感染対策情報レター

自然災害時における病院感染対策

はじめに

災害には台風・洪水・地震などの自然災害のほか、都市火災・テロなどの人為災害、その他放射能汚染・有害物質による汚染等などがあります。自然災害は他の災害と比べ2次災害として感染症が発生しアウトブレイクする恐れが高いため、災害時の感染対策を準備しておく必要があります。以下、自然災害時における病院感染対策について述べます。

災害時における感染症について1)

自然災害の種類と規模、発生後の経過時間、地域、季節(温度、湿度)により、災害後に発生し易い感染症が異なります。災害発生後に発生し易い感染症の経過時間ごとの分類は以下のとおりです。

1.災害発生直後~3日以内
外傷、熱傷、骨折等の患者が搬送されてきます。災害時の外傷部分は汚染されていることが多く、創感染の危険性(特に破傷風)が増加します。

2.災害発生後3日~復旧まで
 1.避難所にて集団生活している者
衛生状態の不良や避難生活の長期化に伴う心身の疲労などから、季節により感冒、インフルエンザ、感染性胃腸炎、結核や麻疹などの感染症が発生することが考えられます。また、外傷に病原体が侵入し、創感染する(特に破傷風)恐れがあります。
 2.医療従事者や入院患者
通常とは異なる環境から心身疲労により免疫力が低下し、感冒、インフルエンザなど感染症を発症する恐れがあります。外来患者-医療従事者-入院患者の経路で感染が伝播する危険性が通常より増加します。

災害時の病院感染対策1)2)

原則として通常の病院感染対策(標準予防策)を実施します。

1.災害発生直後~3日以内
外傷を負った患者が搬送されて、血液・体液に接触する恐れがあるため手袋・ガウンを着用します。血液・体液のしぶき・飛沫が発生するような手技・ケアをする場合には追加してマスク・保護眼鏡を着用します。

2.災害発生後3日~復旧まで
外来に感冒、インフルエンザ、感染性胃腸炎などの感染症の患者が増加するため呼吸器衛生/咳エチケットを徹底し、必要に応じて飛沫・接触予防策を追加します。咳のある患者にはマスク着用を指導します。季節により、小児や高齢者など免疫が弱い者に対してはインフルエンザワクチンの接種も考慮します。

災害時の滅菌・消毒1)2)3)

災害時では医療を行うために病院内における電気、水道、ガスなどのライフラインの確保・整備が重要です。電気システムが破壊されると、空調管理(空気感染対策上の陰圧室、手術室など陽圧室などの管理)や器械による器具滅菌が不可能となります。断水や水道管の破裂、下水道の逆流、洪水による浸水などの水害が発生すると、水の供給が制限され、あるいは確保不能となり、または汚染により使用不可となります。水道、電気、ガスを確保できる場合は通常の滅菌・消毒を行いますが、制限される場合や確保不能、使用不可の場合はアルコールを使用した消毒や水での希釈を必要としない消毒薬を用いた消毒方法を選択します。器具は滅菌再生しない使い捨てのキットを使用します。なお、耐熱性器具であれば、釜(できれば圧力釜)と薪による煮沸消毒を行なうことができるため、そのための準備をしておくことは有益な対策であると思われます。

1. 手指衛生
・手が目に見えて汚れていないかまたはタンパク性物質によって汚染されていない場合には速乾性手指消毒薬を使用します。
・手が目にみえて汚れているかタンパク性物質によって汚れている場合には石けんと清潔な水(ボトル入りの水または配給された水)で手を洗います。
患者にも同様のことを指導します。

2. 創傷部位
止血を優先します。創傷部位が汚染されていることが多いため洗浄をします。洗浄後、ポビドンヨード液、ベンザルコニウム塩化物、ベンゼトニウム塩化物、クロルヘキシジングルコン酸塩で消毒します。ただし、クロルヘキシジングルコン酸塩の粘膜適用にはアナフィラキシーショックを起こす恐れがあるため禁忌となっています。災害時における外傷は深く、また粘膜部分が露出している場合があるためクロルヘキシジングルコン酸塩の使用をできるだけ避け、使用する場合には浅い創傷部位にとどめます。

