感染対策情報レター

米国の輸液調剤ガイドラインについて

はじめに

2004年1月1日にUSP(米国薬局方)において、輸液調剤ガイドライン《797》が発表されました1)。このガイドラインの目的は、混合無菌製剤(Compounded Sterile Preparations:CSPs)の微生物汚染や過度の微生物内毒素、意図しない化学的/物理的汚染などにより患者に生じうる損害を防ぐことです。この目的を達成するために、医薬品や栄養成分のCSPsのための調剤手順と品質の標準について示しています。以下、ガイドラインの内容の一部について述べます。

混合無菌製剤のリスク分類

ガイドラインでは、CSPsを微生物汚染の危険性に応じて、低リスクレベル、中リスクレベル、高リスクレベルの3つに分類し、それぞれの条件や品質などについて述べられています。微生物汚染リスクが高いと考えられる高リスクレベルに分類される製剤は、最終滅菌を行うことが推奨されています。

これら3つの分類とは別に、緊急時又は迅速な対応が必要とされる患者などに使用されるCSPsについては、別途6つの基準が設けられており、それらの基準を全て満たす場合には上記3分類の必要条件は求められません。このような緊急時又は迅速な対応時に使用されるCSPsについても微生物汚染について考慮する必要があり、調製時に微生物汚染を受けた場合は、患者の微生物定着の可能性が有意に増加すると記載されています。

混合業務を行う職員について

調剤職員は適切な無菌調剤業務を行うため、十分な教育、訓練などを受けることが必要とされています。熟練した職員により無菌的操作の理論上の原理や実用的な技術について教育を行い、これらの知識・技術について定期的に筆記・実務試験を実施することで、調剤職員の無菌的技術の質を評価することが推奨されています。これらの試験に不適合の職員は、すぐに再教育・再評価を行い、すべての操作が確実に行えることを確認します。また、危険医薬品(抗がん剤など)や放射性医薬品を取り扱う職員は特に適切な訓練が必要とされ、調剤職員自身だけでなく、周囲の職員や環境への曝露を防ぐための適切な操作が求められます。 CSPsを無菌的に調製するため、調剤手順や環境などの質と管理、調剤職員の技術と知識を高い水準に維持する必要性が強調されています。

混合業務を行う環境について

環境管理として、調剤業務を行うための区域(Cleanroom、およびBuffer Zoneやanteroomなどの前室)を設置し、さらに混合作業を行うための調剤無菌隔離装置(Compounding Aseptic Isolator:CAI)、生物学的安全キャビネット(Biological Safety Cabinet:BSC)などを置くことが推奨されています。

調剤を行う区域における天井、壁、床、棚などの材質は、清掃がしやすく、微生物や汚染物質の積もるスペースを最小限とするために、表面が滑らかで、不浸透性で、継ぎ目などがなく、表面が剥がれたりしない材質が適していているとしています。また、消毒薬によるダメージ受けにくいことも条件として挙げられています。調剤を行う区域の空調は、HEPAフィルターなどにより、それぞれの部屋や区域において望まれる空気清浄度に管理され、調剤業務を行う際もその条件が維持されることが求められます。環境の清浄度を維持し、環境汚染を防ぐために、調剤を行う区域への職員の出入り、物品の搬入などは最小限とすることが推奨されています。

無菌調剤区域における清浄と消毒

無菌調剤業務を行う区域の清浄と消毒は、それぞれの業務シフトのはじめと、こぼれや環境品質不適合のあった場合に、調剤職員が実施します。直接混合作業を実施する作業表面については、混合作業前に全ての物品を片付け、こぼれた原料や残留物を取り除いたあと、残留しない消毒薬を適用します。消毒薬は殺菌効果を発揮するのに十分な時間、表面に残るように適用し、使用する消毒薬の例として、アルコールが挙げられています。(米国ではイソプロパノール(IPA)が繁用されているため、具体的にはIPAが例示されていますが、消毒用エタノールでも同様に使用できます。)

本ガイドラインは、Buffer area、anteroomなどの作業表面は、少なくとも毎日清浄と消毒を行うと勧告しています。清浄・消毒に使用する薬剤は、適合性、有効性、不適切な又は毒性のある残留物について注意深く配慮して使用します。勧告されている無菌調剤区域の清浄と消毒の最低限の頻度を表に示します。
 

表.無菌調剤区域の清浄・消毒の最低限の頻度
部位 最低限の頻度
ISOクラス5
(CAI、BSCなど)
それぞれのシフトのはじめ
カウンター、容易に清浄化できる作業表面 毎日
毎日
壁、天井、保管棚 毎月

