消毒薬テキスト第5版

IV 対象微生物による消毒薬の選択

1 抗微生物スペクトル概説1~9)

各種消毒薬はそれぞれ固有の抗微生物スペクトルを持つ。このことは、消毒薬を選択する上で留意する基本的な事項である。Spauldingは殺滅可能な微生物によって、消毒を高水準消毒、中水準消毒、低水準消毒の3つに分類した。これらの消毒水準を達成できる消毒薬を本テキストでは、それぞれ高水準消毒薬、中水準消毒薬、低水準消毒薬という。

微生物の消毒薬に対する抵抗性は細菌芽胞が一番強く、なかでもバチルスの芽胞が最も強い。次いで結核菌やウイルスが続くが、ウイルスの消毒薬抵抗性は様々であり、一般にエンベロープの有無が消毒薬抵抗性を左右する。エンベロープを有しないポリオウイルスなどは消毒薬抵抗性が強いが、エンベロープを有するインフルエンザウイルスなどは抵抗性が弱い。従来、エンベロープを有するB型肝炎ウイルスの抵抗性は強いと認識されていたが、アルコール10)、ポビドンヨード11)、その他一部の低~中水準消毒薬の有効性が証明されており12)、近年ではさほど抵抗性の強いウイルスではないと認識されるようになった。

結核菌に次いで抵抗性の強いものとして、真菌の糸状菌があり、低水準消毒薬では十分な効果が得られないことがあり、なかには中水準消毒薬でも長時間の接触が必要なものがある。一般細菌や真菌の酵母菌は低水準消毒薬でも効果が得られるが、ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌やセラチアが抵抗性を示す場合もある。消毒薬の抗微生物スペクトルを表Ⅳ-1に示す。

表Ⅳ-1 抗微生物スペクトル早見表1~52)

消毒薬 グラム陽性菌 グラム陰性菌 真菌






ウイルス
黄C
色N
ブS
2)
ウ 
球 
菌 
1) 
腸そ
球の
菌他
・の
レグ
ンラ
サム
球陽
菌性
な菌
ど 
N
F

G
N
R
3)
腸そ
内の
細他
菌の
群グ
なラ
どム
 陰
 性
 菌
 4)







|





|

H
I
V




|

H
B
V




|

過酢酸
グルタラール 5) 6)
フタラール 6)
次亜塩素酸ナトリウム 7) 8)
ポビドンヨード
ヨードチンキ
エタノール 6) 6) ×
イソプロパノール 6) 6) ×
イソプロパノール添加エタノール液 6) 6) ×
1w/v%クロルヘキシジングルコン酸塩エタノール液 6) 6) ×
0.5w/v%クロルヘキシジングルコン酸塩エタノール液 6) 6) ×
1w/v%・0.5w/v%クロルヘキシジングルコン酸塩エタノール擦式製剤 6) 6) ×
0.2w/v%クロルヘキシジングルコン酸塩エタノール擦式製剤 6) 6) ×
0.2w/v%ベンザルコニウム塩化物エタノール擦式製剤 6) 6) ×
76.9~81.4vol%エタノール擦式製剤 6) 6) ×
フェノール 6) × ×
クレゾール 6) × ×
クロルヘキシジングルコン酸塩 6) 6) 9) 10) × × ×
ベンザルコニウム塩化物 9) 10) × × ×
ベンゼトニウム塩化物 9) 10) × × ×
アルキルジアミノエチルグリシン塩酸塩 6) 9) 10) 11) × ×


アクリノール水和物 6) 6) 9) 6) × ×
オキシドール 6) 12) 6)
ホルマリン
○:有効 △:十分な効果が得られない場合がある ×:無効 -:効果を確認した報告がない注)
1)MRSAを含む
2)コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(表皮ブドウ球菌など)
3)ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌(緑膿菌、バークホルデリア・セパシアなど)
4)大腸菌O-157を含む
5)グルタラールに抵抗性を示す非定型抗酸菌の報告あり
6)長時間の接触が必要な場合がある
7)1,000ppm以上の高濃度で有効
8)1,000ppm以上の濃度が維持できれば有効
9)バークホルデリア・セパシア、シュードモナス属、フラボバクテリウム属、アルカリゲネス属などが抵抗性を示す場合がある
10)セラチア・マルセッセンスが抵抗性を示す場合がある
11)0.2~0.5%の濃度で有効、抵抗性を示す非定型抗酸菌の報告あり
12)高濃度の過酸化水素で有効
 
注)
これら○△×-などによる区分は便宜的なものであり、必ずしも厳密なものではない。そもそも消毒薬の判定基準が明確でないため、有効・無効の断定が困難な場合がある。HBVについてはチンパンジー感染実験で確認された成分のみを有効とした。報告が少ない場合で区分の難しいものを「-:効果を確認した報告がない」に含めた場合もある。したがって厳密には消毒薬ごと、微生物ごとに詳しく述べる必要がある。また、高水準・中水準・低水準消毒薬の分類も便宜的なものであり、個々の消毒薬の抗微生物スペクトルがSpauldingの分類を部分的に超える、あるいは満たさない場合もある。

米国ではエンベロープを有するウイルスの消毒薬抵抗性は一般細菌よりも弱いと考えるのが一般的である。ただし、ウイルスの消毒効果判定には細胞培養が必要であり、また細胞培養が不可能なため動物感染実験が必要なウイルスもある。細胞培養においては消毒薬の細胞毒性が試験結果に偽陰性を生まないようにする必要がある。ウイルスの遺伝子学的・血清学的な測定系を応用して消毒薬感受性を測定しようとする試みも行われているが53、54)、特定の測定系が陽性であることを無効の判定に結びつけることは誤った結論を生み出す場合がある。以上のことから、ウイルスの消毒薬感受性に関するエビデンスは限られている。日本ではエンベロープを有するウイルスに対する消毒薬の効果について米国よりも慎重にとらえるのが一般的であり、アルコールや次亜塩素酸ナトリウムの選択を基本とするのが妥当である。ただし、消毒の目的、対象物、ウイルスの種類によっては低水準消毒薬を選択することが適切な場合もある。

各種消毒薬の抗微生物スペクトルはそれぞれ固有のものであるが、消毒薬の効果はその使用条件により大きく影響される。殺菌効果に影響する因子として作用時間、菌量、濃度、温度、有機物の存在等が挙げられる。

殺菌に必要な作用時間は微生物の消毒薬抵抗性によって違い、作用時間が長ければ長いほど殺菌効果が上がる。また作用時間は微生物量によっても影響され、微生物量が多いほど作用時間を要する。作用時間が長いと被消毒物に与える影響も大きくなるので、適切な作用時間を選ぶ必要があり、したがって消毒前に洗浄を行い微生物量を減らすことが重要である。

消毒薬の濃度は微生物の抵抗性によって適切な濃度を選択する必要がある。一般に濃度が高いほど殺菌効果は上がるが、被消毒物に与える影響も大きく、逆に適正濃度より低いと十分な殺菌効果が得られない。また消毒薬によっては濃度が高いとかえって殺菌効果が下がることもある。低水準消毒薬や、ポビドンヨード、次亜塩素酸ナトリウムなどの消毒薬は有機物が混入すると濃度低下を起こす。低水準消毒薬のなかには繊維に吸着され、濃度低下を起こすものがあるので、消毒綿やモップでの清拭時には注意が必要である。このほか経時的な変化により濃度低下がみられるものとして、グルタラール、次亜塩素酸ナトリウムなどがある。アルコール製剤は揮発による濃度低下がある。

消毒薬のなかには蛋白凝固を起こすものがあり、被消毒物に有機物が付着していると、その部分に消毒薬が浸透せず、消毒が不完全になることがある。
一般に殺菌効果は温度が高くなるほど上がる。病院内の環境は室温が保たれているので、それほど問題は生じないが、冬期に水道水で希釈する場合には温度が低すぎることがある。消毒薬は希釈水の硬度にも影響され、硬度が高いと濁りや沈殿を起こし、濃度低下の原因となることがあるので、なるべく精製水を使用することが望ましい。

このように消毒薬は種々の要因により殺菌効果に影響が出てくるため、消毒薬の性質をよく理解した上で、適正な使用をして初めて、その消毒薬が持つ効果を発揮することができる。

以下、医療関連感染において特に問題となる微生物を中心に述べ、次いで市井感染と医療関連感染の双方において問題となる病原微生物について感染症法の範囲で述べる。

2  一般細菌

細菌は原核生物で核膜を有しない。細胞壁を有し、多くの場合無細胞培地において自己増殖することが可能である。また細菌はその形態から球菌、桿菌、螺旋菌などにも分類されるが、球菌状・桿菌状双方の形態をとるものもある。細菌はグラム染色法によりグラム陽性菌とグラム陰性菌に大別される。グラム陰性菌は細胞壁の外側に外膜を持つ。他の微生物と同様、科(family)、属(genus)、種(species)の順に分類されるが、同じ菌種であっても、菌株(strain)により病原性、抗菌薬感受性、消毒薬感受性が異なる場合がある。

1)グラム陽性菌55)

グラム陽性菌の多くは、しばしばヒトや環境に常在し、健常人にとってはほとんど問題にならない弱毒菌であるが、それら弱毒菌も免疫不全患者や易感染患者においては重篤な感染症を引き起こす場合がある。医療関連感染で問題となるグラム陽性菌として黄色ブドウ球菌、コアグラーゼ陰性ブドウ球菌、レンサ球菌、腸球菌などがあるが、これらの菌には抗菌薬に耐性を示す株が存在し、感染対策上の大きな問題となっている。
 

(1)ブドウ球菌(Genus Staphylococcus)


①黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)56)
黄色ブドウ球菌はグラム陽性の球菌でヒトの皮膚、鼻腔、消化管などの常在菌であるが、病院では主に易感染患者において手術部位感染、血流感染、呼吸器感染、尿路感染を惹起し、最も重要な医療関連感染起因菌の一つである。抗菌薬耐性の観点から、メチシリンやオキサシリンに耐性のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(methicillin-resistant Staphylococcus aureus: MRSA)とメチシリン感受性黄色ブドウ球菌(methicillin-sensitive Staphylococcus aureus: MSSA)に分けられる。日本においてはMRSAが黄色ブドウ球菌臨床分離株の半数程度を占める57)

〈抗菌薬耐性について〉
黄色ブドウ球菌は抗菌薬に対する耐性が生じやすく、1940年代ペニシリンGの量産化後まもなくペニシリナーゼを産生してペニシリン耐性を示す株が拡散した。1960年代にはメチシリン、オキサシリンなどの合成ペニシリンや第1世代セフェム系薬が開発されたが、これらに耐性を持つメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)がすぐさま出現した。

MRSAはほとんどのβ-ラクタム系薬に耐性である場合が多く、その他の抗菌薬に耐性を獲得することもあり、難治性感染症の原因となる。耐性遺伝子mecAを保有する黄色ブドウ球菌では、細胞壁を構成する蛋白のひとつであるペニシリン結合蛋白(penicillin-binding protein:PBP)がβ-ラクタム系薬と結合力の弱いPBP2’に変化するためβ-ラクタム系薬に耐性を示す。

バンコマイシンはMRSAに有効な抗菌薬であるが、1996年には日本においてバンコマイシン低感受性MRSAが臨床分離された。これは米国の分類でvancomycin-intermediate Staphylococcus aureus(VISA)に相当した58、59)

また、2002年米国においてバンコマイシンに耐性を示すvancomycin-resistant 、Staphylococcus aureus(VRSA)が分離され、mecAのみならずバンコマイシン耐性遺伝子であるvanAを持つことが確認された。vanAはVREから伝達されたと推論されている60、61)。 また、黄色ブドウ球菌のなかには莢膜多糖体を有する株があり、このような株はバイオフィルムを形成し、抗菌薬の到達が悪くなるため効果が低下することがある。

〈病原性について〉
黄色ブドウ球菌は、化膿症の原因となるほか、その他の病原毒素を産生する場合がある。MSSAとMRSAに病原性の明らかな差は報告されていない。黄色ブドウ球菌の病原性には表Ⅳ-2のようなものがある。

表Ⅳ-2 黄色ブドウ球菌の病原性
化膿性感染症 莢膜、コアグラーゼ、α毒素、ロイコシジン等が関与していると考えられている。皮膚、粘膜、軟部組織、肺、骨髄などで化膿性感染症を起こす。
食中毒 エンテロトキシンを産生する株による。毒素はもっぱら食品中で産生され、耐熱性である。
熱傷様皮膚症候群 エクスフォリアティブ毒素(exfoliative toxin)を産生する株による。
毒素性ショック症候群 毒素性ショック症候群毒素1型(toxic shock syndrome toxin 1:TSST-1)を産生する株による。

〈消毒薬に対する感受性〉
黄色ブドウ球菌において、薬剤排出蛋白をコードするqacAqacBsmr(=qacC~Dまたはebrなど)、qacE~Hなどの遺伝子が伝達性のプラスミド上に存在し、第四級アンモニウム塩、クロルヘキシジン、両性界面活性剤、色素系薬剤などの消毒薬を排出することにより消毒薬抵抗性を示す場合があると報告されている62~64)。しかし、これらは消毒薬のMIC(最小発育阻止濃度)、つまりごく低濃度での感受性の変化であり、実用濃度における感受性には影響しないため、臨床的に問題はないとされている5、65)

ただし細菌における消毒薬抵抗性の変化を調査することには意義があり66、67)、また消毒薬の繁用が抗菌薬耐性菌を選択的に生存させるという仮説もある65)。したがってこの分野の研究は今後も発展が期待される。

黄色ブドウ球菌のなかには莢膜多糖体を有する株があり、このような株はバイオフィルムを形成し、消毒薬の到達が悪くなるため効果が低下する68)。この場合消毒前の洗浄が重要となる。

〈感染対策および消毒〉
易感染患者では鼻腔、咽頭などに保菌する黄色ブドウ球菌により内因性感染することが多いが、それと同様に重要な感染経路として、医療従事者の手指や医療機器等を介した接触感染がある。標準予防策を基本とし、感染部位によって排菌状況を考慮し、必要に応じて接触予防策を追加する。広範な熱傷・褥瘡感染症例、呼吸器感染で気管切開がある症例など大量にMRSAを排菌する場合は個室隔離するが、その他の場合は適切なバリアプリコーションを行えばよい。なおVISAとVRSAの場合は、厳密な接触予防策を行う69)。ブドウ球菌は比較的乾燥に対して強く、乾燥環境表面で1週間生存し70)、ドライモップ上では数週間生きていたという報告もある71)

黄色ブドウ球菌はほとんどすべての消毒薬に対して感受性であり、MSSAとMRSAの感受性の差はほとんどないといわれている72、73)。また、VISAの消毒薬感受性もMRSAなどその他の黄色ブドウ球菌と大きな差はないとされている74、75)。一方、クロルヘキシジンは、黄色ブドウ球菌に対して極めて低いMICを示すことから優れた静菌作用を持つ45)。黄色ブドウ球菌の熱に対する感受性については、70℃の温水による15~30秒間の処理で生存菌数が0.001%未満になったという報告がある76)

ブドウ球菌に有効な消毒薬は、クロルヘキシジングルコン酸塩、ベンザルコニウム塩化物、ベンゼトニウム塩化物、両性界面活性剤、アルコール、次亜塩素酸ナトリウム、ポビドンヨード、グルタラールなどである。また80℃10分間の熱水消毒も有効である。ただし、クロルヘキシジンや両性界面活性剤では長時間の接触が必要との報告もあり13)、またポビドンヨードも繁用されている10%水溶液では数分を要するとの報告もあるため75、77)、これら消毒薬においてはブドウ球菌に対する速効性を期待すべきではない。一方、アルコール、速乾性手指消毒薬には速効性が期待できる。なお、ブドウ球菌に対する持続効果の面ではクロルヘキシジンが優れている6~8)

通常、床は清掃のみで消毒薬を使用する必要はないが、頻繁に接触する環境表面などノンクリティカル表面のブドウ球菌を消毒する場合は、ベンザルコニウム塩化物、両性界面活性剤などの低水準消毒薬を用いるか、またはペルオキソ一硫酸水素カリウム配合剤を用いる方法もある78、79)。小範囲の場合にはアルコールも選択できる。

通常のノンクリティカル表面の消毒法、つまりブドウ球菌など一般細菌と酵母菌を主な対象とする場合の消毒法を表Ⅳ-3に示す。

表Ⅳ-3 一般細菌・酵母菌を対象とする通常の消毒法
ノンクリティカル表面
(接触予防策の場合)
熱水(80℃10分間)
0.1~0.2%ベンザルコニウム塩化物液
0.1~0.2%ベンゼトニウム塩化物液
0.1~0.2%アルキルジアミノエチルグリシン塩酸塩液
アルコール
200~1,000ppm次亜塩素酸ナトリウム液
②コアグラーゼ陰性ブドウ球菌(Coagulase-negative Staphylococci: CNS)80)
CNSはコアグラーゼ陰性でマンニットを分解しないブドウ球菌群で、ヒトの皮膚、粘膜、上気道に常在する。CNSには表皮ブドウ球菌(Staphylococcus epidermidis)、Staphylococcus haemolyticusStaphylococcus saprophyticusなどが含まれるが、医療関連感染起因菌として代表的なものは表皮ブドウ球菌である。

病原性は黄色ブドウ球菌より弱いといわれているが、易感染患者の増加に伴い、体内挿入人工物や血管カテーテルに関連してCNS感染が増加している。血流感染、心内膜炎、髄膜炎、敗血症などを起こす。

〈抗菌薬耐性について〉
CNSにはMRSAと同様に抗菌薬に対して多剤耐性を示す株がある。メチシリン耐性表皮ブドウ球菌(methicillin-resistant Staphylococcus epidermidis: MRSE)も多く検出されており、臨床上問題となっている。日本においてはMRSEを含むメチシリン耐性コアグラーゼ陰性ブドウ球菌がコアグラーゼ陰性ブドウ球菌臨床分離株の半数以上を占める57)。その耐性機構はMRSAと同様で、PBP2’の遺伝子であるmecAの保有が確認されている。また、バンコマイシンに対する低感受性株・耐性株も報告されている81~83)。CNSは莢膜多糖体を産生し、カテーテル表面に付着しやすく、バイオフィルムを形成して抗菌薬による除菌が困難となる。

〈感染対策および消毒〉
CNSは皮膚常在菌であるので、血管内留置カテーテル挿入部位の皮膚消毒やカテーテル挿入操作時の手指消毒・手袋着用が重要となる。挿入部位の消毒に用いる消毒薬として日本で繁用されてきたのは10%ポビドンヨード液であるが、1%クロルヘキシジングルコン酸塩アルコール液を使用した場合のほうがカテーテル挿入部位の微生物数を減少させる効果が高く、血流感染の発生リスクを低減させる傾向がみられるとの報告がある84)。また、70%イソプロパノール、10%ポビドンヨード液よりも2%クロルヘキシジン液のほうが感染率が低いとの報告がある85)。消毒薬に対する感受性は黄色ブドウ球菌と同様なので消毒薬の選択は黄色ブドウ球菌に準ずる。
III-1-1)-(2) 血管カテーテル挿入部位の消毒 を参照】
 

(2)その他のグラム陽性菌


①レンサ球菌(Genus Streptococcus
Lancefield抗原(群抗原)や溶血性によりA群レンサ球菌(化膿レンサ球菌)、B群レンサ球菌などに分類されるが、医療関連感染上問題となる代表的なものは肺炎球菌である。
肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)は、ヒトの鼻腔、咽頭などに常在するが、時に肺炎、中耳炎、心内膜炎、敗血症、髄膜炎などを引き起こす。近年はペニシリン耐性肺炎球菌(penicillin-resistant Streptococcus pneumoniae: PRSP)が拡散している86)。日本では1980年代後半からPRSPが拡散し始め、1990年代半ばには肺炎球菌の40%程度に及んだといわれている87)。PRSPの耐性機構はモザイク遺伝子の関与した複数のペニシリン結合蛋白(PBPs)における薬剤親和性の低下といわれている。

〈感染対策および消毒〉
肺炎球菌に対しては、呼吸器系分泌物への標準予防策が基本であり、場合により飛沫予防策や接触予防策を考慮する。レンサ球菌の消毒薬に対する抵抗力は弱いので低水準消毒薬を使用した通常の消毒方法でよい。

②腸球菌(Genus Enterococcus
腸球菌はヒトおよび動物の腸内常在菌であり、Enterococcus faecalisEnterococcus faeciumなどがある。病原性の低い菌であるが、易感染患者において問題となり、医療関連感染も発生している。腸球菌は尿路感染の主な起因菌のひとつであるが、このほか血流感染、手術部位感染、心内膜炎、敗血症などを起こす。

腸球菌は多くの抗菌薬に対して耐性を示す場合があり、バンコマイシン耐性腸球菌(vancomycin-resistant Enterococci:VRE)も出現している88)。VREには多剤耐性菌が多く、欧米で大きな問題となっているが、日本における分離頻度はまだ比較的低い57)。VREはバンコマイシンの標的部位であるペプチドグリカンの末端アミノ酸を変化させる遺伝子(vanA、B)を保有し、特にvanAをもつVREはバンコマイシンやテイコプラニンに高度耐性を示す89)

〈感染対策および消毒〉
感染経路は内因性感染の場合もあるが、医療従事者の手指、医療機器等による接触感染の場合も多く、標準予防策および接触予防策を行う。腸球菌は比較的乾燥に対して強く、乾燥環境表面で1週間生存する90)

VREの消毒薬に対する感受性はバンコマイシン感受性腸球菌と差がなく、低水準消毒薬が有効であり、黄色ブドウ球菌と同様の方法でよい91)。ただし黄色ブドウ球菌と同様、クロルヘキシジングルコン酸塩は他の消毒薬より効果を得るのに時間を要するという報告があり14、92、93)、またポビドンヨードも繁用されている10%水溶液では数分を要するとの報告がある77、93、94)。80℃10分間の熱水消毒も有効である95)
これら以外のグラム陽性菌についてはⅣ-4抗酸菌Ⅳ-6芽胞Ⅳ-8感染症法の類別における微生物を参照。

2)グラム陰性菌96)

医療関連感染対策において問題となる主なグラム陰性菌は、緑膿菌などのブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌と大腸菌・セラチアなどの腸内細菌科細菌である。これらのグラム陰性菌は病院内の湿潤した環境に存在し、またヒトの皮膚や腸管内にも存在しているので、環境に由来する外因性感染と患者自身の常在菌による内因性感染の両方が病院内で問題となる。

ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌と腸内細菌科のセラチアは、感染源、伝播経路、抗菌薬耐性、消毒薬抵抗性において多くの類似点を持っており、病院のみならず家庭・職場などにおいても、入浴水・花瓶水などの溜水、浴槽・洗面台・洗面用具などの湿潤な室内環境・用具から頻繁に検出されるため、これらをまとめて親水性のグラム陰性菌(hydrophilic gram-negative bacteria)と呼ぶこともある97)。なお、ここでの親水性は湿潤な場所を好んで生息するという意味であり、細菌学的性状を表すものではない。
親水性のグラム陰性菌には消毒薬に抵抗性を示す菌株がしばしば存在する。グラム陽性菌と異なり外膜を有するため薬剤感受性が低い場合がある。また、消毒薬抵抗性に関与する遺伝子qacEqacEΔ1などが発見されている98)Pseudomonas spp.では、細胞壁構成脂質の量的変化からの細胞吸着量減少によると思われる抵抗性が報告されている99)。バイオフィルムを形成した菌株も消毒薬に対して抵抗性を示す100)。抵抗性の機構全体はまだ明らかにはなっていないが、親水性のグラム陰性菌は実用濃度の消毒薬中で生存することがあり、臨床上の注意が必要である。
 

(1)ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌(non-fermenting gram-negative rod: NF-GNR)


ブドウ糖を嫌気的に発酵しないグラム陰性桿菌の総称である。Pseudomonas spp.、Burkholderia spp.、Acinetobacter spp.、Stenotrophomonas spp.、Chryseobacterium spp.、Achromobacter spp.などがあり、土壌、環境中やヒトの皮膚、粘膜にも存在する。栄養要求性が低く、栄養分の乏しい湿潤環境でも増殖可能であるが、乾燥には弱く数時間で死滅する。病原性は弱いが日和見感染菌として医療関連感染上の問題となっている。

ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌の多くは本来的に様々なβ-ラクタマーゼを産生するため、もともと有効な抗菌薬の選択肢が少ない。またさらに様々な耐性機構を獲得または発揮して多剤耐性となる場合も多い101)。バイオフィルムを形成する菌株も多く、抗菌薬の浸透が悪くなり、治癒を遅らせることもある。

①緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)102、103)
緑膿菌は病院内での検出頻度が高く、特に流し場、吸入器、花瓶の水などの湿潤した環境からの検出が多い。緑膿菌は蒸留水中でも増殖可能といわれている。外因性の感染経路には医療従事者の手指や加湿器、ネブライザー、保育器などの湿潤器具、湿潤環境からの感染がある。一方健常人からの菌の検出は少ないが、抗菌薬や免疫抑制剤の投与を受けている入院患者には容易に菌が定着し、常在細菌叢中から検出されるようになる。

健常人にはほとんど病原性がないが、感染防御能低下患者においては感染症を引き起こす。肺炎・気管支炎などの呼吸器感染症は気管切開患者に、尿路感染症は尿道カテーテル留置患者に多く見られる。また、熱傷などの広範囲な創面での創感染も見られる。重篤な場合は敗血症になることもある。

また、緑膿菌は抗緑膿菌薬以外の抗菌薬に耐性を示し、菌交代症を起こして難治性となることがあるので、臨床的に大きな問題となっている。さらにイミペネムや第3世代セフェム系薬など抗緑膿菌薬に対する耐性を獲得する場合もある104)。消毒薬に対しても抵抗性を持つ株が存在し、消毒薬の汚染や汚染による感染の報告もある17)

Burkholderia cepacia105)
以前はGenus Pseudomonasに分類されていた。自然環境に常在する細菌であるが、病院環境からは、緑膿菌と同様湿潤した環境から検出される。呼吸器感染や血流感染などを引き起こすことがあり、囊胞性繊維症患者において重大な肺疾患をもたらし死因となることがある。囊胞性繊維症患者間ではセパシアが直接伝播すると示唆した報告があるが、一般患者において病室隔離の必要はない。セパシアに汚染された消毒薬、吸入剤、輸液による感染例の報告があり105)、軟膏、点眼薬、石けん、水道水、透析液などからの検出報告もある106)

