感染対策情報レター

病院感染対策と経済効果について

はじめに

病院感染が生じた場合、その感染症の治療や入院期間の延長などによって過剰な医療費がかかります。したがって、感染対策を講じることで感染率を下げることができれば医療費の抑制につながります。今回は感染対策と経済効果について述べます。

感染症によって生じる費用(米国の報告)

病院感染が生じた場合に要する費用と感染症を予防した時に抑制できる費用の試算が米国疾病管理予防センター(CDC)にて公表されています1)。この報告は米国の医療機関にて過去に報告された病院感染による医療費の影響をまとめたものですが、年代によって物価などが異なるために2つの評価指数を用いて補正して2007年の物価に合わせて費用を算出しています。1つは都市部の消費者物価指数(Consumer Price index for all urban consumer:CPI-U)であり、もう1つは入院中に治療のために病院が消費する道具とサービスの価格変動を考慮した消費者物価指数(Consumer Price index for inpatient hospital service:CPI-IHS)を用いて評価しています。
感染症1例あたりに要する費用は手術部位感染(SSI)では10,443~25,546ドル、中心静脈ライン関連血流感染(CLABSI)では5,734~22,939ドル、呼吸器関連感染(VAP)では11,897~25,072ドル、尿路カテーテル関連感染(CAUTI)では589~758ドル、クロストリジウム・ディフィシル関連感染(CDI)では5,042~7,179ドル、病院感染全体では13,973~15,275ドルと報告されています(表1)。
 

表1.2007年の消費者物価指数(CPI-UおよびCPI-IHS)で補正した感染症部位別の医療関連感染に要する患者あたりの費用(ドル)
  費用 CPI-U補正後の費用 CPI-IHS補正後の費用
SSI $10,443~$25,546 $11,087~$29,443 $11,874~$34,670
CLABSI $5,734~$22,939 $6,461~$25,849 $7,288~$29,156
VAP $11,897~$25,072 $14,806~$27,520 $19,633~$28,508
CAUTI $589~$758 $749~$832 $862~$1,007
CDI $5,042~$7,179 $5,682~$8,090 $6,408~$9,124
病院感染全体 $13,973~$15,275 $16,359~$19,430 $20,549~$25,903
ここで示された費用をCPI-Uで補正すると感染症1例あたりに要する費用はSSIでは11,087~29,443ドル、CLABSIでは 6,461~25,849ドル、VAPでは14,806~27,520ドル、CAUTIでは749~832ドル、CDIでは5,682~8,090ドル、病院感染全体では16,359~19,430ドルと試算されています(表1)。またCPI-IHSで補正した場合には感染症1例あたりに要する費用は SSIでは11,874~34,670ドル、CLABSIでは7,288~29,156ドル、VAPでは19,633~28,508ドル、CAUTIでは 862~1,007ドル、CDIでは6,408~9,124ドル、病院感染全体では20,549~25,903ドルと試算されています(表1)。
これら感染症の患者数から年間あたりの感染症による費用の総計はCPI-U補正において、SSIでは32.2億~85.5億ドル、CLABSIでは5.9 億~23.8億ドル、VAPでは7.8億~14.5億ドル、CAUTIでは3.4億~3.7億ドル、CDIでは10.1億~14.4億ドル、病院感染全体では284億~338億ドルと試算されています(表2)。またCPI-IHS補正においてはSSIでは34.5億~100.7億ドル、CLABSIは 6.7億~26.8億ドル、VAPでは10.3億~15.0億ドル、CAUTIでは3.9億~4.5億ドル、CDIでは11.4億~16.2億ドル、病院感染全体では357億~450億ドルと試算されています(表2)。
 
表2.年間の感染症患者数と2007年の消費者物価指数(CPI-UおよびCPI-IHS)で補正した感染症部位別の医療関連感染に要する費用の総計(億ドル)
  感染患者数 CPI-U補正後の費用 CPI-IHS補正後の費用
SSI 290,485 $32.2~$85.5 $34.5~$100.7
CLABSI 92,011 $5.9~$23.8 $6.7~$26.8
VAP 52,543 $7.8~$14.5 $10.3~$15.0
CAUTI 449,334 $3.4~$3.7 $3.9~$4.5
CDI 178,000 $10.1~$14.4 $11.4~$16.2
病院感染全体 1,737,125 $284~$338 $357~$450
このように感染症が生じた場合には莫大な費用を要すると試算されています。病院感染をゼロにすることは不可能ですが適切な感染対策を講じることで感染症を予防できれば感染症によって生じる過剰な医療費を抑制することができます。全病院感染症のうち予防でき得る感染症の割合を調査した結果10~70%と幅があります。上記で示した感染症で生じる費用からその内の20%および50%、70%の感染症を予防した時の費用を試算した結果、20%予防した場合には CPI-U補正で57億~68億ドル、CPI-IHS補正で71億~90億ドル、50%予防した場合にはCPI-U補正で142億~169億ドル、 CPI-IHS補正で179億~225億ドル、70%予防した場合にはCPI-U補正で199億~237億ドル、CPI-IHS補正で250億~315億ドルの費用が削減できると試算されています。(表3)
 
表3.20%および50%、70%の病院感染を予防した時に削減できる費用(億ドル)
  費用 20%予防 50%予防 70%予防
CPI-U補正 $284~$338 $57~$68 $142~$169 $199~$237
CPI-IHS補正 $357~$450 $71~$90 $179~$225 $250~$315

感染症によって生じる費用(国内の報告)

日本の医療制度は従来、出来高払いが主流であり、また、かつては病院感染サーベイランスを実施している施設が少なかったために病院感染と経済効果を検討した報告は多くありません。しかし1000床規模病院における内科系入院患者および外科系入院患者での病院感染による過剰費用について検討した報告があります2)。この報告によると、内科系入院患者ではMRSAによる感染症例で1人あたり231万円の費用が過剰に必要であり、年間に約100症例が想定されたため、2億3100万円の医療費が過剰に使われている試算になります。また他の内科系の感染症を合わせると6億3100万もの費用が必要になります。一方外科系における病院感染による過剰な費用は4億8400万円と試算されているため、合計では11億1500万円の過剰な費用が使われている試算となります。これは1000床規模の病院の試算であるため、全国の病床数を150万床として計算すると約1兆7000万円の過剰な費用が病院感染によって生じる試算になります。病院感染の約30%を防げるとした場合には日本全体で5000億、1000床規模の病院であれば3億3000万円の費用が削減できるとされています。

おわりに

病院感染が生じると感染症の治療など莫大な費用が生じるため、感染対策によって病院感染を予防することで医療費の抑制が期待できます。日本の医療保険制度は従来、出来高払いが主流でしたが、DPC(診断群分類別包括評価)を導入する施設が増えつつあります。
このような包括制度の場合には感染症によって生じた費用は施設の持ち出しになります。感染対策には費用がかかりますが無駄な感染対策を廃止し、必要な感染対策を講じることで感染率の低下につなげれば経済的なメリットがあると考えられます。


<参考文献>

1.R. Douglas Scott II:The Direct Medical Costs of Healthcare-Associated Infections in U.S. Hospitals and the Benefits of Prevention. CDC internet publication on March 2009 at
http://www.cdc.gov/ncidod/dhqp/pdf/Scott_CostPaper.pdf

2.木村哲:
感染対策の経済性.
化学療法の領域 2004;20:635-638.


2009.08.24 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

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