法であり、ノロウイルス対策として当を得た方法であると判断されます。より確実な効果を求める場合には、1,000ppm程度の次亜塩素酸ナトリウムを使用することが必要ですが、次亜塩素酸ナトリウムには漂白作用や金属腐食作用があるため、ノロウイルス感染が集団発生している場においては許容される場合もありますが、事前予防的に用いる場合には、実務上の問題があります。従って、消毒用エタノールによる清拭は、一般的なノロウイルス対策として、有用な消毒法であると考えられます。

終わりに

病院感染対策としては、糞便・吐物に対して日常的に標準予防策を行い、必要に応じて接触予防策を追加します。また、嘔吐や下痢症状の発生に注意を払うことが必要です。すべての患者について糞便・吐物に接触する場合は必ず手袋を着用し、手袋の着用の有無にかかわらず、接触後には手洗いを行います。失禁や嘔吐があり、特におむつを着用している場合など、患者周辺が汚染されている可能性が高い場合には、ガウンの着用など接触予防策を追加して行います7)8)。ノロウイルスに対する具体的な消毒方法を下記に示します。各施設や学校、家庭など、総合的に状況に適った対策を行うことによりノロウイルスにおけるアウトブレイクが阻止されると考えられます。

[ノロウイルスの消毒方法]

患者の糞便・吐物で汚染されたノンクリティカル表面に対しては、糞便・吐物を除去したのち、熱水(80℃10分間)による処理または1,000ppmの次亜塩素酸ナトリウムにて処理を行います。
手指衛生は流水と石けんによる手洗いにより物理的に除去後、80v/v%エタノール含有速乾性手指消毒薬を補完的に用います。
ノンクリティカル表面において、実務上熱や次亜塩素酸ナトリウムによる処理に問題がある場合は、糞便・吐物を除去したのち、消毒用エタノールで念入りに清拭します。
なお、業務用の高温スチーム掃除機(吐出蒸気130℃など)を利用して汚染されたじゅうたんなどの処理も考えられますが、じゅうたん内部の到達温度が不明なためその効果は保証されておりません。

ノロウイルスなどウイルスによる感染性胃腸炎についての詳細は「Y’s Letter Vol.1 No.21 ウイルスによる感染性胃腸炎」をご覧ください。


<参考文献>

1.国立感染症研究所感染症情報センター.
IDWR(感染症発生症動向調査 週報).
インターネット公開資料(2007年1月15日現在)
http://idsc.nih.go.jp/idwr/kanja/idwr/idwr2006/idwr2006-50.pdf

2.Chadwick PR, et al:
Management of hospital outbreak of gastro-enteritis due to small round structured viruses.
J Hosp Infect 2000;45;1-10.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=10833336&dopt=Abstract

3.Doultree JC, Druce JD, Birch CJ, et al:
Inactivation of feline calicivirus, a Norwalk virus surrogate.
J Hosp Infect 1999;41;51-57.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?cmd=Retrieve&db=PubMed&list_uids=9949965&dopt=Abstract

4.Gehrke C., et.al:
Inactivation of feline calicivirus, a surrogate of norovirus(formerly Nowalk-like viruses),by different types of alcohol in vitro and in vivo.
J Hosp Infect 2004;56:49-55.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?db=pubmed&cmd=Retrieve&dopt=AbstractPlus&list_uids=14706271&query_hl=11&itool=pubmed_docsum

5.Satter S.A.,:
Microbicides and the enviromental control of nosocomial viral Infections.
J Hosp Infect 2004;56:S64-S69.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?db=pubmed&cmd=Retrieve&dopt=AbstractPlus&list_uids=15110126&query_hl=14&itool=pubmed_docsum

6.Kampf.G.,et.al:
Efficacy of three ethanol-based hand rubs against feline calicivirus, a surrogate virus for norovirus.
J Hosp Infect 2005;60:144-149.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?db=pubmed&cmd=Retrieve&dopt=AbstractPlus&list_uids=15866013&query_hl=7&itool=pubmed_docsum

7.小林寛伊,吉倉廣,荒川宜親編集.
エビデンスに基づいた感染制御(改訂2版)-第1集-基礎編.
メヂカルフレンド社,東京,2003.
http://www.yoshida-pharm.com/information/guideline_japan/guideline/evidence.html

8.向野賢治訳, 小林寛伊監訳.
病院における隔離予防策のためのCDC最新ガイドライン.
メディカ出版,大阪,1996.
http://www.yoshida-pharm.com/information/guideline_kaigai/cdc/guideline/iso.html


2007.01.18 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

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