③アシネトバクター(Genus Acinetobacter)107)
代表的な菌種はAcinetobacter baumanniiである。自然界に広く分布し、病院内環境からの検出も多い。健常人の皮膚の25%から分離されたという報告もあり、医療従事者の皮膚から分離されるグラム陰性菌のなかでは最も分離頻度の高い菌種である。他のブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌より乾燥に強い。したがって、ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌としての感染対策と同時にブドウ球菌に準じた感染対策が必要となる。感染防御能低下患者では呼吸器感染症、尿路感染症、創感染などを引き起こす。口腔内で一過性に分離されることもあり、気管内挿管、気管切開患者では定着しやすく、しばしば肺炎、気管支炎を起こすことがある。2011年2月から薬剤耐性アシネトバクター感染症が感染症法第五類の定点把握に指定され、2014年9月からは感染症法第五類の全数把握に変更されている。

Stenotrophomonas maltophilia108)
以前はGenus PseudomonasまたはGenus Xanthomonasに分類されていた。湿潤環境に広く存在しヒトの糞便から検出されることもある。感染防御能低下患者において呼吸器感染、血流感染、手術部位感染、および蜂巣織炎などを引き起こし、肺炎、敗血症、心内膜炎などに進展して死因となることもある。血圧測定機器、呼吸器系装置、透析機器、コンタクトレンズ、精製水、消毒薬、浴槽などの汚染を介して医療関連感染を引き起こした例が報告されている109)

⑤クリセオバクテリウム(Genus Chryseobacterium)
以前はGenus Flavobacteriumに分類されていた。自然環境に常在する細菌であるが、病院環境からは緑膿菌と同様湿潤した環境から検出される。Chryseobacterium spp.のなかでChryseobacterium meningosepticumは病原性が強く、新生児、重症患者、免疫不全患者において血流感染、呼吸器感染、髄膜炎、敗血症などを引き起こす。クロルヘキシジングルコン酸塩がChryseobacterium meningosepticumに汚染されていたという報告がある16)。主として汚染された水、消毒薬、加湿器、人工呼吸器を介しての感染である110)

Achromobacter xylosoxidans111)
以前Genus Alcaligenesに分類された時期もある。 病院の水道水、湿潤環境にも広く存在し、汚染された薬剤・処置に用いる水などを介して、感染防御能低下患者において血流感染、呼吸器感染、尿路感染などを引き起こし、髄膜炎、心内膜炎、腹膜炎、肺炎をもたらす。低水準消毒薬に強い抵抗性を示す場合がある。

〈感染対策および消毒〉
感染防御能低下患者は、内因性感染を含めてブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌やセラチアに感染しやすいので、適切な検査診断や抗菌薬投与法が重要となる。外因性感染では医療従事者の手指、医療機器等を介したものや人工呼吸器、ネブライザー、加湿器など湿潤器具を介したものが重要となる。輸液(ヘパリンロックなどを含む)自身やそれに関連するバイアル栓、ルート、手指、挿入部位の汚染には特に注意が必要である。保菌者、感染症例には標準予防策を基本とする。多剤耐性の場合には排菌状況により接触予防策を追加することもある。また、ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌とセラチアには消毒薬に抵抗性を示す株が存在し、消毒薬の汚染が報告されているため(表Ⅳ-4)、消毒薬の管理には十分な注意が必要となる。

表Ⅳ-4 消毒薬に生息した菌とその際の消毒薬濃度
消毒薬 生息菌 濃度(%)
第四級アンモニウム塩 Pseudomonas spp. 0.1、0.15、0.5
Pseudomonas aeruginosa 0.1
Burkholderia cepacia 0.05、0.13
Serratia marcescens 0.78
クロルヘキシジン Pseudomonas spp. 0.02、0.05、0.1
Burkholderia cepacia 0.2
Serratia marcescens 2
Chryseobacterium meningosepticum 0.1
ポビドンヨード Burkholderia cepacia 10
フェノール類 Pseudomonas aeruginosa 1

文献2)より転載・改変

消毒薬を選択する場合、基本的には低水準消毒薬でも有効であるが、抵抗性を示す場合があるので、なるべくアルコールや200~1,000ppm(0.02~0.1%)次亜塩素酸ナトリウムを選択する。80℃10分間の熱水消毒も有効である。環境は通常の清掃を行い、よく乾燥させるのが基本であるが、浴槽など広範囲を消毒する必要がある場合には0.1~0.2%両性界面活性剤や0.1~0.2%ベンザルコニウム塩化物液を用い、できれば熱水ですすぐ。

湿潤したノンクリティカル表面の消毒法、つまり低水準消毒薬に抵抗性を示す親水性のグラム陰性菌を念頭においた消毒法を表Ⅳ-5に示す。

表Ⅳ-5 低水準消毒薬に抵抗性を示す親水性のグラム陰性菌の消毒法
湿潤したノンクリティカル表面
(消毒が必要な場合)
熱水(80℃10分間)
アルコール
200~1,000ppm次亜塩素酸ナトリウム液
⑦レジオネラ(Genus Legionella)112)
1976年米国フィラデルフィアのホテルで在郷軍人会が開催された際、原因不明の重症肺炎集団発生があり、在郷軍人病と呼ばれた。その後、この肺炎の原因菌が分離され、Legionella pneumophilaと命名された。遺伝子的にはCoxiella burnetiiに近いグラム陰性菌であるが、便宜上この節で述べる。

IV-8-5)-(4) リッケチア、コクシエラ 参照】

レジオネラは湿潤土壌、河川、湖など水系の自然界に広く存在し、藻類、アメーバなどの細胞内に寄生して生息する。ヒトへの感染は水飛沫に含まれるレジオネラを吸入(inhale)するか吸引(aspirate)することにより発生する。レジオネラには多くの菌種があり、それらのほとんどが肺炎の原因菌となる。感染症の症状としては、肺炎症状を起こすレジオネラ肺炎(フィラデルフィア型)とインフルエンザ様症状のポンティアック熱がある。

空調、クーリングタワー由来の水飛沫、給水給湯、加湿器、ネブライザーなどの汚染による感染例が医療関連感染を含めて報告されている。また、近年では循環式浴槽や、温泉の誤嚥による感染も報告されている。このようにレジオネラ感染は環境の感染源から空気、水、飛沫を媒介物として伝播するが、ヒトからヒトへの感染はない。したがって感染症例については通常の標準予防策を行うことで十分であり、感染症例を感染源とみなした空気予防策や飛沫予防策の必要はない113、114)

ただし一般媒介物に対する感染予防策として、クーリングタワーの飛沫が病室内に入らないような空調設備を考慮する必要があり、クーリングタワーは定期的に清掃、消毒を行うことが望ましい115)。また、CDCの2003年肺炎ガイドラインは、病院内の給水をなるべく51℃以上あるいは20℃未満に保つこと、および病院内の温給水がレジオネラの感染源となった場合には、配管全体において71~77℃となる熱水を5分間以上または残留(遊離)塩素濃度が2ppm以上となる温水を一晩流して浄化することを推奨している116)。加湿器やネブライザーなどのレジオネラ消毒には、通常用いる次亜塩素酸ナトリウム、アルコール、熱水、高水準消毒薬が有効である117)
 

(2)その他のグラム陰性菌


この節では腸内細菌科細菌について述べる。腸内細菌科という名称は分類学上のものであり、腸内細菌の一部のほか、通常では腸管に存在しないセラチアなども属している。医療関連感染上問題となる代表的な腸内細菌科細菌としては、大腸菌、クレブシエラ、エンテロバクター、セラチア、プロテウス、シトロバクターがある。腸内細菌科の赤痢菌、サルモネラ、および腸内細菌科以外のグラム陰性菌についてはⅣ-8感染症法の類別における微生物を参照。

大腸菌やクレブシエラにおいては、抗菌薬感受性が本来良好であるが、第3世代セフェム系薬を分解する基質拡張型β-ラクタマーゼ(extended-spectrum beta-lactamases:ESBLs)を産生するプラスミド性遺伝子により多剤耐性が拡散したことが、欧米で大きな問題となっている118)。日本においてESBLsが検出される頻度は次第に上昇しており57)、特定施設において高頻度に検出されることもある。エンテロバクター、セラチア、プロテウス、シトロバクターは本来的にβ-ラクタマーゼ産生であり、さらに耐性を拡大することもある。近年では、カルバペネム系抗菌薬も分解してしまうメタロ-β-ラクタマーゼを産生する多剤耐性菌や、カルバペネム系抗菌薬などほぼすべてのβ-ラクタム系抗菌薬をはじめ、フルオロキノロン系、アミノ配糖体系など広範囲の抗菌薬に耐性を示すNDM-1(ニューデリーメタロ-β-ラクタマーゼ1)を産生する新型の多剤耐性菌の出現が報告されている119、120、383、384)

①大腸菌(Escherichia coli
大腸菌はヒトや動物の腸内常在細菌のひとつであるが、医療関連感染において主要な細菌のひとつであり、尿路感染、呼吸器感染、血流感染、手術部位感染を引き起こし、肺炎、敗血症、髄膜炎、腹膜炎などをもたらす場合がある。

また、病原性大腸菌が健常人に消化管感染を起こすことがあり、その場合も医療関連感染上の問題となるが、それらは病型により以下のように分類される121)

・腸管病原性大腸菌(enteropathogenic Escherichia coli: EPEC)
・腸管出血性大腸菌(enterohaemorrhagic Escherichia coli: EHEC)
・腸管侵入性大腸菌(enteroinvasive Escherichia coli: EIEC)
・毒素原性大腸菌(enterotoxigenic Escherichia coli: ETEC)
・腸管付着性大腸菌(enteroaggregative Escherichia coli: EAEC)
・びまん付着性大腸菌(diffuse-adherent Escherichia coli)
・細胞致死性膨潤毒素産生大腸菌(cytolethal distending toxin-producing Escherichia coli)

【腸管出血性大腸菌については IV-8-4) 三類感染症 を参照】

②クレブシエラ(Genus Klebsiella)122)
ヒトの腸管や口腔内の常在菌であるが、肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae)による肺炎は市井でもアルコール多飲者などに発生する。医療関連感染として肺炎桿菌は、肺炎など呼吸器感染のほか、尿路感染、血流感染、手術部位感染などを引き起こす。バイオフィルムを形成することもあるため、留置カテーテルに関連して重要となることもある。Klebsiella oxytocaによる医療関連感染もある。

③エンテロバクター(Genus Enterobacter)123)
Enterobacter cloacaeEnterobacter aerogenesはヒト、動物の腸内に常在するが、水、土壌などにも広く分布し、病院環境にも存在する。感染防御能低下患者では、尿路感染、呼吸器感染、敗血症などを起こす。エンテロバクターで汚染された器具、薬剤、水、医療従事者の手指を介した感染伝播も報告されているが124)、感染の多くは内因性感染と言われている。

④セラチア(Genus Serratia125)
Serratia marcescensなどのセラチアは、水や土壌に広く分布し、病院の湿潤環境からも検出される。Serratia marcescensは赤色からピンクの色素を産生することが多い。感染源、伝播経路、抗菌薬耐性、消毒薬抵抗性などの面でブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌と類似している。感染防御能低下患者では、尿路感染、呼吸器感染、血流感染などを引き起こし、敗血症、髄膜炎、骨膜炎、心内膜炎、肺炎を起こし死に至ることもある。多剤耐性を示す場合もあり、第3世代セフェム系薬とカルバペネムに耐性を示したとの報告がある126)。消毒薬については、クロルヘキシジングルコン酸塩やベンザルコニウム塩化物などの低水準消毒薬に対して抵抗性を示す場合があり、医療関連感染起因菌として重要である。

セラチアによる医療関連感染について、濃度管理などが適切でなかったアルコール綿が原因のひとつとの疑いが報告されたが127、128)、その後の調査により、非常に濃度低下したアルコール綿が高度に汚染されないかぎり、セラチアがアルコール綿で生存できないことが報告されている129)。単包あるいは複数枚入りパック製品のアルコール綿を使用することは様々な面で衛生的・合理的であるが、それ以外の形態でのアルコール綿使用が不適切であると考える必要はない。万能壷であっても注ぎ足しをせず定期的な調製を行えばよい。なお、ヘパリンなど輸液類の多数回使用によるセラチア汚染の危険性が指摘されている。

⑤プロテウス(Genus Proteus)130)
Proteus mirabilisProteus vulgarisはヒト、動物の腸内および自然界に広く分布し、日和見感染を起こすが、尿路感染では上行性となり腎盂腎炎を引き起こすことがある。また、呼吸器感染、創感染を引き起こすこともある。

Citrobacter freundii131)
Citrobacter freundiiはヒト、動物の腸内および自然界に広く分布し、日和見感染を起こす。尿路感染、呼吸器感染、手術部位感染、血流感染を引き起こす。

〈感染対策および消毒〉
一般に腸内細菌では糞便で汚染された水や食品を介する経口感染が多いが、病院では医療従事者の手指、医療器具を介した感染もある。通常は標準予防策を基本とするが、腸管出血性大腸菌などには糞便を念頭においた接触予防策を追加する。

IV-8-2) 表Ⅳ-22 参照】

腸内細菌科細菌に分類される細菌の消毒薬感受性はおおむね良好で、ベンザルコニウム塩化物、両性界面活性剤などの低水準消毒薬で十分である。

ただしセラチアについては、ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌と同様の注意を払って消毒薬を選択し、湿潤器具、湿潤環境、水性薬剤などの汚染を念頭に置いた感染対策を行う。

3 真菌132、133)

真菌は下等な真核生物で核膜を有するが、光合成能が無く、多糖体性の細胞壁を有する。真菌は真性菌糸を形成しない酵母と真性菌糸を形成する糸状菌に分けられる。酵母にはCandida spp.やCryptoccocus spp.などがあり、糸状菌にはAspergillus spp.、Trichophyton spp.、Rhizopus spp.などがある。また真菌症は、カンジダ症、クリプトコックス症、アスペルギルス症、ムーコル症などの深在性真菌症と白癬症などの表在性真菌症に分類される。 真菌は易感染患者において日和見感染を起こすことがあり、医療関連感染対策上も問題となる。

1)酵母

①カンジダ(Genus Candida)134)
酵母のなかで医療関連感染において特に問題となるのはカンジダである。カンジダはヒトの口腔、腸管、腟および皮膚に常在しており、口内炎(鵞口瘡)、腟カンジダ症、皮膚カンジダ症などを引き起こすが、病院においては血管内留置カテーテル、抗菌薬療法などに関連してカンジダ血症、尿路感染、腸管カンジダ症、肺カンジダ症、全身性カンジダ症をもたらすことも多い。カンジダ症の原因として最も分離頻度の高いのがCandida albicansであるが、 Candida glabrataCandida tropicalisCandida parapsilosisなども検出される。主に内因性感染と言われているが、汚染された輸液、医療従事者の手指を介した医療関連感染も報告されている。

Cryptococcus neoformans135~138)
Cryptococcus neoformansは自然界に広く分布し、鳥類の糞、特にハトの糞や土壌から検出されるが、肺、中枢神経、全身性の感染症であるクリプトコックス症を引き起こす。特にAIDS患者など免疫不全患者が乾燥して空中を浮遊しているハトの糞を含む塵埃を吸入することで感染する場合が医療関連感染としても問題となっている。このような場合、病室の空調のほか、病院周辺のハトの糞を排除することが課題となる。通常ヒトからヒトへの感染はない。

〈感染対策および消毒〉
酵母菌による感染症例には標準予防策を基本とする。酵母の消毒薬に対する感受性は一般細菌と同様で、低水準消毒薬でも十分効果が得られる。ベンザルコニウム塩化物、クロルヘキシジングルコン酸塩、両性界面活性剤、アルコール、ポビドンヨード、次亜塩素酸ナトリウム、グルタラールなど多くの消毒薬が有効である。

2)糸状菌

①アスペルギルス(Genus Aspergillus)116、139、140)
医療関連感染において特に問題となる糸状菌はアスペルギルスである。Aspergillus fumigatusAspergillus flavusAspergillus brasiliensis(Aspergillus nigerから名称変更)などは広く自然界の土壌や空中に存在するが、好中球減少症患者、造血幹細胞移植患者などにおいて侵襲性を発揮し、アスペルギルス症としての皮膚炎、副鼻腔炎、気管・気管支炎、肺炎、脳炎などを引き起こす。また、空気中に大量の胞子が存在する場合にはその他の易感染患者においてもアスペルギルス症を引き起こす。

移植病棟などに隣接する場所で建築改修工事が行われている場合、明らかに肺アスペルギルス症の発症率が高くなったという報告がある141、142)。アスペルギルスは環境のいたるところに存在するため、病院内の空調設備を定期的にメンテナンスすること、清掃は湿式清掃を基本とすること、改修工事の際には空気流を遮断するなどの対策が必要である116)。また、造血幹細胞移植病棟ではHEPAフィルターによる空調の管理が重要である139、140、143、144)

②ムーコル(Order Mucorales145)
ムーコル目に属するAbsidia spp.、Mucor spp.、Rhizopus spp.などは広く自然界に存在するが、好中球減少症患者などにおいてムーコル真菌症としての肺炎、真菌血症、中枢神経系感染、鼻腔感染、眼窩感染、胃腸管感染や皮膚感染を引き起こす。空気中に浮遊する胞子を吸入することにより、鼻腔や肺に伝播する。

③皮膚糸状菌146)
Trichophyton spp.、Microsporum spp.などの皮膚糸状菌は表在性真菌症である白癬の原因菌で、頭部白癬(しらくも)、汗疱状白癬(水虫)、体部・陰股部頑癬(いんきんたむし)、爪白癬等を引き起こす。皮膚糸状菌症は特に免疫不全患者において発生しやすく、患者のクオリティーオブライフ(QOL)を損ねる。

〈感染対策および消毒〉
アスペルギルス症は、アスペルギルスが増殖した老朽建材などの感染源から、媒介物としての空気が胞子を運んで伝播するため、ハイリスク患者の病室における空調管理が感染予防策として重要である。ただし、ヒトからヒトへの伝播は通常ないため、感染症例については標準予防策を行うことで十分であり、感染症例を感染源とみなした空気予防策を行う必要はない。ムーコル真菌症についても同様である。表在性真菌症は手や物品などを介してヒトからヒトへ伝播する可能性があることに注意が必要である。

糸状菌を特に対象としたノンクリティカル器具や環境の消毒が必要となる場合は少ない。通常は日常的な清拭、洗浄、湿式清掃で十分である。糸状菌は消毒薬に対して抵抗性があり、消毒が必要な場合には、500~1,000ppm(0.05~0.1%)次亜塩素酸ナトリウム、アルコール、熱水(80℃10分間)を用いる。

高水準消毒薬やポビドンヨードも有効であるが、クロルヘキシジングルコン酸塩、ベンザルコニウム塩化物、両性界面活性剤など低水準消毒薬の常用濃度では24時間以上接触しても効果のない真菌も存在する22)。したがって、糸状菌に対して低水準消毒薬の効果が期待できない場合が存在するため、糸状菌の消毒には中水準以上の消毒薬を用いたほうがよい。

消毒用エタノールはAspergillus brasiliensis(Aspergillus nigerから名称変更)に対して2分半で効果を示すが、70%イソプロパノールは30分間を要するという報告がある24)。クレゾール石ケン液の1.0~2.0%液(クレゾールとして)は1時間以内の接触で殺真菌効果を示す23)。このように中水準消毒薬においても、アルコールやクレゾール石ケン液は比較的長い接触時間を要する場合がある。 糸状菌を対象とするノンクリティカル表面の消毒法を表Ⅳ-6に示す。

表Ⅳ-6 糸状菌を対象とする消毒法
ノンクリティカル表面
(特に消毒が必要な場合)
熱水(80℃10分間)
500~1,000ppm次亜塩素酸ナトリウム液
アルコール

4 抗酸菌

抗酸菌(Mycobacterium spp.)はグラム陽性桿菌で、細胞壁に多量の脂質を含有するため消毒薬抵抗性が強いが、熱、日光、紫外線により死滅する。抗酸菌は結核菌と非結核性抗酸菌に分類される。

1)結核菌(Mycobacterium tuberculosis147)

結核菌は結核の原因菌である。活動性肺結核患者の呼気から発散される飛沫核に含まれ、長期間室内空気中に浮遊してヒトに伝播する。初期結核は多くの場合不顕性であり、そのまま潜在性結核に移行し、その後2年以内に5%、2年以降にさらに5%が結核を発症すると言われる。近年でも多くの死者を出しており、先進国での罹患率上昇や多剤耐性結核(Multidrug-resistant tuberculosis:MDR-TB)や広範囲薬剤耐性結核菌(Extensively drug-resistant tuberculosis:XDR-TB)が問題となっている。

結核の感染予防策としては標準予防策に加え空気予防策が必要であり、患者を隔離するための個室病室は空気感染隔離室(airborne infection isolation room,AII室)と呼ばれる。2007年CDC隔離予防策ガイドラインによる空気感染隔離室の概要を表Ⅳ-7に示す148~150)。空気予防策に使用される米国の労働安全衛生機構(NIOSH)の性能基準に合致するマスクとして、空力学的質量径で直径0.3μm以上の粒子を95%以上ろ過するN95微粒子マスクが推奨されている。

表Ⅳ-7 空気感染隔離室の概要
・周囲の区域に対し陰圧に設定
・1時間に12回以上(新築・改修設備)または6回以上(既存設備)の換気がなされ、適切な戸外に排気されるか、もしくは、室内空気が他区域へ循環する前に超高性能ろ過を受けるように設定
・浴室とトイレが設置されている
・部屋のドアは閉めておく
入室するすべての医療従事者は少なくともN95マスクを着用する
呼吸器系装置や喀痰吸引から飛沫による伝播のほか148)、気管支内視鏡の消毒不良を介した結核伝播が報告されているので151、152)、呼吸器系のセミクリティカル器具は結核菌に対する十分な効力を念頭に高水準消毒を行うべきである。このことは高水準消毒の定義から当然のことであるが、セミクリティカル器具の種類によっては必ずしも結核菌に十分有効とはいえない方法を用いる場合がある。

III-2-1)-(2) 軟性内視鏡 参照】

III-2-1)-(2) 呼吸器系装置 参照】

なお、気道粘膜に触れる薬剤の汚染にも注意が必要である153)

ただし、ノンクリティカル器具や環境表面を介した伝播は特に報告がない。したがって、結核症例に使用した器具であっても、喀痰などによる特別な汚染がなければ、通常の洗浄・清拭・消毒を行えばよい。室内も通常の清掃でよい148)

結核菌を対象として消毒する場合には、表Ⅳ-8の消毒法を用いる5、26、38、154)。低水準消毒薬であるベンザルコニウム塩化物やクロルヘキシジングルコン酸塩は無効である。
 
表Ⅳ-8 結核菌を対象とする消毒法
セミクリティカル器具
(気管支内視鏡など)
2~3.5%グルタラール(前洗浄後20分間以上)
0.55%フタラール(12分間)
0.3%過酢酸(時間は温度による)
ノンクリティカル表面
(特に消毒が必要な場合)
熱水(80℃10分間)
アルコール
0.5~1%クレゾール石ケン液
0.2~0.5%アルキルジアミノエチルグリシン塩酸塩液
1,000ppm以上の次亜塩素酸ナトリウム液(低濃度では無効)
* 濃度はクレゾールとして

2)非結核性抗酸菌155)

Mycobacterium kansasiiMycobacterium gordonaeMycobacterium aviumMycobacterium chelonaeなどは非結核性抗酸菌と呼ばれ、広く水系環境に存在し、動物からも検出される。健常人でも肺疾病を引き起こすことがあり、免疫不全患者においては肺感染、手術部位感染、皮膚感染、腹膜炎、心内膜炎などの医療関連感染を引き起こす。水道水にも存在するため、セミクリティカル器具の洗浄水には滅菌精製水を用いるか、水道水を用いた後アルコールを適用する。免疫不全患者の飲料水等にも注意が必要である。消毒法は結核菌に準ずればよいが、非結核性抗酸菌のなかには2%グルタラールや0.5%両性界面活性剤に抵抗性を示すものがある27、28)

5 ウイルス156、157)

ウイルスは宿主生体内または細胞培地においてのみ自己複製することが可能であり、DNAかRNAのどちらかの核酸しかもたない。大きさは20~250nmと微生物のなかでも最も小さい部類であり、電子顕微鏡でしか見ることができない。

エンベロープと呼ばれる脂溶性の外膜を持つものと持たないものがあり、エンベロープの有無が消毒薬抵抗性に大きく関与する。エンベロープを有するウイルスはおおむね消毒薬感受性が良好であり、エンベロープを有しないウイルスは消毒薬抵抗性が強い。ただし、エンベロープを有しないウイルスの中でも、親油性のアデノウイルス、ロタウイルスなどは比較的消毒薬抵抗性が弱い9)。大部分のウイルスに有効な消毒薬を表Ⅳ-9に示す48、158、159)

表Ⅳ-9 大部分のウイルスに有効な消毒薬(消毒法)
・煮沸(98℃以上)15~20分間
・2w/v%グルタラール
・500~5,000ppm(0.05~0.5%)次亜塩素酸ナトリウム
・76.9~81.4vol%消毒用エタノール
・70vol%イソプロパノール
・2.5w/v%ポビドンヨード
・0.55w/v%フタラール
・0.3w/v%過酢酸
文献158)より引用
この他、3%過酸化水素水が単純ヘルペスウイルス、ライノウイルス、ポリオウイルスを不活性化したという報告がある30、31、48)。ウイルスは種類、有機物の有無、ウイルス量などにより消毒薬に対する感受性に大きく差が生じるため、消毒薬の使用には注意が必要である。

ウイルスは高分子の粒子で完全抗原であるため、感染すると生体内に免疫が成立する。ただし、おおむね生涯免疫が成立するウイルス(例:麻しんウイルス、ムンプスウイルス、風しんウイルス、ポリオウイルス、日本脳炎ウイルス)と、免疫力が低下することや多様な抗原型が存在することによりしばしば再感染するウイルス(例:インフルエンザウイルス、RSウイルス、ライノウイルス、コロナウイルスなどのかぜ症候群ウイルス)がある。また、初感染後体内に潜伏し宿主の抵抗力が低下すると再活性化し回帰感染するウイルス(例:水痘・帯状疱疹ウイルス、単純ヘルペスウイルスなどのヘルペスウイルス)もある。血中ウイルス感染の場合においても、一過性感染であることが多いウイルス(B型肝炎ウイルスなど)と持続感染となることが多いウイルス(C型肝炎ウイルス、ヒト免疫不全ウイルスなど)がある。

