感染対策情報レター

SHEA/IDSA/APICの実践勧告 急性期ケア病院におけるMRSAの伝播と感染予防のための戦略:2022年改訂版

はじめに

メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(Methicillin-resistant Staphylococcus aureus:MRSA)による感染症はアメリカにおいて医療関連感染の約10%を占め、MRSAの感染は死亡リスクを上昇させます1)。2023年6月に米国医療疫学学会(Society for Healthcare Epidemiology of America:SHEA)は米国感染症学会(Infectious Diseases Society of America:IDSA)、米国感染管理疫学専門家協会(Association for Professionals in Infection Control and Epidemiology:APIC)などの関連学会と連携し、「急性期ケア病院におけるMRSAの伝播と感染予防のための戦略:2022年改訂版」実践勧告(2022年版実践勧告)を公開しました2)。本勧告は2008年に発表され2014年に改訂が行われた以前の勧告(2014年版実践勧告)3)を更に改訂し、最新の知見を踏まえた推奨事項の加筆と修正を行った実践的な勧告となっています。
今回はその中から、主な改訂点と推奨事項およびMRSAの除菌療法に関する事項について紹介いたします。

2022年版実践勧告における改訂点

2022年版実践勧告は2014年版実践勧告を大幅に改訂したものであり、MRSAの伝播と感染の予防に対する実践事項と優先順位を示すことで、急性期ケア病院における感染対策を支援することを目的としています。
主な改訂点には、勧告分類の名称の変更や、『必須実施事項』と『追加の取り組み』における勧告内容の変更が挙げられます。以下に2022年版実践勧告の主な改訂点の概要を示します(図1)。

図1:2022年版実践勧告における改訂点

勧告の構成と内容

今回の勧告では『必須実施事項』、『追加の取り組み』、『未解決問題』の3つのカテゴリーに分けた勧告が行われています。また、各勧告はSHEAやIDSA、APIC等からなる専門家集団により文献情報の吟味が行われ、エビデンスの質を「低」、「中」、「高」の3段階で評価しています。各勧告事項の概要及びエビデンスレベルについては、表1をご参照ください。
『必須実施事項』は、勧告事項を実施することによる有益性が危険性を上回る事項を含み、全ての急性期ケア病院で実施するべき取り組みとしています。具体的にはMRSAのモニタリングとリスク評価、手指衛生、器具や環境の清掃と消毒、医療従事者や患者に対するMRSAに関する教育の実施などが含まれています。また今回の勧告では、抗生物質の処方と使用の改善に焦点を当てた、抗菌薬適正使用支援プログラムに関する勧告事項が追加されました。
『追加の取り組み』には『必須実施事項』の実施後も制御できないMRSAの伝播や感染が生じている場所や病院内の集団に対する検討事項が含まれています。具体的には積極的監視検査や医療従事者へのMRSAスクリーニング、MRSAの除菌療法、ガウンや手袋の普遍的な使用などについての勧告が示されています。
『未解決問題』では、MRSAに関する3つの未解決の事項が示されていますが、これらに対しても重要と考えられるいくつかの情報について簡潔に紹介されています。

 

