感染対策情報レター

SHEA/IDSA/APICの実践勧告 急性期ケア病院におけるMRSAの伝播と感染予防のための戦略:2022年改訂版 ~MRSA除菌療法に関する勧告のエビデンス~

はじめに

2023年6月に米国医療疫学学会(Society for Healthcare Epidemiology of America:SHEA)は米国感染症学会(Infectious Diseases Society of America:IDSA)、米国感染管理疫学専門家協会(Association for Professionals in Infection Control and Epidemiology:APIC)などの関連学会と連携し「急性期ケア病院におけるMRSAの伝播と感染予防のための戦略:2022年改訂版」実践勧告を公開しました1)。前回のY’s Letter Vol.4 No.32では本勧告の概要について紹介しましたが、今回はMRSAの除菌療法について、エビデンス等が明記された解説部分を中心に紹介します。

MRSAの除菌療法に関する勧告と解説

本勧告では「必須実施事項」の実施後も制御できないMRSAによる伝播や感染が生じている場所や病院内の集団に対して実施を検討する事項である「追加の取り組み」にMRSA除菌療法に関する9つの勧告が示されています。これらの勧告の内容および解説部分の概要を以下に示します。

【勧告】
①MRSA流行時の臨床培養を減らすために、成人ICUのすべての患者に毎日のクロルヘキシジン(CHG)浴と5日間の鼻腔内除菌による普遍的除菌を行う。(エビデンスの質:高)
 
 【解説】
ICU患者に対する毎日のCHG浴と1日2回5日間のムピロシン鼻腔内投与による普遍的な除菌は、スクリーニング検査後のMRSA陽性者に対する除菌や、スクリーニング検査後の陽性者に対する接触予防策よりも、陽性者数の減少と血流感染予防に優れており、費用対効果も高いことが実証されています。また、ICUにおける普遍的CHG浴の単独の実施により血流感染が28%減少し、MRSAとバンコマイシン耐性腸球菌(VRE)を合わせた多剤耐性菌による感染を23%減少させたと報告されています。別の報告でもICUにおける手指衛生遵守率の改善と普遍的CHG浴の実施により、MRSAの獲得が減少したことが示されており、高い手指衛生遵守率に加えて普遍的CHG浴を実施している状況では、スクリーニングによる保菌者の検出と陽性者に対する接触予防策を実施する利点はないと結論付けています2)
CHGによる普遍的除菌単独では保菌者の除菌はできないが、ICUにおける保菌者から非保菌者へのMRSA伝播の減少には有効であるとされています。したがって、最適なMRSA対策としてはムピロシンによる鼻腔除菌に加えて、CHGによる普遍的除菌の併用が推奨されます。
以上のことから普遍的除菌は標的除菌(スクリーニングと陽性者に対して実施する除菌)よりも優れていることが判明しています。その一方で、医療施設ではMRSAスクリーニングを実施する他の理由がある可能性についても指摘されており、それはアウトブレイクへの対応、サーベイランスデータの必要性、MRSA保菌者に対する接触予防策の必要性のほか、経験的抗MRSA薬投与の制限またはMRSA保菌者に対する術前バンコマイシン予防投与などに関連する臨床的理由が挙げられています。

【勧告】
②金属器具の埋め込みを伴う手術において、MRSAによるSSIを減らすためにMRSA保菌者におけるCHGと鼻腔除菌を用いた標的除菌を伴う術前鼻腔内スクリーニングを行う。 (エビデンスの質:中)
 