ウイルスの感染対策にはその感染経路を考慮して対策を立てることが重要であるが、ウイルスの主な感染経路は表Ⅳ-10に示すとおりである。
 
表Ⅳ-10 ウイルスの主な感染経路
接触感染 直接接触、手指・器具・環境経由の間接接触
飛沫感染 咳やくしゃみの飛沫(1m以内に落下)、エアロゾル
空気感染 長時間空気中に浮遊する飛沫核の吸入
経口感染 食物、飲料水、手指・器具・環境経由の間接的経口摂取
経皮感染 針刺しなど刺傷、外傷、昆虫の刺創、動物の咬創
母子感染 経胎盤、産道、母乳
輸血感染 輸血、血液製剤、移植医療
* 人工物により機械的に発生したエアロゾルは遠くまで浮遊することがあるため、空気感染に含められる場合もある。
以下、ウイルスの科、属、種を英語で表記する場合、国際ウイルス分類委員会(International Committee on Taxonomy of Viruses:ICTV)の「Virus Taxonomy:2014 Release」(http://www.ictvonline.org/virusTaxonomy.asp)に従い学名はイタリックで表記する。その他の名称やセロタイプ名はノンイタリックで表記する。ただし文献書誌は原著の表記法にしたがう。

1)血中ウイルス160、161)

血液中に存在するウイルスは、輸血、穿刺、性行為などにより、血液を介して伝播することが多い。また母子感染もある。医療従事者は特に針刺しに対する注意が必要である。血中ウイルスとして、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルス、ヒト免疫不全ウイルス、ヒトT型細胞白血病ウイルスⅠ型などがある。

(1)B型肝炎ウイルス(Hepatitis B virus: HBV)162、163)

HBVはヘパドナウイルス科オルソヘパドナウイルス属のDNA型ウイルスで、エンベロープを有する。HBVはB型肝炎の原因ウイルスであり、母子感染、性行為、注射針の共用などにより伝播する。輸血による感染は献血スクリーニングの発達により減少した。日本のHBs抗原陽性者は120~140万人といわれ、そのうちHBe抗原陽性率は5.0~7.5%と推定される。HBe抗原陽性血による針刺しの場合は30%以上の確率で感染伝播する。B型肝炎は2~4週間の潜伏期間の後、不快感、発熱、黄疸などの急性肝炎症状を呈するが、その1%程度は劇症肝炎に発展して致命的となる。成人の3~5%、6歳未満の幼児の30%、新生児の95%は持続性感染を起こし、この場合は慢性肝炎、肝硬変、肝癌へと進展することもある。

病院では針刺しや粘膜への血液曝露などにより伝播することが多く、チンパンジーによる感染実験ではウイルス遺伝子(HBV DNA)量に換算した絶対量として10コピー相当のHBVの接種により感染が成立することが報告されている163~165)。重要な感染対策は、血液に対する標準予防策の徹底、針刺しの防止、適切な清掃・消毒、ワクチン接種、事後的免疫グロブリンの投与などである。

1970年代にWHOがHBV消毒に推奨した消毒薬はグルタラールやホルマリンなど強力な消毒薬のみであったが、その後チンパンジー感染実験により、80vol%エタノールが11℃ 2分間の接触で不活性化することが確認された10)。次亜塩素酸ナトリウム、ポビドンヨード、イソプロパノールによる不活性化も確認されている11)。さらに、第四級アンモニウム塩配合剤やフェノール配合剤による不活性化も確認されたが12)、日本で使用されている単剤では確認されていない。このように、従来HBVは消毒薬に対して抵抗性の強いウイルスであると考えられてきたが、現在ではあまり消毒薬抵抗性の強いものではないことが判明している。ただし、前述の配合剤は米国の環境用消毒薬入り洗浄剤であり、認可当局であるEPAはHBVに有効と表示することを認可しているが、CDCのガイドライン2015は血液汚染がある場合には次亜塩素酸ナトリウムを第一に選択することを勧告している149、150)。また、これらの配合剤を環境に使用しても、HBVの不活性化に必要な10分間の接触を保つことは困難であり実際的でない5)。各消毒薬の抗微生物スペクトルと特性を総合して勘案すると、ノンクリティカル表面のHBV消毒には次亜塩素酸ナトリウムを選択することが最も確実であり、被消毒物の材質が金属である場合など次亜塩素酸ナトリウムを用いることが不適切な場合にはアルコールによる清拭を選択することが最も妥当である。

HBVに有効な消毒薬で、日本で使用できるものを表Ⅳ-11に示す。

表Ⅳ-11 HBVを不活性化させる条件(チンパンジー動物感染実験の結果)
消毒薬(消毒法) 濃度 温度 時間
グルタラール 1w/v%160) 24℃ 2分
2w/v%11) 20℃ 10分
0.1w/v%10、166) 24℃ 5分
次亜塩素酸ナトリウム 500ppm11) 20℃ 10分
エタノール 80vol%10、166) 11℃ 2分
イソプロパノール 70vol%11) 20℃ 10分
ポビドンヨード 有効ヨウ素80ppm11) 20℃ 10分
加熱(煮沸) (98℃に上昇するまでに4分)10、166) 98℃ 2分

文献158)より引用・改変


目に見える血液の汚染が環境にある場合は、汚染を広げないよう念入りに血液を拭き取ったあと、1,000ppm(0.1%)の次亜塩素酸ナトリウムまたは消毒用エタノールや70vol%イソプロパノールで清拭する。血液そのものを消毒する場合は10,000ppm(1%)次亜塩素酸ナトリウムを使用するが、この濃度には強い刺激臭が伴い直接触れれば皮膚損傷も起こすので、5,000ppm(0.5%)が使用される場合もある158)。目に見えないが血液汚染を疑う場合は1,000ppm(0.1%)次亜塩素酸ナトリウムやアルコールを用いる。

なお、過酢酸とフタラールのHBV不活性化に関するチンパンジー感染実験は行われていないが、その他の間接的知見から有効と推定されている51)

(2)C型肝炎ウイルス(Hepatitis C virus: HCV)167、168)

HCVはフラビウイルス科ヘパシウイルス属のRNA型ウイルスで、エンベロープを有する。感染経路はほとんどが輸血によるものであったが、輸血による感染は献血スクリーニングの発達により減少した。日本のHCVキャリアは150万人以上と推計されている。C型肝炎は7~8週間前後の潜伏期間の後、黄疸、不快感、悪心など急性肝炎症状を呈することもあるが、無症候あるいは穏やかな症状のまま慢性感染に移行する場合が多い。このHCVキャリアにおいては疲労感を伴う慢性肝炎を発症することが多く、肝硬変、肝癌へと進展することもある。

HCVはHBVより感染力は弱いといわれ、針刺しによる感染の発生率は2.0%程度などといわれているが、チンパンジーによる感染実験では感染初期(HCV抗体ができる前)の血清を用いた場合、ウイルス遺伝子(HCV RNA)量に換算した絶対量として10コピーオーダーのHCVの接種により感染が成立することが報告されており164、169)、HBVに準じた注意が必要である。ワクチンはなく、B型肝炎の場合ほど明確な事後的予防措置はない。消毒薬抵抗性に関するデータはほとんどないが、消毒法はHBVと同様の方法で十分といわれる。

(3)ヒト免疫不全ウイルス(Human immunodeficiency virus 1、2、あるいは Human immunodeficiency virus: HIV)

HIVはレトロウイルス科オルソレトロウイルス亜科レンチウイルス属に属するRNA型ウイルスでエンベロープを有する。後天性免疫不全症候群(Acquired immunodeficiency syndrome:AIDS)の原因ウイルスである。HIVは感染者の血液、精液、腟分泌液、唾液、母乳に認められるが、唾液中のウイルス量は少ない。感染源として重要なのは血液、精液、腟分泌液で、輸血、母子感染、性行為、注射針の共用などにより伝播するが、通常の接触では伝播しない。感染力は弱く、針刺しによる感染率は0.3%程度といわれる。

感染が成立すると、カゼ様の急性症状を呈し、その後長い無症候期間を経てAIDSが発症し、さまざまな日和見感染症をもたらす。抗HIV薬療法の発達により、発症を遅らせることが可能となったが、完治をもたらす治療法はまだ無く、ワクチンも存在しない。日本におけるHIVキャリアはまだ少ないが年々増加している。

HIVはエンベロープを有し、消毒薬に対する抵抗性は弱く、第四級アンモニウム塩やクロルヘキシジンなどで効果が認められたという報告もあるため170、171)、米国EPAは様々な消毒薬についてHIVに有効と表示することを認可している。しかし、AIDSは治療法が確立されておらず予後不良の感染症であるため、低水準消毒薬を選択するべきではない172)。血液で汚染された環境表面の消毒はHBVの方法に準じて行う。WHOではHIVにも有効な処理方法として表Ⅳ-12のような処理方法を推奨している173)。他に、過酢酸とフタラールもHIVを不活性化する50、51)

表Ⅳ-12 WHOによるHIVに有効な処理方法
対象と目的 処理方法 処理条件
医療器具の滅菌 高圧蒸気滅菌 120℃ 20分間
乾熱滅菌 170℃ 2時間
医療器具の高水準消毒 煮沸消毒 100℃ 20分間
グルタラール 2w/v% 30分間
過酸化水素 6w/v% 30分間
環境表面の低~中水準消毒 次亜塩素酸ナトリウムなどの次亜塩素酸系 清潔条件:1,000ppm 10~30分間
汚染条件:5,000ppm 10~30分間
生体消毒 エタノール 70vol%
イソプロパノール 70vol%
ポビドンヨード 2.5~10w/v%

文献173)より作成

* 消毒用エタノールは76.9~81.4vol%だが同等と考えてよい。

(4)ヒトT細胞白血病ウイルス1型(Human T-lymphotropic virus 1、あるいはHuman T-cell leukemia virus typeⅠ: HTLV-Ⅰ)174)

HTLV-1はレトロウイルス科オルソレトロウイルス亜科デルタレトロウイルス属のRNA型ウイルスであり、エンベロープを有する。成人T細胞白血病(adult T-cell leukemia:ATL)の原因ウイルスであり、白血病のほか神経炎、関節炎などを起こす。感染後ほとんど持続感染するが、ATLを発症するのはまれである。キャリアは日本に100万人存在するといわれ、九州地方に多く、また女性のほうが多い。感染経路は輸血、性行為、母子感染である。血球成分から感染し血漿からの感染はしないことが判明しているため、大量の血液による曝露がなければ感染は成立しないといわれる。HTLV-1の消毒薬感受性について特に報告はないが、HIVやHBVに準じて消毒を行う。

以上をまとめ、血中ウイルスを対象とするノンクリティカル表面の消毒法を表Ⅳ-13に示す。

表Ⅳ-13 血中ウイルスの消毒法
ノンクリティカル表面
(血液などで汚染された場合)
熱水(98℃6分間、多くの場合は80℃での10分間洗浄でも可)
1,000ppm次亜塩素酸ナトリウム液(血液自体の消毒は5,000~10,000ppm)
アルコール

2)その他のウイルス154、175、176)

この節では医療関連感染起因ウイルスとして代表的なものを簡略に列記し、必要な感染対策の概要と消毒法の選択について説明する。これらのウイルスは市井感染においても重要であり、感染症法で指定されたウイルス感染症としてⅣ-8感染症法の類別における微生物で個々に述べる。

(1)消化器関連ウイルス

消化器に関連する主なウイルスには、ノロウイルス(以前はノーウォーク様ウイルス、または小型球形ウイルス)、ロタウイルス、アストロウイルス、ないしアデノウイルスの一部など 経口感染により急性胃腸炎をもたらすものがあり、またエンテロウイルスであるポリオウイルスのように経口感染により咽頭や消化管に感染したのち脳や脊髄などで発症するものもある。

また、A型肝炎ウイルスとE型肝炎ウイルスも経口感染するが、肝臓が主な感染部位である。これらのウイルスは糞便中に排泄され、ヒトからヒトへ糞便-経口感染するため、飲食物、手指、器具などの衛生管理が重要である。乳幼児の間では汚染された玩具を口にすることにより感染することもある。

感染対策は基本的に標準予防策であるが、小児や失禁がある場合などにおいては必要に応じて接触予防策を行う。

(2)呼吸器感染ウイルス

呼吸器に感染する主なウイルスとして、インフルエンザウイルス、RSウイルス、パラインフルエンザウイルス、ライノウイルス、コロナウイルス、ないしアデノウイルスの一部がある。 インフルエンザウイルスでは咳嗽やくしゃみによる飛沫感染が主であり、飛沫予防策を行う。その他のRSウイルスなどではウイルスで汚染された手指による鼻粘膜や眼粘膜への接触感染が多く、接触予防策を行う。

2007年CDC隔離予防策ガイドラインでは、呼吸器感染症を予防する対策として、咳や鼻づまり、鼻水、呼吸器分泌物の増加など症状がある全ての人(職員、患者、同伴の家族など)に対し医療施設に入るとき表Ⅳ-14に示す「呼吸器衛生/咳エチケット」を勧告している。

表Ⅳ-14 2007年CDC隔離予防策ガイドライン 「呼吸器衛生/咳エチケット」
市中においてウイルス性呼吸器感染症(例えば、インフルエンザ、RSウイルス、アデノウイルス、パラインフルエンザウイルス)の季節流行中に、呼吸器感染症病原体の飛沫や接触媒介物を封じ込めるための発生源対策の重要性に関して、医療従事者を教育する。
呼吸器感染症の徴候および症状を呈する患者および付き添いの人の呼吸器分泌物を封じ込めるために、医療現場(例えば、トリアージ部門、救急部の受付及び待合室、外来、診察室)で最初の受診の時点から開始し、次の処置を実施する。
外来や病室の入り口および重要な場所(例えば、エレベーター、カフェテリア)に、呼吸器感染症のある患者および他の人に対して、咳またはくしゃみの出るときに自分の口や鼻を覆うこと、ティッシュペーパーの使用と廃棄、手が呼吸器分泌物と接触した後で手指衛生をすることを指示した掲示をする。
ティッシュペーパーおよび非接触型廃棄容器(例えば、足踏み式の蓋付き容器、プラスチック製紙くずかご)を備える。
院内の待合室内またはその近くに、手指衛生の実施のための資材および案内を備える。擦式消毒用アルコール製剤のディスペンサーを便利な場所に備え、洗面所が利用できる場合には手指洗浄剤を備える。
市中において呼吸器感染症の罹患率が上昇している期間中(例えば、呼吸器感染症のための休校の増加および治療を求める患者数の増加など)には、施設または医療機関に入る際に、咳をしている患者および他の有症者(例えば、患者付添い人)にマスクを提供し、共通待合いにいる他の人達から、理想的には少なくとも3フィート(約1m)の距離を置くよう勧告する。

(3)皮膚科領域関連ウイルス

皮膚科領域に関連するウイルス感染症には、水痘・帯状疱疹、麻しん、風しん、単純ヘルペス感染症などがある。これらは皮膚症状を伴うが、神経系、リンパ組織、呼吸器などの臓器においても発症することが多い。これらのウイルスは感染力が強く、特に小児病棟などで医療関連感染上の問題となる。 水痘-帯状疱疹ウイルスや麻しんウイルスは特に感染力が強く空気感染する。風しんウイルスは飛沫感染し、単純ヘルペスウイルスは接触感染する。 水痘-帯状疱疹ウイルスと単純ヘルペスウイルスは、回帰感染するヘルペスウイルスであり、多くのヒトが潜在感染している。感染対策はウイルスの種類に応じて、接触予防策、飛沫予防策、空気予防策を行う。

(4)眼感染ウイルス

ウイルスが原因の眼感染症にはアデノウイルスによる流行性角結膜炎(EKC)やエンテロウイルスによる出血性結膜炎などがある。両者とも感染力が強く、学校や病院での集団発生を起こすことがある。手指を介しての接触感染が主であるが、患者が使用したタオルによる感染もある。したがって、手指衛生の徹底および患者が触れたリネン・器具の消毒などが重要となる。 感染対策として接触予防策を行う。

〈感染対策および消毒〉
上述のようにウイルスに対する感染対策はウイルスの種類により異なるが、接触感染するウイルスの感染予防においては、手指衛生やノンクリティカル表面の消毒が重要である。ほとんど接触感染しないウイルスの場合は、気道分泌物などで汚染されたセミクリティカル器具の高水準消毒が通常どおり行われていればよい。ただしノンクリティカル器具がそれらのウイルスで特別に汚染されたと思われる場合に消毒薬を適用することもある。

インフルエンザウイルス、RSウイルス、パラインフルエンザウイルス、コロナウイルス、単純ヘルペスウイルス、水痘-帯状疱疹ウイルス、麻しんウイルス、風しんウイルスなどはエンベロープを有するウイルスであり、消毒薬抵抗性はおおむね弱い。高水準消毒薬はもちろん、アルコール、次亜塩素酸ナトリウムによる確実な不活性化が期待できる9、24、25、177)。ベンザルコニウム塩化物など低水準消毒薬がこれらのウイルスに不活性化効果を示したとの報告もあるが、効果が不十分と思われる場合もある9、35、178)

一般にエンベロープを有するウイルスに対しては、2%グルタラールなどによる高水準消毒はもちろん、熱水消毒、次亜塩素酸ナトリウム、アルコール、ポビドンヨードが有効である。ノンクリティカル表面の消毒において、これらのウイルスを対象とする場合には、熱水消毒(80℃10分間)、200~1,000ppm次亜塩素酸ナトリウム、消毒用エタノール、70vol%イソプロパノールを用いる。

ライノウイルス、ノロウイルス、アストロウイルス、A型肝炎ウイルス、E型肝炎ウイルス、およびポリオウイルス・エコーウイルス・コクサッキーウイルスなどのエンテロウイルスなどはエンベロープを有しないウイルスであるため消毒薬抵抗性はおおむね強いと推定される。ロタウイルス、アデノウイルスもエンベロープを有しないウイルスであるが、親油性であるため、それほど消毒薬抵抗性は強くないことが判明している。

ポリオウイルス・コクサッキーウイルス・エコーウイルスなどのエンテロウイルスの不活性化について、アルコールが長時間を要するという報告があるが、おおむねイソプロパノールより消毒用エタノールの方が効力は強い24、25、43、177)。またこれらエンテロウイルスについて、低濃度のポビドンヨードが効力を示したが、繁用される高濃度は比較的長い時間を要したとの報告もあるため注意が必要である35)。A型肝炎ウイルスの高い不活性化率を達成するには5,000ppm(0.5%)という高濃度の次亜塩素酸ナトリウムが必要であったとも報告されているが179)、この濃度には強い腐食性があり広く環境に用いることは避けるべきである。ノロウイルス、E型肝炎ウイルスは細胞培養ができないため消毒薬抵抗性に関する研究はあまり進んでいないが、ノロウイルスについては70℃の熱や1,000ppm次亜塩素酸ナトリウムによる消毒を示唆する報告がある180、181)。また近年ではヒトノロウイルスの近縁ウイルスであるマウスノロウイルスを用いた消毒薬感受性が報告されており、アルコールによる不活性化効果も示されている182~184)

一方、アデノウイルス、ロタウイルスについては、アルコール、200~1,250ppm次亜塩素酸ナトリウム、ポビドンヨードなどの比較的良好な不活性化作用が報告されている9、24、25、35、43、177、185、186)

水道水、アルコール製剤、クロルヘキシジン・トリクロサンなど抗菌成分含有石けんを用いた手洗いのA型肝炎ウイルスに関する研究では、減少率が80%(0.5ppm有効塩素水道水)、87%(70vol%エタノール)、90%(4%クロルヘキシジンスクラブ)、92%(0.3%トリクロサン石けん)の範囲にあり、手洗い方法や抗菌成分による大きな差は認められていない187)

一般にエンベロープの無いウイルスの消毒は、高水準消毒薬または熱水(98℃15~20分間、多くの場合は80℃での10分間洗浄でも可)によるか、念入りな洗浄、清拭により物理的にウイルスを除去した上で、仕上げとして500~1,000ppm(特別な場合には5,000ppm)次亜塩素酸ナトリウム、場合によりアルコールを用いる。洋式トイレの便座、フラッシュバルブ、水道ノブ、ドアノブなどはアルコールにより清拭する。ベッドパンはフラッシャーディスインフェクター(90℃1分間の蒸気)で処理する。エンベロープの無いウイルスを念頭に置いた手洗いは、流水による手洗いでウイルスを物理的に除去することが基本であり、手洗い後に補完として速乾性消毒薬を適用するかポビドンヨードスクラブで手洗いをすることもある。

ウイルス(血中ウイルスを除く)を対象とするノンクリティカル表面の消毒法を表Ⅳ-15に示す。

表Ⅳ-15 ノンクリティカル表面でのウイルスの消毒法
エンベロープを
有するウイルス
熱水(80℃10分間)
アルコール
200~1,000ppm次亜塩素酸ナトリウム液
エンベロープを
有しないウイルス
熱水(98℃15~20分間、多くの場合は80℃での10分間洗浄でも可)
500~1,000ppm(特別な場合には5,000ppm)次亜塩素酸ナトリウム液
場合によりアルコール

6  芽胞

グラム陽性桿菌であるBacillus spp.とClostridium spp.は芽胞を形成する。栄養型の分裂増殖が困難となった環境で芽胞を形成するが、環境が改善すると発芽し再び細菌に復元して増殖する。芽胞は熱、乾燥、消毒薬に強い抵抗性を示し、乾燥環境表面で長期間生存するが、発芽して栄養型細菌となった場合の抵抗性は一般細菌と同じである。

1)バチルス(Genus Bacillus116)

バチルスは好気性あるいは通性嫌気性で、土壌中に広く存在し、病原性を示すことは少ない。 枯草菌(Bacillus atrophaeus)は自然界に広く存在する。通常感染を引き起こして問題となる場合はないが、易感染患者においてはまれに菌血症などを引き起こすことがある186)。感染症例に対しては標準予防策を行う。

セレウス菌(Bacillus cereus)は食品中で毒素を産生し、食中毒を引き起こす。この場合、予防の要点は食品衛生であり、通常2次感染はない。また易感染患者においてはまれに菌血症などの感染症を引き起こすことがある189)。感染症例には標準予防策を行う。

【炭疽菌については IV-8-5)-(7) 炭疽 を参照】

2)クロストリジウム(Genus Clostridium)190)

クロストリジウムは嫌気性で、土壌中に広く生息しているが、ヒトや動物の腸管内に常在しているものもある。

ディフィシル菌(Clostridium difficile)はヒトの腸管の常在菌である。ただし抗菌薬の投与による菌交代症を起こした場合、腸管内で菌が増殖して毒素を産生し、偽膜性大腸炎や出血性腸炎を引き起こすため、特に病院内で問題となる191)

ディフィシル菌は糞便中に排泄されるが、感染症例の周辺環境が芽胞によって汚染されることが多く、医療従事者の手指や機器を介して他の患者に伝播するため、感染対策上重要な芽胞形成菌である。手袋着用が重要であり、感染症例には糞便を念頭においた接触予防策を行う。

ウェルシュ菌(Clostridium perfringens)、Clostridium novyiClostridium histolycumはガス壊疽の原因菌である。深い創傷から芽胞が侵入した筋肉内など嫌気的条件下で増殖し、毒素を産生して病因となる。また、ウェルシュ菌にはエンテロトキシンを産生する株があり、深鍋で調理されるスープなどで増殖し、食中毒の原因となる。どちらの場合も症例には標準予防策を行う。

【破傷風菌については IV-8-5)-(7) 破傷風 を参照】
【ボツリヌス菌については IV-8-5)-(7) ボツリヌス を参照】

〈感染対策および消毒〉
芽胞は熱抵抗性および消毒薬抵抗性が強い39)。芽胞に有効な消毒薬は過酢酸、グルタラール、高濃度の次亜塩素酸ナトリウムなど毒性、刺激性、または腐食性の強いものであり、これらを広範囲の環境に用いるべきではない。したがって、ディフィシル菌のように接触伝播が問題となる芽胞については、綿密な湿式清掃を行い、物理的に除去することが基本となる。おむつ交換などで感染症例に触れる場合や患者周囲に接触する場合に手袋やガウンを着用することが重要であり、手袋をはずした後には、石けんと流水による十分な手洗いを行う。

消毒薬が芽胞を殺滅する速度は緩慢であり、試験評価する際の菌量、温度、試験法により殺滅に必要な時間が大きく変化する。一般に2%グルタラールは芽胞を殺滅するのに3時間以上を要するといわれるが、米国FDAの試験条件下では20~25℃で10時間を要する154)。クロストリジウムの芽胞はバチルスの芽胞よりも消毒薬抵抗性が弱く、2%グルタラールはディフィシル菌の芽胞を20分間以内で殺滅すると評価されている5)

過酢酸はグルタラールより殺芽胞速度が速く、フタラールはグルタラールよりも遅い192)。次亜塩素酸ナトリウムが実使用において十分な殺芽胞力を発揮するには、少なくとも1,000ppm(0.1%)、できれば5,000ppm(0.5%)が必要と思われる139、140、193)。ただし、これらの濃度では金属腐食性が強く広範な使用には適さない。低濃度のポビドンヨード液はクロストリジウムの芽胞を減少させることができる。アルコールに殺芽胞力は期待できない。

芽胞を対象とするノンクリティカル表面の処理法を表Ⅳ-16に示す。

表Ⅳ-16 芽胞を対象とする処理法
ノンクリティカル表面
(特に処理が必要な場合)
徹底的な洗浄・清拭
特別な場合には5,000ppm次亜塩素酸ナトリウム液

7 プリオン194)

プリオン病(prion disease)または伝播性海綿状脳症(transmissible spongiform encephalopathy:TSE)は、ヒトや動物の脳など中枢神経において致死性で亜急性の海綿状変性をもたらす。