※米国連邦規格209D:クラス100に該当2)

ただし、CAIやBSCの周辺にすぎない床や壁などの周辺環境消毒によって、輸液調剤における微生物汚染の確率を、どの程度減少させることができるかに関するエビデンスは、まだ豊富には存在しません3)4)5)。したがって、EBMの観点からは、医療機関内の輸液調剤において、どの程度の環境消毒をするべきであるかは未解決事項と言えます。

調剤に用いる物品や装備は消毒薬(アルコールなど)で消毒します。バイアル、ボトルのゴム栓、アンプルはアルコールにより清拭消毒を行います。アルコールによる消毒を行う場合は、少なくとも30秒間表面に残るように行います。

調剤職員の手指衛生と服装

人体からは扁平上皮細胞が106個以上/時の割合で落ちるとされ、これら皮膚の微粒子には微生物が含まれています。調剤職員から落ちる微粒子は、CSPsの微生物汚染のリスクの増加を引き起こすと考えられています。そのため、調剤職員の手指・腕の洗浄と防護装備の適切な着用は、CSPsの微生物汚染を防ぐ最初の重要なステップとなります。また、化粧をしている場合と同様に、発疹、日焼け、結膜炎などがある場合は、微粒子を落とす割合がより多いと考えられるため、このような症状のある職員は状態が改善するまで調剤区域には入らないようにすべきとされています。

標準的な手指衛生・防護装備着用の手順として、調剤職員は清浄区域に入る前に、まず上着類、化粧、全ての装飾品をはずします。つけ爪は禁止されており、爪は短く整えます。専用の靴、靴カバー、フェイスマスクなどを着用したあと、爪の裏側をネイルクリーナーと流水により洗い流し、 anteroom/ante-areaにおいて、手指・腕・肘までを少なくとも30秒間、普通の石けんまたは抗菌性石けんと流水で手を洗います。使い捨てタオルまたは自動手指乾燥機により完全に乾燥させた後、ディスポガウンを着用します。さらにbuffer room/buffer areaにおいて、持続効果のあるアルコール製剤、つまり手術用速乾性手指消毒薬にて手指の消毒を行い、完全に乾燥させた後に滅菌手袋を着用します。使用するアルコール製剤としては、0.5%~1.0%グルコン酸クロルヘキシジン含有のアルコール製剤が挙げられています。これら手指衛生手順がすべて完了した後に、調剤業務を開始します。

終わりに

日本においても、薬剤部における感染制御に関連する業務のひとつとして、薬剤部内での注射薬の無菌的混合(無菌製剤業務)が挙げられています6)。しかし、注射薬などの混合調製を病棟で行う医療施設もまだ多いと考えられ、その際の注射薬の微生物汚染の危険性などが指摘されています2)7)。注射薬、輸液などの汚染による患者の微生物感染の危険性を考慮すると、無菌製剤は可能なかぎり薬剤部内において無菌的に混合・管理することが望ましいと言えます。


<参考文献>

1.USP <797>Pharmaceutical Compounding‐Sterile Preparations.
http://www.usp.org/pdf/EN/USPNF/PF797.pdf

2.鍋島俊隆、杉浦伸一、東海林徹他:
高カロリー輸液の調製に関するガイドラインの策定.
日病薬誌.2004;40(8):1029-1037.

3.保土田誠一郎、青山隆夫、佐藤綾子ほか:
高カロリー輸液調製時のクリーンルーム及びクリーンベンチ内環境に影響を及ぼす因子の定量的解析.
薬学雑誌.1999; 199:921-928.

4.Whyte W, Young PV, Tinkler J, et al.:
An Evaluation of the Routes of Bacterial Contamination Occurring During Aseptic Pharma-ceutical Manufacturing.
J Parenter Sci Technol.1982;36:102-107
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?db=pubmed&cmd=Retrieve&dopt=AbstractPlus&list_uids=7097451&query_hl=5&itool=pubmed_docsum

5.Whyte W.
The Influence of Clean Room Design on Product Contamination.
J Parenter Sci Technol. 1984;38:103-108.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/entrez/query.fcgi?db=pubmed&cmd=Retrieve&dopt=AbstractPlus&list_uids=6747777&query_hl=8&itool=pubmed_docsum

6.小林寬伊、吉倉 廣、荒川宜親ほか編集:
エビデンスに基づいた感染制御 第2集-実践編.東京.
メヂカルフレンド社.2003.

7.豊口義夫、仲川義人:
高カロリー輸液の調製時およびセット交換時の細菌汚染について.
Pharmacy Today.1991;4:27-33.


2007.02.28 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

感染対策情報レター

Y's Letter