表1. MRSAによる感染と伝播を予防するための勧告
必須実施事項
1. MRSAモニタリングプログラムを実施する。(エビデンスの質:低)
2. MRSAのリスク評価を行う。(エビデンスの質:低)
3. CDCやWHOによる手指衛生推奨事項の遵守を促す。(エビデンスの質:中)
4. MRSA保菌患者とMRSA感染患者に対して接触予防策を実施する。これらの患者の一部または全てに対して、施設が実施する接触予防策を変更する(または既に変更した)場合は、施設におけるMRSAの伝播リスク評価と他の軽減戦略(例.手指衛生や施設環境の清掃と消毒、個室病室の使用)の有効性を評価するためにMRSA特有のリスク評価を行うべきである。また、継続的なモニタリングや、監視、リスク評価の手順を確立する必要がある。(エビデンスの質:中)
5. 器具や環境の清掃と消毒を確実に行う。(エビデンスの質:中)
6. 新規MRSA保菌患者やMRSA感染患者をタイミングよく医療従事者に通知する検査室からのアラートシステムを導入する。(エビデンスの質:低)
7. 再入院や転院したMRSA保菌患者やMRSA感染患者を特定するアラートシステムを導入する。(エビデンスの質:低)
8. MRSA のデータと評価結果を、施設の責任者や医師、看護スタッフ、その他のスタッフなどを含む主要な関係者に提供する。(エビデンスの質:低)
9. 医療従事者に対しMRSAに関する教育を行う。(エビデンスの質:低)
10. 患者とその家族に対し、MRSAに関する教育を行う。(エビデンスの質:低)
11. 抗菌薬適正使用支援プログラムを導入する。(エビデンスの質:低)
追加の取り組み
【積極的監視検査(アクティブサーベイランス検査)に関する事項】
1. MRSAの制御と予防のための多面的戦略の一環として、特定の患者集団に対するMRSAの積極的監視検査プログラムを実施する。(エビデンスの質:中;※エビデンスの質の格付けは特定の患者集団によって異なる可能性がある。)
2. 術後のMRSA感染を予防するために、手術前に対象集団に対して除菌療法を併用したMRSAの積極的監視を実施することができる。(エビデンスの質:中)
3. 成人ICUにおいて臨床培養によるMRSA検出数を減らすためには、接触予防策を伴う積極的監視よりも普遍的除菌を実施するほうが有効である。(エビデンスの質:高)
4. MRSA感染症の発生を減少させるために、病院全体におけるMRSAに対する積極的監視は接触予防策と併用して実施することができる。(エビデンスの質:中)
5. 院内におけるMRSAのアウトブレイクやMRSAが継続して伝播している証拠がある場合、感染拡大防止のための多面的な戦略の一環として積極的監視を実施することができる。(エビデンスの質:中)

【医療従事者へのMRSA感染や保菌に対するスクリーニングに関する事項】
1. 医療従事者とMRSA感染症の集団的な発生に疫学的な関連がある場合、医療従事者に対してMRSAの感染や保菌に関するスクリーニングを行う。(エビデンスの質:低)

【MRSA の除菌療法に関する事項】
1. MRSA流行時の臨床培養を減らすために、成人ICUのすべての患者に毎日のCHG浴と5日間の鼻腔内除菌による普遍的除菌を行う。(エビデンスの質:高)
2. 金属器具の埋め込みを伴う手術において、MRSAによるSSIを減らすためにMRSA保菌者におけるCHGと鼻腔除菌を用いた標的除菌を伴う術前鼻腔内スクリーニングを行う。(エビデンスの質:中)
3. 外科病棟におけるMRSAの院内感染を減らすために、MRSAのスクリーニングを実施し、MRSA保菌者に対してはCHG浴と鼻腔内除菌を用いた標的除菌を行う。(エビデンスの質:中)
4. MRSAに対する臨床培養陽性数を減らすために、医療機器(特に中心ラインやミッドラインカテーテル、腰椎ドレーン)を使用しているICU外のMRSA保菌患者に対し、CHG浴と鼻腔内除菌を行う。(エビデンスの質:中)
5. 退院後のMRSAによる感染や再入院を減らすために、退院後におけるMRSA保菌者への除菌の実施を検討する。(エビデンスの質:高)
6. NICUにおいて、MRSAの感染率が平均を上回る場合は標的除菌や普遍的除菌の実施を検討する必要がある。またNICUにおいてMRSA感染へのハイリスク患者(例.低体重出生児や医療機器の埋め込みを伴う患者、ハイリスク手術の実施前)に対して標的除菌の実施を検討する必要がある。(エビデンスの質:中)
7. 熱傷病棟において、MRSA感染率が平均を上回る場合、標的除菌または普遍的除菌の実施を検討する必要がある。(エビデンスの質:中)
8. 透析患者に対して標的除菌または普遍的除菌の実施を検討する。(エビデンスの質:中)
9. MRSAのアウトブレイクを制御するための集学的アプローチの一環として、除菌療法の実施について良く検討する必要がある。(エビデンスの質:中)

