感染対策情報レター

医療施設における鳥インフルエンザ(H5N1)の感染制御について

はじめに

2009年4月にメキシコで確認された新型インフルエンザ(インフルエンザ(H1N1)2009*)は世界的大流行をきたし、日本においても医療機関を中心にその対応に苦慮したことは記憶に新しいところです。当時想定されていた新型インフルエンザは、東南アジアを中心に鳥の間で流行が確認されていた病原性の高い鳥インフルエンザウイルスA(H5N1)が変異によってヒト-ヒト感染する能力を獲得し、発生すると考えられていました。しかし実際に発生した新型インフルエンザウイルスはブタ由来であり、想定された病原性の高いウイルスではなかったことが確認されています。現段階において病原性の高い鳥インフルエンザウイルスが新たな新型インフルエンザを引き起こす可能性は否定できず、十分な準備・対策を講じておく必要があります。
 今回は病原性や致死率が高く、新型インフルエンザ発生の観点から世界的に注視されている鳥インフルエンザ(H5N1)について、医療施設における感染制御の観点から述べます

*2011年4月より季節性インフルエンザとして扱われています*1)

Ⅰ.鳥インフルエンザ(H5N1)

鳥インフルエンザ(H5N1)は一般に鳥の感染症ですが、稀に鳥インフルエンザウイルスが人に感染することが知られています。感染した場合の一般的な症状としては季節性インフルエンザと同様に、突然の高熱、咳などの呼吸器症状や全身倦怠感、筋肉痛などが挙げられるほか、重症肺炎や時に多臓器不全等をきたすとされ、致死率は2003年から2011年10月までの集計で約60%にも及んでいます2)3)。現時点での鳥から人への感染が生じうる場面としては、感染した鳥又はその死骸やそれらの内臓、排泄物等に濃厚接触した場合に限られるとされますが、鳥インフルエンザウイルスが人から人に効率よく感染する能力を獲得し、高い病原性を示す新型インフルエンザウイルスに変異する危険性が指摘されております。そのため感染症法では鳥インフルエンザのウイルスのうちH5N1のウイルスを病原体とする人の感染症を「鳥インフルエンザ(H5N1)」として二類感染症に定め、発生動向が注視されています。

Ⅱ.鳥インフルエンザ(H5N1)の動向

日本においては鳥からヒト感染、またはヒト-ヒト感染が疑われる事例の報告はないものの、2010年秋以降は日本各地で野鳥や家きんなどで鳥インフルエンザが多発しています4)。また世界では東南アジアを中心に鳥からヒトへ感染したと思われる事例が相次いで挙げられており5)、さらに感染した鳥の殺処分を行った職員が鳥インフルエンザに感染したことにより、寝食を共にした家族4人に伝播したことが疑われるヒト-ヒト感染の報告もあります6)。現時点の鳥インフルエンザウイルスによるヒト-ヒト感染は感染者のごく身近な人に限局しており、ヒト-ヒト間を効率よく伝播する能力は獲得していないと推測されます。一方、近年ではインドネシアにおいてブタからH5N1ウイルスが分離され、ヒト型レセプターを認識する能力があるウイルスが見つかったと報告されています7)。ブタは鳥インフルエンザウイルスがヒトに感染できるようになる過程において重要な中間宿主と考えられていることから、鳥インフルエンザウイルスA(H5N1)が種の壁を越えてヒトに感染するリスクが高まっていることが示唆されています。

Ⅲ.鳥インフルエンザ(H5N1)感染の検査・診断8)

2003年以降東南アジアで発生しているヒトの鳥インフルエンザ(H5N1)症例では迅速診断キットの陽性率が高くないとされており9)、診断する際にもっとも重要なポイントとしては渡航歴と接触歴の聴取が挙げられます。具体的には(1)発症10日前までにH5N1の鳥インフルエンザが発生している地域への渡航、(2)家きんやその体液・排泄物・羽毛等との濃厚な接触歴、感染が疑われる肺炎患者の看護や介助、1~2メートル以内での対面接触の有無が挙げられています。また症状からの鑑別として(3)咳・痰・呼吸困難などの呼吸器症状および発熱を有し、さらにH5N1の特徴的な経過として早期に下気道症状が出現して急速に増悪する点が挙げられています。これらの3点をすべて満たす者は鳥インフルエンザウイルス感染を疑うべき患者とされています9)
検体採取についてはWHOの指針において咽頭拭い液が現状最適であるとされますが、季節性インフルエンザの診断には鼻咽頭拭い液がよいためこちらも採取します。患者が気管挿管されていれば、気管吸引液あるいは肺胞洗浄液を併せて採取し、可能であれば急性期と回復期のペア血清を検体として採取しておくことが勧奨されています8)10)

