感染対策情報レター

透析室における感染対策

はじめに

慢性血液透析患者は腎不全特有の貧血、栄養障害などにより免疫力が低下しており1)、易感染状態と考えられます。これは現在、感染症が透析患者の死亡原因として最も多く報告されていることからも推察されます2)。また透析室では複数の患者にバスキュラーアクセスが頻回に行われる特殊な環境のため、血液が透析機器などに付着する頻度が高く、血中ウイルスの伝播の可能性が特に高くなっております。このように易感染患者が多く、病原体が伝播しやすい透析室では一般病棟で行われている感染予防策とは異なる、透析室のための特別な予防策が求められています3)4)
以下、血液透析が行われる施設において実施が推奨される感染対策の中で、特に一般病棟とは異なる感染対策を中心に述べます。

透析室のための特別な感染制御策

透析室は血液の飛散が頻繁に発生する特殊性があり、特に血中ウイルスの伝播の可能性が高い環境です。そのためすべての患者について一般病棟におけるよりも血液に対して厳重な標準予防策を行う必要があります3)4)5)。 CDCは透析室における血液媒介感染の制御策として[1]血液媒介ウイルス及び病原性細菌の患者間伝播の予防のために特別にデザインされた感染制御策 [2]B型ウイルス(HBV)及びC型肝炎ウイルス(HCV)感染のための定期的な血清学的検査[3]B型肝炎に感受性のある患者へのワクチン接種 [4]HBs抗原陽性患者の隔離の実施を勧告していますが、今回この中から[1]の患者間伝播の予防のために特別にデザインされた感染制御策、及び [4]HBs抗原陽性患者の隔離についてのみ示します。

患者間伝播の予防のために特別にデザインされた感染制御策

透析室では医療従事者の手指や透析機器、処置台などにおける血液汚染から血中ウイルスが患者間で伝播したことが示唆される症例が報告されており6)、処置・ケアをする場合や透析機器に触れるときは常に手袋を着用し、また適宜ガウンやエプロンを着用します7)。手袋などの個人防護具着用の促進のためには着脱のしやすいように、個人防護具や廃棄容器が近くに設置されていることも重要な要件です。手袋を外した後は手指衛生を行います。手指が見た目に汚れていなければ速乾性手指消毒薬を適用し、血液等見た目に汚れが付着していれば、まず流水と石けんで物理的によく洗い流すことは従来の勧告通りです8)9)10)11)
透析機器や処置台などが血液で汚染された、または汚染された可能性がある箇所は清拭消毒を行います。また各患者の透析終了ごとにも透析装置外装を清拭消毒します。手袋を着用後、該当箇所を次亜塩素酸ナトリウム液(ごく小範囲にのみ適用)または材質によってアルコールを用いて、念入りに清拭します5)7)12)13)
透析室に持ち込まれた物品は血液等によって汚染される可能性があり、これにより血中ウイルスなどが伝播する可能性があるため注射薬等の準備は透析治療区域と区画された場所で行い、薬剤は単回使用や患者専用とします7)。そのため一度特定の患者の透析治療区域に持ち込まれた薬剤や物品は未使用であっても共通の清潔区域に戻したり、別の患者に使用することは控えます3)4)。またCDCはエリスロポエチンなどの単回使用ラベルのある静注用薬剤は複数回穿刺すべきでなく、単回使用のバイアルに一旦針を穿刺した場合には、製剤の無菌性は保障されないことを強調しています3)4)14)

HBs抗原陽性の患者の隔離

新規にHBVに感染した患者で一般に最初に検出される血清学的マーカーはHBs抗原とされており、HBVの感染性の有無を判断する指標の一つとして扱われます。慢性血液透析患者におけるHBVの伝播を予防するため、CDCガイドラインではこのHBs抗原陽性の透析患者は専用の別室で透析を行い、透析装置、使用する器具、衛生材料なども他のHBV感受性患者とは分けることが推奨されています3)4)。しかし、国内におけるガイドラインではHBs抗原陽性患者のみではなく、HBe抗原陽性およびHCV抗体陽性患者も含めて、原則、ベッドを一定の位置に固定し、できる限り個室で透析を行うことを推奨しています7)。専用部屋の用意が困難な場合には感受性患者から離れた場所で透析を実施しますが、この際、HBs抗原陽性患者とHBV感受性患者の間にHBVに免疫のある患者を配置すると緩衝の役割を期待することができます3)4)