ヒトにおけるプリオン病には、弧発性のクロイツフェルト・ヤコブ病(sporadic creutzfeldt-jakob disease:sCJD)、医原性CJD、新変異型CJD(variant CJD、またはnew variant CJD)、遺伝性の家族性CJDなどがある。このうち医原性CJDとして、不活性化処理の不十分な乾燥脳硬膜や角膜の移植、下垂体より抽出した成長ホルモンの投与、脳組織に接触する器具などを介する伝播が報告され、医療関連感染上の問題となった。動物におけるプリオン病にはヒツジにおけるスクレイピー、ウシにおけるウシ海綿状脳症(狂牛病、bovine spongiform encephalopathy:BSE)などがある。

ヒトや動物は神経細胞にプリオン蛋白(prion protein;PrP)、つまり正常型PrPを有するが、プリオン病においては、正常型と立体構造が異なる異常型PrPが見られる。外来性感染因子としての異常型PrP、遺伝性の異常型PrP、その他未解明の要因が関与して、正常型PrPが異常型PrPに変化し、異常型PrPが増加して病変をもたらすと推測されている。

弧発性CJDやスクレイピーは古くから観察されていたが、1985年以降の英国でウシにBSEが発生し1992年まで急増した。その後1994年以降の英国においてヒトの若年層に新変異型CJDが出現し、BSEのウシを摂取したことによりウシからヒトへ伝播した可能性が大きな社会問題となった195)。現在、日本を含む世界各国においてBSE発生の原因と思われる反芻動物由来飼料の反芻動物への使用などが厳しく制限され、また日本では食肉牛について屠殺時のBSE検査が行われている。

プリオンの感染性や伝播経路については、いまだ不明な部分が多く存在するが、BSEの流行国に生活した人々の献血は日本において不適とされており、また医薬品・化粧品などにおいてはウシなどに由来する原料の使用に厳しい制限が課されている。

CJDは移植や脳手術などによってしかヒトからヒトへ伝播しないため、CJD症例には標準予防策を行う。ただし、CJD症例に用いた後、ホルマリンと70%アルコールで消毒した深部脳波電極によるCJDの伝播なども報告されており196、197)、またプリオンの感染性は酸化エチレンガス、グルタラールなどによる処理でも不活性化できないと報告されているため198)、CJD症例であるかその疑いのあるハイリスク者の脳、脊髄、眼組織などには特別な注意を払い、それらの付着したクリティカル器具・セミクリティカル器具には特別な処理方法を用いる。

最近、日本においては表Ⅳ-17の処理法が示され199)、WHOによる勧告は表Ⅳ-18の処理法を示している200)。なお、疫学的な観点から考察して判断された実際的な処理法とその対象範囲として表Ⅳ-19も提唱されている197)。ノンクリティカル表面を介した接触伝播は特に報告されていない。手洗いは流水と石けんにより念入りに行う。

表Ⅳ-17 CJDか否か不明の患者のハイリスク手技に用いられた手術器械等に対する処理方法
適切な洗剤による十分な洗浄+3%SDS(ドデシル硫酸ナトリウム)煮沸処理3~5分間
アルカリ洗剤ウォッシャーディスインフェクタ洗浄(90~93℃)+ プリバキューム式高圧蒸気滅菌134℃、8~10分間
適切な洗剤による十分な洗浄+ プリバキューム式高圧蒸気滅菌134℃、18分間
アルカリ洗剤洗浄+ 過酸化水素低温ガスプラズマ滅菌2サイクル
(注) SDSによる処理法は、臨床においては一般的な方法ではない。
表Ⅳ-18 WHOの伝播性海綿状脳症に関する汚染除去法
1. 焼却
(1)全ての使い捨て器具、用具、廃棄物
(2)高感染性の組織に曝露された器具
2. 高圧蒸気滅菌、化学的除去法(耐熱性器具等)
  • (1)1N水酸化ナトリウム液に浸したまま、重力置換式高圧蒸気滅菌121℃、30分間。その後、洗浄し通常の滅菌
  • (2)1N水酸化ナトリウム液あるいは20,000ppmの次亜塩素酸ナトリウム液に1時間浸漬後、水浴に移し、重力置換式高圧蒸気滅菌121℃、1時間。その後、洗浄し通常の滅菌
  • (3)1N水酸化ナトリウム液あるいは20,000ppmの次亜塩素酸ナトリウム液に1時間浸漬後水洗し、重力置換式高圧蒸気滅菌121℃、1時間かプリバキューム式高圧蒸気滅菌134℃、1時間。その後、洗浄し通常の滅菌
  • (4)1N水酸化ナトリウム液あるいは20,000ppmの次亜塩素酸ナトリウム液に浸漬し10分間煮沸後水洗し、通常の滅菌
  • (5)20,000ppmの次亜塩素酸ナトリウム液あるいは1N水酸化ナトリウム液に室温で1時間浸漬後水洗し、通常の滅菌
  • (6)プリバキューム式高圧蒸気滅菌134℃、18分間(表面で乾燥した脳組織などに関する効果は完全ではない)
3. 化学的汚染除去(熱不耐性の器具・表面)
(1)2N水酸化ナトリウム液あるいは52,500ppmの次亜塩素酸ナトリウム液に1時間浸漬する。その後ふき取るか水洗する
(2)表面が水酸化ナトリウムや次亜塩素酸ナトリウムに耐えられない場合、徹底的な洗浄の希釈効果によりほぼ完全に除去が期待できる。また、完全な効果を示さない消毒法(グルタラールなど)を用いることで付加的汚染除去効果は得られる
4. 乾燥した物品
(1)1N水酸化ナトリウム液や次亜塩素酸ナトリウム液に耐えられる小型物品の場合、1N水酸化ナトリウム液あるいは20,000ppmの次亜塩素酸ナトリウム液に1時間浸漬し、その後プリバキューム式高圧蒸気滅菌121℃以上、1時間
(2)大型の乾燥した物品や1N水酸化ナトリウム液や次亜塩素酸ナトリウム液に耐えられない物品の場合、プリバキューム式高圧蒸気滅菌134℃、1時間
表Ⅳ-19 クロイツフェルト・ヤコブ病 プリオンに関するクリティカル、セミクリティカル器具の処置方法
1. ハイリスク患者の高感染性組織(脳、脊髄、眼、下垂体組織)に触れたクリティカル、セミクリティカル器具
(1)洗浄後、プリバキューム式高圧蒸気滅菌機で134℃、18分間以上
(2)洗浄後、重力置換式高圧蒸気滅菌機で132℃、1 時間
(3)1N水酸化ナトリウム液に1 時間浸漬後、水洗し、重力置換式高圧蒸気滅菌機で121℃またはプリバキューム式高圧蒸気滅菌機で134℃、1 時間
(4)1N水酸化ナトリウム液に1 時間浸漬後、重力置換式高圧蒸気滅菌機で121℃、30分間。その後洗浄し、決められた通常の方法で滅菌
2. ハイリスク患者の低感染性組織(脳脊髄液、肝臓、リンパ節、腎臓、肺、脾臓、胎盤、嗅上皮)で汚染されたクリティカル、セミクリティカル器具
(1)推奨処理方法は作成されていない。ヒトにおいて低感染性組織で汚染された器具は標準的な洗浄・滅菌した後であれば感染の伝播は生じないようであるので、中枢神経系に使用しなければよい。
(2)環境表面の清浄化は標準的な(血液汚染された場合と同様の)消毒法
3. ハイリスク患者の非感染性組織のクリティカル、セミクリティカル器具
低感染性組織と同様の方法。内視鏡(中枢神経系に接触する脳神経外科の内視鏡を除く)は非感染性の物質との接触のみであるので標準的な洗浄と高水準消毒で十分である

8 感染症法の類別における微生物

1)感染症法概説201~210)

(2018.11.26追記)
*ご注意ください:本内容は最新の感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律の情報ではありません。届出等に関する情報は 厚生労働省のホームページを参照ください。

感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律(感染症新法)が1999年4月1日より施行され、それまでの伝染病予防法、性病予防法、後天性免疫不全症候群の予防に関する法律が廃止された。これにより感染症法と結核予防法の2つの法律に基づいて、市井感染を含む感染症に対する国家的な措置が講じられるようになった。また、重症急性呼吸器感染症(SARS)などの発生を踏まえて、2003年11月5日感染症新法の改正が行われ、感染症法として施行された。2006年12月8日に公布された改正感染症法により結核予防法が廃止され、結核は感染症法の二類感染症に位置付けて総合的な対策が実施されることとなった。改正感染症法では届出疾患が追加され、また生物テロや事故による感染症の発生・まん延を防止するため、病原体等の管理体制を確立する目的で新規に「特定病原体等」に関する項目が制定された。さらに2008年5月2日に公布された改正感染症法により2006年6月より指定感染症に指定されていた鳥インフルエンザ(H5N1)が二類感染症に変更になり、新しい類型として「新型インフルエンザ等感染症」が制定された。この新型インフルエンザ等感染症には「新型インフルエンザ」及び「再興型インフルエンザ」が指定されている。

感染症法はその後2011年2月1日に改正され、四類感染症にチクングニア熱、五類感染症に薬剤耐性アシネトバクター感染症(定点)が追加され、2013年3月4日及び同年4月1日に実施された感染症予防法の一部改正では、重症熱性血小板減少症候群(病原体がフレボウイルス属SFTSウイルスであるものに限る)が四類感染症に追加され、フレボウイルス属SFTSウイルスが3種病原体等に追加された。また侵襲性インフルエンザ菌感染症、侵襲性髄膜炎菌感染症及び侵襲性肺炎球菌感染症が五類感染症(全数)に追加された。さらに2014年9月9日には感染症法施行規則の一部改正が公布・施行され、続いて同年11月21日に感染症予防法の一部を改正する法律が公布された。本改正および政令により、二類感染症に中東呼吸器症候群(Middle East Respiratory Syndrome;MERS)および鳥インフルエンザ(H7N9)が追加され、五類感染症に播種性クリプトコックス症(全数)、カルバペネム耐性腸内細菌科細菌感染症(全数)ならびに水痘(入院例に限る。;全数)が追加され、薬剤耐性アシネトバクター感染症が定点から全数に変更された。また2016年2月5日にはジカウイルス感染症が四類感染症に追加されるなど、国外で流行がみられる感染症および国内で注視する必要のある感染症を加え、その発生動向を報告する体制となった。

感染症法は、感染症の感染力や罹患した場合の重篤性等に基づいて、一類感染症から五類感染症の感染症を分類指定し、さらに指定感染症と新感染症の分類を設けている。指定感染症は既知の感染症において、法の規定の全部あるいは一部を準用しなければ、国民の生命および健康に重大な影響を与える恐れがあるものとして政令で定めるものであり、指定期間は1年以内である。新感染症は既知の感染性の疾病とその病状または治療の結果が明らかに異なるもので、罹患した場合の危険性が高い感染症である。

これら感染症に対しては対応措置がそれぞれ規定されている(表Ⅳ-20、表Ⅳ-20別表)。また、一類から四類感染症の患者と無症状病原体保有者、五類感染症又は新型インフルエンザ等感染症の患者、および新感染症にかかっていると疑われる者を診断した医師は最寄りの保健所長を経由して都道府県知事へ届けるよう規定されている(表Ⅳ-21)。なお政令で定める動物については獣医師にも一定の届出義務がある。消毒に関しては、感染症法施行規則第十四条が次のように規定している。

一 対象となる場所の状況、感染症の病原体の性質その他の事情を勘案し、十分な消毒が行えるような方法により行うこと。
二 消毒を行う者の安全並びに対象となる場所の周囲の地域の住民の健康及び環境への影響に留意すること。

具体的な消毒方法に関しては、「新版 増補版 消毒と滅菌のガイドライン」157)が発行されている。


表Ⅳ-20 感染症の分類・性格・対応・措置 新型インフルエンザ等感染症 新感染症
類型 感染症名等 性格 主な対応・措置
一類感染症 エボラ出血熱
クリミア・コンゴ出血熱
痘そう
南米出血熱
ペスト
マールブルグ病
ラッサ熱
感染力、罹患した場合の重篤性等に基づく総合的な観点からみた危険性が極めて高い感染症 原則入院
特定職種への就業制限
消毒等の対物措置
(例外的に、建物への措置、通行制限等の措置も適応対象とする)
二類感染症 急性灰白髄炎
結核
ジフテリア
重症急性呼吸器症候群(病原体がベータコロナウイルス属SARSコロナウイルスであるものに限る。)
中東呼吸器症候群(病原体がベータコロナウイルス属MERSコロナウイルスであるものに限る。)
鳥インフルエンザ(H5N1)
鳥インフルエンザ(H7N9)
感染力、罹患した場合の重篤性等に基づく総合的な観点からみた危険性が高い感染症 状況に応じて入院
消毒等の対物措置
特定職種への就業制限
三類感染症 コレラ
細菌性赤痢
腸管出血性大腸菌感染症
腸チフス
パラチフス
感染力、罹患した場合の重篤性等に基づく総合的な観点からみた危険性は高くないが、特定の職業への就業によって感染症の集団発生を起こし得る感染症 特定職種への就業制限
消毒等の対物措置
四類感染症 E型肝炎、ウエストナイル熱、A型肝炎、エキノコックス症、黄熱、オウム病、オムスク出血熱、回帰熱、キャサヌル森林病、Q熱、狂犬病、コクシジオイデス症、サル痘、ジカウイルス感染症、重症熱性血小板減少症候群(病原体がフレボウイルス属SFTSウイルスであるものに限る。)、腎症候性出血熱、西部ウマ脳炎、ダニ媒介脳炎、炭疽、チクングニア熱、つつが虫病、デング熱、東部ウマ脳炎、鳥インフルエンザ(H5N1及びH7N9を除く。)、ニパウイルス感染症、日本紅斑熱、日本脳炎、ハンタウイルス肺症候群、Bウイルス病、鼻疽、ブルセラ症、ベネズエラウマ脳炎、ヘンドラウイルス感染症、発しんチフス、ボツリヌス症、マラリア、野兎病、ライム病、リッサウイルス感染症、リフトバレー熱、類鼻疽、レジオネラ症、レプトスピラ症、ロッキー山紅斑熱 人から人への感染はほとんどないが、動物、飲食物等の物件を介して感染するため、動物や物件の消毒、廃棄などの措置が必要となる感染症 媒介動物の輸入規制
消毒等の対物措置
消毒、ねずみ等の駆除等の措置
五類感染症 別表 国が発生動向調査を行い、その結果等に基づいて必要な情報を一般国民や医療関係者に提供・公開していくことによって、発生・拡大を予防すべき感染症 感染症発生状況の収集、分析とその結果公開、提供
新型インフルエンザ等感染症 新型インフルエンザ 新たに人から人に伝染する能力を有することとなったウイルスを病原体とするインフルエンザであって、全国的かつ急速なまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるもの 消毒
再興型インフルエンザ かつて世界規模で流行したインフルエンザであってその後流行することなく長期間が経過しているものが再興したものであって、全国的かつ急速なまん延により国民の生命及び健康に重大な影響を与えるおそれがあると認められるもの
指定感染症 政令で1年間以内の期間、指定される感染症 既知の感染症の中で上記一~三類に分類されない感染症において一~三類に準じた対応の必要が生じた感染症(政令で指定、1年限定) 厚生労働大臣が公衆衛生審議会の意見を聞いたうえで、必要な入院や消毒等の対物措置等を政令で規定
新感染症 [当初]都道府県知事が厚生労働大臣の技術的指導・助言を得て個別に応急対応する感染症 人から人に伝染すると認められる疾病であって、既知の感染症と症状等が明らかに異なり、その伝染力及び罹患した場合の重篤度から判断した危険性が極めて高い感染症 厚生労働大臣が原則として公衆衛生審議会の意見を聞いたうえで、または緊急に、都道府県知事の事務に関し必要な指示をすることができる
[要件指定後]政令で症状等の要件指定をした後に一類感染症同様の扱いをする感染症 一類感染症に準じた対応を行う
表Ⅳ-20 別表
五類感染症(全数把握) 五類感染症(定点把握)
アメーバ赤痢、ウイルス性肝炎(E型肝炎及びA型肝炎を除く)、カルバペネム耐性腸内細菌科細菌感染症、急性脳炎(ウエストナイル脳炎、西部ウマ脳炎、ダニ媒介脳炎、東部ウマ脳炎、日本脳炎、ベネズエラウマ脳炎及びリフトバレー熱を除く)、クリプトスポリジウム症、クロイツフェルト・ヤコブ病、劇症型溶血性レンサ球菌感染症、後天性免疫不全症候群、ジアルジア症、侵襲性インフルエンザ菌感染症、侵襲性髄膜炎菌感染症、侵襲性肺炎球菌感染症、水痘(入院例に限る。)、先天性風しん症候群、梅毒、播種性クリプトコックス症、破傷風、バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌感染症、バンコマイシン耐性腸球菌感染症、風しん、麻しん、薬剤耐性アシネトバクター感染症 RSウイルス感染症、咽頭結膜熱、A群溶血性レンサ球菌咽頭炎、感染性胃腸炎、水痘、手足口病、伝染性紅斑、突発性発しん、百日咳、ヘルパンギーナ、流行性耳下腺炎、インフルエンザ(鳥インフルエンザ及び新型インフルエンザ等感染症を除く。)、急性出血性結膜炎、流行性角結膜炎、性器クラミジア感染症、性器ヘルペスウイルス感染症、尖圭コンジローマ、淋菌感染症、感染性胃腸炎(病原体がロタウイルスであるものに限る。)、クラミジア肺炎(オウム病を除く)、細菌性髄膜炎(髄膜炎菌、肺炎球菌、インフルエンザ菌を原因として同定された場合を除く。)、マイコプラズマ肺炎、無菌性髄膜炎、ペニシリン耐性肺炎球菌感染症、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌感染症、薬剤耐性緑膿菌感染症
表Ⅳ-21 医師の届出
感染症類型 届出義務 届出期限
一類~四類感染症§ 全ての医師 直ちに
五類感染症(全数把握) 全ての医師 7日以内#†
五類感染症(定点把握) 指定届出機関の管理者 翌週の月曜日あるいは翌月の初日
新型インフルエンザ等感染症(疑似症患者および無症状病原体保有者を含む) 全ての医師 直ちに
新感染症にかかっていると疑われる者 全ての医師 直ちに
疑似症(定点把握) 指定届出機関の管理者 直ちに
§:一類感染症および二類感染症のうち、結核、重症急性呼吸器症候群(病原体がベータコロナウイルス属SARSコロナウイルスであるものに限る。)、中東呼吸器症候群(病原体がベータコロナウイルス属MERSコロナウイルスであるものに限る。)、鳥インフルエンザ(病原体がインフルエンザウイルスA属インフルエンザAウイルスであってその血清亜型がH5N1又はH7N9であるものに限る。)については疑似症患者を患者とみなす(法第8条1項および施行令第4条1項)。
#:侵襲性髄膜炎菌感染症及び麻しんについては直ちに、風しんはできるだけ早く届出。
†:後天性免疫不全症候群及び梅毒については無症状病原体保有者を含む。
※:性器クラミジア感染症、性器ヘルペスウイルス感染症、尖圭コンジローマ、淋菌感染症、ペニシリン耐性肺炎球菌感染症、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌感染症、薬剤耐性緑膿菌感染症については翌月の初日
法14条第1項に規定する厚生労働省令で定める疑似症
1)摂氏38度以上の発熱及び呼吸器症状(明らかな外傷又は器質的疾患に起因するものを除く。)若しくは2)発熱及び発しん又は水疱(ただし、当該疑似症が二類感染症、三類感染症、四類感染症又は五類感染症の患者の症状であることが明らかな場合及び感染症法の対象外の感染性疾患であることが明らかな場合を除く。)

以下、感染症法の類別における微生物について、感染症毎に、病原体の種類、 感染対策の種類、消毒法、伝播予防策の観点から見た概要を述べる157、173、174、199~208)※
※消毒法についてはそれぞれ関連する前節を参照。

一般細菌を対象とする方法→ IV-2-1) グラム陽性菌
親水性のグラム陰性菌を対象とする方法→ IV-2-2) グラム陰性菌
糸状菌を対象とする方法→ IV-3-2) 糸状菌
血中ウイルスを対象とする方法→ IV-5-1) 血中ウイルス
エンベロープを有するウイルスを対象とする方法→ IV-5-2) その他のウイルス
エンベロープを有しないウイルスを対象とする方法→ IV-5-2) その他のウイルス
芽胞と対象とする方法→ IV-6) 芽胞

2)一類感染症

一類感染症には、エボラ出血熱、クリミア・コンゴ出血熱、痘そう、南米出血熱およびラッサ熱のウイルス性出血熱、ペスト、マールブルグ病が指定されている。感染症例には第1種(ないし特定)感染症指定医療機関への入院が知事より勧告されうるが、緊急時などやむを得ない場合にはその他の医療機関への入院が勧告される場合もある。

(1)ウイルス性出血熱215)

ウイルス性出血熱は多くの場合、野生動物由来の動物由来感染症である。典型的には突発的な発熱と頭痛で発症し、重症なインフルエンザ様症状を呈し、さらに悪化すると出血症状を起こす死亡率の高い疾病である。

ウイルス性出血熱は注射針の誤刺、血液、体液、尿、糞便、吐物、分泌物などへの接触、感染症例との濃厚接触などにより伝播すると言われ、感染症例には厳密に標準予防策と接触予防策を行い、また咳嗽などに備えて飛沫予防策も行う。

消毒の対象物は患者の血液、体液、分泌物、排泄物などで汚染された箇所、患者に使用した器具・物品や病室等である。血液、体液、分泌物、排泄物、シングルユースの汚染物などは消毒または焼却した上で廃棄する。原因ウイルスはどれもエンベロープを有し、消毒薬に対してあまり強い抵抗性を示すとは推測されないが、それぞれのウイルスの消毒薬感受性について多くの知見が存在するわけでなく、また致死率の高い感染症であるため、ノンクリティカル表面についても、HBVなど血中ウイルスの場合と同等ないしそれ以上に厳重な消毒法を選択する。消毒薬は500~1,000ppm(0.05~0.1%)次亜塩素酸ナトリウム(血液には5,000ppm、排泄物には最終濃度で2,000~5,000ppm)を用いる。アルコールや熱水(80℃10分間)も選択できる。2~3.5%グルタラール、0.55%フタラール、0.3%過酢酸による高水準消毒も十分に有効と思われる。消毒例を表Ⅳ-22に示す。

①エボラ出血熱(一類)
病原体: エボラウイルス(Genus Ebolavirus)-フィロウイルス科エボラウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策、接触予防策および飛沫予防策
消毒法: 前述の方法(基本的には血中ウイルスを対象とする方法と同様)
1976年スーダンとザイールで発生し、以降サハラ以南のアフリカで集団発生が報告されている。インフルエンザ様症状、発熱、頭痛、筋肉痛、腹痛、下痢を伴い、吐血、消化器出血に至り、死亡率は50~90%に及ぶ。感染したヒトまたはチンパンジーの血液・体液などに接触することによりヒトへ伝播するが、飛沫感染の可能性もある。ただし空気感染の可能性は否定されている。アフリカで医療関連感染が発生しており、急性期症例の血液、体液、尿、糞便、吐物、分泌物との接触、注射器の共用、直接濃厚接触、手袋、マスク、ガウン、ゴーグルの無着用などが原因と考えられている。またエボラウイルスの自然宿主はオオコウモリ科のオオコウモリであると考えられている)216、217)

②クリミア・コンゴ出血熱(一類)
病原体: クリミア・コンゴ出血熱ウイルス(Crimian-Congo hemorrhagic fever virus)-ブニヤウイルス科ナイロウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策、接触予防策および飛沫予防策
消毒法: 前述の方法(基本的には血中ウイルスを対象とする方法と同様)
1944~45年旧ソ連のクリミア地方で集団発生があり、1956年コンゴで同じウイルスが検出されたが、現在までにアフリカ、東欧、中近東、中央アジア、インド、中国北西部に分布することが判明している。野生動物(鳥、野ウサギ)や家畜(仔牛、ヒツジ、ヤギなど)を自然宿主とし、ベクターとしてのマダニの咬創などによりヒトへ伝播する。症状はエボラ出血熱とほぼ同様で発熱、出血傾向を伴い、また黄疸を呈し、死亡率は10~40%に及ぶ218)。ヒトからヒトへの感染は血液によると言われている。

③南米出血熱(一類)219~221)
1)アルゼンチン出血熱219、222)
病原体: フニンウイルス(Junin mammarenavirus)-アレナウイルス科Mammarenavirus属、 RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策、接触予防策および飛沫予防策
消毒法: 前述の方法(基本的には血中ウイルスを対象とする方法と同様)
1958年にアルゼンチンのフニンにて感染患者の血液および臓器から初めて分離された。自然界でげっ歯類であるアルゼンチンヨルマウス(Calomys musculinus)などが主なリザーバーであり、ヒトへの感染はウイルスが創部や眼・口・鼻などの粘膜から侵入することで生じる。げっ歯類の排泄物によって農地などが汚染を受けた場合、農作業中にウイルスが創から侵入することやウイルスを含んだ粉塵を吸入することでヒトへ伝播する。ヒト-ヒト感染の報告は限定的だが、夫婦間で伝播した報告がある。

2)ボリビア出血熱219、223)
病原体: マチュポウイルス(Machupo mammarenavirus)-アレナウイルス科Mammarenavirus属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策、接触予防策および飛沫予防策
消毒法: 前述の方法(基本的には血中ウイルスを対象とする方法と同様)
1959年から1960年代にボリビア東部で初めて確認された。自然界ではげっ歯類であるブラジルヨルマウス(Calomys callosus)やベスパーマウス(Calomys laucha)などがウイルスを保有しており、ヒトへはその排泄物を介して伝播する。空気や経皮的な経路によりヒト-ヒト感染が生じたとされる医療関連感染の報告もある。

3)ベネズエラ出血熱219、224、225)
病原体: グアナリトウイルス(Guanarito mammarenavirus)-アレナウイルス科Mammarenavirus属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策、接触予防策および飛沫予防策
消毒法: 前述の方法(基本的には血中ウイルスを対象とする方法と同様)
1989年にベネズエラのポルトゥゲサ州のグアナリト市にて流行が初めて観察された。自然界ではげっ歯類であるミゾバコトンラット(Sigmodon alstoni)やトウマウス(Zygodontomys brevicauda)が自然宿主として知られている。ヒトへの感染経路の詳細は不明だが、他のアレナウイルスによる出血熱と同様にげっ歯類の排泄物などと接触することにより伝播すると推測される。医療関連感染の報告はないが、夫婦間で生じたヒト-ヒト感染が疑われる報告がある。

