感染対策情報レター

中心静脈ライン関連血流感染対策におけるカテーテル挿入部位の皮膚消毒について

はじめに

中心静脈ライン関連血流感染(Central-line associated bloodstream infection:CLA-BSI)は重大な病院感染のひとつであり、総合的な感染対策を講じる必要があります。CLA-BSI対策の一環としてカテーテル挿入部位の皮膚消毒が行われ、使用される消毒薬にはポビドンヨード、クロルヘキシジン、アルコール、ヨードチンキ等がありますが国内ではポビドンヨードを使用している施設が多く、その他にはクロルヘキシジンなどが使用されています1)。今回はカテーテル挿入部位の皮膚消毒に多く使用されているポビドンヨードとクロルヘキシジンの効果の比較を中心に述べます。

なお、血管内カテーテル関連の血流感染を示す用語としてはカテーテル関連血流感染(Catheter-related bloodstream infection:CR-BSI) などいくつかの用語が使用されています。CR-BSIは中心や末梢静脈を含めた血管カテーテル関連の血流感染を指しますが、最近では中心静脈ライン関連血流感染(Central-line associated bloodstream infection:CLA-BSI)という用語が使用されつつあります。したがって、今回は原則としてCLA-BSIで記載しています。ただし原文でCR-BSIと表記している場合には原文通りに記載しています。

カテーテル挿入部位の皮膚消毒について

血管内カテーテル挿入部位の皮膚消毒に使用されている消毒薬のうちクロルヘキシジン、ポビドンヨードについて多くの比較試験が報告されています。2002年のChaiyakunaprukによるメタアナリシスによると、クロルヘキシジンはポビドンヨードと比較してCR-BSIのリスクを51%減少させる(相対危険度0.49)と報告されています(表1)2)

表1.カテーテル挿入部位の皮膚消毒におけるクロルヘキシジン(CHG)製剤とポビドンヨード製剤のメタアナリシスによる比較2)
報告者(報告年) 使用したCHG製剤 カテーテルへの菌定着の相対危険度注1) CR-BSIの相対危険度注1)
Maki et al.(1991) 2%CHG水溶液 0.25 0.18
Sheehan et al.(1993) 2%CHG水溶液 0.22 1.05
Meffre et al.(1995) 0.5%CHGアルコール液 0.40 0.97
Mimoz et al.(1996) Biseptine注2) 0.43 0.64
Legras et al.(1997) 0.5%CHGアルコール液 0.73 0.13
LeBlanc and Cobett (1999) 0.5%CHGアルコール液 0.49
Humar et al.(2000) 0.5%CHGアルコール液 1.33 0.75
Knasinski and Maki (2000) 1%CHGアルコール液 0.37 0.36
全研究   0.49 0.49
全研究(Humar et al.を除く)   0.43 0.45
注1)ポビドンヨード製剤のカテーテルへの菌定着およびCR-BSIのリスクを1としたときのクロルヘキシジン製剤のカテーテルへの菌定着およびCR-BSIのリスク
注2)Biseptine:0.25%クロルヘキシジン、0.025%ベンザルコニウム塩化物および4%ベンジルアルコール配合製剤
各種ガイドラインでもカテーテル挿入部位の皮膚消毒にはクロルヘキシジン製剤の使用を推奨しています(表2)。
 
表2.各種ガイドライン等におけるカテーテル挿入部位の皮膚消毒に推奨される消毒薬
ガイドライン 推奨される消毒薬
CDCガイドライン(2002)4) 挿入時および管理時:2%クロルヘキシジン製剤を推奨した上でヨードチンキ、ポビドンヨード、70%アルコールを用いても良い。
epic2:英国NHS病院における医療関連感染防止のためのエビデンスに基づいた国内ガイドライン(2007)5) 挿入時および管理時:クロルヘキシジンアルコール(望ましくは2%クロルヘキシジン70%イソプロパノール)を推奨。クロルヘキシジンに過敏症の既往歴のある患者にはポビドンヨードアルコール溶液を使用する。
SHEA/IDSA:急性期ケア病院におけるCLA-BSI予防のための戦略(2008)6) 挿入時:生後2ヶ月以上の患者には0.5%を超える(>0.5%)クロルヘキシジンアルコールを使用。(2ヶ月未満の患者はポビドンヨードを使用。)
管理時:クロルヘキシジンベースの消毒薬を使用。
エビデンスに基づいた感染制御(2003)7) 管理時:クロルヘキシジンアルコール、70%イソプロパノール、消毒用エタノール、10%ポビドンヨード、ヨードチンキを使用。
国立大学医学部附属病院感染対策協議会 病院感染対策ガイドライン(第2版)(2003)8) 挿入時:0.5%クロルヘキシジンアルコール、10%ポビドンヨード
管理時:0.5%クロルヘキシジンアルコール、10%ポビドンヨード、ヨードチンキを使用。
厚生労働科学研究費補助金医薬安全総合研究事業 カテーテル関連血流感染対策ガイドライン 第2版(2002)9) 挿入時:0.5%クロルヘキシジンアルコール、10%ポビドンヨード
管理時:0.5%クロルヘキシジンアルコール、10%ポビドンヨード、ヨードチンキ
米国のCDCガイドラインでは、Makiらの研究3)で2%クロルヘキシジン水溶液が10%ポビドンヨードと比較してCR-BSIのリスクを82%低下させた(相対危険度0.18)報告を引用し、カテーテル挿入時およびドレッシング交換時の消毒には2%クロルヘキシジンをベースとした製剤の使用を推奨しており、その他にポビドンヨード、ヨードチンキ、70%アルコールを用いることができると勧告しています4)。英国のガイドライン5)ではクロルヘキシジンアルコール(望ましくは2%クロルヘキシジン70%イソプロパノール)の使用を推奨し、クロルヘキシジン過敏症の既往歴のある患者にはポビドンヨードアルコール液の使用を推奨しています。米国医療疫学学会(The Society for Healthcare Epidemiology of America:SHEA)と米国感染症学会(Infectious Diseases Society of America:IDSA)の勧告6)では生後2ヶ月以上の患者には0.5%を超える(>0.5%)クロルヘキシジンアルコールの使用を推奨し、2ヶ月未満の患者はポビドンヨードを使用すると述べられています。一方、日本での勧告としてはエビデンスに基づいた感染制御7)でカテーテル挿入部の皮膚の管理における消毒にはクロルヘキシジンアルコール、70%イソプロパノール、消毒用エタノール、10%ポビドンヨードまたはヨードチンキの使用を推奨しています。また、国立大学病院および厚生労働省研究班のガイドライン8)9)ではカテーテル挿入時の皮膚消毒に0.5%クロルヘキシジンアルコール、10%ポビドンヨード、管理時には0.5%クロルヘキシジンアルコール、10%ポビドンヨード、ヨードチンキの使用を推奨しています。このように、海外のガイドラインでは高濃度のクロルヘキシジン製剤の使用を推奨していますが、日本のガイドラインではクロルヘキシジンやポビドンヨード、アルコール製剤などの使用が推奨されています。

