感染対策情報レター

疥癬の感染対策

はじめに

疥癬はヒト皮膚角質層に寄生するヒゼンダニ(Sarcoptes scabiei var.hominis)の感染により発症し、一般的に皮膚病変とそう痒を主症状とする感染症です。疥癬の流行は世界的に30年の周期で繰り返してきたとされますが、現在の流行は1975年ごろに始まり、今なお続いています1)
疥癬はその臨床症状や寄生するヒゼンダニの数などから一般的に「疥癬(通常疥癬)」と「角化型疥癬(ノルウェー疥癬、痂皮型疥癬)」に大別され、必要な感染対策は異なりますが2)、現場での混乱により通常疥癬においても過剰な感染対策もなされている場合があります。
そこで以下、ヒゼンダニおよび通常疥癬と角化型疥癬の特徴について述べ、併せてヒゼンダニの感染予防対策の観点から述べます。

ヒゼンダニ

ヒゼンダニは半透明のほぼ円形状で、雌成虫の大きさは400×300μm、雄は雌の約2/3程度です1)3)4)。宿主特異性が強く、イヌなどのヒゼンダニが人に持続的に感染することはなく、また飛んだり跳ねたりすることはありません1)。人に感染後は約1ヶ月の潜伏期間があり、雌は交尾後、皮膚の角質層にトンネルを掘りながら約1ヶ月間、1日に2~3個の卵を産みます1)2)4)。卵は3~5日でふ化して幼虫になり、脱皮を繰り返すことで10~14日で成虫となります1)2)4)
ヒゼンダニはヒトに寄生しなければ生存できず、ヒトの皮膚から離れると比較的短時間で死滅します1)3)。熱および乾燥に弱く、人の皮膚から離れた後は、温度25℃・湿度90%では3日間、温度25℃・湿度30%では2日間しか生存できないとされており1)3)、34℃では湿度に関係なく、24時間以下しか生存できません。また50℃では10分間で死滅することが報告されています3)5)

疥癬(通常疥癬)

通常の疥癬ではヒトに寄生するヒゼンダニの数は雌成虫が患者の半数例で5匹以下、多くても寄生数は1000匹以下とされ、皮膚症状は[1]疥癬トンネル[2]紅斑性小丘疹[3]小豆大の赤褐色の小さいしこりの3種類に大きく分類されます1)2)3)。通常きわめて強いそう痒を伴い、そう痒は夜間に特に強く、このそう痒のため不眠になる場合もあります1)2)。このそう痒は1ヶ月間の潜伏期間にヒゼンダニに対して感作され、アレルギー反応として生じるとされます1)2)。発疹やそう痒はヒゼンダニが駆除された後も3ヶ月~1年間など長期に渡って残る場合があるため、そう痒を治癒判定の基準にすべきではありません1)2)

角化型疥癬(ノルウェー疥癬、痂皮型疥癬)

角化型疥癬は通常疥癬の重症型といえるもので、寄生するヒゼンダニが100万~200万、時として500万匹以上ときわめて多いため感染力が非常に強く、集団発生の感染源となります1)2)3)。本病型は通常、全身衰弱者やステロイド剤や免疫抑制剤の投与などにより免疫能の低下している人に発症し、また通常疥癬に対する誤ったステロイド剤の外用などにより発症する場合もあります1)2)。被感染者は一時に多数のヒゼンダニに暴露するため、短時間の接触でも感染し、潜伏期間も4~5日に短縮することがあります1)2)。角化型疥癬患者の皮膚には垢が積もったように角質層が厚くついており、皮疹は灰色から黄白色で、手・足、臀部など体幹の他、通常疥癬では寄生が見られない頭部や耳介部など全身に認められます1)2)
激しいそう痒が一般に生じますが、全くそう痒のない場合もあり、そう痒の有無だけで疥癬であるかどうかの判断はできません1)2)