バスキュラーアクセス(シャント穿刺)の皮膚消毒

血液透析患者はバスキュラーアクセスの感染から重症な敗血症に至ることがあるため、適切な消毒を行うことがとても重要です1)。血管カテーテルなどの穿刺部位の皮膚消毒に使用される消毒薬として10%ポビドンヨード製剤、クロルヘキシジン製剤、アルコールなどが挙げられますが1)7)15)16)17)、この他、ポビドンヨードまたはクロルヘキシジンとアルコールを配合した10%ポビドンヨードアルコール製剤、クロルヘキシジンアルコール製剤も推奨されています11)。これらアルコール配合の両製剤はポビドンヨードまたはクロルヘキシジンの数時間にわたる殺菌効力の持続およびアルコールの殺菌効力の速効性、速乾性を特長としています。

おわりに

透析室は頻繁に血液が飛散する特殊な環境のため血液汚染箇所からの伝播の可能性が増しており、この経路を遮断することが重要です。感染経路の遮断策としては標準予防策の遵守に加えて、手袋を頻繁に交換する、透析患者毎に周囲の環境表面の消毒を行うなど、一般病棟と比べ厳重な伝播予防策の実施が求められます。


<参考文献>

1.秋葉隆編集.
透析医療における感染症予防・治療マニュアル.
日本メディカルセンター,東京,2005.

2.日本透析医学会統計調査委員会:
わが国の慢性透析療法の現況.
2007年12月31日現在.at
http://docs.jsdt.or.jp/overview/pdf2008/p017.pdf

3.矢野邦夫訳.
慢性血液透析患者における感染予防のためのCDCガイドライン. メディカ出版,大阪,2001.

4.CDC:
Recommendations for preventing transmission of infections among chronic hemodialysis patients.
MMWR 2001;50(RR-5):1-45.
http://www.cdc.gov/mmwr/PDF/rr/rr5005.pdf

5.小林寬伊,大久保憲,吉田俊介.
病院感染対策のポイント.
協和企画,東京,2005.

6.Abacioglu YH, Bacaksiz F, Bahar IH, et al:
Molecular Evidence of Nosocomial Transmission of Hepatitis C Virus in a Haemodialysis Unit.
Eur J Clin Microbiol Infect Dis 2000;19:182-86.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10795590?ordinalpos=3&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum

7.秋葉隆ほか:
透析医療における標準的な透析操作と院内感染予防に関するマニュアル (三訂版).2008.at
http://www.touseki-ikai.or.jp/htm/07_manual/doc/20080627_kansen.pdf

8.大久保憲訳,小林寬伊監訳.
医療現場における手指衛生のためのCDCガイドライン.
メディカ出版,大阪,2003.

9.CDC:
Guideline for Hand Hygiene in Health-Care Settings.
MMWR 2002;51(RR-16):1-45.
http://www.cdc.gov/mmwr/PDF/rr/rr5116.pdf

10.大久保憲:
手洗いと手指消毒.小林寬伊,吉倉廣,荒川宜親ほか編集:エビデンスに基づいた感染制御‐第2集‐実践編.
メヂカルフレンド社,東京,2003;3-13.

11.Pratt RJ, Pellowe CM, Wilson JA, et al:
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J Hosp Infect 2007;65:S1-S59.
http://www.epic.tvu.ac.uk/PDF%20Files/epic2/epic2-final.pdf

12.倉辻忠俊,切替照雄訳,小林寬伊監訳.
医療保健施設における環境感染制御のためのCDCガイドライン.
メディカ出版,大阪,2004.

13.CDC:
Guidelines for Environmental Infection Control in Health-Care Facilities.
MMWR 2003;52(RR-10). http://www.cdc.gov/mmwr/PDF/rr/rr5210.pdf

14.CDC:
Infection Control Requirements for Dialysis Facilities and Clarification Regarding Guidance on Parenteral Medication Vials.
MMWR 2008;57:875-876.
http://www.cdc.gov/mmwr/PDF/wk/mm5732.pdf

15.矢野邦夫監修,冨山広子編集.
透析室の感染対策パーフェクトマニュアル CDCガイドラインを実践!.
メディカ出版,大阪,2007.

16.矢野邦夫訳.
血管内カテーテル由来感染予防のためのCDCガイドライン.
メディカ出版,大阪,2003.

17.CDC:
Guidelines for the Prevention of Intravascular Catheter-Related infections.
MMWR 2002;51(RR-10):1-29.
http://www.cdc.gov/mmwr/PDF/rr/rr5110.pdf


2008.09.24 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

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