感染対策情報レター

感染性胃腸炎における感染対策-ノロウイルスを中心に-

はじめに

感染性胃腸炎は近年増加傾向にあり、とくにノロウイルスは少量でも感染性があることから、感染性胃腸炎に対する感染対策を適切に行うことが肝要です。感染性胃腸炎の感染対策について、ノロウイルスを中心に最近の情報を含め以下に述べます。

感染性胃腸炎の主な起因病原体・症状

感染性胃腸炎の起因病原体には細菌、ウイルス、寄生虫が挙げられ、症状は起因する病原体により異なりますが、主に嘔気、嘔吐、下痢、発熱、腹痛を発症します。原因となる細菌には、Pathogenic Escherichia coli(病原性大腸菌)、Salmonella spp.(サルモネラ属)、Shigella spp.(赤痢菌属)、Yersinia enterocolitica(エルシニア・エンテロコリチカ)、Vibrio spp.(ビブリオ属)、Campylobacter spp.(カンピロバクター属)、Listeria monocytogenes(リステリア・モノサイトゲネス)などがあります。原因となるウイルスには、Norovirus(ノロウイルス)、Rotavirus(ロタウイルス)、 Astrovirus(アストロウイルス)、Adenovirus(アデノウイルス)、Sapovirus(サポウイルス)などがあります。原因となる寄生虫にはクリプトスポリジウム、アメーバ、ランブル鞭毛虫などがあります。

細菌による感染性胃腸炎は夏に多く、ウイルスによる感染性胃腸炎は冬に多くみられる傾向があります。

感染性胃腸炎の起因病原体の感染経路

感染性胃腸炎は感染症予防法の5類感染症定点把握(小児) として指定されています。定点把握によると感染性胃腸炎は秋~冬にかけて多く発生し、ノロウイルスの起因が多く占めています。国立感染症研究所感染症情報センターによると、2007年9月~2008年6月においてはノロウイルスの集団感染発生645件中338 件がヒト-ヒト感染の疑い、141件が食品媒介の疑い、166件が感染経路不明となり、ヒト-ヒト感染によると思われる経路が多く報告されています(2008年8月12日報告)1)。その他の微生物による感染性胃腸炎についても同様に食品媒介あるいはヒト-ヒト感染の経路による伝播が主となります。

ノロウイルスの感染経路

ノロウイルスの主な感染経路には、上述のとおり食物媒介とヒト-ヒト感染があります。食物媒介としては二枚貝の汚染が有名な感染経路として挙げられ、ヒト-ヒト感染としては、糞便、嘔吐物に接触あるいはそれに接触した媒介物を経由して微生物を経口摂取することによる接触感染が挙げられます。しかしながら、上記の接触感染では説明し難い感染経路によるノロウイルスの集団感染事例も報告されています2)3)4)5)
報告事例では、ノロウイルスを含んだ感染性粒子が嘔吐の過程でエアロゾル化されて、それを吸入したことが感染原因であるという説が立てられています。また日本におけるノロウイルスによる集団感染の事例においても、嘔吐物の処理後、カーペットに残留したノロウイルスを含む粒子が乾燥し、多数の人が歩くことにより、又は掃除機を使用することにより舞い上がり吸入されて感染が拡がった可能性が示唆されています6)。これらの報告から、糞便や嘔吐物を処理する際に感染性粒子を含むエアロゾルや塵を吸入しないよう、作業時にマスクを着用することは感染防止としては有益と考えられます5)

嘔吐物の処理について

感染性胃腸炎の集団発生を防ぐためには嘔吐物の処理を適切にかつ速やかに行うことが重要です。嘔吐物の処理時には、嘔吐物が付着しないようにエプロン、手袋、マスクを着用します。嘔吐物がどの程度まで飛散しているか確認し、飛散した嘔吐物をくつ底などにできる限り付着させずに拭き取り、嘔吐物消毒を行います。嘔吐物は、広範囲に飛散していることを考慮して十分な範囲の清掃と消毒を実施します。
嘔吐物を処理した後には、石けんと流水による手洗いの後に速乾性手指消毒薬を適用、または、ポビドンヨードスクラブと流水で手洗いします。

ノロウイルスの環境からの伝播の事例

ノロウイルスの集団感染では、ノロウイルスが環境から検出されており、環境を介して感染が拡がったと推定される事例が報告されています7)8)9)。これらの報告では手指衛生の強化など様々な感染対策をし、環境表面を消毒、清浄化してアウトブレイクが収束しています。このようにノロウイルス感染に対しては、環境を介して感染が拡がる可能性があるため、種々のガイドラインでは環境の消毒、清浄化を勧告しています5)10)11)。とくにCDCの隔離予防策のためのガイドラインでは明らかに汚れていない場合でも、トイレに焦点をあて清掃と消毒を実施すること、伝播が継続している場合には次亜塩素酸ナトリウムが必要であることを勧告しています5)※1