【ガウンや手袋の普遍的な使用に関する事項】
1.MRSAの保菌状況に関わらず、全ての成人ICU患者の病室への入室時あるいは治療を行う場合にはガウンと手袋を着用する。(エビデンスの質:中)
未解決問題
1. 普遍的なMRSA除菌に関して
2. ムピロシン及びCHGの耐性に関して
3. MRSAが定着した医療従事者に関して

MRSAの除菌療法に関する事項

MRSAの除菌療法に関する事項では、MRSA除菌の目的や除菌方法、除菌に関する9つの勧告事項とそれらのエビデンスが紹介されています。各項目の概要については以下の通りです。
 

1) MRSA除菌の目的

MRSA除菌の目的は、一般的にMRSAの保菌状態の除去または抑制を行うことで、臨床におけるMRSAによる感染を減らすこととされています。保菌はMRSAによる感染の予測因子であるため、保菌者に対する除菌はMRSAの罹患率や感染症数の改善に有益であると考えられています。

2) MRSAの除菌方法

MRSAの除菌には、スクリーニングを行いMRSA保菌者のみを標的とする標的除菌や、スクリーニングを実施せず感染リスクの高い集団全般に除菌を実施する普遍的除菌があります。
ヒトにおけるMRSAの主要な保菌部位は鼻腔内と考えられており、鼻腔内除菌は黄色ブドウ球菌保菌者の感染を減少させるために重要であると考えられています4)-7)。また、MRSAの保菌者は皮膚(主に腋や鼠径部)においても汚染や保菌を生じている可能性があるため、MRSAの除菌時には通常、皮膚消毒も実施されています。
今回の勧告内では、鼻腔内への抗生物質の投与またはクロルヘキシジン(CHG)による皮膚消毒(CHG浴)の実施をMRSAの除菌療法として扱い、急性期ケア病院における様々な場面における勧告事項を述べています。なお、黄色ブドウ球菌やMRSAに対して医療現場で除菌を実施する際には、ムピロシンなどの抗生物質を使用することによる薬剤耐性菌の発生や、CHGを使用することによる感受性の低下などに注意を払う必要があることが述べられています8)-10)

3) 除菌に関する勧告事項

2014年版実践勧告においては、除菌に関する事項は2つのみ(積極的監視検査との併用に関する事項と成人ICUにおける事項)でしたが3)、今回の勧告では成人ICU以外にも、NICU、手術前、ICU以外の病棟、透析患者、熱傷による入院患者などの医療現場の様々な状況下に対する9つの勧告事項が示されています。各勧告事項には、それらに関する複数のエビデンスが紹介されており、特定の患者集団に対する普遍的除菌または標的除菌に関する充実した内容となっています。
 

おわりに

現在SHEAやIDSA、APICなどの関連学会は2014年に公表した医療現場における感染制御に関する様々な勧告の更新を実施しています11)。それらの中には以前Y’s Letterで取り上げた中心静脈ライン関連血流感染予防に関する戦略(Y’s Letter Vol.4.No.29)12)13)や手指衛生14)Clostridioides difficile感染症15)に関する戦略などが含まれており、今後も随時感染制御に関する勧告の公開が予定されています。本勧告もその一環として公表されたものであり、MRSAに対する様々な観点における推奨事項が豊富なエビデンスと共に紹介されています。特に除菌療法の事項では2014年版実践勧告から大幅に勧告事項の追加が行われており、それら1つ1つに対して最新の知見が紹介されています。次回のY’s Letterではそれらに焦点を当て、除菌療法のエビデンスに関する部分を紹介する予定です。
2020年のアメリカにおけるMRSA感染症は、新型コロナウイルスのパンデミックによる医療現場への負担が増大したことで、前年と比較して41%の大幅な増加が生じたことが報告されています16)。MRSAによる感染は死亡率の増加や入院期間の延長による医療費の増大を招くため、今後もMRSAへの感染対策は重要であると考えられます。