Ⅳ.医療施設内感染制御策

鳥インフルエンザウイルス(H5N1)の主体となる感染経路が不明であるため、国内においては鳥インフルエンザウイルス感染を疑うべき上記の患者に対しては、現状の対策として接触・飛沫・空気予防策のすべての予防策を講じることが推奨されています9)。患者にはサージカルマスクを着用させ、他の患者との接触を少なくするため別室に誘導します。また患者対応は原則、鳥インフルエンザウイルスとの混合感染による遺伝子再集合を予防するためヒトインフルエンザワクチンを接種したスタッフが行い、N95マスク・ゴーグルまたはフェイスシールド・長袖ガウン・手袋を着用します8)。 ヒトインフルエンザワクチンは鳥インフルエンザに対する感染予防効果は期待できませんが、上述のようにヒトインフルエンザウイルスと鳥インフルエンザウイルスの混合感染を予防し、また鳥インフルエンザウイルス感染と紛らわしい発熱性疾患に罹患する可能性を低減する意味でもインフルエンザの流行期に入るまでにヒトインフルエンザワクチンの接種が推奨されます8)
鳥インフルエンザウイルス(H5N1)はエンベロープのあるウイルスで消毒には次亜塩素酸ナトリウムやアルコール類が汎用されます。消毒について詳細はY’s Letter No.27「高病原性トリインフルエンザについて」およびY’s Letter Vol.2 No.15「トリインフルエンザA(H5N1)の感染対策について」を参照してください。

おわりに

鳥インフルエンザ(H5N1)が変異することによる病原性の高い新型インフルエンザが発生する可能性は減少しておらず、むしろ増大してきていることが示唆されています7)。新型インフルエンザ対策閣僚会議では新型インフルエンザが発生した場合、患者数のピーク時期を遅らせ、またピーク時の患者数等を小さくすることにより健康被害を最小限にとどめ、社会・経済を破綻に至らせないことを主目的とした新型インフルエンザ対策行動計画を改定し2)、万が一の発生に備えて具体的な準備が進められています。季節性のインフルエンザが流行するシーズンを迎えるにあたり鳥インフルエンザの発生動向についても注視していくことが重要であると思われます。


<参考文献>

1.細川律夫:
新型インフルエンザ(A/H1N1)に係る季節性インフルエンザ対策への移行について.
平成23年3月31日.
http://www.mhlw.go.jp/bunya/kenkou/kekkaku-kansenshou01/dl/20110401-01.pdf

2.新型インフルエンザ対策閣僚会議:
新型インフルエンザ対策行動計画.
平成23年9月20日.
http://www.cas.go.jp/jp/seisaku/ful/kettei/110920keikaku.pdf

3.WHO:Cumulative number of confirmed human cases for avian influenza A(H5N1) reported to WHO, 2003-2011.10 October 2011.
http://www.who.int/influenza/human_animal_interface/EN_GIP_20111010CBRumulativeNumberH5N1cases.pdf

4.大槻公一:
注目されるウイルス感染症と制御対策7 鳥インフルエンザ.
防菌防黴 2011;39:375-387.

5.WHO:
Situation updates-Avian influenza.
Internet publication at http://www.who.int/influenza/human_animal_interface/avian_influenza/archive/en/index.html

6.WHO:
Weekly epidemiological record.
2008;83:357-364.
http://www.who.int/wer/2008/wer8340.pdf

7.Nidom CA, Takano R, Yamada S, et al:
Influenza A(H5N1)virus from pigs, Indonesia.
Emerg Infect Dis 2010;16:1515-1523.
http://wwwnc.cdc.gov/eid/article/16/10/pdfs/10-0508.pdf

8.国立感染症研究所感染症情報センター:
鳥インフルエンザに関するQ&A.
2011年2月15日公開.
http://idsc.nih.go.jp/disease/avian_influenza/QA110215.pdf

9.国立感染症研究所感染症情報センター:
鳥インフルエンザ感染が疑われる患者に対する医療機関での対応.
2007年1月4日公開.インタネット公開資料. at http://idsc.nih.go.jp/disease/avian_influenza/56idsc-hosp.html

10.WHO:
Collecting, preserving and shipping specimens for the diagnosis of avian influenza A(H5N1) virus infection.
Guide for field operations. October 2006.
http://www.who.int/csr/resources/publications/surveillance/CDS_EPR_ARO_2006_1.pdf


2011.11.18 Yoshida Pharmaceutical Co., Ltd

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