感染対策情報レター

長期療養施設における感染対策のためのガイドライン2008

はじめに

長期療養施設(Long-term Care Facility ; LTCF) とは、自立した生活が困難な人々にヘルスケアを提供する施設であり、発達障害者のための施設から高齢者のためのナーシングホーム、小児慢性ケア施設まで、様々な施設があります。現在、医療が急性期医療から長期医療や在宅医療に拡大し、また我が国は非常に速いスピードで高齢化しているため、LTCFの重要性が高まってきています。
本ガイドライン1) はSHEA / APICのガイドラインであり、LTCFにおける感染管理について示されています。以下、本ガイドラインの勧告部分を中心に述べます。

アウトブレイク制御

サーベイランスは感染経路別予防策が必要とされる疫学的に重要な微生物に感染または保菌している1人の患者あるいはクラスター症例を検出する上で、重要な手段と考えられています2)。LTCFにおいても、サーベイランスデータの継続収集をおこなうことが要求され、得られたサーベイランスデータはアウトブレイクの検出・制御のために活用することが重要です。もし、結核、インフルエンザ、疥癬、ノロウイルスのような高伝染性感染症が1症例でも発生した場合、適切な人物(医長あるいは管理者)に報告し、アウトブレイクを考慮して制御策を制定します。
また、LTCFでは感染症の流行に対処するために入居者の転居、隔離、訪問者の制限などのプロトコルを事前に備え、アウトブレイク中の医療介入のための権限を明確にしておくことが必要です。さらに、アウトブレイクへの対応を容易にするために、施設への入居時において、入居者や医療の意思決定者、入居者の主治医から、適切な診断と治療法に対する同意を得ることが望まれます。

施設

医療施設と同様にLTCFにおいても適切な換気装置や空気ろ過装置を設置することが求められます。もし結核診断が陽性である入居者のケアをする、あるいは結核診断が陽性である入居者を受け入れるならば、空気感染隔離 (Airborne Infection Isolation ; AII) の要件を満たさなければなりません。要件が満たされていないのであれば、AIIを供給する適切な施設への入居者の移送を考慮します。
洗濯、調理、リハビリテーションなどがおこなわれる場所では、適切な方法と手順を作成することが求められます。例えば、洗濯をおこなう場所では、使用したリネンの適切な取り扱い、運搬、洗濯方法、および汚染された洗濯物を取り扱う職員の防護や手指衛生の実施などの方法と手順を作成します。また、調理をおこなう場所では、未調理品の取り扱い、食品の調理・保存、掃除、および手指衛生の指示と従業員の健康管理などの方法と手順を作成します。

隔離と予防策

すべての入居者に対して標準予防策を実施します。例えば、血液、体液による汚染やしぶきが想定される場合には、グローブ、マスク、アイ・プロテクション、ガウンを着用します。また、感染経路に応じて必要な感染経路別予防策 (接触予防策、飛沫予防策、空気予防策) を追加します。
隔離や予防策の方針や手順は最新のCDC / HICPAC(医療感染制御業務諮問委員会)ガイダンスに従って作成・評価、アップデートします。さらに医療従事者の理解やコンプライアンスを向上させるために定期的な教育計画を作成することも求められます。

LTCFにおける感染症

現在LTCFにおいて、インフルエンザ3) 4)、ノロウイルス5) 6) などのアウトブレイクが数多く報告されています(表1)。

表1. 長期療養施設における一般的な感染症 1)
呼吸器 : インフルエンザ、結核、肺炎連鎖球菌、クラミジア肺炎菌、レジオネラ属菌、その他の呼吸器系ウイルス(パラインフルエンザ、RSウイルス)
胃腸 : ウイルス性胃腸炎(ノロウイルス等)、クロストリジウム ディフィシル(CD)、サルモネラ中毒、大腸菌 O-157:H7 大腸炎
その他 : メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)、バンコマイシン耐性腸球菌(VRE)、A群連鎖球菌、疥癬、ウイルス性結膜炎
例えば、インフルエンザは非常に感染力が強く、LTCFにおいてアウトブレイクが発生すると深刻な状況になりやすいため、アウトブレイクの制御は非常に重要です。アウトブレイクの制御においては、治療あるいは隔離を迅速におこなえるよう、早期に症例を同定することがポイントとなります。また、インフルエンザの最も重要な感染対策として、ワクチン接種が推奨されています。しかし、最近の調査ではLTCFにおける入居者のインフルエンザワクチン接種率は上昇しているものの、スタッフの接種率は最高でも40-50%程度だとされています。
現在LTCFでは、MRSA (メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)に代表されるMDROs (多剤耐性微生物)の伝播も問題となっています7)8)。例えば、アイオワ州でおこなわれた331のLTCFにおける調査では、MRSAを保菌していることがわかっている入居者は1000人あたり13.4人であり、また7.3%の施設がMRSAの保菌者の受け入れを拒否していることが報告されています9)。LTCFにおいて耐性菌の定着あるいは感染に基づいた入居の拒否は適当ではありません。LTCFではMDROsに対する方針を作成し、MDROsに関する様々な問題に対処することが求められます。もし継続した伝播が起きているならば、HICPACはMDROsに対する封じ込め策の強化を勧告しています。

手指衛生

手指衛生は医療ケア現場において、感染性微生物の伝播を減少させるための最も重要な実務として考えられています2)。LTCFにおいても手指衛生は最も重要な事項ですが、LTCFでは手指衛生のコンプライアンスが悪いとの報告があります10)11)。よってコンプライアンスを高めるために、手指衛生のコンプライアンスを監視することや手指衛生の設備や必需品を使用するのに便利な場所に設置するなどの対応が望まれます。
手指衛生の方法は、手指が見た目に汚れている、あるいは血液やその他の体液で汚染されている場合には、まず流水と石けんによる手洗いをおこないます。手指が見た目に汚染されていない場合は、アルコール製剤が推奨されます。

まとめ

本文で示したように、LTCFにおいても、感染対策は医療施設の感染対策と基本的に同様であり、手指衛生、標準予防策、感染経路別予防策等の基本的な感染対策を十分に講じることが肝要と思われます。また、LTCFにおいては、高齢者や易感染者が多く入居しており、多くの感染危険因子が想定されます。よって、どのような状況においても、的確に対応できる管理体制を持つことが要求されます。


<参考文献>

1.Smith PW, Bennett G, Bradley S, et al :
SHEA/APIC Guideline : Infection prevention and control in the long-term-care facility.
Am J Infect Control 2008 ; 36 : 504-535.
http://www.apic.org/Content/NavigationMenu/PracticeGuidance/APIC-SHEA_Guideline.pdf

2.CDC :
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http://www.cdc.gov/ncidod/dhqp/pdf/guidelines/Isolation2007.pdf

3.Seale H, Weston KM, Dwyer DE, et al :
The use of oseltamivir during an influenza B.
Influenza Other Respi Viruses. 2009 ; 3 : 15-20.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19453437?ordinalpos=1&itool=EntrezSystem2.PEntrez.Pubmed.Pubmed_ResultsPanel.Pubmed_DefaultReportPanel.Pubmed_RVDocSum

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5.Bowles SK, Kennie N, Ruston L, et al :
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2009.11.20 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

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