4)ブラジル出血熱219、226)
病原体: サビアウイルス(Sabia mammarenavirus)-アレナウイルス科Mammarenavirus属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策、接触予防策および飛沫予防策
消毒方法: 前述の方法(基本的には血中ウイルスを対象とする方法と同様)
1990年にブラジルのサンパウロにて出血熱症状を呈した患者から新たなタイプのアレナウイルス科として分離された。自然宿主はまだ同定されていないが、他のアレナウイルスと同様にげっ歯類であると考えられている。ヒトへの感染についても他のアレナウイルスと同様にげっ歯類の排泄物や感染患者の血液・体液などを介して伝播すると考えられる。

④マールブルグ病(一類)
病原体: マールブルグウイルス(Genus Genus Marburgvirus)-フィロウイルス科マールブルグウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策、接触予防策および飛沫予防策
消毒法: 前述の方法(基本的には血中ウイルスを対象とする方法と同様)
1967年ウガンダからのアフリカミドリザルを用いた腎培養を通じて西ドイツとユーゴスラビアで31名の集団発生が起こった。これは主に感染ミドリザルの組織や血液との接触による感染であったが、その後ジンバブエ、ケニアでサルとの接触がない散発例があった。症状はエボラ出血熱とほぼ同様で、死亡率は23~50%以上に及ぶ。ヒトからヒトへの感染は血液、涙、精液によると言われている。Genus Marburgvirusの自然宿主はオオコウモリ科のオオコウモリであると考えられている227)

⑤ラッサ熱(一類)220、221)
病原体: ラッサウイルス(Lassa mammarenavirus)-アレナウイルス科Mammarenavirus属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策、接触予防策および飛沫予防策
消毒法: 前述の方法(基本的には血中ウイルスを対象とする方法と同様)
1969年にナイジェリアで発生し、その後、西アフリカ一帯に広がるマストミス(Mastomys natalensis)が自然宿主であるLassa mammarenavirusによる風土病と判明した228、229)Lassa mammarenavirusは感染ネズミの尿・唾液に含まれ、創傷への接触や塵埃の吸入によりヒトに伝播する。アルゼンチン、ボリビア、ベネズエラ、ブラジルなど南米では同じアレナウイルス科に属するウイルスによる出血熱が発生している。Lassa mammarenavirus感染は不顕性感染の場合も多く、発症すると発熱、咳、嘔吐、下痢などの症状をもたらし、浮腫もみられ、重症化すると呼吸困難、脳症、粘膜出血にいたる。死亡率は15%前後とも言われている。ヒトからヒトへの感染は血液、体液、尿、分泌物、感染組織に直接濃厚に接触することや母乳によると言われている。

(2)痘そう(一類)230、231)

病原体: 痘そうウイルス(Variola virus、あるいはSmallpox virus)-ポックスウイルス科コードポックスウイルス亜科オルトポックスウイルス属、DNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策、空気予防策および接触予防策
消毒法: 後述の方法(基本的にはエンベロープを有するウイルスを対象とする方法と同様)
痘そうは過去において、世界中で多数の死者をもたらしたが、1979年10月に世界的な根絶宣言が発表された。痘そうウイルスに感染すると7~17日の潜伏期間を経て、倦怠感、発熱、麻痺、嘔吐、頭痛と背痛などを生じ、また丘疹が生じて顔から手足に広がり、全身に水膿疱を形成する。インドにおける調査では通常型の痘そうにおいて致死率は30%と報告されている。バイオテロリズムへの利用が懸念されている。

もっぱら急性期症例から他のヒトへ、空気感染、飛沫感染、接触感染により広く伝播する。感染症例には空気予防策と接触予防策を行う。

消毒の対象物は患者の唾液、気道分泌物、痘疱内容、落屑、血液、体液などで汚染された箇所、患者に使用した器具・物品や病室等である。シングルユースの汚染物は焼却処分する。痘そうウイルスはエンベロープを有するウイルスであり、消毒薬抵抗性は比較的小さいと推測される。痘そうワクチン(種痘)の製造に用いられるオルトポックスウイルス属に属するVaccinia virus(ワクチニアウイルス)は他のエンベロープを有するウイルスと同様、次亜塩素酸ナトリウム、アルコール、ポビドンヨードなどに良好な感受性を示すと報告されている9、177)

痘そうウイルスに対するノンクリティカル表面の消毒は、文献158)に記載されている消毒法に従い、500ppm次亜塩素酸ナトリウム(汚れがあれば5,000ppm)、アルコール、80℃10分間の熱水消毒、93℃10分間のウォッシャーディスインフェクターなどを適用する。

(3)ペスト(一類)230)

病原体: ペスト菌(Yersinia pestis)-腸内細菌科、グラム陰性桿菌
感染対策: 標準予防策および接触予防策、肺ペストには飛沫予防策を追加
消毒法: 後述の方法(基本的には一般細菌を対象とする方法と同様)
ペストは古くは全世界的に流行していたが、20世紀に入ってからは急激に減少し、近年発生が報告されているのはベトナム、ミャンマー、米国、アフリカ、南米などである。日本においては1926年以降発生報告がない。ペスト菌の保有動物はネズミやリスなどのげっ歯動物で、主としてノミによってヒトに媒介される。バイオテロリズムへの利用が懸念されている。

ペストには腺ペストと肺ペストの2種類がある。腺ペストではリンパ節腫脹、疼痛を伴う出血性化膿性炎症、高熱などの症状が現れる。肺ペストは同様な症状に咳、血痰を伴い、出血性気管支肺炎をもたらすため致命率が高い。腺ペストは症例の膿により伝播し、肺ペストは症例の飛沫により伝播する。また血液に対する注意も必要である。感染対策としては厳密に標準予防策と接触予防策を行い、肺ペストの場合はさらに飛沫予防策を追加する。

消毒の対象物は患者の膿、気道分泌物、血液、体液などで汚染された箇所、患者に使用した器具・物品や病室等である。喀痰、シングルユースの汚染物などは焼却処分する。ペスト菌には低水準消毒薬でも十分に効果があるが、血液、体液などで汚染されたものには通常どおり次亜塩素酸ナトリウムやアルコールを用いる。その他の場合は、0.1~0.2%ベンザルコニウム塩化物、0.1~0.2%両性界面活性剤などの低水準消毒薬、アルコール、100~1,000ppm(0.01~0.1%)次亜塩素酸ナトリウムを用いる。また、熱水消毒(80℃10分間)も有効である。消毒例を表Ⅳ-22に示す。

表Ⅳ-22 糞便を念頭に置いた消毒例
消毒対象 コレラ菌、赤痢菌、腸チフス菌、
パラチフスA菌、大腸菌O-157などの細菌
ポリオウイルスなどのエンベロープを
有しないウイルス
手指衛生 目に見える汚染のない場合、速乾性手指消毒薬を適用。または消毒薬配合スクラブ剤と流水で手洗い
目に見える汚染のある場合、石けんと流水による手洗いの後、速乾性手指消毒薬を適用。または消毒薬配合スクラブ剤と流水で手洗い
石けんと流水による手洗いの後、速乾性手指消毒薬を適用。またはポビドンヨードスクラブ剤と流水で手洗い
糞便処理 糞便は通常水洗トイレに流す。失禁のある場合は紙おむつを適用し焼却処理。消毒が必要な場合は、排便後水洗トイレ槽に次のように消毒薬を注ぎ、5分間以上放置してから流す
ベンザルコニウム塩化物液、ベンゼトニウム塩化物液、またはアルキルジアミノエチルグリシン塩酸塩液を0.2~0.5%の濃度になるように注ぐ 次亜塩素酸ナトリウム液を2,000~5,000ppmの濃度になるように注ぐ
ベッドパン フラッシャーディスインフェクターで90℃1分間の蒸気による消毒。または洗浄後、次の消毒薬に30分間浸漬
0.1%ベンザルコニウム塩化物液
0.1%ベンゼトニウム塩化物液
0.1%アルキルジアミノエチルグリシン塩酸塩液
500ppm次亜塩素酸ナトリウム液
500~1,000ppm次亜塩素酸ナトリウム液
洋式トイレの便座、フラッシュバルブ、水道ノブ、ドアノブ アルコールで清拭
リネン 熱水洗濯(80℃10分間)、または下記の消毒薬に30分間浸漬
200~1,000ppm次亜塩素酸ナトリウム液
0.1%ベンザルコニウム塩化物液
0.1%ベンゼトニウム塩化物液
0.1%アルキルジアミノエチルグリシン塩酸塩液
500~1,000ppm次亜塩素酸ナトリウム液
床頭台、オーバーテーブル、洗面台 次の消毒薬で清拭
0.2%ベンザルコニウム塩化物液
0.2%ベンゼトニウム塩化物液
0.2%アルキルジアミノエチルグリシン塩酸塩液
アルコール
500ppm次亜塩素酸ナトリウム液
アルコール
消毒が必要な場合、次の消毒薬で清拭
0.2%ベンザルコニウム塩化物液
0.2%ベンゼトニウム塩化物液
0.2%アルキルジアミノエチルグリシン塩酸塩液
500ppm次亜塩素酸ナトリウム液
※薬事上承認された適用ではない                                             文献158)より引用、一部追加

3)二類感染症

二類感染症には、急性灰白髄炎(ポリオ)、結核、ジフテリア、重症急性呼吸器症候群(SARS)、中東呼吸器症候群(MERS)、鳥インフルエンザ(H5N1)および鳥インフルエンザ(H7N9)が指定されている。感染症例には第2種(ないし第1種、特定)感染症指定医療機関への入院が知事より勧告されうるが、緊急時などやむを得ない場合にはその他の医療機関への入院が勧告される場合もある。

(1)急性灰白髄炎(二類)

病原体: ポリオウイルス(Enterovirus C、あるいはHuman poliovirus 1、2、3)-ピコルナウイルス科エンテロウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有しない
感染対策: 標準予防策、接触予防策および飛沫予防策
消毒法: エンベロープを有しないウイルスを対象とする方法
急性灰白髄炎(麻痺性ポリオまたは小児麻痺)の原因であるポリオウイルスには1~3型がある。ポリオウイルスは全世界に分布しているが、主に発展途上国などワクチン未使用地域において乳幼児が感染する。ワクチンが有効であるので、日本においては野生株がほぼ消滅したと推測され、2013年以降の報告は年に0~ 1例程度である。おおむね不顕性感染となるが、ときに主に小児において弛緩性麻痺を症状とする急性灰白髄炎を起こす。2010年、コンゴ共和国で発生したポリオの流行において、ワクチンの効果が期待できない可能性が高いポリオウイルス1型が報告されており、今後の動向に注意が必要である232)
ウイルスは感染症例の便から排出され、感染経路は主として糞便-経口感染である。ウイルスは咽頭分泌物にも含まれるので飛沫感染を起こす場合もある。感染症例に対しては糞便を念頭に置いた接触予防策および飛沫予防策を行う。

消毒の対象物は患者の糞便、咽頭分泌物、血液、体液などで汚染された箇所、患者に使用した器具・物品や病室等である。消毒はエンベロープを有しないウイルスを対象とする方法により行う(Ⅳ-5-2)その他のウイルスを参照)。消毒例は表Ⅳ-22を参照。

ポリオウイルス1型については消毒用エタノールが効果を示したが、イソプロパノールは効果を示さなかった177)、また0.03~0.5%ポビドンヨードが効果を示したが、5%ポビドンヨードの効果はあまり良好でなかったとする報告がある35)

(2)結核(二類)

病原体: 結核菌(Mycobacterium tuberculosis)-抗酸菌、グラム陽性桿菌
感染対策: 標準予防策および空気予防策
消毒法: 結核菌を対象とする方法
結核予防法が廃止され、感染症法の二類感染症に位置付けられて総合的な対策が実施されるようになった。結核症例、無症状病原体所有者または擬似症例と判断した医師は直ちに保健所に届け出る必要がある。

厚生労働省の平成26年結核登録者情報調査年報集計結果(概況)によると国内の新規結核患者数は初めて2万人を下回ったが、未だ年間1万9千人以上と報告されており233)、一次抗結核薬であるイソニコチン酸ヒドラジドとリファンピシンに耐性をもつ多剤耐性結核菌(Multi-drug resistant tuberculosis:MDR-TB)も問題となっている。WHOは平成18年にこの多剤耐性結核菌よりも広範囲な薬剤(二次抗結核薬)に耐性を持つ結核を広範囲薬剤耐性結核菌(Extensively drugresistant tuberculosis:XDR-TB)と定義し、各国に対策を求めている234)。多剤耐性結核菌は三種病原体等に指定されていることから保管や運搬等に厳格な規制が設けられており、調査や研究が行いにくい状況にあったが、2014年11月21日に感染症予防法の一部を改正する法律が公布され、三種病原体等として取り扱う多剤耐性結核菌の定義についてはWHOのXDR-TBの基準に準じた変更が行われた(施行日は2015年5月21日)。

IV-4-1)結核菌を参照】

(3)ジフテリア(二類)

病原体: ジフテリア菌(Corynebacterium diphtheriae)-グラム陽性桿菌
感染対策: 標準予防策および飛沫予防策、皮膚ジフテリアの場合は接触予防策
消毒法: 一般細菌を対象とする方法
ジフテリア菌はもっぱら飛沫により上気道粘膜に感染し、鼻咽頭または喉頭で増殖する。また皮膚にも感染する。毒素を産生する株である場合には、偽膜性炎症と毒素による中毒症状を特徴とするジフテリアを起こして、死亡や後遺症としての麻痺をもたらす。予防接種の行われている日本での報告はまれで年に0~1例程度であるが、健常人に保菌者が存在する。

主な感染経路は感染症例あるいは保菌者の飛沫を吸入することによる飛沫感染であるが、皮膚ジフテリアの場合は感染皮膚への接触により伝播する。感染症例に対しては飛沫予防策を行うが、皮膚感染の場合には接触予防策を行う。

消毒の対象物は患者の気道分泌物、血液、体液などで汚染された箇所、患者に使用した器具・物品や病室等である。喀痰は焼却処分する。消毒は一般細菌を対象とする方法により行う(Ⅳ-2-1)グラム陽性菌を参照)。消毒例を表Ⅳ-22に示す。

(4)重症急性呼吸器症候群(病原体がベータコロナウイルス属SARSコロナウイルスであるものに限る。)(二類)235~239)

病原体: SARSコロナウイルス(Severe acute respiratory syndrome-related coronavirus)-コロナウイルス科コロナウイルス亜科ベータコロナウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策、飛沫予防策および接触予防策を基本とし、念のため空気予防策を追加
消毒法: 後述の方法(基本的にはエンベロープを有するウイルスを対象とする方法と同様)
重症急性呼吸器症候群(Severe acute respiratory syndrome:SARS)は2002年11月から2003年6月にかけて中国を中心に世界各地で集団感染と死者の発生した非定型肺炎を特徴とする呼吸器感染症である。臨床症状は38℃を超える発熱、疲労感、悪寒、頭痛、筋肉痛、めまい、硬直、乾性咳、息切れ、咽喉痛、鼻水などであり、下痢を伴う場合も多く、呼吸補助や集中治療を要する重症例もしばしば発生する。典型的な胸部X線所見は進行性気腔疾患を示し、呼吸不全から死亡に至る場合もある。致死率は14~15%といわれ、老人に重症例が多く、小児はあまり罹患しない。集団感染事例の多くが医療関連感染であり、病院における対策が重要である。

潜伏期間は最大10日間で、発症から10日後頃に感染伝播の危険が最大となるが、解熱後10日以上経過した症例からの感染伝播報告はない。主な伝播経路は気道分泌物による飛沫感染であるが、糞便-経口経路の接触感染の場合もある。空気感染の可能性は低いが、完全には否定されていない。感染症例には飛沫予防策、接触予防策を行い、念のため空気予防策を追加する。エアロゾルを発生する呼吸器系装置などに注意が必要である。近代的でない不備な下水配管による糞便飛沫感染と思われる集団感染もある。

消毒の対象物は患者の気道分泌物、糞便、吐物、血液、体液などで汚染された箇所、患者に使用した器具・物品や病室等である。シングルユースの汚染物は焼却処分する。一般にコロナウイルスの消毒薬感受性は良好であるが240、241)、SARSコロナウイルスに対するノンクリティカル表面の消毒は、表Ⅳ-22に記載されている消毒法に従い、アルコールないし500~1,000ppm次亜塩素酸ナトリウムによる清拭または30分間浸漬、あるいは80℃10分間の熱水消毒などにより行う158、242、243)

SARS流行時などで事前予防的な環境対策を行わざるをえない場合には、200~1,000ppm次亜塩素酸ナトリウム、アルコール、0.1~0.2%ベンザルコニウム塩化物242、243)、あるいは通常の洗剤による湿式清掃のいずれかを、流行の程度、環境表面の材質と面積などを勘案して選択する。消毒薬を広範に使用する場合には、腐食性、引火性、毒性などに留意して慎重に適否を判断する。通常の洗剤には物理的な清浄化作用が期待されるが、その抗ウイルス作用についてはまだ結論的なエビデンスがない。

*コロナウイルス属からベータコロナウイルス属に変更

(5)中東呼吸器症候群(病原体がベータコロナウイルス属MERSコロナウイルスであるものに限る。)(二類)244~247)

病原体: MERSコロナウイルス(Middle east respiratory syndrome coronavirus)-コロナウイルス科コロナウイルス亜科ベータコロナウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策、飛沫予防策および接触予防策を基本とする。(疫学的研究からは空気感染は否定的であるが、エアロゾル発生の可能性がある場合には空気予防策を追加)
消毒法: 後述の方法(基本的にはエンベロープを有するウイルスを対象とする方法と同様)
中東呼吸器症候群は、新種のコロナウイルスによる感染症として2012年6月にサウジアラビアの症例で初めて確認(後に2012年3月のヨルダンでの症例検体からも確認されて以来、主にアラビア半島での感染例が継続的に報告された。)、2015年5月には韓国において中東から帰国した韓国人男性が帰国後に発症し、複数の医療施設を受診したことによって医療関連感染が発生し、国内に拡大した。感染しても無症状で経過する場合もあるが、有症者では発熱、悪寒、頭痛、咳、咽頭痛、筋肉痛、呼吸困難などの症状があり、肺炎や腎障害が進行して死亡に至る場合がある248、249)
MERS疑似症患者および患者(確定例)に対する感染対策として、外来では咳エチケットを含む標準予防策を徹底し、飛沫予防策を実施することが重要と考えられている。入院患者では湿性生体物質への暴露があるため接触予防策を追加し、さらにエアロゾル発生の可能性がある場合には空気予防策を追加する。ヒトへの感染源となる動物はヒトコブラクダの可能性が高いとされており250)、自然宿主はヒナコウモリ科のヒナコウモリであると推測されている251、252)

(6)鳥インフルエンザ(H5N1)(二類)253、254)

病原体: 鳥インフルエンザウイルス(avian influenza virus、Genus Influenzavirus A H5N1)-オルトミクソウイルス科A型インフルエンザウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策、接触予防策、飛沫予防策、空気予防策
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
鳥インフルエンザ(H5N1)は一般に鳥の感染症であるが、稀に鳥インフルエンザがヒトに感染することが知られている。感染した場合の一般的な初期症状は季節性インフルエンザと同様に、突然の高熱、咳などの呼吸器症状や全身倦怠感、筋肉痛などが挙げられるほか、重症肺炎や時に多臓器不全等をきたすとされる。

鳥インフルエンザ(H5N1)は2006年6月から指定感染症に指定されていたが、2008年5月に公布された「感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律及び検疫法の一部を改正する法律」により二類感染症に指定されている。

鳥インフルエンザウイルス(H5N1)による感染症例に直接接する医療従事者は、標準予防策に加え、接触予防策・飛沫予防策・空気予防策のすべての感染経路別予防策を実施することが望ましいとされている。また咳・発熱等の呼吸器感染症状を有する患者の診療においては、すべての医療機関において咳エチケットを指導することが推奨されている。 【 IV-5-2)-(2) 呼吸器感染ウイルスを参照】

(7)鳥インフルエンザ(H7N9)(二類)

病原体: 鳥インフルエンザウイルス(avian influenza virus、Genus Influenzavirus A H7N9)-オルトミクソウイルス科A型インフルエンザウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策、接触予防策、飛沫予防策、空気予防策
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
H7N9型の鳥インフルエンザによるヒトの感染例は2013年2月に中国で初めて確認され255)、同年4月にかけて相次いで症例が報告されたものの、以降は散発的な発生に落ち着いついていたが、2013年から2014年にかけた冬季をピークに再び継続的な症例が報告された。これまでの発生地域は中国本土がほとんどであり、台湾、香港、マレーシア、カナダなどの症例も中国本土に滞在中に感染したものと考えられている256~259)

確定例である入院患者111例の臨床所見をまとめた文献によると、症状としては発熱、咳が最もよく観察され、97.3%の症例には肺炎が見られ、その他リンパ球減少や血小板減少も高い頻度であったとされる260)。感染には生きた家禽類を扱う市場が主に関わっていると考えられているが、感染した家禽類は無症状であるため、速やかな感染源の特定は困難である。

鳥インフルエンザ(H7N9)の擬似症患者に対する感染対策は鳥インフルエンザ(H7N9)患者(確定例)と同様に、外来では咳エチケットを含む標準予防策を徹底し、飛沫予防策を実施することが重要と考えられている261)。入院患者では湿性生体物質への曝露があるため接触予防策を追加し、さらにエアロゾル発生の可能性がある場合には空気予防策を追加する246、261)

本感染症は2013年4月より政令によって指定感染症に指定され、二類感染症相当の扱いがなされ、翌2014年の政令改正により、その指定がさらに1年間延長されていたが、平成27年1月の政令改正により二類感染症に規定された。

4)三類感染症

三類感染症には腸管出血性大腸菌感染症のほか、二類感染症から移行したコレラ、細菌性赤痢、腸チフス、パラチフスが指定されている。感染症例への入院勧告規定はないが、飲食物にかかわる就業が制限される。

三類感染症では糞便由来の接触伝播に対する対策が重要である。また、後節で述べるその他の糞便-経口感染においても、これらに準じた対策が必要となる場合がある。糞便を念頭に置いた消毒例を表Ⅳ-22に示す。
 

(1)コレラ(三類)

病原体: コレラ菌(Vibrio cholerae O1)および新型コレラ菌(Vibrio cholerae O139)-ビブリオ科、グラム陰性桿
感染対策: 標準予防策および接触予防策
消毒法: 一般細菌を対象とする方法
Vibrio choleraeには多数の血清型があり、狭義のコレラはVibrio cholerae O1により発生する。Vibrio cholerae O139もコレラに類似した症状をもたらすが比較的軽症となる。感染経路は汚染された水や食品を介した経口感染であり、小腸で増殖して毒素を産生し、激しい水様性下痢を生じさせて脱水症により死亡する場合もある。日本でも輸入感染症を中心に毎年数十例程度報告されている。
コレラ菌は水中で1日、海水中で数日から3週間、食品中では室温で1~3日、冷蔵庫中で3~7日程度生存するといわれている。

コレラ菌は保菌者・感染症例の糞便に排出され、ヒトからヒトへ接触伝播による糞便-経口感染(2次感染)を起こす。吐物を介することもある。感染症例には糞便を念頭においた接触予防策を行う。
消毒の対象物は患者の糞便、吐物、血液、体液などで汚染された箇所、患者に使用した器具・物品や病室等である。消毒は一般細菌を対象とする方法により行う。消毒例は表Ⅳ-22を参照。

(2)細菌性赤痢(三類)

病原体: 赤痢菌(Genus Genus Shigella)-腸内細菌科、グラム陰性桿菌
感染対策: 標準予防策および接触予防策
消毒法: 一般細菌を対象とする方法
赤痢菌はShigella dysenteriae(A亜群)、Shigella flexneri(B亜群)、Shigella boydii(C亜群)、Shigella sonnei(D亜群)に分類される。Shigella dysenteriaeの一部は志賀毒素を産生して激症をもたらす。感染経路は経口感染であり、大腸で潰瘍を形成し、腹痛や粘血便を症状とする。赤痢菌はサルおよびヒトが保菌するが、保菌者・感染症例の糞便に排出され、それらで汚染された水や食品を介して伝播する。日本における報告の7~8割は輸入感染症だが、国内発生例もあり、双方合わせて毎年数百例程度が報告されている。抗菌薬耐性も報告されている。

少ない菌量(千から十万個)で感染が成立し262、263)、ヒトからヒトへ接触伝播による糞便-経口感染(2次感染)を起こすことがある。感染症例には糞便を念頭においた接触予防策を行う。 消毒の対象物は患者の糞便、血液、体液などで汚染された箇所、患者に使用した器具・物品や病室等である。消毒は一般細菌を対象とする方法により行う。消毒例は表Ⅳ-22を参照。

(3)腸管出血性大腸菌感染症(三類)264)

病原体: Escherichia coli O157など腸管出血性大腸菌-腸内細菌科、グラム陰性桿菌
感染対策: 標準予防策および接触予防策
消毒法: 一般細菌を対象とする方法
腸管出血性大腸菌はベロ毒素(またはサイトトキシン、志賀毒素)を産生する大腸菌である。大腸菌は菌体のO抗原、莢膜のK抗原、鞭毛のH抗原により多くの血清型に分類されるが、代表的な腸管出血性大腸菌はO157:H7で、またO1、O26、O111、O128、O145などの場合もある。症状は無症状、軽い下痢から粘血便、鮮血に近い便、嘔吐,腹痛まで様々であるが、重症の場合、出血性大腸炎に合併して溶血性尿毒症症候群や脳症を発症し致命的となる場合がある。腸管出血性大腸菌の多くは、家畜牛の腸管に存在する。主な感染経路はそれら家畜の糞便で汚染された食品や飲料水による経口感染である。2011年、国内では牛肉の生食が原因と考えられるO111などによる食中毒、欧州では有機スプラウト(もやしなど新芽野菜)が原因と考えられるO104による食中毒が相次いで報告された。

極めて少ない菌量(約100個)で感染が成立するので262、263)、ヒトからヒトへ接触伝播による糞便-経口感染(2次感染)を起こすことが多い。施設内での2次感染による集団発生が報告されている。感染症例には標準予防策を基本とし、失禁がある場合などには糞便を念頭においた接触予防策を行う。

