感染対策情報レター

百日咳の感染対策について

はじめに1)

百日咳は従来、乳幼児の疾患とされてきましたが、近年、成人での感染例の報告が多く問題となっています。2007年、日本においても、大規模な集団感染が報告されています。百日咳は感染症発生動向調査における小児科定点把握の5類感染症であり、全国約3000の定点から毎週患者数が報告されています。百日咳は約4年周期の流行を繰り返すことが知られており、1999~2000年、2004年、2007年は流行周期に該当します。2007年末から患者増加傾向がみられ、 2008年6月現在、急激な患者数の増加がみられており、注意が必要です。
百日咳について、以下に述べます。

百日咳の起因病原体・症状

百日咳は百日咳菌 (Bordetella pertussis)の気道感染によって引き起こされる急性呼吸器感染症です。百日咳菌はグラム陰性桿菌で感染力が強く、飛沫により気道粘膜に伝播します。百日咳の典型的な症状は約7日間の潜伏期間の後、次のような経過をたどります2)

1.カタル期
通常、発熱はまれで、鼻汁、軽い咳漱などで始まり、ほとんどが感冒と診断される。この期間は約1~2週続く。
2.痙咳期
特徴的な咳漱発作がみられる。発作は夜間に多く、短い連続性の咳の後に1回の吸気が続き、ヒューという笛のような音が聞かれる。反復性の激しい咳漱発作のため、静脈内圧が亢進し、顔面が浮腫状態になり、しばしば嘔吐も伴う。この期間は約1~2週続く。
3.回復期
咳漱発作は次第に軽快し、頻度も減少する。全経過2~3か月で治癒にいたる。

しかし、現在問題視されている成人の百日咳の臨床症状は、上記のように典型的でないとする報告が多く、長引く咳が唯一の症状であることが多いとされています1)3)。その咳の特徴は、咳込みによる目覚め、発作性の咳込み、咳が止まらず息苦しい、咳込み後の嘔吐などであったとの報告があります3)4)
また、米国疾病管理予防センター (CDC) では2週間以上続く咳漱に加え、長く続く連続性の咳漱発作、咳漱後の嘔吐、吸気性の笛声(whoop)のいずれかのうち1つ以上の症状があり、かつ他の疾患が除外できた場合を臨床上の百日咳と定義しています5)

ワクチンについて

百日咳対策にはワクチンによる予防が最も効果的であり、ワクチンの普及により世界の百日咳患者数は激減しました。日本においては、1981年から従来のワクチンより副作用の少ない三種混合ワクチンが導入され、患者数は着実に減少しました1)4)6)。しかし、ワクチン接種率の高いアメリカ、カナダ、フランス、オーストラリアにおいてこの20年間で徐々に百日咳患者数が増加し、その増加は従来の乳幼児によるものでなく、青年や成人の患者数増加であるとの報告があります7)8)。 この原因として、小児期の百日咳ワクチン接種後約5~10年経過すると、いったん獲得された百日咳に対する免疫能が弱まり、青年や成人が感受性者になる可能性が考えられています9)10)。そこで米国では小児期の三種混合ワクチン定期予防接種終了後、青年期の三種混合(Tetanus Toxoid , Reduced Diphtheria Toxiod and Acellular Pertussis ; Tdap) ワクチンを2006年から11~12歳児に推奨しています10)11)。日本における百日咳ワクチンの接種は、小児期の三種混合ワクチンの計4回接種で行われています。ワクチン接種の時期は、第1期初回として生後3~90か月 (標準的には生後3~12か月)までの間に3~8週間隔で3回接種し、その12 ~18か月後に1回追加接種します2)。日本では、青年期や成人の百日咳ワクチンはなく、青年期や成人での追加接種は実施されていません。

