感染対策情報レター

CDC隔離予防策のためのガイドライン2007について

はじめに

現在、医療施設における感染対策の基本として、日常的に隔離予防策(標準予防策、感染経路別対策)が行われています。この隔離予防策は1996年に CDC(Centers for Disease Control and Prevention)より公表された「病院における隔離予防策のためのガイドライン」を根拠として実施されています。2007年6月27日、この隔離予防策ガイドラインの改訂版「隔離予防策のためのガイドライン:医療現場における感染性物質の伝播の予防、2007」がCDCより公開されました1)
今回改訂されたガイドラインは、急性期病院から訪問ケア施設、外来診療、開業施設、長期療養施設などすべての医療機関を対象とした内容となっており、すべての医療現場において感染対策の基本として標準予防策を再度主張すること、感染経路別予防策を実施することの重要性を再度強調することなどがガイドラインの目標として挙げられています。
以下、改訂された隔離予防策ガイドラインの概要について述べます。

用語の変更・追加

今回の改訂では、従来のガイドラインから4つの用語が変更・追加されています。

・「Healthcare-associated infection(HAI:医療関連感染)」
急性期病院から他の医療施設(訪問ケア施設、外来診療、開業施設、長期療養施設など)へ医療提供の場の移行があり、感染性微生物の曝露や感染が成立した場所を確定することの困難さを反映し、新たにHAIという用語が用いられることとなりました。これは、すべての医療施設において医療の提供により引き起こされた感染を言及するために用いられます。 従来より用いられていた「nosocomial infection(院内感染)」は病院内で獲得した感染のみを述べた用語として保持されています。

・「Respiratory Hygiene/Cough Etiquette(呼吸器衛生/咳エチケット)」
標準予防策に新たに追加された用語であり、医療施設に入るすべての人(職員、患者、訪問者を含む)に対して適用する対策となります。この対策はSARS流行の経験から導き出された勧告であり、後述の標準予防策の追加項目にて概要を述べます。

・「Airborne Infection Isolation Room(AIIR:空気感染隔離室)」
空気予防策において、新たにAIIRという用語が補足されました。この用語は、「医療保健施設における環境感染制御のためのCDCガイドライン」2)、「医療環境における結核菌の伝播予防のためのCDCガイドライン2005」3)、「病院のデザインおよび建築のための米国建築家協会(AIA)ガイドライン2006」4)との調和により追加されたものです。

・「Protective Environment(防護環境)」
造血幹細胞移植(hematopoietic stem cell transplant:HSCT)患者を対象として、通常移植後100日間(場合によりさらに長期間)の最も感染のリスクの高い期間に行われる対策となります。この対策はHSCT患者へ医療提供する急性期病院のみに適用されるもので、空気中の真菌胞子数を最小限とし、環境真菌感染症の危険性を減らすことを目的としています。

ガイドラインの構成

改訂されたガイドラインは第Ⅰ部~第Ⅳ部に分けて構成されています。第Ⅰ部では医療現場における感染性微生物の伝播に関する科学的データのレビュー、第Ⅱ 部では医療現場における感染性微生物の伝播予防のための基本要素、第Ⅲ部では感染性微生物の伝播予防のための予防策が述べられており、第Ⅳ部にて勧告が示されています。
第Ⅰ部~第Ⅳ部のほか、特定の感染症及び症状に対して推奨される予防策の種類と期間についてまとめた付録や、重要な情報を要約した表として、隔離予防策のためのガイドラインの歴史、診断が確定するまで感染経路別対策を追加する臨床症候群または症状、バイオテロとしての最優先感染症(CDCカテゴリーA)の感染対策に考慮すべきことなどをまとめた表が作成されています。また、個人防護具(PPE)の安全な着脱法の例も新しく図で示されています。第Ⅰ部~第Ⅲ 部の主な内容は下記の通りです。