消毒例は表Ⅳ-22を参照し、消毒は一般細菌を対象とする方法により行う(Ⅳ-2-1)グラム陽性菌を参照)。日本で繁用されている消毒薬や70℃の熱水は大腸菌O157:H7に有効と確認されている265)

(4)腸チフス、パラチフス(三類)

病原体: 腸チフス菌(Salmonella enterica subsp. enterica serovar Typhi)、パラチフスA菌(Salmonella enterica subsp. enterica serovar Paratyphi A)-腸内細菌科、グラム陰性桿菌
感染対策: 標準予防策および接触予防策
消毒法: 一般細菌を対象とする方法
腸チフス菌は腸チフス、パラチフスA菌はパラチフスの原因である。感染経路は経口感染であり、腸管リンパなどで増殖し、高熱、下痢、バラ疹、敗血症などをもたらす。治癒後も菌が胆嚢に残り、慢性保菌者となることがある。菌は保菌者・感染症例の糞便、尿、胆汁に排出され、それらで汚染された水や食品を介して伝播する。日本でも輸入感染症を中心に毎年数十例程度報告されている。

抗菌薬耐性も報告されている。 比較的少ない菌量(十万個)で感染が成立し266)、ヒトからヒトへ接触伝播による糞便-経口感染(2次感染)を起こすことがある。感染症例には糞便を念頭においた接触予防策を行う。 消毒の対象物は患者の糞便、尿、血液、体液などで汚染された箇所、患者に使用した器具・物品や病室等である。消毒は一般細菌を対象とする方法により行う。消毒例は表Ⅳ-22を参照。

5)四類・五類感染症

四類感染症は2003年法改正に伴い、動物由来感染症の中から政令により指定されており、媒介動物の輸入規制や消毒、ねずみ等の駆除等の措置が行われる。五類感染症は2003年法改正前の「旧四類感染症」に相当し、国が感染症発生動向調査を行い、その結果を公開していくことにより発生・拡大を防止する感染症で、省令で指定されている。五類感染症は、感染症を診断したすべての医師が7日以内に都道府県知事等に届ける全数把握の対象と、指定届出機関の管理者が週単位あるいは月単位で都道府県知事等に届ける定点把握の対象に分けられる。以下これらについて原因病原体の種類別に述べる。

(1)プリオン

①クロイツフェルト・ヤコブ病(CJD)(五類、全数把握)
病原体:異常型プリオン
感染対策: 標準予防策(脳、脊髄、眼組織に特別な注意が必要)
消毒法: プリオンの不活性化には特別な処理法が必要。表Ⅳ-17~表Ⅳ-19を参照
IV-7 プリオンを参照】
 

(2)ウイルス

①E型肝炎(四類)267)
病原体: E型肝炎ウイルス(Hepatitis E virus: HEV)-ヘペウイルス科、ヘペウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有しない
感染対策: 標準予防策、失禁がある場合などは接触予防策を追加
消毒法: エンベロープを有しないウイルスを対象とする方法
多くの場合不顕性感染である。潜伏期はおおむね30~40日で、発症すると黄疸、倦怠感、肝腫大、食欲不振を呈する。慢性化しないが、劇症肝炎に発展することがあり、特に妊娠第三期の妊婦においては重篤化する確率が高い。10代~30代に発症例が多くみられる。発展途上国において、飲料水汚染による大規模な集団感染が発生しているが、様々な動物からもHEV様ウイルスが検出されている。日本でもブタからHEVが検出されている。主な感染経路は飲料水を介した糞便-経口感染であるが、感染症例の糞便中に排泄されたHEVが病院内での直接・間接接触により伝播する可能性がある。ただしその頻度はHAVより低いといわれている。

②ウエストナイル熱(四類)268~271)
病原体: ウエストナイルウイルス(West Nile virus)-フラビウイルス科フラビウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策
消毒法: 血中ウイルスを対象とする方法
トリを自然宿主とし蚊をベクターとしてヒトへ伝播する。アフリカ、中近東、西アジア、ヨーロッパで発生しているが、1999年より米国でも発生が見られるようになった。発症すると急性熱性疾患となり、多くの場合数日で解熱し自然治癒するが、高齢者などにおいて脳炎をもたらし死因となることがある。輸血による感染、子宮内母子感染、感染動物解剖中の針刺し切創感染が報告されており、臓器移植、母乳による伝播の疑いも報告されている。通常の感染経路は蚊に刺されることであるが、感染症例の血液、体液に注意する。

③A型肝炎(四類)272、273)
病原体: A型肝炎ウイルス(Hepatitis A virus: HAV)-ピコルナウイルス科ヘパトウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有しない
感染対策: 標準予防策、失禁がある場合などは接触予防策を追加
消毒法: エンベロープを有しないウイルスを対象とする方法
潜伏期間は平均30日程度で、食欲不振、悪心、嘔吐、不快感、発熱、頭痛、腹痛などの前駆症状の後、黄疸を発症し、疲労感が継続する。ほとんどの場合特別な治療なしに数十日で自然治癒するが、劇症肝炎に発展することもある。成人において比較的重い症状を呈する確率が高い。主な感染経路は糞便-経口感染で、血液感染も成立する。主に魚介類、生野菜、井戸水、排水などを介して伝播するが、環境において長時間感染性を保つため、感染症例の糞便中に排泄されたHAVが病院内での直接・間接接触により伝播することがある。また輸血、注射針の共用によるウイルス血症もある。少数ながら霊長類からヒトへの感染も報告されている。

④黄熱(四類)
病原体: 黄熱ウイルス(Yellow fever virus)-フラビウイルス科フラビウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策
消毒法: 血中ウイルスを対象とする方法
サル(森林型)またはヒト(都市型)を自然宿主とし、ネッタイシマカをベクターとしてヒトへ伝播する。アフリカと南米で発生している。一過性の熱性疾患の場合もあるが、黄疸、腎不全、出血傾向をもたらして死因となることもある。通常の感染経路は蚊に刺されることであるが、感染症例の血液、体液に注意する。

⑤オムスク出血熱(四類)274、275)
病原体: オムスク出血性ウイルス(Omsk hemorrhagic fever virus)-フラビウイルス科フラビウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
1943~1945年にシベリアのオムスク地方にていくつかの流行が認められ、1947年に感染患者の血液から初めてウイルスが分離された。オムスク地方以外にもシベリア南部のノボシビルスクやシベリア東部のクルガンおよびチュメンの森林や湿地帯にて流行している。感染経路はウイルスを保有するダニを介してヒトへ伝播するが、近年ヒト感染のほとんどが自然宿主であるマスクラット(Ondatra zibethica)に直接接触することで伝播していると報告されている。

⑥キャサヌル森林病(四類)276)
病原体: キャサヌル森林病ウイルス(Kyasanur Forest disease virus)-フラビウイルス科フラビウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
1957年のインドのカルナタカ地方のシモガにあるキャサヌル森林にて捕獲されたサルにおいて初めて確認された。ネズミなどのげっ歯類や鳥などが自然宿主として知られており、ヒトへの感染はダニが媒介する。ヒト-ヒト感染は現在のところ報告がない。

⑦狂犬病(四類)
病原体: 狂犬病ウイルス(Rabies virus)-ラブドウイルス科リッサウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策、場合により接触予防策を追加
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
典型的には感染したイヌ、ネコの咬創によりヒトへ伝播するが、吸血コウモリ、キツネ、オオカミなど野生肉食動物が媒介動物で、狂犬病ウイルスはそれらの唾液に含まれる。症状は咬創周囲の知覚異常、疼痛、不安感、頭痛、反射性痙攣、嚥下困難、恐水症、昏睡、呼吸困難で致命的となる。現在日本には感染動物がほとんど存在しないと言われ、しかも飼い犬にはワクチン接種が義務付けられている。ただし、輸入動物による感染の可能性が存在する。感染症例には標準予防策を基本とするが、接触予防策の追加も考慮する277)

⑧サル痘(四類)278~280)
病原体: サル痘ウイルス(Monkeypox virus)-ポックスウイルス科コードポックスウイルス亜科オルトポックスウイルス属、DNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策、接触予防策および飛沫予防策、場合により空気予防策を追加
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
サルなど霊長類に発生するが、1970年コンゴでヒトの感染例が発見され、1996~1997年に同じくコンゴでヒトの大規模な集団発生があった。2003年には米国でガーナからの輸入動物に由来するヒトの集団感染が発生した。発熱、頭痛、背痛、倦怠感などを生じ、痘そうと同様に丘疹や膿疱などを形成する。アフリカにおいて致死率は1~10%と報告されており、痘そうよりは低い。ヒトからヒトへの伝播は痘そうよりも緩慢で、感染症例との接触や飛沫によって伝播すると思われるが、空気感染の可能性も否定されていない。したがって、感染症例には接触予防策および飛沫予防策を行い、場合により空気予防策を追加する。

⑨ジカウイルス感染症(四類)281、282)
病原体: ジカウイルス(Genus Zika virus)-フラビウイルス科フラビウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
ジカウイルスは、ネッタイシマカやヒトスジシマカなどのヤブカ属が媒介してヒトへ伝播する。2015年5月以降、ブラジルをはじめとする中南米地域において多数の患者が報告され、媒介蚊であるヒトスジシマカが国内各地に生息しているため今後国内で感染者が出る可能性もある状況などから、ジカウイルス感染症が2016年2月に四類感染症に指定された283)。一般的に2~12日(多くは2~7日)の潜伏期の後、軽度の発熱、発疹、結膜炎、筋痛や関節痛、倦怠感、頭痛などが現れる。通常、これらの症状は軽く、2~7日続いて治まる。感染者のうち、発症するのは約20%とされる。予防策としては、蚊にさされないように長袖・長ズボンを着用し、忌避剤の使用などを行う。妊娠中のジカウイルス感染と小頭症との関連が指摘されており、妊婦や妊娠予定の女性は感染に注意が必要である。また、ギラン・バレー症候群との関連性についても調査が行われている。

⑩重症熱性血小板減少症候群(病原体がフレボウイルス属SFTSウイルスであるものに限る。)(四類)
病原体:SFTS(Severe Fever with Thrombocytopenia Syndrome)ウイルス-ブニヤウイルス科フレボウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策:標準予防策および接触予防策
消毒法:エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
臨床症状は6日~2週間の潜伏期の後、発熱、倦怠感、食欲低下、消化器症状(腹痛、嘔吐、下痢等)、リンパ節腫脹、出血症状がみられ、臨床検査では共通して血小板減少、白血球減少等が認められる284~286)。感染経路は、マダニによる媒介のほか287)、中国では血液を介したヒト-ヒト間による接触感染例も報告されている288~290)。マダニは森林、山等の野外に生息するため、森林、山等では長袖、長ズボンを着用し肌が露出しないようにし、家畜にもマダニが寄生することから家畜に接する際にも同様に注意する。医療機関においては標準予防策のほか、接触予防策を追加した対策を実施する291)

⑪腎症候性出血熱、ハンタウイルス肺症候群(四類)292)
病原体:ハンタウイルス(Genus Hantavirus)-ブニヤウイルス科ハンタウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策:標準予防策
消毒法:血中ウイルスを対象とする方法
腎症候性出血熱は日本・中国を含む東アジア、ロシア、東欧、北欧で発生し古くから知られており、発熱、低血圧性ショック、腎疾患、出血傾向を症状とする。ハンタウイルス肺症候群は1993年以降北米、南米から報告されており、発熱、筋肉痛、肺浮腫、呼吸困難を症状とし死亡率が高い。ハンタウイルスはドブネズミなど野ネズミを自然宿主とするウイルスで、ネズミの尿、糞便を含む塵埃の吸入、またはネズミの咬創による唾液の侵入によりヒトへ感染する。ヒトからヒトの感染はないとされているが、急性期の血液や尿からウイルスが分離されるため、感染症例の血液、分泌物、排泄物に注意を払う。

⑫西部ウマ脳炎(四類)293)
病原体: 西部ウマ脳炎ウイルス(Western equine encephalitis virus)-トガウイルス科アルファウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
自然宿主は鳥であり、蚊がベクターとなってウマなどの哺乳動物へ感染するが、散発的にヒトも感染する動物由来感染症。アメリカ西部を中心にカナダ西部からアルゼンチンまでの西半球で認められている。流行地では蚊が発生する時期や時間には外出を避け、外出する場合の服装は長袖・長ズボンが好ましい。

⑬ダニ媒介脳炎(四類294)
病原体: ダニ媒介脳炎ウイルス(Tick-borne encephalitis virus)-フラビウイルス科フラビウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
ダニ媒介脳炎ウイルスはいくつかのサブタイプに分類されるが、主なものに中央ヨーロッパダニ媒介脳炎を引き起こす中央ヨーロッパダニ媒介脳炎ウイルスおよびロシア春夏脳炎を引き起こすロシア春夏脳炎ウイルスがある。中央ヨーロッパダニ媒介脳炎は中央・東・北ヨーロッパおよびロシア、バルト海沿岸諸国で流行している。またロシア春夏脳炎はロシア極東地域を中心に流行するが、日本国内では1993年に北海道で感染者を認めた報告もある295)。ヒトへの感染はウイルスを保有するダニに刺咬される事によって生じる。またヤギの生乳を介して感染した報告もある。

⑭チクングニア熱(四類)
病原体: チクングニアウイルス(Chikungunya virus)-トガウイルス科アルファウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
ネッタイシマカやヒトスジシマカなど蚊をベクターとしてヒトへ伝播する。アフリカやアジアなどを中心に散発的に流行がみられ、レユニオン島では人口の約34%が罹患する大流行が報告されている296)。潜伏期間は3~12日(通常3~7日)で、主な症状は発熱、関節痛、発疹などが高頻度に見られる。重症例では神経症状(脳症)、劇症肝炎が報告されている297)。予防対策としては、蚊にさされないように皮膚の露出を避け、長袖、長ズボンを着用し、忌避剤の使用などを行う。感染症例に対しては、血液や体液の汚染リスクがある場合にはガウン、マスク、ゴーグルなどの個人防護具を装着する298)

⑮デング熱(四類)
病原体: デングウイルス(Dengue virus)-フラビウイルス科フラビウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策
消毒法: 血中ウイルスを対象とする方法
ヒトを自然宿主としネッタイシマカなど蚊をベクターとしてヒトへ伝播する。熱帯、亜熱帯地域に広く分布する。不顕性感染の場合もあり、発症しても一過性の発熱、発疹など熱性疾患(デング熱)に留まることが多いが、出血傾向を伴うデング出血熱、ないしデングショック症候群をもたらして死因となることもある。2014年に国内感染例が発生したことから、海外の流行地域からの帰国者だけでなく、海外渡航歴がない者についても、デング熱を疑う必要性が生じている。予防対策としては、蚊にさされないように皮膚の露出を避け、長袖、長ズボンを着用し、忌避剤の使用などを行う。感染症例に対しては、血液や体液の汚染リスクがある場合にはガウン、マスク、ゴーグルなどの個人防護具を装着する298)

⑯東部ウマ脳炎(四類)293~299)
病原体:東部ウマ脳炎ウイルス(Eastern equine encephalitis virus) – トガウイルス科アルファウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
自然宿主は鳥であり、蚊がベクターとなってウマなどの哺乳動物へ感染するが、散発的にヒトも感染する動物由来感染症。主にカナダ東部やアメリカ東部で流行が見られるが、キューバなどのカリブ諸国や南米においても感染の報告がある。流行地では蚊が発生する時期や時間には外出を避け、外出する場合の服装は長袖・長ズボンが好ましい。感染患者の血液や髄液からウイルスが分離されることがあるので、血液・体液に汚染される可能性がある場合には手袋、マスク、ゴーグルなどの個人防護具を装着する。

⑰鳥インフルエンザ(鳥インフルエンザH5N1を除く)(四類)300、301)
病原体: 鳥インフルエンザウイルス(avian influenza virus、Genus Influenzavirus Aの一部)-オルトミクソウイルス科インフルエンザウイルスA属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策および飛沫予防策、場合により接触予防策を追加
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
基本的には鳥の(エビアン:avian)インフルエンザウイルスA型のうち、病原性の高いものによるトリの感染症であり、通常ヒトには感染しないが、まれにヒトにも感染する。

鳥インフルエンザウイルスが、ブタなどを介した遺伝子交雑によりヒトへの感染性を高めて大流行をもたらす可能性が危惧されている。1996年英国で、ヒトの結膜炎症例からA(H7N7)型が検出された。2003年オランダ周辺で家禽にA(H7N7)型感染が流行し、養禽従事者とその家庭で結膜炎が集団発生した。その際ヒトからヒトへの伝播も発生し、またインフルエンザ様症状から重症肺炎になった死亡例も報告された。1997年香港で呼吸器不全によって死亡した3歳の幼児からA(H5N1)型が検出され、さらに死亡者6人を含む18人にA(H5N1)型ウイルス感染が確認された。1999年には同じ香港でA(H9N2)型のエビアンインフルエンザウイルスが2人の小児に感染した。鳥インフルエンザウイルスの感染症例には、通常のインフルエンザと同様、飛沫予防策を行い、結膜炎症状がある場合などには接触予防策を追加する。
なお、鳥インフルエンザ(H5N1)は2008年5月、鳥インフルエンザ(H7N9)は2015年1月より二類感染症に指定されている。

⑱ニパウイルス感染症(四類)302)
病原体: ニパウイルス(Nipah virus)-パラミクソウイルス科パラミクソウイルス亜科へニパウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
1998年マレーシアで報告された。ニパウイルスはオオコウモリを自然宿主とし、ブタを経由してヒトに感染する。発熱、頭痛、眩暈、嘔吐を症状とし、脳炎に至って高い死亡率をもたらす。感染したブタの尿、唾液、咽頭・肺分泌物を吸い込んだブタに伝播し、また養豚作業者などに伝播することがある。ヒトからヒトへの伝播はごくまれと言われている。

⑲日本脳炎(四類)
病原体: 日本脳炎ウイルス(Japanese encephalitis virus)-フラビウイルス科フラビウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策
消毒法: 血中ウイルスを対象とする方法
ブタ、ウマ、ウシを自然宿主としコガタアカイエカをベクターとしてヒトへ伝播する。ワクチン接種が普及した後の日本ではあまり見られないが、東アジア、南アジアで流行を続けている。多くが無症候に終わるが、突然の高熱、頭痛、嘔吐から脳炎を発症した場合にはしばしば死因となり、また後遺症として知能・運動障害をもたらすことが多い。通常の感染経路は蚊に刺されることであるが、感染症例の血液、体液に注意する。

⑳Bウイルス病(四類)
病原体: Bウイルス(Macacine herpesvirus 1、あるいはB-virus)-ヘルペスウイルス科アルファヘルペスウイルス亜科シンプレックスウイルス属、DNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策、場合により接触予防策を追加
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
Bウイルスはマカカ属などのサルを宿主とし、咬創によってヒトへ感染し、致命的な脳炎を起こす。サルの分泌液や培養細胞との接触による皮膚・粘膜からの伝播も成立する。感染症例には標準予防策を基本とするが、咬創部位、唾液、結膜からウイルスが検出されることもあるため、場合により接触予防策を追加する277)

㉑ベネズエラウマ脳炎(四類)303)
病原体: ベネズエラウマ脳炎ウイルス(Venezuelan equine encephalitis virus)- トガウイルス科アルファウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
自然界ではコットンラットやアメリカトゲネズミなどのげっ歯類と蚊の間で感染環が維持されており、蚊が媒介となってウマやヒトへ感染するため、他のウマ脳炎同様、蚊対策を行う。また感染患者の血液や髄液からウイルスが分離されることがあるので、血液・体液に汚染される可能性がある場合には手袋、マスク、ゴーグルなどの個人防護具を装着する。

㉒ヘンドラウイルス感染症(四類)304~306)
病原体: ヘンドラウイルス(Hendra virus)-パラミクソウイルス科パラミクソウイルス亜科ヘニパウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
1994年にオーストラリアのブリスベン近郊にあるウマ調教施設においてヒト2名およびウマ18頭が肺炎などの呼吸器疾患を呈し、そのうちヒト1名、ウマ14頭が死亡した。当初、死亡したヒトおよびウマから分離されたウイルスがパラミクソウイルス科のモービリウイルス属のウイルスに類似していることからウマモービリウイルスと命名された。しかしその後、既存のパラミクソウイルス科に分類される属のウイルスとは異なる性質をもつことから分類の見直しが行われ、2002年に新たな属であるヘニパウイルス属が作られ、ヘンドラウイルスとニパウイルスが本属に分類された。

自然宿主はオオコウモリで、オーストラリア東海岸からパプアニューギニアに生息するオオコウモリの9%がウイルス陽性反応を示した報告がある。感染したオオコウモリの死骸や糞便・尿などの排泄物によって牧草や飼料が汚染され、それをウマが摂取することで感染する。ヒトへは感染しているウマに接触することや呼吸器分泌物の接触・吸入により伝播する。

㉓リッサウイルス感染症(四類)307)
病原体: 狂犬病関連リッサウイルス(European bat lyssavirus 1、2、 Australian bat lyssavirus、Lagos bat virus、Duvenhage virus、Mokola virusなど)-ラブドウイルス科リッサウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策、場合により接触予防策を追加
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
European bat lyssavirus 1、2はヨーロッパの食虫コウモリ、 Australian bat lyssavirusはオーストラリアのオオコウモリ(flying foxes、fruit bats)など食果実コウモリと食虫コウモリ、 Lagos bat virusはアフリカの食果実コウモリ、Duvenhage virusはアフリカの食虫コウモリ、Mokola virusはアフリカのトガリネズミなどが媒介動物である。これら狂犬病関連リッサウイルスは狂犬病と類似の症状をもたらす。感染症例には標準予防策を基本とするが、接触予防策の追加も考慮する。

㉔リフトバレー熱(四類)308、309)
病原体: リフトバレー熱ウイルス(Rift Vally fever virus)-ブニヤウイルス科フレボウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
自然宿主はヒツジ、ヤギなどの反芻動物で、ヒトへの感染は蚊が媒介する。時に感染動物の血液、体液、組織への接触やエアロゾルによって伝播する可能性もあり、またごく稀に感染動物の生乳を介して伝播することもある。主にアフリカで大雨や洪水時などの蚊が大量発生しやすい状況で流行しているが、2000年には中東での流行も見られている。

㉕ウイルス性肝炎(E型肝炎及びA型肝炎を除く)(五類、全数把握)
病原体: B型肝炎ウイルス(Hepatitis B virus: HBV)-ヘパドナウイルス科オルソヘパドナウイルス属、DNA型ウイルス、エンベロープを有する。C型肝炎ウイルス(Hepatitis C virus: HCV)-フラビウイルス科ヘパシウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する。その他の肝炎ウイルス
感染対策: 標準予防策
消毒法: 血中ウイルスを対象とする方法

IV-5-1)-(1) B型肝炎ウイルス および IV-5-1)-(2) C型肝炎ウイルス を参照】

㉖急性脳炎(ウエストナイル脳炎、西部ウマ脳炎、ダニ媒介脳炎、東部ウマ脳炎、日本脳炎、ベネズエラウマ脳炎及びリフトバレー熱を除く)(五類、全数把握)
病原体: 単純ヘルペスウイルス、麻しんウイルス、ムンプスウイルス、インフルエンザウイルス(以上エンベロープを有する)、エンテロウイルス71型(エンベロープを有しない)、その他のウイルス、細菌、真菌、マイコプラズマ、原虫による急性脳炎も五類、全数把握である。
感染対策: 標準予防策、微生物の種類により感染経路別予防策を追加
消毒法: 微生物の種類により選択
急性脳炎の多くがウイルスによるものである。小児に多く発生する。発熱、頭痛、嘔吐、痙攣、意識障害、神経症状などが見られ、致命的であることも多い。

㉗後天性免疫不全症候群(五類、全数把握)
病原体: ヒト免疫不全ウイルス(Human immunodeficiency virus 1、2:HIV)-レトロウイルス科オルソレトロウイルス亜科レンチウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策
消毒法: 血中ウイルスを対象とする方法

IV-5-1)-(3)ヒト免疫不全ウイルス

㉘水痘(入院例に限る。)(五類、全数把握)、水痘(五類、定点把握)310、311)
病原体: 水痘-帯状疱疹ウイルス(Human herpesvirus 3、あるいはVaricella-zoster virus)-ヘルペスウイルス科アルファヘルペスウイルス亜科ワリセロウイルス属、DNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策:標準予防策、接触予防策および空気予防策
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
主に小児の時に初感染して水痘(水ぼうそう)を発症し、治癒後神経節に潜伏感染する。その後加齢や免疫力低下などの要因により回帰感染して帯状疱疹を発症する。免疫低下が著しい場合、ウイルス血症、肺炎にいたることもある。ウイルスは気道分泌物や水疱内容物に含まれ、感染性が強く、発症者から他のヒトへ接触伝播し、また病院内における空気感染も報告されている。水痘症例には接触予防策を行い、さらに空気予防策またはそれに準じた対策を行う。少なくとも白血病患者、移植患者、HIV感染者、妊婦、新生児が発症患者と同室しないよう注意を払う。帯状疱疹症例には標準予防策を基本とする。 多くの人に小児期の感染歴があるが、感染歴やワクチン接種歴(任意接種)のない医療従事者は、自ら水痘に罹患することのみならず自らが感染源となることを避けるため、原則として感染症例を担当しないようにする。

㉙先天性風しん症候群(五類、全数把握)、風しん(五類、全数把握)310、312)
病原体: 風しんウイルス(Rubella virus)-トガウイルス科ルビウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策および飛沫予防策、場合により接触予防策を追加
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
風しんは発熱、発疹、リンパ節腫脹を主な症状とする感染症であり、流行は春から初夏にかけて多くみられる。妊婦が感染すると胎盤で増殖して胎児に感染し、白内障、心疾患、難聴などの先天性風しん症候群をもたらす場合がある。2013年に国内で大規模なアウトブレイクが発生した際、その患者の多くは成人で、男性の20~40代、女性の20代での症例が多かったことが報告された。風しん報告数の増加に伴い先天性風しん症候群の報告数も増加し、2013年のアウトブレイク時には過去最多の32例となった313、314)。風しん及び先天性風しん症候群は発症後に特異的な治療法はなく、ワクチン接種による予防が重要となる315、316)