百日咳の感染対策

百日咳は飛沫によって伝播し、その感染力は非常に強いと考えられています。病因的には毒素性疾患とされており、百日咳毒素(PT)、繊維状赤血球凝集素(FHA)、Pertactin(PRN)、アデニル酸シクラーゼ毒素(ACT)などの病原因子が同定されています2)。飛沫感染することから、標準予防策と飛沫予防策を遵守することが最も重要です12)
また、成人の百日咳では二次感染が問題となっています。成人の感染症例は典型的な症状を示さないことが多いため、まだその認識が薄く、医療関連感染対策もあまり実施されていないのが現状と思われます5)。一方、乳児では母体からの移行抗体が1~2か月で消失するため、乳児期早期から感受性があり、特に6か月未満の乳児では重症化する危険性が高くなります2)。よって、成人百日咳の診断が遅れると幼小児への感染源になり、特にワクチン未接種の乳児へ感染した場合は重篤化するため、正確で迅速な診断が重要となります7)13)。また、百日咳感染リスクを減少させるためにthe Advisory Committee on Immunization Practice (ACIP) は直接患者と接触する医療スタッフと生後12か月以下の乳児に密接に接触する可能性のある成人に対しTdapワクチンを接種することを推奨しています13)

百日咳菌に対する消毒薬の感受性についてはY’s Letter No.33 「レンサ球菌・髄膜炎菌・百日咳菌」をご覧下さい。

終わりに

成人における百日咳は、典型的な症状を示さないことが多いため、気づかれないまま、感染源となってしまうことがあります。そのため、慢性咳漱の原因のひとつとして、百日咳の可能性があることを認識し、他の感染と同様に標準予防策を遵守した上で、飛沫予防策を追加しておこなうことが要求されます。また、小児期の百日咳ワクチン接種後の百日咳に対する免疫能の減弱の可能性が考えられていることから、日本においても百日咳の成人用ワクチンの早期導入が望まれます。


<参考文献>

1.感染症情報センター :
百日咳2005~2007.
IASA 2008 ; 29 : 65-69
http://idsc.nih.go.jp/iasr/29/337/tpc337-j.html

2.長岡千春、加藤達夫 :
百日咳の現状と問題点.
小児内科 2007 ; 39 : 1681-1684

3.岡田賢司 :
成人の百日咳-小児との違い-.
小児科2006 ; 47 : 2033-2041

4.岡田賢司 :
成人百日咳の現状.
感染炎症免疫2006 ; 36 : 90-93

5.原永修作、佐久川廣美、比嘉太、他 :
百日咳院内感染対策の必要性.
環境感染 2007 ; 22 : 242-245

6.岡田賢司 :
わが国における現行のワクチンの今後の課題 DPTワクチン.
臨床検査2004 ; 48 : 375-383

7.野上裕子 :
慢性咳漱の原因疾患としての成人百日咳感染.
アレルギーの臨床 2008 ; 28 : 56-59

8.Halperin SA :
The control of pertussis- 2007 and beyond.
N Engl J Med 2007 ; 356 : 11
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/17215528?ordinalpos=3&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum

9.中野貴司 :
再興感染症としての百日咳―わが国においても対策の大切さを認識しましょう―.
小児科臨床2006 ; 59 : 1637-1680

10.CDC:
Preventing Tetanus, Diphtheria, and Pertussis Among Adolescents : Use of Tetanus Toxoid, Reduced Diphtheria Toxoid and Acellular Pertussis Vaccines.
MMWR 2006 ; 55(RR-3) : 1-44.
http://www.cdc.gov/mmwr/PDF/rr/rr5503.pdf

11.CDC:
Recommended Childhood and Adolescent Immunization Schedule – United States, 2006.
MMWR 2006 ; 54 : Q1-Q4
http://www.cdc.gov/mmwr/PDF/wk/mm5451-Immunization.pdf

12.CDC:
Guideline for Isolation Precautions : Preventing Transmission of Infectious Agents in Healthcare Settings 2007.
http://www.cdc.gov/ncidod/dhqp/pdf/guidelines/Isolation2007.pdf

13.CDC:
Hospital-Acquired Pertussis Among Newborns — Texas, 2004.
MMWR 2008 ; 57 : 600-603.
http://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm5722a2.htm


2008.07.07 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

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