3. 消毒薬の選択
 1. 水で希釈せずに使用できる消毒薬を使用します。
 例:消毒用エタノール、10%ポビドンヨード液、0.05~1%次亜塩素酸ナトリウム液、0.01~0.2%ベンザルコニウム塩化物液、0.02~0.5%クロルヘキシジングルコン酸塩液など。
 2. 一包化してある消毒薬含有綿製品も活用します。
 例:アルコール綿、ポビドンヨード綿棒など。

4. 環境・物品 2007.08.06更新
外傷を負った患者が多く搬送されるため、血液が環境・物品に付着するおそれがあります。血液を拭き取った上で0.1%次亜塩素酸ナトリウム液(血液自体には0.5~1.0%)などを使用します。

米国疾病予防管理センター(CDC)ガイドライン

CDCの「医療保健施設における環境感染制御のためのガイドライン」3)は災害時における感染対策について次のように勧告しています。
 

【下水があふれた場合、洪水で浸水した場合またはその他水に関連した緊急事態の場合】

1.手指衛生
1.手が目に見えて汚れていないかまたはタンパク性物質によって汚染されていない場合には、以下の場合アルコールを基剤とした手指衛生を実施する。
 1.侵襲的処置をする前
 2.各患者に接触する前後
 3.手指衛生が必要であるときはいつでも
2.手が目にみえて汚れているかタンパク質性物質で汚れている場合には石けんとボトル詰めされた水で手を洗う。

2.器具
・飲料水システムが浸水や下水汚染により影響を受けていない場合は通常の方法で手術器具を滅菌する。

3.施設の復旧について
1)硬い表面の設備、床または壁が良好な状態に戻るようであれば、72時間以内に乾燥を確保する。清掃は通常の手順で洗浄剤を使用して清掃する。
2)木製の家具や木製の物品は(まだ良好な状態に戻るようであれば)洗浄し、完全に乾燥させた後ニスまたは他の塗装を修復する。
3)水害の原因に関わらず(例:洪水と水道管あるいは屋根からの水漏れ)、簡単にかつ完全に洗浄ができ、72時間以内に(湿度計測定20%以下)に乾燥ができない場合、湿っている吸水性の物品(例:カーペット、ウォールボード、壁紙)、布製の物品は廃棄する。建築専門家によって基盤構造が完全に乾燥したと宣言されたらできるだけ早く新しい資材に取りかえる。

【緊急時における空気感染対策のための陰圧室または免疫不全患者のための陽圧室、手術室の陽圧管理について】
換気装置が使用できない場合には予備の換気装置(例:持ち運びできるファンやフィルター)を使用し、速やかに換気システムを復旧する。

終わりに

2007年4月1日、医療法の一部が改正され、厚生労働省医政局長名にて「災害時における医療」と「院内感染対策」について、(1)都道府県は医療計画の中で災害時における医療を定めること(2)災害時において医療提供施設相互の医療連携体制に関する事項を定めること、また医療施設は院内感染対策を講じなければならないことなどが通知されています4)


<参考文献>

1.日本薬剤師会:
薬局・薬剤師の災害マニュアル-災害時の救援活動と平時の防災対策に関する指針-.
平成19年(2007年)1月17日

2.太田宗夫、近藤達也、金川修造他.:
自然災害発生時における医療支援活動マニュアル.
平成16年度 厚生労働科学研究費補助金 特別研究事業「新潟県中越地震を踏まえた保健医療における対応・体制に関する調査研究」

3.CDC:
Guidelines for Environmental Infection Control in Health-Care Facilities.
MMWR 2003;52(RR-10).
http://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/rr5210a1.htm

4.厚生労働省医政局長通知.
良質な医療を提供する体制の確立を図るための医療法等の一部を改正する法律の一部施行について.
医政発第03300010号.平成19年3月30日.


2007.06.12 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

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