風しんの感染経路は飛沫感染のため、標準予防策と飛沫予防策を遵守する。先天性風しん症候群の症例からは、一定期間風しんウイルスが検出されることから飛沫感染ならびに接触感染の予防を考慮して対応する。感染症例が妊婦や免疫機能が低下している患者と接触しないよう配慮する。免疫のない医療従事者は、水痘や麻しんと同様の理由により、原則として感染症例を担当しないようにする317、318)

なお、平成19年12月28日改正の感染症法施行規則(厚生労働省令第159号)により平成20年1月1日から全数把握疾患に変更されている。

㉚麻しん(五類、全数把握)310、319)
病原体: 麻しんウイルス(Measles virus、またはRubeola virus)-パラミクソウイルス科パラミクソウイルス亜科モービリウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策および空気予防策
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
小児に多いが、成人でも発病することがある。麻しんウイルスは経気道感染し、咽喉頭で増殖して発熱、結膜炎、上気道炎を起こし(カタル期)、さらに発疹をもたらして麻しん(はしか)を起こす。通常は自然治癒するが、乳幼児において肺炎や脳炎を合併することがある。また成人や移植患者が麻しんに罹患した場合には重症化する傾向がある。麻しんウイルスはカタル期において涙液、唾液中に大量に排出され、これらの飛沫が気道粘膜へ接触して伝播すると思われるが、空気感染もしばしばみられる。感染性が強く、かつ発症率も高く、医療関連感染も多く報告されている。感染症例には空気予防策またはそれに準じた対策を行う。少なくとも移植患者、新生児が感染症例と同室しないよう注意を払う。多くの人がワクチン接種(制度的接種)や小児期の感染により免疫を獲得しているが、免疫のない医療従事者は、自ら麻しんに罹患することのみならず自らが感染源となることを避けるため、原則として感染症例を担当しないようにする。

なお、平成19年12月28日改正の感染症法施行規則(厚生労働省令第159号)により平成20年1月1日から全数把握疾患に変更されている。麻しんの発生届は診断後7日以内に行うことが定められているが、より迅速な行政対応に資するために24時間以内を目処に最寄りの保健所に報告することが求められている。

㉛RSウイルス感染症(五類、定点把握)
病原体: RSウイルス(Human Respiratory syncytial virus)-パラミクソウイルス科ニューモウイルス亜科ニューモウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策および接触予防策
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
主に冬季に流行し、成人において通常軽度の上気道感染などかぜ症候群症状をもたらすが、小児や高齢者では重症となる傾向があり、細気管支炎、肺炎、気管気管支炎をもたらすことがある。RSウイルスは感染症例の鼻汁に含まれ、それが直接・間接に眼や鼻に触れることで頻繁に接触感染する。小児などにおける医療関連感染が問題となっている。接触予防策の有効性が報告されている320)

感染症法の対象外であるが、かぜ症候群の原因となるウイルスで、RSウイルスと同様の感染対策が必要なものとして以下のウイルスがある。

パラインフルエンザウイルス(Human Parainfluenza virus 1、2、3、4)-パラミクソウイルス科パラミクソウイルス亜科レスピロウイルス属(1、3型)またはルブラウイルス属(2、4型)、RNA型ウイルス、エンベロープを有する。ライノウイルス(Human Rhinovirus A、B、C)-ピコルナウイルス科エンテロウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有しない。コロナウイルス(Genus AlphacoronavirusまたはBetacoronavirus)-コロナウイルス科コロナウイルス亜科アルファコロナウイルス属またはベータコロナウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する。アデノウイルス3、4、7、11型(Human Adenovirus 3、4、7、11)など-アデノウイルス科マストアデノウイルス属、DNA型ウイルス、エンベロープを有しない。

㉜咽頭結膜熱(五類、定点把握)
病原体: アデノウイルス3、4、7、11型(Human Adenovirus 3、4、7、11)など-アデノウイルス科マストアデノウイルス属、DNA型ウイルス、エンベロープを有しない(親油性)
感染対策: 標準予防策、接触予防策および飛沫予防策
消毒法: エンベロープを有しないウイルスを対象とする方法
小児に多く、症状は発熱、咽頭炎、結膜炎である。学校ではプールによる感染が多く、プール熱とも呼ばれる。接触感染および飛沫感染であり、器具、点眼薬、手指の汚染に注意が必要である。タオルの共有によることもある。

㉝感染性胃腸炎(五類、定点把握)321~325)
病原体: ノロウイルス(Genus Norovirus)-カリシウイルス科ノロウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有しない。アストロウイルス(Human astrovirus)-アストロウイルス科マムアストロウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有しない。アデノウイルス40、41型(Human Adenovirus 40、41)-アデノウイルス科マストアデノウイルス属、DNA型ウイルス、エンベロープを有しない(親油性)。その他のウイルス、細菌などによる感染性胃腸炎も五類、定点把握である。
感染対策: 標準予防策、失禁がある場合などは接触予防策を追加
消毒法: エンベロープを有しないウイルスを対象とする方法
ノロウイルス(Genus Norovirus)は以前、ノーウォーク様ウイルス(Norwalk-like viruses)と呼ばれていたが、2002年国際ウイルス学会においてこのように命名された。ノロウイルスの代表種はNorwalk virusである。

ウイルスによる感染性胃腸炎は乳幼児に多いが、ノロウイルスによるものは成人にも多い。症状は嘔吐、発熱、下痢などである。感染経路は汚染された水、食品を摂取することによる経口感染と、感染症例の糞便に排泄されたウイルスの接触伝播による糞便-経口感染(2次感染)である。ノロウイルスは典型的には生カキ等の二枚貝による食中毒の原因であるが、少量の伝播で感染が成立するため324、326)、施設内、病院内で2次感染としての集団感染も多発している。小児ではアストロウイルス、アデノウイルスによる医療関連感染も多い。感染症例には標準予防策を基本とするが、失禁がある場合などは接触予防策を追加する317)

㉞手足口病(五類、定点把握)
病原体: コクサッキーウイルスA16、A10型(Human coxsackievirus A16、A10)、およびエンテロウイルス71型(Human enterovirus 71)など-ピコルナウイルス科エンテロウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有しない
感染対策: 標準予防策
消毒法: エンベロープを有しないウイルスを対象とする方法
口唇粘膜および四肢末端(手背や足底など)に水疱性の発疹が現れる、通常は予後良好の発熱性疾患で、主に小児や乳幼児を中心に夏季に流行が起こる327~329)。初期症状として発熱がみられ、その後、食欲不振、不快感、喉の痛みなどが生じ、水疱性発疹が現れる330)。発疹の主な発生部位として手掌、手背、足底、足背や口腔粘膜、臀部などが挙げられている328、329、331、332)

エンテロウイルス71型による流行期においては、コクサッキーウイルスA16による流行期と比べて中枢神経合併症として脳炎や脳脊髄炎の頻度が高いとされる333、334)。アルコールに対する抵抗性が高いため、手指衛生は石けんと流水による手洗いを基本とする。

㉟伝染性紅斑(五類、定点把握)
病原体: ヒトパルボウイルスB19型(B19 virus、あるいは Human parvovirus B19)-パルボウイルス科パルボウイルス亜科エリスロウイルス属、DNA型ウイルス、エンベロープを有しない
感染対策: 標準予防策および飛沫予防策
消毒法: エンベロープを有しないウイルスを対象とする方法
学童に多く、発熱、発疹とともに両頬にびまん性の紅斑が見られるため、リンゴ病とも呼ばれる。ヒトパルボウイルスは鼻汁中や咽頭に存在し、飛沫または接触により鼻に伝播すると思われ、感染症例には飛沫予防策が必要だが、通常発疹のある段階ではウイルス排出が終了している。パルボウイルスはエンベロープを有しないウイルスの中でも特に消毒薬抵抗性が強いウイルスである。消毒が必要な場合には2%グルタラール、2,000~5,000ppm次亜塩素酸ナトリウムの選択が必要で、アルコール、ポビドンヨードでは効果が不十分と思われる9)

㊱突発性発しん(五類、定点把握)
病原体: ヒトヘルペスウイルス6、7型(Human herpesvirus 6、7)-ヘルペスウイルス科ベータヘルペスウイルス亜科ロゼオロウイルス属、DNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
乳幼児に多く、6型は突発性発しん、7型はそれと類似した熱性発疹症性疾患を起こす。主に既感染の健常成人の唾液を介して伝播すると思われ、6型よりも7型のほうが遅く感染し、6型抗体陽性の幼児でも7型に感染する。1歳を過ぎると抗体保有率はほぼ100%である。

㊲ヘルパンギーナ(五類、定点把握)
病原体: コクサッキーウイルスA3、A4、A5、A6、A8、A10型(Human coxsackievirus A3、A4、A5、A6、A8、A10)など-ピコルナウイルス科エンテロウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有しない
感染対策: 標準予防策
消毒法: エンベロープを有しないウイルスを対象とする方法
夏に流行し小児に多い。発熱と口蓋、口峡から扁頭、咽頭部にかけて疱疹がみられる。糞便と水疱液からウイルスが分離される。

㊳流行性耳下腺炎(五類、定点把握) 310、335)
病原体: ムンプスウイルス(Mumps virus)-パラミクソウイルス科パラミクソウイルス亜科ルブラウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策および飛沫予防策
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
4~5歳の小児に多いが、成人でも発病することがある。ムンプスウイルスは経気道感染し、鼻腔・上気道で増殖してリンパ節に移行し、耳下腺腫脹を特徴とする流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)を起こす。10%程度の頻度で無菌性髄膜炎となるが、そのほとんどは自然治癒により軽快する。ただし流産、早産、不妊、難聴、脳炎に至ることもある。ムンプスウイルスは潜伏期から唾液に含まれ、飛沫により伝播する。ウイルスの排出は耳下腺腫脹9日前から腫脹後9日までである。医療関連感染も多く報告されている。感染症例には飛沫予防策を行い、妊婦と近接しないよう注意を払う。多くの人が小児期の感染またはワクチン接種(現在は任意接種だが、一時期は制度的接種)により免疫を獲得しているが、免疫のない医療従事者は、水痘や麻しんと同様の理由により、原則として感染症例を担当しないようにする。

㊴インフルエンザ(鳥インフルエンザおよび新型インフルエンザ等感染症を除く。)(五類、定点把握)336)
病原体: インフルエンザウイルス(Genus Influenzavirus A、B、C)-オルトミクソウイルス科インフルエンザウイルスA、B、C属、RNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策および飛沫予防策
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
世界的に流行を続けている呼吸器系感染症であり、北半球では1~2月を中心とする冬に流行する。インフルエンザウイルスは感染性が強く、多くの健常人が感染し、発熱、頭痛、腰痛、筋痛、上気道炎、全身倦怠感などのかぜ症候群症状を起こす。通常は1週間程度で自然緩解するが、高齢者では肺炎などの重篤な合併症を起こす場合が多く、しばしば死因となる。小児ではインフルエンザ脳炎・脳症を起こす可能性がある。主な感染経路は飛沫による経気道感染で、病院内でもインフルエンザ集団感染が多発している。感染症例には飛沫予防策を行うが、接触感染の可能性もあり、空気感染の可能性も否定されていない。医療従事者のワクチン接種が最も重要な予防策であると思われる。

インフルエンザウイルスはA型、B型、C型の3属に分類され、A型はさらに抗原性の種類により、鳥インフルエンザウイルスも含めて、18種類のH抗原、11種類のN抗原に分類される337)。通常ヒトに感染しうるA型はH1~3かつN1~2であり、B型、C型もヒトに感染する。 日本を含め世界的に流行しているのは、A(H1N1)型(ソ連かぜ)、A(H3N2)型(香港かぜ)、B型およびインフルエンザ(H1N1)2009の4種類である。過去にはA(H2N2)型ウイルスの大流行があり、近年はA(H1N2)型による感染もみられる。

㊵急性出血性結膜炎(五類、定点把握)
病原体: エンテロウイルス70型(Human enterovirus 70)、コクサッキーウイルスA24型(Human Coxsackievirus A24)変異株-ピコルナウイルス科エンテロウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有しない
感染対策: 標準予防策および接触予防策
消毒法: エンベロープを有しないウイルスを対象とする方法
日本では九州、沖縄を中心に流行が見られる。結膜炎症状のある間は、感染性がある。感染経路は接触感染であり、患者の眼、顔、手指の触れた器具、用具、点眼薬やそれらに触れた医療従事者の手指を介して伝播する。エンテロウイルス属はエンベロープを有さず、親油性ではないため、アルコールの速効性はあまり期待できないが、アルコールにより丹念に清拭し物理的に拭き取ることで対応できる。厳密な消毒が必要な場合には500~1,000ppm(特別な場合には5,000ppm)の次亜塩素酸ナトリウムを用いる。

㊶流行性角結膜炎(五類、定点把握)338)
病原体: アデノウイルス8、11、19、37型(Human Adenovirus 8、11、19、37)など-アデノウイルス科マストアデノウイルス属、DNA型ウイルス、エンベロープを有しない(親油性)
感染対策: 標準予防策および接触予防策
消毒法: エンベロープを有しないウイルスを対象とする方法
片眼発症後2~3日で両眼に発症する。結膜炎症状のある間は感染性がある。医療関連感染が多く発生しており、ときに病棟閉鎖を余儀なくされることさえある。感染経路は接触感染であり、患者の眼、顔、手指の触れた器具、用具、点眼薬やそれらに触れた医療従事者の手指を介して広く伝播する。タオルの共用による感染、プールでの感染もある。アデノウイルスはエンベロープを有しないが親油性であるので、アルコールにも速効性が期待できる。

㊷性器ヘルペスウイルス感染症(五類、定点把握)
病原体: 単純ヘルペスウイルス1、2型(Human herpesvirus 1、2、あるいはHerpes simplex virus 1、2)-ヘルペスウイルス科アルファヘルペスウイルス亜科シンプレックスウイルス属、DNA型ウイルス、エンベロープを有する
感染対策: 標準予防策
消毒法: エンベロープを有するウイルスを対象とする方法
高頻度にみられる性感染症であり、初感染では性器、肛門周囲、臀部に複数の水疱を形成し潰瘍化するが2~4週間で治癒する。ただし生涯持続感染し、回帰感染により口唇ヘルペス、角膜ヘルペス、性器ヘルペスを再発する。単純ヘルペスウイルスは発症者の水疱やびらんに多数含まれるが、1型は唾液・分泌物にも含まれ、多くのヒトが乳幼児期に初感染し無症候性感染者になる。一方、2型は外陰部、口、肛門の性的接触により感染し、また発症中は産道母子感染する。いずれの場合も、無症候性のウイルス排出がある。母体からの移行抗体のない新生児が初感染した場合には脳炎となることがあり、移植患者が初感染または回帰感染した場合には肺炎となることがある。新生児における医療関連感染も報告されている339)。感染症例には標準予防策を基本とし、びらんが激しい場合、発症者である母体から生まれた新生児の場合などには接触予防策を追加する。

㊸尖圭コンジローマ(五類、定点把握)
病原体: ヒトパピローマウイルス6、11型(Human papillomavirus 6、Human papillomavirus 11)-パピローマウイルス科アルファパピローマウイルス属(6型)、DNA型ウイルス、エンベロープを有しない(親油性)
感染対策: 標準予防策
消毒法: エンベロープを有しないウイルスを対象とする方法
20歳代前半の発生が多い。主に性行為感染症として性器の微細な創から進入し、性器、肛門周辺に褐色で乳頭状あるいは鶏冠状の腫瘍を形成する。産道母子感染もある。また子宮癌との関連も指摘されている。

㊹感染性胃腸炎(病原体がロタウイルスのものに限る。)(五類、定点把握)
病原体: ロタウイルス(Genus Rotavirus)-レオウイルス科セドレオウイルス亜科ロタウイルス属、RNA型ウイルス、エンベロープを有しない(親油性)
感染対策: 標準予防策、失禁がある場合などは接触予防策を追加
消毒法: エンベロープを有しないウイルスを対象とする方法
ロタウイルスは乳幼児における急性胃腸炎の主要な病因である340)。潜伏期間は1~3日間であり、発症は急性で、発熱、嘔吐に続き、水溶性の下痢がみられ、症状は通常3~7日で消失する341)。脱水がひどくなるとショック、電解質異常、時には死にいたることもある340)。ロタウイルスは成人においても感染は散見されており、特に高齢者や免疫抑制患者で多く報告されている342~345)。主な感染経路は、ヒトあるいは環境表面などを介した糞口感染であり、その伝播は接触感染によると考えられているため317、340、346)、感染対策は標準予防策と接触予防策を基本とする。

㊺無菌性髄膜炎(五類、定点把握)
病原体: ムンプスウイルス(エンベロープを有する)、コクサッキーウイルス(エンベロープを有しない)、エコーウイルス(Human Echoviruses、エンテロウイルス属)、その他のウイルス(エンベロープを有しない)、その他のウイルス
感染対策: 標準予防策、微生物の種類により感染経路別予防策を追加
消毒法: 微生物の種類により選択
もっぱらウイルスによる髄膜炎である。幼児、学童期の小児に多く、特に男子に多い。症状は発熱、頭痛、嘔吐が主で1週間以内で症状は治まり、予後はおおむね良好である。

(3)クラミジア

クラミジアは細菌の一種であるが、一般細菌より小さく0.3~0.4µmで細胞に寄生して増殖するため、一般細菌と区別される。DNAとRNAの両方を持ち、細胞壁も有するためウイルスではない。細胞外では小形の感染性のある基本小体の形態をなし、宿主細胞の中では大形の感染性のない網様体となり増殖し、クラミジア集団の封入体をつくる。 クロルヘキシジンやポビドンヨードの効果が確認されており、クラミジアの消毒薬感受性は一般細菌と同様と考えられる347、348)

①オウム病(四類)349)
病原体: Chlamydophila psittaci(以前はChlamydia psittaci)-クラミジア
感染対策: 標準予防策
消毒法: 一般細菌を対象とする方法
Chlamydophila psittaci(以前はChlamydia psittaci)はオウム、セキセイインコ、ハトなどトリの排泄物を吸入することや、口移しでエサを与えたりすることによりヒトに伝播する。高熱、乾性咳嗽、全身倦怠感などのインフルエンザ様症状を呈し、肺炎に至ることもある。鳥は感染してもほとんど症状を呈さない。通常ヒトからヒトへの感染はないと言われ、感染症例には標準予防策を基本とするが、咳・喀痰の多い患者から医療従事者に伝播した疑いが報告されており注意が必要である。

②性器クラミジア感染症(五類、定点把握)
病原体: Chlamydia trachomatis-クラミジア
感染対策: 標準予防策
消毒法: 一般細菌を対象とする方法
主要な性感染症のひとつであり、性行為により伝播し、尿道炎と子宮頸管炎など女性生殖器炎を起こす。性器との直接接触により直腸や咽頭にも感染する。感染症例には標準予防策を基本とするが、感染部位から手指やタオルなどを介して眼に伝播し、角結膜炎をもたらすことに注意が必要である。

③クラミジア肺炎(オウム病を除く)(五類、定点把握)
病原体: Chlamydophila pneumoniae(以前はChlamydia pneumoniae)、Chlamydia trachomatis-クラミジア
感染対策: 標準予防策
消毒法: 一般細菌を対象とする方法
Chlamydophila pneumoniae(以前はChlamydia pneumoniae)感染は、一般に無症候または軽症の肺炎となるが、高齢者では重症化することも多く、市中肺炎の8~20%を占める。飛沫によりヒトからヒトへ伝播し、成人の抗体保有率は高い。Chlamydia trachomatisは産道感染により新生児に間質性肺炎を起こす。感染症例には標準予防策を行う。

(4)リケッチア、コクシエラ

リケッチアは動物細胞の中でしか増殖できない小型の細菌で、節足動物と共役して自然界に存在する。ヒトへの伝播には節足動物がベクターとして介在する。生体外では速やかに失活する。ただし、ベクターである節足動物を駆除し、ベクターを含む塵埃を清掃する必要がある。
コクシエラも動物細胞の中でしか増殖できないが、必ずしもベクターとして節足動物の介在を必要とせず、また遺伝子的にもレジオネラに近い細菌であるためリケッチアとは区別される。土壌中で長期間生存する。

①Q熱(四類)
病原体: Coxiella burnetii-コクシエラ
感染対策: 標準予防策、場合により飛沫予防策を追加
消毒法: 塵埃の清掃、ベクターの駆除
Coxiella burnetiiはウシ、ヤギ、ヒツジ、ネコなど動物が主な自然宿主であり、特にその胎盤で増殖し分娩時に排出され、また乳汁・尿・糞便に含まれる場合もある。ダニなどがベクターとなる場合もあるが土壌などに生存するため、主な感染経路は、Coxiella burnetiiで汚染された塵埃を吸入すること、または殺菌されていない生乳を経口摂取することである。感染症例には標準予防策を基本とするが、飛沫予防策の追加も考慮する277)

②つつが虫病(四類)
病原体: Orientia tsutsugamusi-リケッチア
感染対策: 標準予防策
消毒法: ベクターの駆除、塵埃の清掃
Orientia tsutsugamusiはネズミを自然宿主、ツツガムシ(ダニの一種)をベクターとする。頭痛、発熱、発疹、リンパ節腫脹などをもたらす。日本、東南アジア、オセアニアに広く分布し、日本では全国で毎年数百例が報告されている。

③日本紅斑熱(四類)
病原体: Rickettsia japonica-リケッチア
感染対策: 標準予防策
消毒法: ベクターの駆除、塵埃の清掃
Rickettsia japonicaはネズミ、ウサギ、イヌを自然宿主、マダニ類をベクターとする。頭痛、発熱、紅斑などをもたらす。日本に特有の疾病で、1984年に発見され、南九州、四国、本州太平洋沿岸などの温暖な地域で毎年数十例が報告されている。

④発しんチフス(四類)
病原体: Rickettsia prowazekii-リケッチア
感染対策: 標準予防策
消毒法: ベクターの駆除、塵埃の清掃
Rickettsia prowazekiiはヒト、リス、ネズミを自然宿主とし、シラミなどをベクターとする。シラミの糞が塵埃に混じり吸入する経気道感染の場合もある。発熱、発疹、意識障害、循環器障害などをもたらし死因となる。寒冷地で衛生状態の悪い地域で発生が見られるが、日本においては長年発生していない。

⑤ロッキー山紅斑熱(四類)350~352)
病原体: ロッキー山紅斑熱リケッチア(Rickettsia rickettsii)-リケッチア
感染対策: 標準予防策
消毒法: ベクターの駆除、塵埃の清掃
感染の多くはアメリカで報告されているが、カナダ、メキシコ、コロンビア、ブラジルでの報告もある。特に5~9歳の小児に感染しやすいとされる。ダニによる刺咬を避けるため流行地域の森林や草原を避けることが重要で、帽子や長袖シャツ、長ズボン、靴下、靴などで皮膚を保護することが有効となる。

(5)マイコプラズマ

マイコプラズマは無細胞培地に生える自己増殖能力も持つ最小の微生物で、細胞壁を持たないため細菌と区別されるが、遺伝子的には細胞壁を欠損した細菌と考えられている。 次亜塩素酸ナトリウム、アルコールによる殺滅が確認されており353、354)、ノンクリティカル表面の消毒を行う場合には200~1,000ppm次亜塩素酸ナトリウム、アルコールなどの中水準消毒薬を用いることが適当である。

①マイコプラズマ肺炎(五類、定点把握)
病原体: Mycoplasma pneumoniae-マイコプラズマ
感染対策: 標準予防策および飛沫予防策
消毒法: 上記の方法
Mycoplasma pneumoniaeは5~15歳の若年層における市井肺炎の主要な病原体である。学校や家庭で伝播し、乾性咳嗽を伴う原発性の非定型肺炎を起こす。感染経路は飛沫による経気道感染であり、感染症例には飛沫予防策を行う。

(6)細菌

①鼻疽(四類)355、356)
病原体: 鼻疽菌(Burkholderia mallei)-グラム陰性桿菌
感染対策: 標準予防策
消毒法: 一般細菌を対象とする方法

②ブルセラ症(四類)
病原体:Brucella melitensis、Brucella abortus、Brucella suis、Brucellacanisなど-グラム陰性桿菌
感染対策:標準予防策
消毒法: 一般細菌を対象とする方法
日本ではまれで、ほとんどが実験室での感染である。主に感染したブタ、ウシ、ヤギ、ヒツジ、イヌなどの組織への接触や汚染された乳製品の経口摂取によりヒトへ伝播し、場合により微熱、悪寒、背痛、関節痛、脱力感、肺病変、心内膜炎などさまざまな症状をもたらす。ヒトからヒトへの感染はまれであるが、胎盤、母乳経由の母子感染、性行為による感染も報告されている。感染症例には標準予防策を行う。

③野兎病(四類)
病原体:Francisella tularensis-グラム陰性桿菌
感染対策:標準予防策
消毒法:一般細菌を対象とする方法
Francisella tularensisはネズミなどを自然宿主とし、ベクターとなる節足動物も存在する。悪寒、発熱などの一般症状のほかに、局所壊死、肺炎症状、チフス様症状、敗血症症状などを呈することもある。バイオテロリズムに悪用される恐れが指摘されている357)。ヒトからヒトへの感染は報告されておらず、感染症例には標準予防策を行う。

④類鼻疽(四類)358、359)
病原体:類鼻疽菌(Burkholderia pseudomallei)-グラム陰性桿菌
感染対策:標準予防策
消毒法:一般細菌を対象とする方法

⑤レジオネラ症(四類)
病原体:Legionella pneumophilaなどLegionella spp.-グラム陰性菌
感染対策:標準予防策
消毒法:親水性のグラム陰性菌を対象とする方法

IV-2-2)-(1) ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌を参照 】

⑥カルバペネム耐性腸内細菌科細菌感染症(五類、全数把握)
病原体:カルバペネム耐性の腸内細菌科細菌-グラム陰性菌
感染対策:標準予防策および接触予防策
消毒法:一般細菌を対象とする方法
カルバペネム耐性腸内細菌科細菌(CRE)感染症は、メロペネムなどのカルバペネム系薬剤及び広域β-ラクタム剤に対して耐性を示す腸内細菌科細菌による感染症と定義されている360)。CREによる感染の臨床症状はカルバペネム感受性の腸内細菌科細菌による感染と同一だが、CRE感染による致死率はカルバペネム感受性腸内細菌科細菌と比較して3~6倍高いとの報告があり361)、致死率は40~50%とされている362)。この高い致死率の理由としては、CREによる感染では有効な抗菌薬が限られているため適切な治療ができなかったことや治療が遅れたことが示唆されている361)。感染対策としては標準予防策と接触予防策を行う。CDCのCRE制御のためのガイダンスでは、施設レベルで実施すべき主な予防策の項目が示され、すべての急性期ケア施設および長期ケア施設でこれらの主要な予防策を実施すべきと述べられている362)