※1 医療機器やパソコン等の電子機器に過度に洗浄剤と消毒薬を使用すると、機器の燃焼や破損、機器の故障、医療従事者の火傷等が発生する恐れがあるので、使用は控えます。製造販売業者の添付文書や取り扱い説明書に従って清掃します12)

とはいえノロウイルス対策として、環境を消毒、清浄化するだけでは不十分です。感染対策の基本となる手指衛生を遵守しなければ、自己に対する接触汚染防止もできず、消毒後に再汚染された環境を経由した交差汚染も防止できないことを念頭におく必要があります。環境をいくら消毒、清浄化しようとしても無菌化することは不可能であるため、すべての感染対策の基本として日常的に手指衛生を遵守することが最も重要な対策となります。

感染対策

ノロウイルスを含めた感染性胃腸炎の感染対策を以下に示します。

感染性胃腸炎の感染対策としては、排泄物は感染性があるものとみなして日常的に行う標準予防策が基本となります。
すべての患者について糞便・嘔吐物に接触する場合は必ず手袋を着用し、手袋の着用の有無にかかわらず、接触後には手洗いを行います。感染症例に失禁や嘔吐があり、特に乳幼児でおむつを着用している場合など、感染症例の周辺環境が汚染されている可能性が高い場合には、ガウンの着用など接触予防策を追加して行います。
感染症患者の糞便・嘔吐物を処理する場合には、ウイルスが糞便・嘔吐物からエアロゾル化する可能性があるため、状況に応じてマスクを着用することも有益と思われます。

消毒

【手指衛生】
石けんと流水による手洗いの後、速乾性手指消毒薬を適用。またはポビドンヨードスクラブと流水で手洗い。

【環境・物品】
糞便・嘔吐物・トイレに焦点をあてた対策を行います。

・糞便は水洗トイレに流す。失禁のある場合は紙おむつを適用し焼却処理
・患者の使用したベッドパンは、フラッシャーディスインフェクター(ベッドパンウォッシャー)で90℃1分間の蒸気による熱消毒。熱消毒できない場合には、洗浄後に1,000ppm次亜塩素酸ナトリウム液に30分間浸漬、または2%グルタラールに30分~1時間浸漬
・患者の使用したトイレの便座、フラッシュバルブ、ドアノブなど直接接触する部分を、1,000ppm次亜塩素酸ナトリウムまたはアルコールで清拭※2
・汚染されている可能性が高い場合には、患者周辺の直接接触する床頭台、オーバーテーブル、洗面台などを1,000ppm次亜塩素酸ナトリウムまたはアルコールで清拭※2

※2 実務上において次亜塩素酸ナトリウムによる消毒を行うことが困難な場合があると考えられる場合に、消毒用エタノールを含浸させたペーパータオルで念入りに清拭します。ノロウイルスを物理的に除去する効果と、後述のように10分の1程度であるが、エタノールのノロウイルス不活性化作用の双方を期待しての消毒法です。

・共有のコンピューターのキーボードのようにクリーニングすることが難しいものは、日常から適切な防護カバーを用いることが望ましい。
・患者が使用した寝衣、リネンは熱水洗濯(80℃10分間)。熱水洗濯できない場合は、1,000ppm次亜塩素酸ナトリウムのすすぎ水への30分間浸漬
・患者は原則としてシャワー浴により入浴し、なるべく浴槽に入らない。浴槽に入る場合にはその日の最後とし、入浴後浴槽内の水を流して十分に洗浄剤と水で洗う。
・患者が使用した給食食器などの洗浄は通常どおり熱水と洗剤にて行う。
床など直接接触しない環境の消毒は通常 必要ないが、排泄物などで直接汚染された場合には排泄物などを念入りに拭き取り、1,000ppm次亜塩素酸ナトリウムで清拭
・業務用の高温スチーム掃除機(吐出蒸気100℃以上)を利用して汚染されたじゅうたんなどの処理も考えられますが、じゅうたん内部の到達温度が不明なためその効果は保証されていない。

【アルコールのノロウイルスへの消毒の効果について】

CDCの「隔離予防策のためのガイドライン2007」ではノロウイルスに対して「アルコールの活性は低いが、速乾性手指消毒薬が汚染除去に効果がないというエビデンスはない」と記述されています5)