 【解説】
標的除菌の代替として普遍的除菌を適用できることが示されています。
金属器具の埋め込みを伴う手術では、SSIを減少させるために黄色ブドウ球菌保菌者を対象とした術前スクリーニングと除菌が一般的に行われています。ほとんどの研究はアウトカムを黄色ブドウ球菌で評価しており、MRSAに特化したものではありませんが、金属器具の埋め込み手術を含むRCTやその他の研究を用いた大規模なメタアナリシスでは、標的または普遍的鼻腔内除菌により黄色ブドウ球菌によるSSIが減少し、これと同様にMRSA保菌者の鼻腔内除菌によりMRSAによるSSIが減少することが明らかにされています。
本勧告の対象はMRSAであり、黄色ブドウ球菌は対象となっていませんが、MRSAは黄色ブドウ球菌の一部であるため、本解説部分ではいくつかの黄色ブドウ球菌に関するエビデンスを強調しています。心臓、股関節、膝関節の手術を対象とした20病院での大規模コホート研究においては、標的鼻腔内除菌により黄色ブドウ球菌によるSSIを減少させたと報告されています。さらに、人工関節置換術または脊椎固定術を受けた患者1,697人を対象とした単一施設RCTでは、5%ポビドンヨードによる普遍的鼻腔内除菌が2%ムピロシンによる普遍的鼻腔内除菌よりも黄色ブドウ球菌による深部SSI発生率を有意に低減したと評価されました3)。実用性の観点から、黄色ブドウ球菌またはMRSAのスクリーニングを省くために、鼻腔スクリーニングを行わない普遍的な鼻腔除菌を採用することができると述べられています。
*5%ポビドンヨード:日本国内では未承認の濃度

【勧告】
③外科病棟におけるMRSAの院内感染を減らすために、MRSAのスクリーニングを実施し、MRSA保菌者に対してはCHG浴と鼻腔内除菌を用いた標的除菌を行う。 (エビデンスの質:中)
 
 【解説】
標的除菌の代替として普遍的除菌を適用できることが示されています。
入院患者126,750人を対象とした10病院、33外科病棟からなる国際共同研究では、手指衛生の強化に加えて普遍的スクリーニングとMRSA保菌者の標的除菌を行う介入により、MRSAの臨床培養陽性率が1か月あたり12%減少したと報告されています。また清潔手術患者を対象とした2次分析では、普遍的スクリーニングとMRSA保菌者の標的除菌により、MRSA臨床培養陽性率が1か月あたり15%減少し、MRSA感染が1か月あたり17%減少しました。
また本項の解説部分においてもMRSAではなく、黄色ブドウ球菌に関する重要なエビデンスが紹介されています。約1,000人の手術患者を対象としたRCTでは、入院患者に対する黄色ブドウ球菌の普遍的スクリーニングと保菌者に対するCHGとムピロシンによる除菌により、保菌者における入院中の黄色ブドウ球菌による感染を58%低下し、有意に減少させたと報告されています。さらに3,864人を対象としたRCTでは、金属器具埋め込み手術を含む様々な外科手術(一般外科手術、婦人科手術、神経手術、腫瘍手術、および心臓胸部手術など)を受ける黄色ブドウ球菌保菌者に対する術前のムピロシン鼻腔除菌(心臓胸部手術はCHG浴も実施)により、黄色ブドウ球菌によるSSIは有意には減少しませんでしたが、保菌者における黄色ブドウ球菌による院内感染のリスクが51%減少し、有意差が認められました4)。このように除菌を実施することでSSI以外の術後入院患者の感染についても減少させることができるとされています。

【勧告】
④MRSAに対する臨床培養陽性数を減らすために、医療機器(特に中心ラインやミッドラインカテーテル、腰椎ドレーン)を使用しているICU外のMRSA保菌患者に対し、CHG浴と鼻腔内除菌を行う。(エビデンスの質:中)
 
 【解説】
ICU以外のCHG浴の有用性を検討した約34万人の患者を含む53病院の大規模クラスター無作為化比較試験おいて、MRSA保菌者を対象に通常ケア群と普遍的CHG浴に加えてムピロシンによる標的除菌を実施する群(除菌群)の比較試験が行われています5)。試験の結果、MRSAとVREを合わせた保菌者数および血流感染については、全体的な減少効果を認めませんでした。しかしながら、事後サブグループ解析ではハイリスク群である医療機器(中心静脈カテーテル、ミッドラインカテーテル、および腰椎ドレーン)を使用していたICU以外の患者において、除菌群では通常ケア群に比べてMRSAおよびVREの臨床培養陽性数が37%減少し、また血流感染も32%減少し共に有意な低減効果が認められました。

【勧告】
⑤退院後のMRSAによる感染や再入院を減らすために、退院後におけるMRSA保菌者への除菌の実施を検討する。(エビデンスの質:高)
 
