感染対策情報レター

SHEA / IDSAのクロストリジウム・ディフィシルに関するガイドラインについて

はじめに

クロストリジウム・ディフィシル(CD)は医療関連下痢症の主な原因であり、医療施設において、多くの大規模なアウトブレイクを引き起こしてきました1)。そこで、SHEA※1 / IDSA※2は、2010年にCDに関するガイドライン2)を発表しました。このガイドラインは、臨床診療におけるガイドライン(clinical practice guideline)であり、疫学、診断、治療について述べられていますが、感染制御(手指衛生、接触予防策など)や環境管理についての記載もあります。今回はこのガイドライン中の感染制御と環境管理についての項目を要約して紹介します。
※1 SHEA (The Society for Healthcare Epidemiology of America):米国医療疫学学会
※2 IDSA (Infectious Diseases Society of America):米国感染症学会

手指衛生

特に手指衛生は他の感染対策と同様に、CDにおいて最も重要な対策の1つと考えられ、本勧告においても、手指衛生の手技を遵守することが求められています。手指衛生にはアルコール含有製剤が一般的に用いられていますが、CDは芽胞形成状態においてアルコールに対し非常に強い抵抗性を示すことが知られています。最近の研究で、石けんと水(普通石けんと温水、普通石けんと冷水、抗菌性石けんと温水)あるいはアルコール含有製剤での手指衛生による毒素非産生株CDの除去効果について試験した報告があります3)。手指衛生をおこなわない対照群と比較した際、CDの指数減少値は、普通石けんと温水で2.14 log10CFU/mL、普通石けんと冷水で1.88 log10CFU/mL、抗菌性石けんと温水で1.51 log10CFU/mL、アルコール含有製剤で0.06 log10CFU/mLとなり、この試験におけるCD除去効果は石けんと水による手指衛生がより効果的で、アルコール含有製剤の効果は対照群とほぼ同等であったことが報告されています。よってCD感染対策において手指衛生にアルコール含有製剤を用いることにより、CD感染の発生率は上昇する可能性が考えられますが、現在のところ、それを支持する臨床的エビデンスはありません。本勧告においては、アウトブレイクやCD感染率が上昇している施設では、CD感染患者をケアした後あるいは接触した後、訪問者や医療従事者に石けん(あるいは抗菌性石けん)と水で手を洗うように指導することが推奨されています。

接触予防策

CD感染患者のケアをしている医療従事者の手指はCDで汚染されていることが報告4)されており、手指のCDを減少させるためには、手指衛生とともに手袋を使用することが求められます。手袋の重要性については、手袋使用に関する集中的な教育を実施した研究で報告されており、介入後に明らかなCD感染の発生率の低下(介入前7.7症例 / 1000退院患者、介入後1.5症例 / 1000 退院患者)が示されています5)。またある研究では、ナースのユニフォームが感染源となったエビデンスは示されていませんが、そのユニフォームからCDの検出が報告されています6)。よって本勧告においては、CD感染患者の部屋に入室する際、医療従事者や訪問者は、手袋とガウンの着用が推奨されています。
また患者の収容先についてですが、病院内におけるCD感染制御に関する研究4)において、二人部屋のほうが一人部屋よりCD感染の発生率は高く(17%vs7%)、さらに感染リスクはCD培養陽性の同室者に暴露後、明らかに高かったことが報告されています。したがって本勧告においては、CD感染患者には接触予防策を伴った個室を提供することが推奨されています。個室が利用できない場合には患者をコホーティングし、各患者に対し専用便器を供給することが望まれます。