なお、アルコールに関してはノロウイルスの代替ウイルスであるネコカリシウイルスにおける不活性化の報告がいくつかあります。これらの文献から総合すると、80v/v%付近のエタノールはノロウイルスの代替ウイルスであるネコカリシウイルスの量を10分の1(1 log reduction)程度に不活性化できることがほぼ確実であることから、ノロウイルスに対しても10分の1程度に不活性化できると推定されます。これは通常の手指消毒効果としては、低すぎる値ですが、念入りな手洗いによりウイルス量を100分の1程度までまず除去し、さらに速乾性手指消毒薬を適用し10分の1とすることで、全体として1000分の1程度に減少させることができると期待されます。
詳細についてはY’s Letter Vol.2 No.20「ノロウイルスの消毒-エタノールの使い方を中心に-」をご覧ください。
また、感染性胃腸炎については、Y’s Letter Vol.1 No.20「細菌による感染性胃腸炎について」Y’s Letter Vol.1 No.21「ウイルスによる感染性胃腸炎について」もご覧ください。

終わりに

感染性胃腸炎の対策は糞便・嘔吐物・トイレに焦点を当てた対策を行うことがポイントになります。嘔吐物を処理する際には、感染性粒子がエアロゾル化あるいは舞い上がる可能性があるため、吸入を防ぐにはマスクを着用することが感染防止に有益です。交差感染を防ぐためには、日常的に手指衛生を遵守し、汚染された箇所または汚染されている可能性のある箇所については清掃と消毒を行います。環境を無菌化することは不可能ですので、環境に対して消毒薬を過剰に使用することは控えるべきです。


<参考文献>

1.国立感染症研究所感染症情報センター:
<速報>ノロウイルス感染集団発生 2007/08シーズン(2008年8月12日現在報告数)
http://idsc.nih.go.jp/iasr/noro.html

2.Sawyer LA, Murphy JJ, Kaplan JE,et al.:
25- to 30-nm virus particle associated with a hospital outbreak of acute gastroenteritis with evidence for airborne transmission.
Am J Epidemiol.1988; 127:1261-1271.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/2835899?ordinalpos=20&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum

3.Marks PJ, Vipond IB, Regan FM,et al.:
A school outbreak of Norwalk-like virus: evidence for airborne transmission.
Epidemiol Infect. 2003; 131: 727-736.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12948373?ordinalpos=1&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum

4.Marks PJ, Vipond IB, Carlisle D,et al.:
Evidence for airborne transmission of Norwalk-like virus (NLV) in a hotel restaurant.
Epidemiol Infect. 2000; 124: 481-487
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10982072?ordinalpos=4&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum

5.CDC:
Guideline for Isolation Precautions:Preventing Transmission of Infectious Agents in Healthcare Settings 2007.
http://www.cdc.gov/ncidod/dhqp/pdf/guidelines/Isolation2007.pdf

6.国立感染症研究所感染症情報センター:
Mホテルにおけるノロウイルスによる集団胃腸炎の発生について
IASR 2007;28:84.
http://idsc.nih.go.jp/iasr/28/325/pr3251.html

7.Kuusi M, Nuorti JP, Maunula L, et al.:
A prolonged outbreak of Norwalk-like calicivirus (NLV) gastroenteritis in a rehabilitation centre due to environmental contamination.
Epidemiol Infect. 2002;129:133-138.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12211580?ordinalpos=40&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_RVDocSum

8.CDC:
Norovirus Outbreak in an Elementary School — District of Columbia.
MMWR 2008;56:1340-1343.
http://www.cdc.gov/mmwr/preview/mmwrhtml/mm5651a2.htm
>>紹介記事(Y’s Square内)

9.Chadwick PR, Beards G, Brown D, et al:
Management of hospital outbreak of gastro-enteritis due to small round structured viruses.
J Hosp Infect 2000;45;1-10.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/10833336?dopt=Abstract

10.Michigan Department Of Community Health:
Local Health Department Guidelines For Environmental Cleaning And Disinfection of NorovirusMay 2005 Ver2.0.
http://www.michigan.gov/documents/GEC_165404_7.pdf

11.Public Health Notification from FDA, CDC, EPA and OSHA:
Avoiding Hazards with Using Cleaners and Disinfectants on Electronic Medical Equipment Issued : October 31, 2007.
http://www.fda.gov/cdrh/safety/103107-cleaners.html
>>紹介記事(Y’s Square内)


2008.12.18 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

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