[第Ⅰ部]
推奨された予防や制御方法を支持する科学的文献をレビューしており、1996年のガイドラインのように伝播リスクに影響する要因などを詳細に記述しています。新たな追加事項としては、バイオエアロゾルについての議論や疫学的に重要な微生物の定義について、また特別な感染制御を必要とする病原体(ノロウイルス、SARS、カテゴリーAのバイオテロリスト微生物など)に関する情報などが示されています。また、この項では特別な医療施設や患者集団に関連した感染リスクについての情報も紹介しています。
病原性微生物の伝播様式については、従来のガイドライン同様、接触感染・飛沫感染・空気感染の3つが主な伝播経路として示されています。今回の改訂においては、従来は空気感染では伝播しないと考えられていた病原体について、特殊な状況下における空気感染への可能性について議論されています。
空気感染は基本的には従来通り、感染性微生物を含んだ飛沫核(通常5μm未満)を吸入することで感染が起きるとされています。空気感染を起こす微生物としては、結核菌、麻しんウイルス、水痘ウイルスが挙げられており、これらの病原体の拡散を防ぐため、特別な空気処理や換気(AIIRなど)の対策が必要としています。また、天然痘は通常接触または飛沫感染により伝播しますが、まれな状況下では、空気中での長距離の伝播を示唆するデータが公開されていることから、天然痘に対してもAIIRの対応が推奨されています。
2002年のSARSの出現、2003年の米国へのサル痘の輸入、トリインフルエンザの出現では、感染経路の可能性に関する情報の不一致や不確実性により、それらの感染経路の指定はまだ検討されている段階です。SARSウイルスは主に接触感染や飛沫感染により伝播すると考えられていますが、証明されていないものの限定された距離(室内など)においては空気感染することが示唆されています。また、インフルエンザウイルスやノロウイルスなどの感染性微生物においても、状況によっては空気感染が示唆されることが示されています。
また、SARSの伝播経路を評価する際に、RoyとMiltonによりエアロゾル伝播の新しい分類が提案され、1)絶対的、2)優先的、3)日和見的の3 つの分類が示されました。この概念的な枠組みは、通常は他の感染経路によって伝播する微生物が、まれに空気伝播することを説明できるとしています。

[第Ⅱ部]
従来のガイドラインに含まれていた手指衛生、バリア予防策、安全業務手順、隔離予防策の基本原則の情報を示しています。新たな追加事項としては、伝播リスクに影響を与える医療システムの構成要素についての情報が述べられています。重要な管理上の優先事項としては、適切な感染制御スタッフの配置の必要性などが挙げられており、伝播リスクに影響する他の要因(職員の推奨された感染制御手技の遵守など)についても議論されています。

[第Ⅲ部]
HICPAC(Healthcare Infection Control Practices Advisory Committee)およびCDCによって作成された予防策のカテゴリーが示されており、さまざまな医療施設での適用についての案内が述べられています。感染経路別予防策が接触、飛沫、空気に分類されることについては、1996年のガイドラインと同様です。標準予防策においては新たに3つの項目が追加され、さらに、造血幹細胞移植患者のための防護環境についても述べられています。

標準予防策への追加項目について

第Ⅲ部の標準予防策において、「呼吸器衛生/咳エチケット」「安全な注射手技」「特別な腰椎穿刺手技での感染制御策」の3つの項目が追加されました。

「呼吸器衛生/咳エチケット」

2003年に世界各地で発生したSARSのアウトブレイクの際には、救急外来の患者やその家族によるSARSウイルスの伝播が問題となり、医療現場での最初の受診時に感染制御策を迅速に実施する必要性が認識されました。そのため、今回の改訂において、標準予防策に「呼吸器衛生/咳エチケット」として新たな対策が追加されました。この対策は、未診断の呼吸器感染症の患者や同伴の家族などを対象としたもので、咳や充血、鼻水、呼吸器分泌物の増加などの症状があるすべての人に対し、医療施設に入るときに適用されます。
「呼吸器衛生/咳エチケット」には、「医療施設のスタッフ、患者、面会者を教育する」「適切な言語を用いた患者・同伴家族・友人への教育ポスターを使用する」「感染源制御対策(咳のあるときはティッシュペーパーで口と鼻をおおい、使用したティッシュペーパーは迅速に廃棄し、咳をしている人には外科用マスクを着用させるなど)を実施する」「呼吸器分泌物に触れた後は手指衛生を実施する」「一般待合室では呼吸器感染のある人から空間的距離(理想的には約1m以上)を空ける」ことが含まれています。
くしゃみや咳を覆い、咳をしている人にマスクをさせることによって、呼吸器分泌物が空気中に拡散させなくすることは、感染源の封じ込めとして証明済みの方法であり、マスクをすることが困難な場合には、感染者と感染していない人との距離を確保することが望ましいとしています。また、この対策により、呼吸器感染の中でも発熱の見られないことのある百日咳や軽度の上気道感染などの伝播の危険性を減らすことに有効と考えられています。
医療機関においては、入り口及び外来や病院内の効果的な場所にポスターを貼り、呼吸器症状のある人などに、咳やくしゃみをするときには口と鼻をティッシュで覆い、手が呼吸器分泌物に接触した場合は手指衛生を実施することを啓発することが勧告されています。
また、対策のためのティッシュの提供や廃棄用容器、手指衛生のための擦式アルコール手指消毒薬などの手洗い用品の準備やマスクの提供についても勧告されています。