⑦劇症型溶血性レンサ球菌感染症(五類、全数把握)、A群溶血性レンサ球菌咽頭炎(五類、定点把握)
病原体:化膿レンサ球菌(Streptococcus pyogenes)-グラム陽性球菌
感染対策:標準予防策、場合により飛沫予防策を追加
消毒法:一般細菌を対象とする方法
化膿レンサ球菌は、A群レンサ球菌(Group A streptococci)とも呼ばれる。創傷感染、咽頭炎、扁桃炎、猩紅熱、リウマチ熱、急性糸球体腎炎を引き起こす病原菌であるが、時に劇症となり死因となることもある。咽頭炎は冬季の小児に多い。劇症の場合、発熱、倦怠感、筋肉痛を起こした後、急速に軟部組織の壊死性筋膜炎、ショック症状、多臓器不全へと進展する。多くの場合、上気道感染や創傷感染に続発するが、感染経路が不明の場合もある。標準予防策を基本とし、気道感染、猩紅熱の場合や小児の場合には飛沫予防策を追加する。医療従事者である無症候性保菌者が病院内で集団感染を引き起こした例も報告されている363)

⑧侵襲性インフルエンザ菌感染症(五類、全数把握)
病原体:インフルエンザ菌(Haemophilus influenzae)-グラム陰性桿菌
感染対策:標準予防策および飛沫予防策
消毒法:一般細菌を対象とする方法
侵襲性インフルエンザ菌感染症は、Haemophilus influenzaeによる侵襲性感染症のうち、本菌が髄液又は血液から検出された感染症と定義されている364)。潜伏期間は不明で、突発的に発症し、上気道炎や中耳炎を伴うこともある。髄膜炎例では、頭痛、発熱、髄膜刺激症状、痙攣、意識障害を示し、乳児では大泉門膨隆等の症状を示す。敗血症例では発熱、悪寒、虚脱、発疹を示すが特異的でなく、急速に重症化して肺炎や咽頭蓋炎またはショックを引き起こすことがある。

⑨侵襲性髄膜炎菌感染症(五類、全数把握)
病原体:髄膜炎菌(Neisseria meningitidis)-グラム陰性球菌
感染対策:標準予防策および飛沫予防策
消毒法:一般細菌を対象とする方法
侵襲性髄膜炎菌感染症は、Neisseria meningitidisによる侵襲性感染症のうち、本菌が髄液又は血液から検出された感染症と定義されている364)。髄膜炎では、頭痛、発熱、髄膜刺激症状、痙攣、意識障害を示し、乳児では大泉門膨隆等の症状を示す。敗血症例では発熱、悪寒、虚脱を示す。重症化により紫斑、ショック、DIC(Waterhouse-Friedrichsen症候群)に至ることもある。特徴としては眼球結膜や口腔粘膜、皮膚に点状出血が、体幹や下肢に出血斑が認められる。

⑩侵襲性肺炎球菌感染症(五類、全数把握)
病原体:肺炎球菌(Streptococcus pneumoniae)-グラム陽性球菌
感染対策:標準予防策、場合により飛沫予防策を追加
消毒法:一般細菌を対象とする方法
侵襲性肺炎球菌感染症は、Streptococcus pneumoniaeによる侵襲性感染症のうち、本菌が髄液又は血液から検出された感染症と定義されている364)。潜伏期間は不明で、主に小児及び高齢者が罹患する。小児では初期症状が発熱のみで、感染巣が明らかでない菌血症例が多く、髄膜炎は直接的に発症するもののほか、中耳炎の続発性として発症することがある。高齢者では初期症状として発熱、咳嗽、喀痰、息切れを示し、菌血症を伴う肺炎が多く発症する。髄膜炎例では、頭痛、発熱、痙攣、意識障害、髄膜刺激症状等を示す。感染対策としては標準予防策を行い、肺炎を併発している症例があり、病室内や施設内で伝播のエビデンスがある場合には飛沫予防策を追加する317)

⑪バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌感染症(五類、全数把握)
病原体:バンコマイシン耐性黄色ブドウ球菌-グラム陽性球菌
感染対策:標準予防策および接触予防策
消毒法:一般細菌を対象とする方法

【 IV-2-1)-(1) ブドウ球菌を参照 】

⑫バンコマイシン耐性腸球菌感染症(五類、全数把握)
病原体:バンコマイシン耐性腸球菌-グラム陽性球菌
感染対策:標準予防策および接触予防策
消毒法:一般細菌を対象とする方法

IV-2-1)-(2) その他のグラム陽性菌を参照 】

⑬薬剤耐性アシネトバクター感染症(五類、全数把握)
病原体:多剤耐性のアシネトバクター属菌-ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌
感染対策:標準予防策、場合により接触予防策を追加
消毒法:親水性のグラム陰性菌を対象とする方法

IV-2-2)-(1) ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌を参照】

⑭感染性胃腸炎(五類、定点把握)
病原体:サルモネラ、Yersinia enterocolitica、腸炎ビブリオ、ナグビブリオ、Campylobacter jejuniCampylobacter coliListeria monocytogenes、黄色ブドウ球菌、ディフィシル菌、その他腸チフス菌、パラチフス菌A、赤痢菌、コレラ菌以外の細菌。ウイルスなどによる感染性胃腸炎も五類、定点把握である。
感染対策:標準予防策、失禁がある場合などは接触予防策を追加
消毒法:細菌の種類により選択
食中毒であることが多い。感染症例には標準予防策を行うが、糞便-経口感染の可能性もあるので、小児や失禁がある場合には接触予防策を追加する。

サルモネラ(Salmonella spp.)は腸内細菌科のグラム陰性桿菌で、Salmonella enterica subsp. enterica serovar Enteritidis、Salmonella enterica subsp. enterica serovar Typhimuriumなどが食中毒として感染性胃腸炎を起こす。これらの一部について多剤耐性が報告されている。イヌ、ウシ、ブタ、ニワトリ、シチメンチョウ、アヒルなどが保菌し、汚染された肉、乳製品、卵を摂取することにより経口感染する。感染の成立には比較的多い菌量が必要であるが、感染防御能低下患者や胃酸分泌抑制患者では比較的少量でも感染を引き起こす。

Yersinia enterocoliticaは腸内細菌科のグラム陰性桿菌で、その一部の血清型は食中毒としての胃腸炎や敗血症などを起こす。

腸炎ビブリオ(Vibrio parahaemolyticus)はビブリオ科のグラム陰性桿菌で、広く海水中に存在し、主に魚介類による食中毒として感染性胃腸炎をもたらす。

コレラ菌(Vibrio cholerae O1)以外のVibrio choleraeをnon-agglutinable vibrio(ナグビブリオ:NAG)と呼ぶ。これらは食中毒として感染性の下痢をもたらす。

Campylobacter jejuniCampylobacter coliはカンピロバクター属のグラム陰性菌で螺旋菌である。ニワトリ、ウシ、ブタなどの常在菌である。食中毒として感染性の下痢をもたらす。抗菌薬耐性の拡散が報告されている。

この他に、Listeria monocytogenesによる胃腸炎、黄色ブドウ球菌による大腸炎、ディフィシル菌による偽膜性大腸炎などがある。

⑮百日咳(五類、定点把握)
病原体:Bordetella pertussis-グラム陰性桿菌
感染対策:標準予防策および飛沫予防策、場合により接触予防策を追加
消毒法:一般細菌を対象とする方法
生後3ヵ月で母体からの抗体を失うので、ワクチン接種前の乳幼児を中心に発生する。感染性が強く、飛沫によりヒトからヒトへ伝播し、気管支などで炎症をもたらす。頻回の発作性咳嗽や吸気性喘鳴を伴い、乳幼児においては体力を著しく消耗させる場合があり、また肺炎を合併することもある。病院における集団感染もある365)。感染症例に対しては飛沫予防策を行い、必要に応じて接触予防策を追加する。

⑯淋菌感染症(五類、定点把握)
病原体:淋菌(Neisseria gonorrhoeae)-グラム陰性球菌
感染対策:標準予防策
消毒法:一般細菌を対象とする方法
泌尿器・生殖器の化膿性感染症で、尿道炎、菌血症、関節炎などをもたらす。淋菌は尿道、頸管、結膜、咽頭、直腸に感染するが、主な感染経路は性行為である。咽頭では無症状で保菌される。淋菌は乾燥や温度変化に弱いため、環境や衣類、食器などを特に消毒する必要はない。感染症例には標準予防策を行う。

⑰細菌性髄膜炎(髄膜炎菌、肺炎球菌、インフルエンザ菌を原因として同定された場合を除く。)(五類、定点把握)
病原体:黄色ブドウ球菌、表皮ブドウ球菌、腸球菌、B群レンサ球菌、緑膿菌などブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌、大腸菌・セラチアなど腸内細菌科細菌、Listeria monocytogenes、その他髄膜炎菌以外の細菌
感染対策:標準予防策、細菌の種類により感染経路別予防策を追加
消毒法:細菌の種類により選択
新生児、幼児に多い。無菌性髄膜炎と異なり、全身症状は不良で重篤となりやすい。下記の細菌以外については、それぞれ関連する前節を参照。
B群レンサ球菌(Streptococcus agalactiae、Group B streptococci)はグラム陽性球菌で、多くの健常人が胃腸管、生殖器に無症候性に保菌する。産婦より新生児に伝播し、時に敗血症や髄膜炎を起こす。感染症例には標準予防策を基本とする。

Listeria monocytogenesはグラム陽性桿菌で、ウシなどの動物、土壌、水系、汚染食品から検出される。動物からヒトへ伝播する場合のほか、汚染食品による食中毒がある。リステリア症は髄膜炎、敗血症をもたらし、周産期リステリア症は胎盤を経由した感染伝播で死産の原因または新生児の死因となる。食中毒の場合は感染性胃腸炎となる。

⑱ペニシリン耐性肺炎球菌感染症(五類、定点把握)
病原体:ペニシリン耐性肺炎球菌-グラム陽性球菌
感染対策:標準予防策、場合により飛沫予防策、接触予防策を追加
消毒法:一般細菌を対象とする方法

IV-2-1)-(2) その他のグラム陽性菌を参照 】

⑲メチシリン耐性黄色ブドウ球菌感染症(五類、定点把握)
病原体:メチシリン耐性黄色ブドウ球菌-グラム陽性球菌
感染対策:標準予防策、場合により接触予防策を追加
消毒法:一般細菌を対象とする方法

IV-2-1)-(1) グラム陽性菌を参照 】

⑳薬剤耐性緑膿菌感染症(五類、定点把握)
病原体:多剤耐性緑膿菌-ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌
感染対策:標準予防策、場合により接触予防策を追加
消毒法:親水性のグラム陰性菌を対象とする方法

IV-2-2)-(1) ブドウ糖非発酵グラム陰性桿菌を参照 】

(7)芽胞

①炭疽(四類)
病原体: 炭疽菌(Bacillus anthracis)-グラム陽性桿菌
感染対策: 標準予防策、場合により接触予防策を追加
消毒法: 芽胞を対象とする方法
炭疽菌の芽胞は土壌中に存在し、ヤギ、ヒツジ、ウシ、ウマなどの草食動物に感染し、動物からヒトに感染する場合がある。獣医師、牧畜業者、毛皮取扱者に感染例が多い。2001年米国においてバイオテロリズムに利用され注目を浴びた。創傷への芽胞の接種、吸入、汚染された食品の摂取により芽胞が侵入し、発芽して増殖する。芽胞の侵入門戸により、皮膚炭疽、肺炭疽、腸炭疽があり、肺炭疽は致命率が高い。ヒトからヒトへの感染はなく、感染症例には標準予防策を基本とし、皮膚炭疽の場合には接触予防策を考慮する。ただし、芽胞が意図的に加工され散布・送付されたような場合には吸入により感染する危険がある230)

②ボツリヌス症(四類)
病原体: ボツリヌス菌(Clostridium botulinum)-嫌気性グラム陽性桿菌
感染対策: 標準予防策、場合により接触予防策を追加
消毒法: 芽胞を対象とする方法
ボツリヌス菌は土壌中に存在し、野菜、魚、肉類を汚染する。増殖すると運動・自律神経に麻痺をもたらす毒素を産生し、筋肉の弛緩性麻痺を起こす。食中毒としてのボツリヌス中毒、乳児ボツリヌス症、創傷性ボツリヌス症がある。食中毒は、缶詰、ビン詰、ハム、ソーセージなどの食品中で増殖した場合であるが、日本では発酵すしを原因食とすることもある。乳児ボツリヌス症では、主に蜂蜜に含まれるボツリヌス菌が腸内で増殖して中毒を起こすため、乳児には蜂蜜を摂取させないのが望ましい。創傷性ボツリヌスは薬物注射常用者にも見られる。ボツリヌス毒素のバイオテロリズムへの利用も懸念されている230)。感染症例には標準予防策を行う。

③破傷風(五類、全数把握)
病原体: 破傷風菌(Clostridium tetani)-嫌気性グラム陽性桿菌
感染対策: 標準予防策
消毒法: 芽胞を対象とする方法
破傷風は硬直性の痙攣を伴い死因となる。破傷風菌の芽胞は広く土壌中など自然界に存在し、深い外傷が汚染された場合など嫌気的条件において感染が成立し、毒素を産生する。ヒトからヒトへの感染はなく、感染症例に対しては標準予防策を行う。

(8)真菌

①コクシジオイデス症(四類)
病原体: Coccidioides immitis-糸状菌
感染対策: 標準予防策、場合により接触予防策を追加
消毒法: 糸状菌を対象とする方法
米国カリフォルニア州からテキサス州の南部および西南部、メキシコ太平洋岸、アルゼンチンのパンパ地方など乾燥地域の風土病である。Coccidioides immitisはこれらの地域の土壌に存在する。Coccidioides immitisは生体内で球状体を形成し、それに含まれる内生胞子により増殖するが、生体外では菌糸から分節型分生子を形成する。ヒトは強風や土木工事などで空中に舞い上がった土壌塵埃に含まれる分節型分生子を吸入することにより感染する。ヒトに感染しても多くの場合は無症候だが、肺に感染し風邪に似た症状を呈することもある。0.5%の割合で全身感染を起こし、その約半数が死に至るため、真菌としては病原性が強い。日本に輸入された汚染綿花による感染も報告されている。感染症例には標準予防策を行う。病院内での感染は培養する場合に考えられ、分生子の吸入や飛散には注意が必要である。

②播種性クリプトコックス症(五類、全数把握)
病原体: Cryptococcus neoformans、Cryptococcus gattii-酵母
感染対策: 標準予防策
消毒法: 一般細菌を対象とする方法
クリプトコックス症は、感染病巣としては肺、中枢神経系、皮膚などが挙げられ、髄膜炎を合併する場合もある。播種性クリプトコックス症はCryptococcus属真菌による感染症のうち、本菌が髄液、血液などの無菌的臨床検体から検出された感染症または脳脊髄液のクリプトコックス莢膜抗原が陽性となった感染症と定義されている360)。C. neoformansはハトの糞や土壌から検出され世界中に分布しており、主に免疫不全患者において感染の起因菌となり得る。C. gattiiはユーカリの木など様々な木から検出され、免疫状態が正常な患者においても感染の起因菌となる。これまで国内においてはC. neoformansが主な原因菌とされていましたが、2007年にC. gattiiによる感染が初めて確認され366)、国内においても病原性が高いC. gattiiによる播種性クリプトコックス症の拡大が懸念されている。組織や角膜移植によりまれに感染する以外はヒトからヒトへの感染はみられないとされているため、感染症例には標準予防策を行う317)。

(9)スピロヘータ

繊細な螺旋状のグラム陰性細菌で活発に運動する。生体外においては長時間生存できない。

①回帰熱(四類)
病原体: Borrelia recurrentis、Borrelia duttoniiなど-スピロヘータ科スピロヘータ
感染対策: 標準予防策
消毒法: 一般細菌を対象とする方法
病原体としてボレリア属のBorrelia recurrentis、Borrelia duttoniiなど十数種が確認されている。シラミやダニがベクターである感染症で、発熱し、数日で解熱し、その数日後再度発熱する。解熱のときショックを起こして死因となる。シラミ媒介性は欧州、アジア、アフリカ、中南米などで流行が見られ、ダニ媒介性は熱帯アフリカ、地中海沿岸、インド、中央アジアなどでみられる。日本では近年、患者の発生報告がない。ヒトからヒトへの直接感染はないが、患者の血液には注意が必要である。

②ライム病(四類)
病原体: Borrelia burgdorferiBorrelia gariniiBorrelia afzeliiなど-スピロヘータ科スピロヘータ
感染対策: 標準予防策
消毒法: 一般細菌を対象とする方法
野ネズミや小鳥などを自然宿主とし、マダニをベクターとする感染症である。紅斑、発熱、髄膜炎、関節炎などをもたらす。欧州、米国、アジアでみられ、日本では北海道、長野などで報告がある。感染症例には標準予防策を行う。

③レプトスピラ症(四類)367)
病原体: Leptospira interrogans-レプトスピラ科スピロヘータ
感染対策: 標準予防策
消毒法: 一般細菌を対象とする方法
Leptospira interrogansは多数のserovarに分類される。レプトスピラ症は多くの場合、穏やかな発熱などの症状にとどまり、日本では秋疫(あきやみ)とも呼ばれているが、Leptospira interrogans serovar icterohaemorrhagiaeなどによるものは黄疸と出血傾向を伴い、腎不全に至ることがある。この黄疸出血性レプストピラ症はWeil病とも呼ばれ、死亡率は5~15%に及ぶ。近年ニカラグア、ブラジル、インド、マレーシア、米国などで集団発生があった。感染したネズミ、イヌ、ブタ、ウシなどの動物の尿への接触や汚染された上下水によってヒトに伝播する。Leptospira interrogansは感染症例の尿や母乳から検出されるが、ヒトからヒトへの伝播はまれである。感染症例には標準予防策を行う。

④梅毒(五類、全数把握)
病原体: 梅毒トレポネーマ(Treponema pallidum subspecies pallidum)-スピロヘータ科スピロヘータ
感染対策: 標準予防策
消毒法: 一般細菌を対象とする方法
梅毒の多くは性行為感染だが、胎盤経由母子感染し、まれに輸血感染、および医療従事者の手指を介して接触感染する場合もある。針刺し切創による感染の報告はなく、手術などにおいて特別な対策は不要である158)。梅毒は性器に硬性下疳が見られる第1期、発疹がみられ血流により全身臓器に転移する第2期、ゴム腫がみられる第3期、中枢神経に病変が起こる第4期に区別されるが、感染性が高いのは第1期と第2期である。母子感染(先天梅毒)は流産・死産の原因となる。感染症例には標準予防策を行う。梅毒トレポネーマは環境、つまり生体外では1~2時間以上生存できない。消毒薬感受性は良好である368)

(10)原虫369)

原虫は原生動物で単細胞からなり、胞子虫類、根足虫類、鞭毛虫類などがある。消毒薬は原虫の殺滅のために開発されたものではないため、特に効果が確認されていない限り、無効と見なされる。原虫で汚染された器具は熱水洗浄により清浄化することを基本とし、原虫を念頭においた手洗いは流水と石けんによる物理的な除去を基本とする。

①マラリア(四類)
病原体: 熱帯熱マラリア原虫(Plasmodium falciparum)、3日熱マラリア原虫(Plasmodium vivax)、4日熱マラリア原虫(Plasmodium malariae)、卵形マラリア原虫(Plasmodium ovale)-胞子虫類
感染対策: 標準予防策
消毒法: 熱水洗浄など
マラリアはヒトを宿主とし蚊をベクターとする感染症で、東南アジア、南アジア、中近東、アフリカ、中南米で発生している。マラリア原虫はシナハマダラカなど蚊の腸において有性生殖してオーシストを形成し、そこから放出されたスポロゾイトが蚊の唾液を介してヒトに伝播し寄生する。ヒトの肝細胞内で無性生殖により生じたメロゾイトが赤血球内に侵入し、さらに増殖する。3日熱マラリア原虫と卵形マラリア原虫は肝細胞で数ヵ月の休止期を経るため、血中の原虫を死滅させてもマラリアが再発する。症状として発熱、悪寒、戦慄、脾腫、貧血などを伴うが、熱帯熱マラリアは進行が早く脳障害や腎障害を起こして死因ともなるため悪性マラリアと呼ばれる。その他は比較的症状が軽いため良性マラリアと呼ばれる。マラリアは蚊を介した伝播のほか、血液媒介感染としてヒトからヒトへ伝播することがあり、輸血や多数回使用された輸液によるマラリア感染が報告されている370、371)。感染症例には標準予防策を行う。

②アメーバ赤痢(五類、全数把握)
病原体: Entamoeba histolytica-根足虫類
感染対策: 標準予防策
消毒法: 下記の方法
Entamoeba histolyticaは、粘血便を伴うアメーバ赤痢、下痢・腹痛を伴うアメーバ性大腸炎、アメーバ性肝膿瘍などのアメーバ症の原因である。世界に分布し、特に熱帯・亜熱帯の非衛生な地域に多くみられるが、日本においても集団感染がある。赤痢アメーバはそのシスト(嚢子)を経口摂取することによりヒトに伝播し、小腸で栄養型となり、腸管や肝臓で2分裂して増殖する。大腸においてシストを形成し、糞便とともに排出される。シストは外界での抵抗力が強く数週間感染性を保つため、糞便による飲料水汚染や有機農法による野菜汚染などによりヒトに伝播する。感染症例には標準予防策を行うが、患者の糞便で汚染された可能性のある箇所に注意が必要である。
消毒は熱水洗浄を基本とするが、Entamoeba histolyticaについてはポビドンヨード、次亜塩素酸ナトリウム、クレゾール石ケン液が有効といわれている372)

③クリプトスポリジウム症(五類、全数把握)
病原体: Cryptosporidium parvum-胞子虫類
感染対策: 標準予防策、失禁のある場合などには接触予防策を追加
消毒法: 下記の方法
Cryptosporidium parvumは、広く水系に存在し、近年日本においても飲料水を介した集団感染が報告されている373)。症状は激しい下痢と腹痛である。Cryptosporidium parvumはヒト、ウシ、ブタ、ネコなどに寄生し、小腸粘膜上皮の微絨毛で発育する。無性生殖と有性生殖を行うが、複数のスポロゾイトを含む有性生殖で形成されたオーシストは糞便中に排泄される。糞便により汚染された湖、川、プール、食品、手指などを介してヒトへ経口伝播する。オーシストは通常の水道水塩素消毒や濾過によって完全には殺滅・除去できないため、水道水を介するヒトの集団感染が発生する。ヒトからヒトへの医療関連感染も報告されている374)。感染症例には標準予防策を基本とし、失禁のある場合には糞便を念頭においた接触予防策を行う。
Cryptosporidium parvumのオーシストに対しては、熱水洗浄、煮沸消毒や高圧蒸気滅菌などを基本とする。オーシストの大きさは4~6µmで一般的な家庭用フィルターでは除去することはできない。濾過による除去を行う際には1µm以下のフィルターを用いる158)
過酢酸、グルタラール、フタラール、次亜塩素酸ナトリウム、ヨード、アルコール、フェノール系消毒薬、第四級アンモニウム塩はオーシストに対して無効であり、6~7.5%過酸化水素は効果(1,000分の1未満への減少)があると報告されている。ただし、オーシストは乾燥表面において速やかに感染性を失うため、内視鏡など乾燥状態で保管される器具は通常の方法で洗浄、消毒しても良いと考えられる375、376)

④ジアルジア症(五類、全数把握)
病原体: ランブル鞭毛虫(Giardia lamblia)-鞭毛虫類
感染対策: 標準予防策、失禁のある場合などには接触予防策を追加
消毒法: 熱水洗浄など
慢性下痢、鼓腸、腹満、上腹部痛等の症状を呈する。ランブル鞭毛虫は、広く世界に分布し、特に熱帯・亜熱帯の非衛生な地域に多くみられる。日本にも土着しており、欧米では水道水汚染による集団感染も発生している。ランブル鞭毛虫はそのシスト(嚢子)を経口摂取することによりヒトに伝播する。人体内で栄養型となり、小腸、胆管、胆嚢で増殖し、さらにシストを形成して糞便中に排出される。シストは外界での抵抗力があり長時間生存するため、糞便による飲料水汚染や野菜汚染などにより集団感染する。感染症例には標準予防策を基本とし、失禁のある場合には糞便を念頭においた接触予防策を行う。通常の水道水塩素消毒に抵抗を示す。シストの大きさは短径5~8µm、長径8~12µmであるため、通常の飲料水濾過処理で完全に除去することは困難である。

(11)蠕虫369)

蠕虫は多細胞の寄生虫で、線形動物(蟯虫)、扁形動物(吸虫類)を含む。原虫と同様に熱水洗浄などで清浄化を行う。

①エキノコックス症(四類)
病原体: 単包条虫(Echinococcus granulosus)、多包条虫(Echinococcus multilocularis)-条虫類
感染対策: 標準予防策
消毒法: 熱水洗浄など
単包条虫は牧畜の番犬に寄生しており、ほぼ全世界的に分布している。多包条虫は北米、シベリア、グリーンランド、欧州のアルプス、中国北部に分布し、日本では北海道全域、青森県の一部に分布する。成虫はキツネ、イヌなどの小腸に寄生し、これら宿主の糞便中に排泄された直径30~40µmの虫卵がヒツジ、ウシ、ブタ、ウマ、ウサギ、およびヒトなどに経口感染する。虫卵は小腸上部で孵化し、腸壁に侵入して血流により肝や肺などに運ばれ、単包虫・多包虫に成長して障害をもたらす。発症までに数年以上かかるといわれるが、症状は肝の場合、疲労感、黄疸などであり、肺の場合は血痰である。感染症例には標準予防策を行う。

6)新型インフルエンザ等感染症

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