環境管理

CDの芽胞は環境において数ヶ月あるいは数年も生存可能であり、医療施設の多くの環境表面で検出されます。医療施設の環境が感染伝播に対しどれだけ寄与するかについては、議論の余地があるとされていますが、環境が汚染されることにより、汚染された便器、血圧測定器のカフ、口腔・直腸用の体温計などを介して、CDの拡散につながることが報告されています。本勧告においては、ディスポーザブルの直腸用電子体温計への代替などを含め、CDの環境における汚染源を同定、除去することにより、CD感染の発生率は低下する可能性があるとしています。
一方でCDの環境汚染を減少させることにより、CD感染の発生率を低下させたという報告はいくつかあります。Jennieら7)は、次亜塩素酸含有溶液(有効塩素 5000ppm)を3つの病棟で導入したところ、相対的に感染率が高かった骨髄移植病棟のみにおいて、CD感染の発生率が低下(8.6症例 / 1000患者日から3.3症例 / 1000患者日)したと報告しています。Wilcoxら8)は、塩素(有効塩素1000ppm)を含む洗浄剤を使用したところ、試験をおこなった2病棟のうち1病棟で、CD感染の発生率低下(8.9症例 / 100入院患者から5.3症例 / 100入院患者)がみられたとしています。またBoyceら9)は、CD感染率の高い病棟において蒸気化過酸化水素を用いることで、CD感染の発生率が低下(2.28症例 / 1000患者日から1.28症例 / 1000患者日)したと報告しており、新しい消毒法として注目され始めています。このような限られた報告しかないため勧告レベルは低いものの、CD感染率上昇に関連するエリアの環境汚染に対応するために、塩素含有の洗浄剤あるいは他の殺芽胞製剤の使用が推奨されています。塩素製剤は有効塩素濃度を高くするほど、より確実な殺芽胞効果が期待できますが、環境に用いる有効塩素濃度を決定するためには、塩素の腐食性、においなどの欠点やその施設で塩素製剤を使用した際の有効性などを考慮しなければなりません。よって、有効塩素濃度は少なくとも1000ppmとされるべきであり、理想的には5000ppmであるかもしれません。

まとめ

CDのアウトブレイクの原因となる重要な要素は、環境汚染、長期にわたる芽胞の残存、日常的に使用される消毒薬に対する芽胞の抵抗性1)などが挙げられます。CDの感染対策には、標準予防策と接触予防策を遵守することが重要ですが、芽胞の消毒薬に対する抵抗性を考慮し、手指衛生には流水と石けんを用います。また環境管理には通常徹底した清拭で対応しますが、CD感染率の上昇が問題となっているエリアなど特殊な場合は塩素製剤の使用を考慮するなどの対応が必要となってきます。現在、急性期医療施設と長期療養施設の両方で、CD関連疾患の罹患率、死亡率、入院期間、コストが増加している1)ことを考えますと、CDの感染対策は今後ますます重要になってくると思われます。


<参考文献>

1.CDC :
Guideline for Isolation Precautions : Preventing Transmission of Infectious Agents in Healthcare Settings 2007.
http://www.cdc.gov/ncidod/dhqp/pdf/guidelines/Isolation2007.pdf

2.Cohen SH, Gerding DN, Johnson S, et al :
Clinical practice guidelines for Clostridium difficile infection in adults: 2010 update by the society for healthcare epidemiology of America (SHEA) and the infectious diseases society of America (IDSA).
Infect Control Hosp Epidemiol. 2010 ; 31 : 431-55.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/20307191

3.Oughton MT, Loo VG, Dendukuri N, et al :
Hand hygiene with soap and water is superior to alcohol rub and antiseptic wipes for removal of Clostridium difficile.
Infect Control Hosp Epidemiol. 2009 ; 30 : 939-44.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/19715426

4.McFarland LV, Mulligan ME, Kwok RY, et al :
Nosocomial acquisition of Clostridium difficile infection.
N Engl J Med. 1989 ; 320 : 204-10.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/2911306

5.Johnson S, Gerding DN, Olson MM, et al :
Prospective, controlled study of vinyl glove use to interrupt Clostridium difficile nosocomial transmission.
Am J Med. 1990 ; 88 : 137-40.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/2301439

6.Perry C, Marshall R, Jones E. : Bacterial contamination of uniforms. J Hosp Infect. 2001 ; 48 : 238-41.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/2301439

7.Mayfield JL, Leet T, Miller J, et al :
Environmental control to reduce transmission of Clostridium difficile.
Clin Infect Dis. 2000 ; 31 : 995-1000.
http://cid.oxfordjournals.org/content/31/4/995.full.pdf+html

8.Wilcox MH, Fawley WN, Wigglesworth N, et al :
Comparison of the effect of detergent versus hypochlorite cleaning on environmental contamination and incidence of Clostridium difficile infection.
J Hosp Infect. 2003 ; 54 : 109-14.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/12818583

9.Boyce JM, Havill NL, Otter JA, McDonald LC, et al :
Impact of hydrogen peroxide vapor room decontamination on Clostridium difficile environmental contamination and transmission in a healthcare setting.
Infect Control Hosp Epidemiol. 2008 ; 29 : 723-9.
http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/18636950


2011.1.25 Yoshida Pharmaceutical Co.,Ltd.

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