「安全な注射手技」

米国の外来医療施設の患者においてHBV及びHCVの集団感染が4件報告され、調査が行われました。その結果、感染制御策の主な不履行として、「複数回量バイアルや溶液容器(生食バッグなど)に使用済み針を再挿入した」「複数の患者に同じ針、注射器を使用した」ということが判明しました。これらの集団感染は、注射用薬剤の準備や投与のための無菌的テクニックの基本原則の遵守により防ぐことが可能と考えられます。しかし、このような注射手技に関連した集団感染により、医療従事者の一部が感染制御及び無菌テクニックの基本原則を知らない、理解していない、遵守しないことが示唆されます。そのため、すべての医療従事者が推奨されている手技を理解して遵守することが必要とされ、そのための訓練プログラムの再強化が求められています。
勧告では、安全な注射手技として、注射針、注射器などは単回使用とし、他の患者への再使用はしないことが述べられています。また、可能であれば常に単回量バイアルを用いることが推奨されており、単回量のバイアルやアンプルから複数の患者への投与をしないこととしています。その他、複数回量バイアルを用いる場合はバイアルへ使用する針などはすべて滅菌したものでなければならないことなどが勧告されています。

「特別な腰椎穿刺手技での感染制御策」

2004年、CDCがミエログラフィー後に発生した8件の髄膜炎について調査を行ったところ、8件の全症例において、血液や髄液から口腔咽頭細菌叢に一致した連鎖球菌属が検出され、細菌性髄膜炎が示唆されました。処置で用いられた器具や薬剤(造影剤など)は汚染源の可能性は除外され、また7症例から得られた処置の詳細においては皮膚消毒及び滅菌手袋の使用は実施されていたことが明らかになりました。しかし、処置を行ったすべての医師がフェースマスクをしていなかったことから、口腔咽頭の細菌叢の飛沫がこれらの感染の原因である可能性が指摘されました。脊髄処置(腰椎穿刺、脊椎麻酔及び硬膜外麻酔、髄腔内化学療法など)に引き続く細菌性髄膜炎は以前から報告されていたことから、これら脊椎処置時のマスク着用の必要性について議論されていましたが、フェースマスクは口腔咽頭飛沫の散布を限局させることに有効であることから、脊椎処置時のマスクの着用はすべきとの結論に至りました。
ガイドラインでは、ミエログラム、腰椎穿刺、脊椎麻酔または硬膜外麻酔などを行う際には外科用マスクを装着することが勧告されています。

終わりに

従来のガイドラインにおける標準予防策の多くの要素は、医療従事者への感染防御を焦点に作成されましたが、今回の改訂で追加された要素の多くは、患者への感染防御に焦点があてられています。今回新しく示された隔離予防策のガイドラインを参考とすることは、より充実した感染対策の実施へつながると思われます。


<参考文献>

1.CDC:
Guideline for Isolation Precautions:Preventing Transmission of Infectious Agents in Healthcare Settings 2007.
http://www.cdc.gov/ncidod/dhqp/pdf/guidelines/Isolation2007.pdf

2.CDC:
Guidelines for Environmental Infection Control in Health-Care Facilities.
MMWR 2003;52(RR-10).
http://www.cdc.gov/mmwr/PDF/rr/rr5210.pdf

3.CDC:
Guidelines for Preventing the Transmission of Mycobacterium tuberculosis in Health-Care Settings, 2005.
MMWR 2005; 54(RR-17).
http://www.cdc.gov/mmwr/PDF/rr/rr5417.pdf

4.AIA:
Guidelines for Design and Construction of Hospital and Health Care Facilities.In:American Institute of Architects.Washington,DC:American Institute of Architects Press;2006.


2007.09.11 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

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