 【解説】
MRSA保菌者の退院後の感染を減少させることを目的としたRCTにおいて、2,121人のMRSA保菌者を対象に、日常的なケアと退院後の除菌(CHG浴、CHG洗口、ムピロシン鼻腔投与)を5日間1サイクルとし、月2サイクル、6か月間実施した場合との比較検討が行われています。その結果、除菌実施によって1年間の追跡期間中にMRSA感染が30%低下し、有意に減少したと報告されています。
MRSA対策における退院後の除菌はオランダのSearch and Destroyプログラムで初めて系統的に実施されました。しかしながら、このような退院後の除菌実施には協力と投資が必要であり、病院ではあまり採用されていません。

【勧告】
⑥NICUにおいて、MRSAの感染率が平均を上回る場合は標的除菌や普遍的除菌の実施を検討する必要がある。またNICUにおいてMRSA感染のハイリスク患者(例:低体重出生児や医療機器の埋め込みを伴う患者、ハイリスク手術の実施前)に対して標的除菌の実施を検討する必要がある。(エビデンスの質:中)
 
 【解説】
MRSAの保菌は、NICUにおけるその後に発生する感染の重要なリスク因子ですが、準実験的研究では除菌により施設内アウトブレイク発生時のMRSA感染が減少したと報告されています。NICUにおけるMRSA対策には標的除菌と普遍的除菌の両方が使用され、感染や伝播の減少効果を示しています。また除菌により新生児におけるMRSA保菌、獲得、感染が減少した報告もあります。さらに除菌により、NICUにおけるMSSAの保菌と感染についても減少効果を示した報告もあります。
ムピロシンとCHGはNICUで除菌に最も良く使用されています。最近のRCTでは、66人の乳児がムピロシン鼻腔投与群に割り付けられましたが、製品に関連した中等度、重篤、重症の有害事象は発生しませんでした。CHGは新生児に安全に使用されていますが、皮膚刺激および全身吸収の可能性があるため、未熟児には慎重に使用すべきとされています。FDAでは、CHGは未熟児または生後2か月未満の乳児には注意して使用すべきであると指摘しています。CHGはNICUで広く使用されており、米国のNICUを対象とした調査において、その使用率は2009年の59%から2015年には86%に増加しています。CHG関連の有害事象はまれですが、多くのNICUでは、特に生後1か月以内の早産児に対するCHGの使用を制限しています。
医療従事者や環境だけでなく、両親も黄色ブドウ球菌の重要なリザーバーになり得るとされ、NICUにおいて新生児へ暴露する可能性があります。ある研究では、ムピロシン鼻腔内投与とCHG浴で両親を除菌することで、NICUの新生児へのMRSAとMSSAの伝播が減少することが示されています。

【勧告】
⑦熱傷病棟において、MRSA感染率が平均を上回る場合、標的除菌または普遍的除菌の実施を検討する必要がある。(エビデンスの質:中)
 
 【解説】
熱傷患者に対する日常的な除菌を推奨するには、より質の高いエビデンスが必要であり未解決の問題となっています。
熱傷患者はMRSAの獲得と感染のリスクが高いですが、除菌戦略によってMRSA感染を減少させることが示されています。この除菌戦略では、鼻腔除菌にはムピロシンやオクテニジン、皮膚除菌にはCHGや次亜塩素酸、オクテニジンなど様々な製剤が使用されています。
消毒薬の創傷治癒へ与える影響については一貫性のある結果が得られていないため、熱傷病棟におけるMRSA感染予防のための局所消毒薬の役割は、リスクと利益のバランスを慎重に考慮する必要があります。したがって、熱傷患者に対して標的除菌あるいは普遍的除菌を実施するかの決定は、MRSA発生の病棟でのリスク評価に基づいて行うべきとされています。

【勧告】
⑧透析患者に対して標的除菌または普遍的除菌の実施を検討する。(エビデンスの質:中)
 
 【解説】
MRSA保菌者はMRSA感染を生じやすく、血液透析患者にMRSA血流感染が生じると治療は困難になります。さらに血液透析患者は侵襲性MRSA感染のリスクが最も高い患者の1つであり、そのリスクは標準的な集団と比較して100倍高いとされています。
あるシステマティックレビューとメタアナリシスによると、ムピロシン鼻腔内投与とCHG浴は血液透析患者のMRSA除菌に高い効果を示したと評価されましたが、本検討では除菌による感染予防効果については評価されていません。しかし別のシステマティックレビューとメタアナリシスにおいては、ムピロシン投与群では非投与群と比較して黄色ブドウ球菌による菌血症のリスクが82%減少したことが示されています。
なお、透析患者に対する日常的な除菌を推奨するには、より質の高いエビデンスが必要とされています。