<参考文献>

1) SHEA:Updated Guidance Shows How Hospitals Should Protect Patients from Resistant Infections(2023年7月20日閲覧) [Full Text]
2) Popovich K, Aureden K, Cal Ham D, et al.:SHEA/IDSA/APIC Practice Recommendation: Strategies to prevent methicillin-resistant Staphylococcus aureus transmission and infection in acute-care hospitals: 2022 Update. Infect Control Hosp Epidemiol 2023;44:1-29. [Full Text]
3) Calfee D, Salgado C, Milstone A, et al.:Strategies to prevent methicillin-resistant Staphylococcus aureus transmission and infection in acute care hospitals:2014 update. Infect Control Hosp Epidemiol 2014;35 Suppl 2:S108-S132. [Full Text]
4) Eiff C, Becker K, Machka K, et al.:Nasal carriage as a source of Staphylococcus aureus bacteremia. Study Group. N Engl J Med 2001; 344:11-16. [PubMed]
5) Rijen M, Bonten M, Wenzel R, et al.:Mupirocin ointment for preventing Staphylococcus aureus infections in nasal carriers. Cochrane Database Syst Rev 2008;2008:CD006216. [PubMed]
6) Ammerlaan H, Kluytmans J, Wertheim H, et al.:Eradication of methicillin-resistant Staphylococcus aureus carriage:a systematic review. Clin Infect Dis 2009;48:922-930. [PubMed]
7) Fritz S, Camins B, Eisenstein K, et al.:Effectiveness of measures to eradicate Staphylococcus aureus carriage in patients with community-associated skin and soft-tissue infections: a randomized trial. Infect Control Hosp Epidemiol 2011;32:872-880. [PubMed]
8) Miller M, Dascal A, Portnoy J, et al.:Development of mupirocin resistance among methicillin-resistant Staphylococcus aureus after widespread use of nasal mupirocin ointment. Infect Control Hosp Epidemiol 1996;17:811-813. [PubMed]
9) Lepainteur M , Royer G, Bourrel A, et al.:Prevalence of resistance to antiseptics and mupirocin among invasive coagulase-negative staphylococci from very preterm neonates in NICU: the creeping threat ? J Hosp Infect 2013;83:333-336. [PubMed]
10) Teo B, Low S, Ding Y, et al.:High prevalence of mupirocin-resistant staphylococci in a dialysis unit where mupirocin and chlorhexidine are routinely used for prevention of catheter-related infections. J Med Microbiol 2011;60:865–867. [Full Text]
11) IDSA:Compendium of Strategies Update(2023年7月20日閲覧)[Full Text]
12) Buetti N, Marschall J, Drees M, et al.:Strategies to prevent central line-associated bloodstream infections in acute-care hospitals: 2022 Update. Infect Control Hosp Epidemiol 2022;43:1-17. [Full Text]
13)吉田製薬株式会社: Y’s Letter Vol.4 No.29 [Full Text]
14) Glowicz J, Landon E, Sickbert-Bennett E, et al.: SHEA/IDSA/APIC Practice Recommendation:Strategies to prevent healthcare-associated infections through hand hygiene: 2022 Update. Infect Control Hosp Epidemiol 2023;44:355-376. [Full Text]
15) Kociolek L, Gerding D, Carrico R, et al.:Strategies to prevent Clostridioides difficile infections in acute-care hospitals:2022 Update. Infect Control Hosp Epidemiol 2023;44:527-549. [Full Text]
16) CDC:National Center for Emerging and Zoonotic Infectious Diseases (NCEZID) Antibiotic Resistance(2023年7月20日閲覧) [Full Text]

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Y's Letter