感染対策

通常疥癬では寝具やリネン類、環境などを介した間接接触による感染はほとんどなく、一般の感染症などと同様の感染対策、すなわち標準予防策を遵守します2)。そのため患者を隔離したり、病室などへの殺虫剤の散布も集団発生でない限り必要ありません1)2)。ただし、寝具類の共用は避ける必要があり、また雑魚寝環境からは集団感染することがあるため注意が必要です。体表から脱落したヒゼンダニは急速に減少し感染リスクが低くなるため過度のシーツ交換などは不要です。治療を開始した入浴後に1回交換した後は通常の交換頻度で実施します1)。リネン類の処理時は他と区別してビニール袋などに入れ運搬し、通常の洗濯を行います1)2)。この際、洗濯前に殺虫剤の散布は必要ありません。上述のようにタオル・寝具類などの共用は避ける必要がありますが、特別な感染対策は求められていないのが通常疥癬に対する感染対策です。
一方、角化型疥癬の場合には寄生するヒゼンダニの数が桁違いに多く、感染力が非常に強いため集団発生の感染源となることが多く報告されていることから厳重な対策が求められます6)。同室者や看護・介護者などにも容易に感染するため1~2週間は個室隔離とし、隔離期間中は標準予防策に加えて接触予防策に準じた対策を追加します1)2)3)。すなわち、感染症例のケアにおいては手袋およびビニール製のガウンやエプロンを着用し、使用後は落屑が飛び散らないように蓋つき容器やビニール袋に入れます。ヒゼンダニは熱に弱く、通常は50℃以上10分間で死滅するため5)、リネン類は毎日交換し、他と区別してビニール袋に入れ運搬し、50℃以上の熱水で10分間以上の洗濯を行うか、もしくはビニール袋に入れて2週間別置します1)3)。また隔離解除後の病室は2週間閉鎖するか、不可能な場合には安全性を慎重に考慮した上で殺虫剤を壁、床、カーテンなどに1回散布し、ヒゼンダニを駆除します。
疥癬虫に対する消毒薬の殺ダニ効果について有効であるとの報告はないため、ケア後の手指衛生には速乾性手指消毒薬ではなく、石けんと流水によって行います3)。トイレの便座など加熱しにくいものに対するアルコール清拭は3)、物理的な除去効果および付着微生物に対する消毒効果を考慮すると感染対策として効果的であると思われます。

おわりに

疥癬は大きく通常疥癬と角化型疥癬の2病型に大別され、求められる感染対策が異なります。疥癬ではそう痒を伴うと思われがちですが、そう痒のみでは診断がつかず、疥癬患者の発見が遅れたために集団発生につながってしまうこともあります。疥癬が疑われる患者においては早期に専門の医師の診察を受け、早期発見、早期治療に努めることが疥癬の集団発生を予防する上で重要と思われます。
疥癬の診断となった場合には通常疥癬、角化型疥癬に求められる対策を見極め、実施することが患者のQOL向上に寄与すると思われます。


<参考文献>

1.大滝倫子,牧上久仁子,関なおみ:
疥癬はこわくない.
医学書院,東京,2003.

2.疥癬診療ガイドライン策定委員会:
疥癬診療ガイドライン(第2版).
日皮会誌 2007;117:1-13.
http://www.dermatol.or.jp/medical/guideline/pdf/117010001j.pdf

3.鈴木幹三:
長期療養型施設の感染対策.小林寬伊,吉倉廣,荒川宜親ほか編集:エビデンスに基づいた感染制御-第3集-展開編.
メヂカルフレンド社,東京,2003;64-83.
http://www.yoshida-pharm.com/information/guideline_japan/guideline/evidence.html

4.Chouela E, Abeldano A, Pellerano G, et al:
Diagnosis and treatment of scabies: a practical guide.
Am J Clin Dermatol 2002;3:9-18.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/11817965?ordinalpos=4&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_DefaultReportPanel.Pubmed_RVDocSum

5.CLettau LA:
Nosocomial transmission and infection control aspects of parasitic and ectoparasitic disease. Part III.Ectoparasites/summary and conclousions.
Infect Control Hosp Epidemiol 1991;12:179-185.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/2022865?ordinalpos=1&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_DefaultReportPanel.Pubmed_RVDocSum


2009.03.09 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

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