【勧告】
⑨MRSAのアウトブレイクを制御するための集学的アプローチの一環として、除菌療法の実施について良く検討する必要がある。(エビデンスの質:中)
 
 【解説】
MRSAのアウトブレイクを制御するための戦略を検証した臨床試験はありませんが、多くの準実験的研究ではMRSAの伝播と感染を減少させるための集学的アプローチの一環として、MRSAの除菌を含む感染対策の実施によりアウトブレイクの制御に成功したことが実証されています。
アウトブレイクが起きている状況において、除菌は保菌者を感染から守り、感染に発展する可能性のある保菌圧を減少することができます。つまり、鼻腔除菌は個々の患者の感染リスクを軽減し、局所の皮膚除菌は皮膚上の菌数を減少させ、菌伝播の減少効果の手助けをします。
除菌は普遍的に、または積極的監視検査と組み合わせて実施することができます。アウトブレイクを起こしている施設では、積極的監視培養により、病棟内での菌伝播の程度を測定し、菌株同定のための菌を提供することができます。また、医療従事者がMRSA伝播のリザーバーとして関与していることを示唆する報告もあります。この報告ではアウトブレイク制御を成功させるためには、特にNICUや熱傷病棟のようなリスクの高い病棟では、リザーバーを検出するために医療従事者をスクリーニングすることが必要になる場合があるとしています。さらに別の報告では他の基本的なMRSA対策(手指衛生、接触予防策、環境整備の強化、新生児のスクリーニングと除菌など)を実施したにも関わらず効果がなかった場合に、医療従事者をスクリーニングして除菌することで、成人病棟およびNICUにおけるMRSAアウトブレイクを制御することに成功しています。

おわりに

MRSA対策における除菌は様々な場面で実施を考慮することができ、今回の勧告では追加の取り組みとして9種類の場面で勧告されています。その中でICUでは多くのエビデンスが存在するため、MRSA流行時には普遍的除菌を行うことが高いエビデンスの質として推奨されています。また退院後の除菌についても高いエビデンスの質で勧告されていますが、退院後の除菌は患者の協力が必要であり、またコストもかかるため保菌者に対する除菌は実施を検討するとの勧告となっています。その他の勧告は全て中程度のエビデンスであり、除菌については実施する、あるいは実施を検討する勧告内容となっています。
実際の除菌の実施については施設におけるMRSAの流行状況や他の感染対策の実施状況、遵守率などを考慮する必要があります。施設内で通常の感染対策を行っているにも関わらずMRSA感染が継続的に発生している場合には追加の対策の1つとして除菌療法を検討することができ、本勧告およびエビデンスを含む解説部分はその際の参考になる内容であると思われます。


<参考文献>

1) Popovich K, Aureden K, Cal Ham D, et al.:SHEA/IDSA/APIC Practice Recommendation:Strategies to prevent methicillin-resistant Staphylococcus aureus transmission and infection in acute-care hospitals:2022 Update. Infect Control Hosp Epidemiol 2023;44:1-29. [Full Text]
2) Derde LPG, Cooper BS, Goossens H, et al.:Interventions to reduce colonisation and transmission of antimicrobial-resistant bacteria in intensive care units: an interrupted time series study and cluster randomised trial. Lancet Infect Dis 2014;14:31-39.[Full Text]
3) Phillips M, Rosenberg A, Shopsin B, et al.:Preventing surgical site infections: a randomized, open-label trial of nasal mupirocin ointment and nasal povidone-iodine solution. Infect Control Hosp Epidemiol 2014;35:826-832. [Full Text]
4) Perl TM, Cullen JJ, Wenzel RP, et al.:Mupirocin And The Risk Of Staphylococcus Aureus Study Team. Intranasal mupirocin to prevent postoperative Staphylococcus aureus infections. N Engl J Med. 2002;346:1871-1877. [PubMed]
5) Huang SS, Septimus E, Kleinman K, et al.:Chlorhexidine versus routine bathing to prevent multidrug-resistant organisms and all-cause bloodstream infections in general medical and surgical units (ABATE Infection trial): a cluster-randomised trial. Lancet 2019;393:1205-1215. [Full Text

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