各濃度のクロルヘキシジン製剤と10%ポビドンヨード製剤の比較

Chaiyakunaprukのメタアナリシスで引用されている研究では、2%、1%または0.5%のクロルヘキシジンが使用され、それぞれポビドンヨードとの比較研究が行われています(表1)2)。前述の通りMakiらの研究で2%クロルヘキシジン水溶液が10%ポビドンヨードと比較してCR-BSIのリスクを82%低下させた(相対危険度0.18)報告3)がある一方で、Sheehanらの研究では10%ポビドンヨードと比べて2%クロルヘキシジン水溶液はCR-BSIのリスクを下げることができなかったと評価されています。また、1%クロルヘキシジン75%アルコール液においては10%ポビドンヨードと比較してCR-BSIのリスクを64%低下させた(相対危険度0.36)報告があります。さらに、このメタアナリシスでは0.5%クロルヘキシジンアルコールと10%ポビドンヨードの比較についてCR-BSIのリスクを評価している3つの報告があります。1つの研究結果では0.5%クロルヘキシジンアルコールはポビドンヨードと比較してCR-BSIのリスクを87%低下した(相対危険度0.13)とされていますが、他の2つの研究では両者に有意差はなかったと評価されています。また、ある研究では0.05%クロルヘキシジン水溶液と10%ポビドンヨードでは血流感染に有意差は認めなかったと報告されています10) 。これらのことから、クロルヘキシジンの濃度によって評価が異なるものの、CLA-BSI対策においてクロルヘキシジンはポビドンヨードより有用であり、また一定濃度以上のクロルヘキシジンが有用である可能性があります。

クロルヘキシジン製剤の経済効果

病院感染が生じた場合、その感染症の治療や入院期間の延長などによって医療費の負担が増大します。そのため、感染対策を講じることで感染率を下げることができれば医療費の抑制につながります。CLA-BSI対策においても適切な感染対策を講じることで経済効果が期待できます。
カテーテル挿入部位の皮膚消毒においてクロルヘキシジンはポビドンヨードと比べて感染率が低く、経済効果があったとの報告があります11)。この報告によるとポビドンヨードを使用した場合にはCLA-BSIの発生率が3.1%、CLA-BSIによる死亡率が0.46%であり、必要なコストは1カテーテル使用あたり224ドルと試算されています。それに対してクロルヘキシジンを使用した場合にはCLA-BSIの発生率が1.5%、CLA-BSIによる死亡率が0.23%であり、必要なコストは1カテーテル使用あたり111ドルと試算されています。つまりカテーテル挿入部位の皮膚消毒において、クロルヘキシジンはポビドンヨードと比較してCLA-BSIおよびCLA-BSIによる死亡の割合を減少させることで1カテーテル使用あたり113ドルのコストを抑制できるとされています。この報告は米国の医療施設においてのコスト試算ですが、同じ研究者らがタイの医療施設におけるコスト試算を行っており、同様にクロルヘキシジンによる皮膚消毒の経済効果について報告しています12)

おわりに

CLA-BSI対策におけるカテーテル挿入部位の皮膚消毒には様々な消毒薬が適用できますが、その中でもクロルヘキシジンの使用が各国のガイドラインで推奨されています。適切な感染対策により感染率が低下できれば経済効果も期待できます。CLA-BSIにおいては適切な消毒方法のみならず医療従事者の手指衛生やカテーテル挿入時のマキシマムバリアプリコーションなど推奨されている感染対策を組み合わせ、適切な対策を講じることが望まれます。


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8.国立大学医学部附属病院感染対策協議会:
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2010.01.12 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

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